ユーロ圏はドイツのものか
欧州中銀への批判 債権国の都合映す
チーフ・エコノミクス・コメンテーター
マーティン・ウルフ
マクロ経済に関するドイツの考え方はなぜかくも奇妙なのか。そして、これは重要な問題なのだろうか。そう、非常に大切な問題だ。奇妙である理由の一部はドイツが債権国だからだ。金融危機はドイツにユーロ圏の問題に対する支配的な発言権を与えた。債権者の利益は重要だが、それは一部の利益であり全体の利益ではない。
最近のドイツによる批判は欧州中央銀行(ECB)の金融政策、特にマイナス金利と量的緩和に集中している。ショイブレ独財務相は、反ユーロ政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭の責任の半分はECBにあるとまで言う。これは尋常でない攻撃だ。
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ECBの政策への批判は様々だ。抵抗する国に改革の必要性を失わせる。債務の削減に失敗している。保険会社や年金基金、銀行の支払い能力を損ねている。物価上昇率を辛うじてゼロを上回る水準にしか維持できていない。欧州統合プロジェクトに対する怒りを助長している。要するに、ECBの政策は安定性に脅威を与えているという。
こうした見方は、ドイツ経済諮問委員会の異端メンバー、ぺーター・ボーフィンガー氏が指摘するように、経済学者故ヴァルター・オイケン氏が戦後に生み、ドイツで強い影響力を持ったオルド自由主義に遡る。この考え方は3つのマクロ経済的要素を重視する。(ほぼ)恒常的な予算均衡、物価の安定(インフレよりはデフレが望ましい)、そして自由市場だ。
これは規模が小さく、開かれた経済やドイツのように競争力ある産業を持つ大国には妥当な方針だが、ユーロ圏のような独経済の3倍の規模があり、対外貿易がかなり閉ざされている大陸経済には機能しない。
2015年第4四半期のユーロ圏の実質需要は08年第1四半期より2%少なかったが、米国の需要は10%増だった。この深刻な需要不足という視点がドイツによる批判からは抜け落ちている。ECBが慢性的需要不足によるデフレの悪循環に陥るのを防ごうとしているのは正しい。ドラギ総裁が言うように、ECBの低金利政策に問題はない。むしろ低金利は投資需要不足の「症状」だ。
ドイツは00年代初めに人件費と労働者の収入を削る労働市場改革を行ったが、それ以降のドイツ経済は構造改革が今の問題解決にはならないことを示している。超低金利にもかかわらず、国内貯蓄の3分の1さえも投資に回っていないからだ。労働市場改革前の00年には、ドイツ企業は内部留保を上回る額を投資していた。だが、事態は今やその逆だ。家計部門は貯蓄余剰で、政府の収支も均衡していることから莫大な対外黒字が生じている。
ドイツが貯蓄を活用できずにいるのに、なぜ他国が貯蓄を生産的に利用できるのか。ドイツが言うように他国が構造改革を進めたら、なぜドイツで欠けている投資が他国では増えることになるのか。そもそもユーロ圏全体で需要と成長がかくも弱い時に、なぜ債務削減など期待できるのか。
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現実に起きたのはユーロ圏のミニドイツ化だ。ユーロ圏の経常収支が08年から16年に域内総生産(GDP)比約5%改善する見込みだ。全加盟国も収支均衡か黒字になるという。
だが世界の残る国々は警戒している。ECBがマイナス金利を導入したのは、さらに貯蓄する価値が今や極端に低いからだ。ECBは11年の利上げの悲惨な結果からも学んだ。翌年以降実施した金融緩和も、不十分とはいえ景気回復という形で実を結んでいる。実質需要は13年第1四半期を底に4%増えた。コアインフレ率は約1%とはいえ安定した。これは失敗ではない。成功だ。
これらの政策は債権国では当然、不人気だ。だが金融緩和策は危険だとの指摘は、金融を引き締め過ぎた場合の危険を無視している。デフレに陥っても問題はないと考えているようだが、デフレは実質的な債務負担を高め、金融政策の効果も損ね有デフレ下ではマイナスの実質金利の実施も難しくなる。デフレスパイラルは、マイナス金利よりもはるかに深刻だ。
つまりユーロ圏は債権国だけのために運営されたら破綻する。政策は均衡の取れたものでなければならない。ECBがデフレ阻止に動くのも、国家レベルでよりバランスの取れた需要を目指そうとするのもそのためだ。ドイツの需要不足こそが大問題だ。欧州連合(EU)の「(経常収支や財政収支が)不均衡な国に対する是正勧告」の在り方は、ドイツの黒字に対し、もっと厳しくあるべきだ。
ドイツの考え方と利益は、ユーロ圏には重要だが、それが全てではない。ドイツがECBは欧州統合プロジェクトの正当性を致命的に弱めるとみるなら、離脱を考えるべきだ。それは大きな短期的混乱を伴う。だがドイツがユーロ圏にとどまる限りは、ECBのなすべき仕事も受け入れるべきだ。ECBが仕事をなし遂げても、ユーロ圏がうまく機能するようにはならないが、間違いなく、統合という目的の達成に欠かせない貢献にはなる。
(4/11日付)