新素粒子 開け道の扉
宇宙観が一変? 確認大詰め
万物に質量を与える素粒子「ヒッグス粒子」を発見した欧州の大型加速器「LHC」で、新たな発見への期待が高まっている。未知の素粒子が存在する可能性を示すデータが得られ、確認のための実験が続く。もし存在が事実なら、ヒッグス粒子に続く歴史的な成果だ。物質や宇宙の成り立ちを説明する素粒子物理学の見直しを迫り、今の世界観が大きく変わることになるかもしれない。
スイス・ジュネーブ近郊にある欧州合同原子核研究機関(CERN)の「LHC」は世界最大の加速器だ。一周の長さが27`bで、山手線に匹敵する。原子核を構成する陽子同士をほぼ光の速さまで加速して衝突。飛び出してくる様々な粒子をアトラスとCMSという巨大な装置で観測する。2つの国際研究グループがそれぞれのデータを分析している。
ここで2012年にヒッグス粒子が見つかった。素粒子物理学の根幹をなす「標準理論」では、電子など17種類の素粒子が存在すると予想され、ヒッグス粒子は最後まで見つかっていなかった。その理論を作ったピーター・ヒッグス博士とフランソワ・アングレール博士が翌13年のノーベル物理学賞を受賞した。
LHCで昨年行われた実験で、未知の素粒子が存在する可能性が出てきた。ヒッグス粒子の約6倍という非常に重い素粒子の存在を示唆するデータが得られたのだ。推定される質量は7500億電子ボルトで、17種類の素粒子の中で最も重いトップクォークの4倍以上もある。
CERNが昨年末にデータを発表した直後から、世界の物理学者たちはその解釈を巡って議論を始めた。標準理論が実証されたことで、日常生活の根底にある物理法則を人間はほぼすべて理解できたことになる。しかし、宇宙の大部分を占める謎の暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギーなどを説明できないなど、足りない部分がまだある。新しい素粒子が見つかれば、標準理論を超える新しい物理学への幕が開く。
現時点で、新粒子の存在が確定したわけではない。取得した実験データの量が十分でなく、実験で「発見した」と認定されるレベルに達していないからだ。ヒッグス粒子の発見の際は、陽子を2500兆回衝突させて観測データを分析した。CERNは5月から11月初旬まで実験を繰り返し、陽子の衝突回数を2500兆回に増やす計画だ。
「確認できるかどうかは五分五分。普通の現象が新粒子ができたように見えている可能性もある」。アトラスの実験グループに参加する日本チームの共同代表を務める東京大学の浅井祥仁教授はこう話す。7月までには十分なデータが集まり、新発見なのかどうかの結論が出るとみられている。
浅井教授は可能性として「大まかに3つの考え方がある」と説明する。まず、既存の素粒子と対をなす新顔の素粒子だ。標準理論の17種類の素粒子のそれぞれに、パートナーとなる素粒子が存在するという考え方がある。これらは「超対称性粒子」と呼ばれ、通常の素粒子よりも重いと予想される。暗黒物質の有力候補とみられている。
2つ目は、3次を超す次元が存在する可能性だ。この世界は縦、横、高さ方向に3次元の空間が広がっているが、実は4次元、5次元……と隠れた次元が存在するという理論がある。時間と空間の構造は現在の常識とはまったく違うとする考え方だ。
こうした「余剰次元」を私たちは見たり感じたりすることはできない。非常に小さい空間に丸まっていて見えないとされる。まるでSFの世界だが、余剰次元の存在を前提にすると、重力が電磁力など他の力と比べて格段に弱い理由をうまく説明できる。
3つ目はヒッグス粒子が未知の粒子が組み合わさってできているという可能性だ。この考え方に基づけば、新粒子は「複合ヒッグス粒子」ということになる。既知の素粒子を前提とする理論は大きな変更を迫られる。
浅井教授らはこれとは別に第4の可能性も検討している。観測結果から、陽子を衝突させてできた粒子がまず未知の素粒子に崩壊し、その後さらに崩壊して光の粒子(光子)2つが発生した可能性がある。この途中段階で発生した粒子は暗黒物質の候補となるかもしれないという。
未知の現象が見つかると、その背後には新しい原理があると考えて素粒子物理学は準化してきた。新しい物理学への第一歩となるのか。近く発表される新粒子探索の結果が待たれる。
素粒子物理学の標準理論 暗黒物質説明できず
素粒子物理学の基本的な枠組みで「標準モデル」ともいう。 1970年代半ばに完成し、理論、が予想する素粒子が実験で次々に発見された。物質を構成する素粒子は電子の仲間が3種類、物質を構成するクオークが6種類、ニュートリノが3種類ある。これに力を伝える働きをする光子など4つと、質量を与える働きをするヒッグス粒子を加えた計17種類の素粒子が含まれる。
ただこの理論では、物理学の最大の謎ともいえる正体不明の暗黒エネルギーや暗黒物質の存在など、説明できないこともなお多い。新粒子の発見などを手がかりに、標準理論を発展させる試みが模索されている。