英 EU離脱を選択 私はこう見る

 


 

英王立国際間題研究所主任研究員
トーマス・レインズ氏

 

影響力低下避けられず


 英国が欧州連合(EU)から離脱することを決めたことで短期的な政治の不確実性が一気に高まった。辞意を示したキャメロン首相の後任となる与党・保守党の次期党首は秋まで決まらないだろう。新政権を離脱派が担えば、議会の支持を取り付けるのが困難になり、弱い立場に置かれる。

 連合王国を構成するスコットランドや北アイルランドをめぐる法的・政治的位置づけが不透明となり、混乱は避けられない。EU残留を望むスコットランドの独立議論が再燃する可能性もある。

 外交では、離脱に向けてEUとの関係を再構築するための交渉が最優先課題にならざるを得ず、長期にわたって外交の労力を費やす必要があるかもしれない。離脱後もノルウェーのように欧州経済地域(EEA)に参加するのか、思い切って欧州単一市場と距離を置くのか、先行きを見通すのは難しい。

 これまで英国の外交は主に近隣の欧州諸国との緊密な協力のもと、EUの枠組みを通じて行われてきた。世界の課題から身を引き孤立主義に転じるのではなく、従来の関係が英外交の基盤であることを確認する必要があるだろう。

 いずれにしても英国の影響力が低下するのは避けられない。英国は北大西洋条約機構 (NATO)の一員であり、国連の安全保障理事会常任理事国だ。主要7ヵ国(G7)、主要20カ国(G20)などの重要な枠組みで役割を果たし続けるが、EUの影響力が下がることもまた、英国に跳ね返ってくるだろう。

 対米関係も変わりそうだ。英国はEUの一員でありながら、政治・外交、安全保障などで米国と緊密な関係を保ってきた。米国にとって英国が重要なのは、英国がEUの政策に影響を及ぼしてきたからだ。米国はフランスやドイツとの協力の強化を目指すことになるだろう。

 投票運動中は離脱派と残留派が中傷合戦を繰り広げ、英国社会に亀裂を残した。特に離脱した場合の経済的影響について主張が対立した。離脱派が根拠とした数字はまっとうな組織が出したものとは言えなかった。エコノミストの大半は離脱で英国が受ける打撃を警告してきた。それでも比較的所得が低く、反エスタブリッシュメント(支配階級)感情が強い層の人たちが離脱に票を投じた。

 離脱派と残留派の対立は、米大統領選で候補指名を確実にした民主党のヒラリー・クリントン、共和党のドナルド・トランプ両氏の支持者間の分断に似ており、多くの先進国に共通して見られる。近代的なコスモポリタン(世界主義)の社会が心地よいと考える人々と、伝統的な地域の価値観が脅かされていると感じる人々との間の深い溝だ。

 

 

 


 

みずほ総合研究所欧米調査部 上席主任エコノミスト
吉田健一郎氏


先行き不透明 経済に重荷

 英国が欧州連合(EU)からの離脱を選択した以上、今後重要なのはいかに秩序だった方法で離脱するかだ。現時点で決まっているのは離脱するという方針だけで、いつどのように進めるかなどは不明だ。こうした不確実さは世界経済全体を下押しする圧力になる。

 まず離脱をいつ正式にEUに通告するかが、明らかではない。キャメロン首相は国民投票の前、離脱が決まれば即時通告するとしていたが、10月までに辞任すると表明したため、次の政権の下で行われる可能性が高い。

 英国がEUに脱退を通告すると正式な交渉が始まり、2年後に英国ではEU法が効力を失う。通告が遅ければ、EU法が時間切れで失効するという事態は避けられるメリットがあるが、逆に方向が長く定まらないのはデメリットだ。企業は英国での事業展開を進めにくくなる。

 英国とEUの間の離脱交捗にかかる期間や新たな枠組みが不明だ。欧州にはノルウェーのように欧州経済地域(EEA)に入り、EUの単一市場に参加する国がある。ただ、EEAでは人の移動も自由なため、英国の離脱派が求める移民の制限にはならない。

 そのため、英国と欧州は個別の自由貿易協定(FTA)を結ぶ可能性が高い。大陸欧州の企業にとっても英国との間の関税率は低い方が良いため、交渉が進展する余地はある。フランスやオランダは2017年に重要な選挙を控えており、交渉が本格的になるのはそれ以降になりそうだ。20年代後半までかかる可能性もある。

 世界経済はリスクを抱え込むことになる。欧州経済は株価下落により消費者の心理が冷え込み、設備投資も減少するだろう。成長率の下方修正は免れない。

 日本の国内総生産(GDP)にも0.1〜0.8%の下押し圧力がかかるとみている。現時点では離脱過程の不透明感が強けため、lj=110円台に戻るには相当な時間がかかる可能性がある。当面、100円台前半での水準調整になるかもしれない。

 現時点では、問題が次々浮上した08年のリーマン・ショック級の危機に発展するとは考えていない。解決すべき課題は見えているからだ。リーマン当時の教訓を生かし、市場の混乱に対して主要中銀がドルの資金供給で連携する仕組みができるなど危機対応能力が高まっている。

 キャメロン首相が24日に早々と辞意を表明んたのは、こうした不確実性が一つ減ったとみることもできる。政権運営に行き詰まってから辞めるよりは混乱が少ない。ただ、EUとの新たな協定を結ぶ際に意思決定を行う下院には残留派が多く、新政権は難しいかじ取りを迫られるだろう。



