130万人のピリオド
理想は最後まで健康
誰もが願う ピンピンコロリ
病に伏せることなく、亡くなる直前まで元気で過ごしたい。誰もが願う逝き方だ。理想の最期をかなえるために「ピンピンコロリ」の御利益がある全国各地のパワースポットが、高齢者の人気を集めている。長患いによる苦しみから逃れたいだけでなく、家族ら身内に迷惑をかけまいとする気遣いもうかがえる。
「毎月1度は必ず拝みに来るよ」。長野県の山本邦夫さん(71)は笑顔で話し、びんころ地蔵尊(長野県佐久市)の前で手を合わせた。数年前から友人と2人で始めた習慣だ。妻と2人の子どもと4人暮らし。年相応に耳は遠くなったが、それ以外は特に悪いところもない。「でも、70歳を超えるといつどうなるか自分でも分からない。できれば妻や子どもに迷惑をかけずに死にたい」と言葉をつなぐ。
日本一平均寿命が長い長野県。その中でも佐久市はトップクラスの長寿を誇る。びんころ地蔵尊はその御利益を多くの人と分かち合おうと、地元商店街有志が2003年に建立した。
昨年の参拝者は過去最多の約15万人に上った。有志の一人、市川章人さん(66)は「つくるときに仲間と冗談半分で『年間5万人』の目標を立てた。今は全国から高齢者がやってくる。まさかここまで人気を呼ぶとは。我々の方がビックリしている」と話す。
お地蔵さんは朗らかな笑顔で高齢者を出迎える。群馬県から来たという80代の4人グループは「この年になるとあちこちガタがくる。健康なのは口だけ」「やっぱりピンピンコロリがいいね」と楽しそうに語り合う。
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日本人の平均寿命は男女とも80歳を超え、世界でも有数の長寿国だ。天寿を全うするまで元気で健康に過ごす高齢者は限られる。食べ物や体力づくりに気をつけても将来は分からない。そこでピンピンコロリを神仏に願う。
安倍文殊院(奈良県桜井市)は「ぼけ封じ」の御利益で知られる。本尊の又殊菩薩(ぼさつ)は知恵を授ける仏様。そこから派生して1984年に、ぼけ封じ祈願を始めた。植田俊応貫首は「『せっかく長生きするなら、ぼけずに長生きしたい』といった参拝者の声に応えた」と説明する。645年創建という日本でも有数の古刹。もともと参拝者は多かったが、今は認知症予防のために多くの高齢者がやってくる。
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吉田寺(奈良県斑鳩町)は通称「ぽっくり寺」。仏教書「往生要集」をまとめた恵心僧都(源信)が、987年に創建した。病に伏せた老母に源信が浄衣を着せると、老母は苦しみもなく安らかに臨終したという伝説が残る。これにあやかり、安楽往生の御利益があると古くからいわれている。
奈良県内では、諸々の病気を取り除く「おふさ観音」(橿原市)も人気スポット。旅行ツアーを企画・運営するクラブツーリーズム(東京都新宿区)は吉田寺と安倍文殊院、おふさ観音を1日で回るバスツアーを大阪発着で実施している。昨年は年20回の運行だったが、今年は年30回に増やす。「終活ブームなどを追い風に参加希望者が一段と増えた」(運営担当者)
吉田寺の山中真悦住職はこの寺で生まれ育ち、参拝者を長年見てきた。「昔に比べれば医療技術が進歩し、仏様にすがろうと切なる信仰心を示す参拝者は減ってきた。家族や仲間と気軽に参拝する姿が目立つ」と話す。半面、少子高齢社会の厳しい側面も垣間見る。「親を見取った後、自分の行く末を心配する独身者。老親介護でつらい経験をしたので我が子には同じ思いをさせたくないと強く願う人。『ポックリ死にたい』は人間の普遍的な願いなのだろう」と山中住職は指摘する。
家庭や社会で役割
前向きな心維持を
厚生労働省は日常生活に制限がない期間を健康寿命と定義し、算出している。2013年の健康寿命は男性71・2歳、女性74・2歳。平均寿命との差をみると男性は約9年、女性は約12年、何らかの不調を抱えながら最晩年を送っている状況だ。最期まで元気に過ごすには体力づくりが欠かせない。ただ「病は気から」といわれるように心の持ちようも重要だ。東京都健康長寿医療センター(東京都板橋区)高齢者健康増進事業支援室の大渕修一研究部長らの研究によると、「(自分は)健康ではない」と思っている高齢者は「とても健康だ」とする高齢者と比べて要介護の発生確率が約70倍も高くなるという。「同程度の衰えであってもそれをどうとらえるか、個人の主観が心身の健康を左右する。地域や家庭で役割を持ち、日々に張り合いを持って過ごすこともピンピンコロリにつながる」と大渕氏は助言する。