あすへの話題
模範解答 作家 北村薫
吉行理恵の『記憶のなかに』を読んだのは、もう40年以上前になる。だが、次のところは、今も鮮やかに覚えている。小学校でのことだ。
先生が質問します。
「上品な色とは どんな色ですか」
「灰色です」
私は答えます。
「へえ 灰色が上品な色ですかね 鼠のからだの色ですよ」
と先生は幅の広い肩をすぼめます。すると、教室が笑いの箱に変わってしまいます。
ここから逃げだしてしまいたい、とおもいながら、私は唇を噛んで、俯いています。
これは、苦行淳之介、和子の妹であり、後に芥川賞を受ける理恵の心に残る、忘れることの出来ない何本かのとげのひとつだ。
灰色を上品と思うのは、領ける。この文章には、一方の先生の心の動きは書かれていない。しかし、推測することは出来る。
おそらく、先生の頭の中には、上品な色=紫という、模範解答があったのではないか。
「別解こそ授業の宝だ」という先生は何人もいる。その通りなのだが、全ての教員にそれを求めることは難しい。そしてまた、授業時間も限られている。模範解答が頭にある時、先生はどうしても「急いで」しまうのだ。
1足す1は2―― という場合もあるが、そうでない時もある。今、世の中全体が、「せっかち」になっている。そのことの怖さを思う。