重力波を確認 次なるサプライズは
物理学者アインシュタインが100年前に予言した「重力波」の直接観測に米国の研究グループが成功した。重力波が確認されたことは何を意味し、物理学や天文学はどう変わるのか。米観測施設「LIGO」のリビングストン観測所、ジョセフ・ギアイム所長と、日本で重力波観測プロジェクトを率いる梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長に聞いた。
物理学の長年の課題だった重力波の直接観測を巡っては、米国、欧州、日本の3グループが競争していた。いち早く観測体制を整えた米国が、ブラックホールの合体という予想外の現象から生じた重力波をとらえ「観測一番乗り」の勝負は決着した。今後欧州と日本の観測装置も稼働し、同時に重力波を観測する体制がスタートする。重力波が来た場所を特定するには3ヵ所以上で同時観測する必要があり、ギアイム氏が強調する各国の連携が重要な意味を持つ。重力波観測は競争から協力の時代に入る。
今後について梶田氏は「考えにくいかもしれないが」と前置きしたうえで、宇宙の始まりを伝える「原始重力波」の関連現象をかぐらで探すことに意欲を示した。かつて素粒子ニュートリノの観測実験で想定外のデータを見付けたことを糸口にノーベル物理学賞に輝いた研究者らしい発想だ。重力波観測を巡っては今回の「一番乗り」に続くサプイズがあるかもしれない。
東京大学宇宙線研究所長
梶田 隆章氏
――米国のグループが2月に重力波観測を発表した時、どう受け止めましたか。
「タイミングの早さに驚いた。米国で順調に準備が進んでいるとは聞いていたが、昨年秋から始まった最初の観測では、性能を示す感度が最終目標の3分の1程度にとどまっていた。重力波を実際にとらえるのは、もっと感度を上げてからだと思っていた」
「というのも、最初に観測される重力波は、2つの高密度の星が互いの周りを回っている『連星中性子星』が合体して出るものと考えられたからだ。これは感度を上げた前提で年に10回程度観測できるとみられていた。今回実際には2つのブラックホールが合体したことによる重力波が観測された。このシグナルは極めて明瞭で、感度が低い段階でも十分に観測できた」
――米グループは幸運に恵まれたということですか。
「というより、我々が知らなかっただけで、こうしたブラックホールの合体が宇宙ではけっこう頻繁に起きていて重力波も地球に届いているということだろう。米国は10年以上前から今と同規模の大型観測装置を稼働させ、それを改造して動かし始めてすぐに観測に成功した。幸運だけではなく、米国はそれだけの準備をしていたということだと思う」
――重力波が実際に観測された意義は?
「重力波は100年前、アインシュタインが自身の一般相対性理論をもとに存在を予言した。1970年代には、米国の研究者が連星中性子星を観測し、重力波がエネルギーとして放出されていることを証明しているが、今回のように実際の波をとらえた意義は非常に大きい。一般相対性理論は重力の弱いところでは様々な実験で検証されてきたが、ブラックホールが合体するような重力が極めて強く働くところで、実際の観測によって理論が裏付けられたのは初めてだ」
――日本の重力波天文台「かぐら」もほぼ完成し、観測に向け準備が進んでいます。
「試験運転を3月末から1カ月間行った。重力波をとらえる仕組みは米国や欧州の観測装置と同じで、重力波による空間のわずかなゆがみによる距離の伸び縮みを、2方向に長い距離を走らせたレーザー光を干渉させることによって検出する。米欧にない特徴は、装置を地上の振動の影響のない地下に設置し、温度による揺らぎを避けるためレーザーを反射させる鏡などを低温に保つことだ。2017年度中に低温鏡を使った運転を始めたい」
「地下に設置されて低温鏡を使うかぐらは、周波数100ヘルツ以下の範囲で感度がい。今回観測されたブラックホールの合体に伴う重力波はこのあたりの周波数のものが多いと予想されるため、大いに期待している。まだ観測例が1例なので断定的なことはいえないが、かぐらが本格稼働すれば、ブラックホールの合体による重力波を中心に、毎月あるいは毎週のように重力波が見つかっても不思議ではないと思う」
――重力波を使った宇宙観測で何が期待できますか。
「これまで宇宙観測の主役は可視光やエックス線など電磁波が中心だが、宇宙にはブラックホールや超新星爆発のように、光だけではわからない極めて高いエネルギーに関連した天体や現象がある。それを解明するのに重力波による観測は欠かせない。今回の場合も、ブラックホールの合体はもちろん、ブラックホールの直接観測自体初めてのことだった」
