読む! ヒント
科学で世界の仕組み知る
法則解き明かす冒険物語
フランスの作曲家、サンサーンスに「白鳥」という小品がある。優しいチェロの旋律を耳にすると思い浮かぶ光景がある。プラネタリウムの夜明けだ。
小学生の時、近所に科学館ができた。お小遣いを握りしめてプラネタリウムに通い詰め、星の誕生や終末を語る解説に魅了された。上映が終わりに近づき、空が白み始めるころに「白鳥」が流れる。「もう終わりか」と名残惜しく思ったものだ。
本の紹介にプラネタリウムの解説を挙げるのは「反則」だろうが、記者にとっては、科学の面白さを知る最初の出合いだった。
2回目の遭遇は、竹内均、上田誠也の『地球の科学』である。この本を読了した高校1年の夏の一日を今もはっきり覚えている。
心ざわつく出合い
地球の表面を覆う岩板(プレート)がぶつかり合い、大陸ができ巨大地震を起こす。今ではおなじみの「プレートテクトニクス理論」を一般に紹介する先駆け(1964年刊)となった本だ。
読み返してみると、古びてしまった印象がなくはないが、基本は揺るぎない。地球上の大陸や日本列島はなぜ現在のような形なのか。そこにはそうなる理(ことわり)がちゃんとあり、その理を解き明かした科学者たちの知的な冒険の物語がある。
思い返せば、プラネタリウムで知った宇宙も同じ。星はただの光点ではない。星には始まりと終りがある。宇宙は恒星系−銀河−銀河団といった階層的な構造をもつシステムだ。そうした世界観に触れたとき、子どもとはいえ、心がざわついたのだ。
科学好きだが、理系には進まなかった。数学の成績が悪かったためだ。しかし数学それ自体は今でも好きだ。とくに数学史くらい面白い話はない。
E・T・ベルの『数学をつくった人びと』はちょっと古い本で、専門家に言わせるといくつか間違いがあるらしいが、多士済々で人間くさい数学者たちのエピソードが楽しめる。サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』も400年にわたる数学者たちの挑戦の物語である。
英国の数学者、イアン・スチュアートの『若き数学者への手紙』は、数学を志す少女に向けたアドバイスを手紙の形でつづった。ユーモアにあふれ心優しい言葉がたくさん。
数学と並んで興味が尽きないのは認知科学だ。人間は世界をいかに認知し理解しているのか、その仕組みを考える。
哲学や心理学、生理学、コシピューター科学など幅広い分野にまたがるテーマで、このところ世間を騒がす人工知能(AI)研究にも深く関わる。
佐々木正人の『アフォーダンス一新しい認知の理論』は古典的な世界認識の仕組みをくつがえす。私たちの目や耳は外界の刺激を受動的に受け止めるのではない。私たちを取り巻く環境中にある情報を能動的に探索して世界像をつくる。
ロボットやAI開発に大きな影響を与えた米国の心理学者ギブソンの学説の紹介だが、読むと「目からうろこ」である。
酒井邦嘉の『言語の脳科学』は人間の言語習得について、下條信輔の『サブリミナル・マインド』は人間の心の働きについて刺激的な議論を展開する。人間にとって人間自身が最も謎に満ちた存在だとわかる。
読み飛ばしもコツ
科学を取材するジャーナリストの本も挙げたい。立花隆の『宇宙からの帰還』と村松秀の『論文捏造』だ。着眼点のユニークさと取材力に心から敬意を抱く2冊だ。前者は宇宙飛行を経験した飛行士たちの心のドラマを取り上げた。後者は米国で起きた論文スキャンダルの真相に切り込んだNHKのドキュメンタリー番組の書籍化である。
18歳向けにはやや難しい本を挙げたかもしれない。「読み飛ばす」ことも本を読むコツのひとつだ。わからない言葉や概念が出てきても立ち止まらず先に進む。ネットで調べてもいいが、読んでいけばいずれわかると楽観することも大事だ。
イタリアの小説家、哲学者のウンベルト・エーコは「書物は車輪と同じような発明品」と言う。書物のない世界には後戻りできないとの例えだ。これは人類史の話だが、個人にとっても同じ。出合ってしまえば、あなたの人生を不可逆的に変える本がある。(敬称略)