 

仏国際関係研究所特別顧問
ドミニク・モイジ氏

 

エリートと大衆断裂、試練


 欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国が直面する最初の苦難は、連合王国を維持できるかという問題だ。ロンドンやスコットランドではEUに残留すべきだとの声が多数派で、ほかの地域は北アイルランドを除き、おおむね離脱に賛成だった。ロンドンは連合王国を抜けられないだろちが、スコットランドはそれができるし、そう願うはずだ。地域間の対立が浮き彫りになり、英国は連合王国の解体というリスクに向き合うことになる。

 EU離脱を決めたことで、英国が悪い方向へ大きな一歩を踏み出したのは間違いないが、一つの選択として尊重されなければならない。だが、無謀な賭けに負けたキャメロン首相が辞任し、責任を取るのは当然だろう。次の首相はEU離脱の影響をいかに抑えるかが求められる。

 英国は域内2位の経済規模を持つ。米国と特別な関係を築いており、欧州における外交や安全保障上の主要なプレーヤーだった。そして、欧州の民主国家の生みの親でもある。それだけにEUにとって英国の離脱は大きな打撃で今後、弱体化するのは避けられない。欧州統合計画の崩壊が始まったといえる。

 EUからの離脱を選んだ英国民の判断は、欧州の多数派の意思を反映したともいえる。今、欧州各国がEU離脱の是非を問う国民投票をすれば、英国と同じような結果になるだろう。

 EU離脱を主張する勢力はデンマークやオランダにもある。フランスには(極右政党の)国民戦線があり、国民投票の実施を要求している。英国のEU離脱は、こうしたポピュリズム(大衆迎合主義)や反欧州統合の動きを勢いづける。英国の国民投票でこの大惨事が来る時期が早まる
が、もともと避けられなかったのも確かだろう。

 こうした急進政党が欧州で勢力を伸ばしている背景には、大衆のエリート層、エスタブリッシュメント(支配階級)に対する反発がある。有権者は既存の政党が自らの声を代弁していないと感じている。それゆえ、極右や極左政党はエリート層を非難する同じ方向に近づきつつある。

 我々は英国民投票の結果を教訓としなければならない。これから欧州統合はどのように進めるべきか。英国が離脱すれば、統合をより深く、より早く進められるだろうが、だからと言ってEUへの権限移管を拙速に進めるべきではない。

 問題の本質は英国特有のものではなく、欧州各国に存在するエリート層と大衆との断裂にあるからだ。どうやってこの断裂を克服するか、政府と大衆の信頼をどう取り戻すかが、欧州が乗り越えるべき本当の試練になるだろう。


 

 



東京外国語大大学院教授
渡辺啓貴氏


長期的にはEU統合進む


  欧州の統合は常に人びとの理性と感情のはぎまで揺れ動きながら、前進してきた。最終的には英国民が理性で判断すると考えていただけに、離脱支持派が上回った結果は大きな驚きだ。

 短期的には欧州統合に強い逆風が吹く。他の欧州連合(EU)諸国でも反EUを掲げる政党が勢いを増し、EU離脱をめざす動きが増える恐れがある。EUをスケープゴートとし、厳しい経済状況などをEUのせいにする状況は続くだろう。

 ドミノ倒しのようにEU離脱が続くとは考えにくい。もはや欧州各国は単独では立ち行かない。欧州統合とは「国境を越えたリストラ」であり、域内全体で産業などを再構築して最適化できる。長期的に見れば、統合を進めるという方向性は変わらない。

 EUは市場統合や東方への拡大を経て、後戻りできないほど結びつきを強めており、離脱することで支払うコストは大きい。その意味で英国は壮大な実験になる。今後、英国が見舞われる経済的な悪影響などの現実を目の当たりにすれば、他国の離脱支持者も考え直すだろう。

 EU側もあらゆる手段を尽くすはずだ。特に、統合を主導してきたドイツやフランスが英国を簡単に手放すとは考えにくい。形式上はEUの枠組みから英国を外したとしても、今後の交渉の過程で様々な制度をつくり、英国とEUの実質的な結びつきは弱めないよう努力するだろう。

 EUは当面、統合を足踏みして制度設計を根本からやり直す時期に入る。特に、フランスの影響力が落ちて「ドイツ1強」と呼ばれる統治形態には不満がたまっている。「反EU」は「反独」の裏返しだ。独が主導権を握りすぎないよう、意思決定の仕組みを改める声が大きくなるとみる。

 英国の離脱の余波で各国内の地域独立運動も盛んになりそうだ。EU残留を支持するスコットランドの独立運動が再び盛り上がり、スペインなど他の国に飛び火するシナリオだ。独立まで行かなくても地方に自治権を認める動きが広がるだろう。多様性と欧州の統一性をいかに両立させるかが重要な課題になる。

 世界情勢にも大きな影響を与える。移民の流入に反発していた離脱派が勝ったことで、欧州全体の難民問題の解決に逆風となる。EUはウクライナ危機を受けてロシアに経済制裁を課したが、比較的強硬だった英国が離脱することで、欧州とロシアの関係が改善に向かうかもしれない。

 欧州との経済関係を強めてきた中国の外交政策に影響を及ぼす可能性もある。英ポンドの下落は英国に投資してきた中国の財政の重荷となりかねず、経済力を武器に勢力圏を広げる戦略も修正を迫られるだろう。

 

 

 

 

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