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瀬戸際の自由民主主義
チーフ・ポリティカル・コメンテーター
フィリップ・スティーブンズ
金融資本主義は2008年の世界的な金融危機を乗り切った。しかし、自由民主主義は厳しい状況に直面している。この2つには関連がある。
西側諸国の政界の支配層は至る所で追い詰められている。排外主義を揚げる不動産王のドナルド・トランプ氏は、米大統領選の事実上の候補者になった。フランスの極右政党「国民戦線」の党首のルペン氏は来年、大統領の椅子を狙っている。
政治の伝統崩壊 計り知れぬ影響
実利主義で穏健で、物事を慎重に進めていく傾向がある英国が、これまで政治的に築き上げてきたものを一瞬のうちにすべて打ち壊してしまうとは誰が想像しただろう。23日の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票の結果は現状に対する反乱であり、国内外へ及ぼす影響は戦後、欧州で起きたどんな重要なできごとにも劣らぬほど甚大だ。
かつて冷静沈着だった英国民がなぜ経済的利益に反し、EUからの離脱に一票を投じたかについてはいくつも理由を挙げられる。自分たちは特別だという意識、移民問題、恥ずかしいほどに二枚舌で矛盾することを主張した離脱派の運動、一向に増えない所得、金融危機後の緊縮政策などは、すべてその理由だ。
だがこれらをつなぐ糸は、勤勉な労働者階級に不利につくられたと見られている政治経済システムに対する大きな不満だ。
国民投票をすれば保守党が分裂することは初めからわかっていた。離脱派が勝ったのはひとえに、従来、労働党を支持してきた何百万人もの有権者が労働党を見限り、英国独立党が触れ回る反移民政策になびいたからだ。
政治は過去数十年間にわたり、長い歴史ある中道右派と中道左派の既存政党が交互に政権を取り合うゲームのようなものだった。ところが今、英国では保守党と労働党が、欧州大陸ではキリスト教民主党と社会民主党が主導権を失った。
英国はEUから離脱することで国内経済が縮小し、国際舞台では地位が低下する。それは世界に対し消極的な姿勢に転じることを意味する。
スコットランドのスタージョン行政府首相が独立の是非を問う住民投票を再び具体的に計画し始めたら、1つの連合(EU)からの離脱がもう1つの連合(連合王国)からの分裂につながる可能性もある。外国資本や企業が英国から引き揚げれば、経済は後退に向かうかもしれない。
派手だが実態を正確には説明しないジョンソン前ロンドン市長が率いた離脱派は、こうした事態に対処する計画を一切持ち合わせていない。ジョンソン氏はキャメロン首相に代わり、首相の座に就くという熱烈な野望を抱き、それ以外のことは考えていなかった。
真剣に検討した将来展望を提示できなかった理由は簡単だ。英国がかつてのように世界の中心として復活するのだという懐古じみたナンセンスな目標を掲げる以外、次に何が起こるか何もわかっていなかったのである。こんなことを言っても仕方がないかもしれないが、英政府は様々な事柄について、ブリュッセルにあるEU本部と関係を整理する作業に今後、5年から10年の歳月を投入しなければならない。極めてコストのかかる作業だ。
友好国・同盟国の 同情は得られず
友好国と同盟国が英国に同情を示すことはないだろう。ユーロと移民流入という2つの危機を切り抜けたドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が3つ目の危機を持ち込んだ英国に感謝するわけがない。何事も自国を優先する英国は、欧州にとって常に厄介な存在ではあったが協力せざるを得ないパートナーだった。それほど重要だった国家が離脱することになり、EUは弱体化する。
キャメロン首相の後継者はワシントンに慰めを求めることもできない。オバマ米大統領は4月、もし英国が国民投票で離脱を決めたら、それはワシントンにおける英国の影響力を自ら衰退させることを意味する、とこれ以上ないほど率直に語った。
米英の「特別な関係」は実体よりも象徴的な意味合いが強いが、英国のEU離脱はこの言葉から両方の要素を奪ってしまう。そしてこうしたことは、昔失った領土を少しでも回復しようとするロシアの動きや、中東での混乱、数多くのテロ、制御不能な移民の流入といった難題が西側諸国を襲っている中で起きた。
各国の指導者は離脱を決めた英国にいらだちを覚えるだろうが、それでも今回の国民投票に影響を及ぼした様々な要因について、詳細に研究した方がいい。英国のような慎重さを備えた国が、半世紀かけて築き上げてきた外交と経済政策をわずか1日で崩壊させられるのであれば、選挙での想像を超える展開によって、トランプ氏がホワイトハウスヘ、あるいはルペン氏がエリゼ宮の主となる可能性を一体誰が排除できるだろうか。
今回の国民投票から米国人が学んだ「教訓」を要約すると、「グローバル化は機能していない」ということだ。
大企業といえば、今や政治的には悪いニュースとなった。もちろん、世界の開かれた市場が成長と繁栄への刺激になると示す統計を延々と生み出すことはできる。だが、そうした統計がどれほど真実であっても、抽象的で積み上げた数字でしかない。それらは多くの人々の経験を反映するものではない。
増幅する不公平 資本主義改革を
この10年ほどの間、グローバル化の進展によってもたらされた果実はひどく偏った形で分配される一方、大企業の間では租税回避の動きが広まった。その傾向は堅調な経済成長により覆い隠されてきた。特に世界的な金融危機以降、各国が緊縮財政に走ったことから富の配分を巡る不公平感は増幅された。最も裕福な上位1%は緊縮の影響をほとんど受けなかったからだ。
資本主義には救いが必要だったが、納税者のお金で大手金融機関を救済したため、各国政府は市場が抱えていた問題を政治の場に持ち込んでしまった。経済成長を再び達成できるようになれば、一部の問題の深刻さを緩和できるだろう。特に欧州は、財政健全化の達成を絶対視するような取り組みが政治的にいかに有害であるかを理解しなければならない。
政治家は資本主義の行き過ぎにも対応する必要がある。もし今、危機に直面している自由民主主義を救いたいのなら、資本主義を改革しなければならない。
(6/25日付)