お寺と日本人

大谷光淳さんに聞く

細る縁結い直す居場所

 

不採算店のように容易にたためないのが寺の難しさ


 親鸞を宗祖とする浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)。第25代門主の大谷光淳さんは門信徒数792万人(2015年版「宗教年鑑」より)、全国最大級の伝統仏教教団を象徴的に率いる存在だ。

 「2年前に門主に就任し、教団の拠点ごとに各地を訪ねました。地方では思いのほか過疎化と高齢化が進んでおり、寺の将来に危機感を抱く声が、20〜40代の比較的若い層から聞こえてきました。ある僧侶によると、年配の方の葬儀のたびに、ご門徒(檀家)が1戸ずつ減っていくような寂しさだといいます。息子や孫の世代が都会暮らしのためです。ご門徒の減少は、寺院の存続を揺さぶります」

 「売り上げが減ったから、不採算店舗をたたむ。そんな判断が経営の現場なら当然あるでしょうが、寺院の場合そう簡単にいきません。地元に檀家が残っている限り、僧侶・住職は自分たちの代で寺を閉鎖してしまうことに大きな抵抗があります。これからは僧侶の後継者難も加わって寺の維持が一段と厳しくなるでしょう」

 高齢化と過疎化は、日本が直面する課題と重なる。一方、浄土真宗本願寺派は首都圏が手薄だ。全国に同派の寺院は1万を超すが、1都8県には4%どまり。全人口の約3分の1が集まる首都圏の規模に比べて、見劣り感は拭えない。

 「当派の寺院は県庁所在地でなく農漁村に偏っています。地方のお寺は顔なじみが集まる場です。収穫した米を持ち込むご門徒さんや、散歩がてら気軽にお寺を訪ねてくるご門徒さんもいて、地域のコミュニティーの核になっている面が強い」

 「が、都会ではそんな意識は一段と希薄になっています。ある方がこんな世相分析をされました。『電車で化粧をする女性が増えている。彼女らにとって電車の中は公共の空間ではどうやらなさそうだ。車内に居合わせた見ず知らずの人より、スマートフォンのLINEなどでつながっている仮想空間こそ公共の場なのだ』と。なるほど公共意識がすっかり様変わりしているのかもしれません。とはいえ、現実の公共空間はもはや無用なのでしょうか」

 「私自身も5歳児と8カ月の乳児の父ですが、都会では子供が安心して泣ける場所が、見渡してもほとんどありません。親や保護者が周囲につい気兼ねしてしまう。お寺はそんな子供が泣いていい数少ない居像所の一つになり得る公共空間だと思います。熊本の地震でも、小さなお子さんだったり、病気を持つ方だったり、避難所に居づらい人はいるもの。お寺はそんな人が、安心できる場所になれるのでは」

 日本で民衆が初めて講″というかたちで社会を持ったのが、真宗が勃興する中世末から近世初頭だった

 司馬遼太郎は新聞記者時代、雑誌『信仰』に寄せたエッセーに書いている。「それまで彼らが持ち得た社会は収奪を通じて村の領主との間に結ばれたタテの関係のみであったのが、信心という新しい世界を媒体にして隣村のお安婆さんとも隣国の松蔵どんとの間にも強い結びつきを持った」 (福田定一「門前の小僧″五年」)。村中が結束するだけでなく、近在の村と連絡を取り、ヨコの関係ができる。その核が真宗寺院であった。

 「僧侶と門徒の一対一の強固なつながりは、その後江戸時代を通じて弱まっているのかもしれません。今も伝統教団は教え(教義)こそしっかりとしていても、人々の個別の悩みに向き合うのは新興宗教の方がむしろ巧みかもしれません」

 「都市部では、ご門徒はご近所同士ばかりでありません。たとえば当派の築地本願寺だと、東京都中央区のご門徒は1割以内。他区の在住者や、北海道から九州までと幅広い。お寺が、なんらかの目的意識を持って来る場所に変わってきています」

 一方で都会では、葬儀が様変わりしてきた。インターネット通販大手アマゾンジャパンがお寺を介在せず、僧侶を法事・法要に手配するサービス「お坊さん便」が登場している。

 「都会で育った人は、お寺とご縁のない日常を暮らしてきたため、自分の家の宗旨さえおぼつかないケースがあります。だからといって宗教を頭から否定しているわけではないでしょう。葬儀に僧侶が立ち会うことに何らかの意味がある、そう思う人がいるからこそ『お坊さん便』は生まれ、利用されるはずです。ただ葬儀に僧侶の立ち会いを頼みたくても、それ以上の濃い関係を持ちたくないという心理的な綾があるのかもしれません。そんな心情に寄り添うアブローチを、お寺側がしてこなかったとしたら残念です」

 「人が宗教に求めるものは2つあると思います。一つは死をどう受け止めるか。もう一つは生きる意味とは何かです。人工知能(AI)ソフトが世界的な囲碁の棋士に勝ち、車の自動運転さえ肩代わりしていこうという時代です。AIやロボットと違う人間ならではの特徴とは?こうした問いかけに道筋を示すのが、宗教の役割だと思います。まずはきっかけが大切。都会の人でも気軽に門をくぐってもらえるような雰囲気作りが、お寺の側に必要でしょう」

 


 

「若き指導者」世界選抜に 互いを知り尊重伝える

 

 「戦争やテロの絶えない世界。自分自身の信仰を大切にするのと同時に、互いの宗教を知り、尊重することが大切。各国の皆さんと交流を深め、帰ってから平和な社会の実現に向け協力するよう努力してください」

 公益財団法人ボーイスカウト日本連盟の特別顧問も兼ねる大谷光淳さんは昨年8月、山口市で開かれた「第23回世界スカウトジャンポリー」で、こうあいさつした。4年に一度のスカウト機構の国際大会で、152ヵ国の約3万人が参加。社会奉仕活動や自然の中での体験を通じて、チームワークの大切さや誠実さ、礼儀正しさなどを身につける運動を、大谷さんは後押ししてきた。

 そんな経歴と今後の活躍を期待してか、大谷さんは今年3月16日、ダボス会議を開催する非営利組織「世界経済フォーラム」(本部スイス・ジュネーブ)からヤング・グローバル・リーダーズの一人に選ばれた。ビジネス、科学、宗教など様々な分野で国際的に活躍する指導的な人物を毎年選出している。今年は121人選ばれた。

 

 

 

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