「重力波と他の観測手段を組み合わせる研究も重要だ。例えば超新星爆発については素粒子ニュートリノによる観測で基本的なことはわかったが、重力波の観測情報と組み合わせるてとで、より詳細なメカニズムが解明できる。重力波やニュートリノ観測で最初のシグナルをとらえ、それを世界中の観測機関に連絡して一斉に様々な手段で観測するというやり方もできる」
――他にどんなことを観測したいですか。
「宇宙の始まりの時に出た原始重力波というものがあり、まだ観測されていない。かぐらや米欧の地上の観測装置では観測が難しいといわれている。原始重力波信号の観測は考えにくいかもしれないが、やってみないと分からないことはたくさんあるので、かぐらでもぜひ可能性を探っていきたい」
「LIGO」リビングストン観測所長
ジョセフ・ギアイム氏
――アインシュタインが予言した重力波の観測に成功しましたね。
「昨年9月に観測したのは、太陽の29倍と36倍の質量を持つ2つのブラックホールが合体したときのものだ。2つのブラックホールが近づき、ぶつかったと思われる。そのとき地球からも観測できるほどの強い重力波を発した」
――最初に観測の一報を聞いたのはいつですか。
「早朝で寝ていた。メールを確認すると、すでに研究者たちが『何を観測したんだ』『データの意味は』と議論を始めていた。とても美しい信号だったが、私は模擬訓練ではないかと疑った。以前、偽の信号を入れる試験をしたことがあったからだ。だが同僚や総括責任者のデービッド・ライツィー氏(米フロリダ大教授)は訓練は承認していないという。その後、彼らと直接話し、目をじっと見て、ようやく真実だと理解した」
――どう思いましたか。
「とても感動した。このために30年間働いてきたのだ。その後、すぐに別の感情に変わった。これは非常に慎重に事を運ばなければならないと。数週間データを集め、結果を注意深く説明する論文を書いた。約千人が協力し、素晴らしい仕事を成し遂げた」
――重力波とはどんな波なのでしょうか。
「アインシュタインが打ち立てた『一般相対性理論』は重力に関する新理論だ。あらゆる物質が時空のさざ波を発し、光速で伝わっていく。そこでは時空が曲がる。地球のような星でも、発生する重力波は極めて少ない。我々が探しているのはもっとエネルギーに満ちた波だ」
――重力波の発見は何に役立つのですか。
「天文好きの人たちは、宇宙で起きていることを楽しみながら学んでいる。未発見のものを観察するのは興味深いことだ。極めて小さいものを測定する技術は他の分野に応用できる。例えば、半導体チップではナノ(ナノは10債分の1)メートル規模の細かい計測技術が必要だ。今回使った検出法では、4`bの長さの空間のごくわずかなゆがみを測る。それは陽子の直径の干分の1で、10のマイナス18乗bという微細なものだ」
「全地球測位システム(GPS)受信機には一般相対性理論が使われている。もし100年前、アインシュタインに『あなたの理論はどう役立つのか』と聞いても、そんな応用は思いつかなかっただろう。同様に、ブラックホール研究から得た知識で100年後に何ができるようになるか予測はできない」
――重力波の観測にはどんな苦労がありましたか。
「微細な変化を測るのはとても難しい。風は検出をしばしば妨げる。強い風が吹くと建物はわずかに揺れ、検出器が動いてしまう。風が強いときは正確に観測できない。解決策は風がやむまで待つことだ。地震や音、電磁波のように、重力波の観測を妨げるノイズは多い。我々はマイクや振動計などでノイズを常に観測し、障害となるものを取り除いている」
――日本の重力波天文台「かぐら」とはどう協力していきますか。
「LIGOの2施設はどちらも米国にあり、3干`bしか離れていない。これでは全宇宙の2%しかカバーできない。欧州の観測装置『XIRGO』も稼働するが、日本はXIRGOよりずっと性能が良い。日本と欧州の観測装置が使えれば、より良い結果が得られる。重力波と他の観測方法を組み合わせる『マルチメッセンジャー天文学』には日本の参加が極めて重要だ」
「かぐらは地下にあり、地上の振動の影響をあまり受けない。極低温を利用する点はLIGOよりも進んでおり、検出器のノイズを減らすことができる。物理学に限らずビジネスでも同じだと思うが、物事を進展させるのに競争は不可欠だ。データを一緒に解析すれば、同じ信号からより多くの情報が得られる」
――LIGOの予算は。
「1980年代から投じた金額は、研究者の給与や2施設の建設費、改修費を含めて累計11億j(約1200億円)だ。資金の一部は産業界にいき、大学や企業で働く人材も多数生み出している。納税者には恩返ししたいと思っている。ここの科学教育センターは昨年1万5千人が見学した。今年は爆発的に増えるだろう。生徒らには重力や科学について学んでほしい」