動き出す安保関連法

日米同盟の深化に有益

 

豪・韓・印との連携重要  協力と結束中国に示せ

ポイント


マイケル・グリーン 

米戦略国際問題研究所 上級副所長


 世界では安倍晋三首相の国家安全保障への取り組みが議論の対象になっている。ニューヨーク・タイムズなど一部の左派系メディアは、安倍首相が「日本を軍国化しようとしている」と論じた。だが日本の防衛予算は昨年1%余り増えたが、それ以前は10年以上ほとんど増えていない。

 日本の野党の政治家は、安保関連法は日本に徴兵制を復活させかねないと主張している。また一部の法学者は安保関連法が憲法違反だと指摘する。だがこうした主張をつぶさに検討すると、法的根拠がほとんどないことに気づく。

 結局、集団的自衛権の認識、武器輸出三原則の緩和、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定に関して安倍首相が実現したことの多くは、今日の国際環境の現実を踏まえての日本の法律・政策の自然な推移だといえる。

 そもそも集団的自衛権の問題は、民主党政権下でも議論された経緯がある。このことを多くの人が忘れているようにみえる。

 東京駐在のある米国人特派員は、安倍首相は革命を起こそうとしているのか、それとも漸進的変化を進めているだけなのか、と質問してきた。いい質問である。日本は防衛政策に関して漸進的な変化を遂げてきたが、首相はその中でも最大の前進を遂げたと筆者は答えた。本稿では、この答えの意味と日本の安全保障に関する課題を説明したい。

 過去数十年、保守主流派で構成された日本政府は、米国による保障を最大限に引き出す一方で、アジアでの米国の冷戦に日本が「巻き込まれる」危険を最小限に抑えようとしてきた。これが1951年のいわゆる安保条約の締結に向け、保守派の政治家を結束させた吉田茂構想の趣旨だ。彼は平和主義者でも理想主義者でもない。ただ、日本が再び力を付け、米国とより対等な同盟関係を結べるようになるまで、憲法9条は同盟下で日本が主権を維持する手段として有用だと見抜いていた。

 安保条約の締結後、内閣法制局は米国の戦争に巻き込まれる事態を阻止すべく、一段と手堅く手段を講じた。集団的自衛権の行使を禁じただけでなく、60年1月に調印された新安保条約の第6条、いわゆる「極東条項」の範囲をフィリピン以北に限定んたほか、「武力行使との一体化」(海外で戦闘行為中の他国の、軍隊への直接の補給、輸送、医療支援など)も禁止した。

 米国が日本に対する要求を強める度に、内閣法制局は新たな足かせをはめていった。国際安全保障に関して米国に巻き込まれないようにする完壁な「アリバイ工作」である。

 岸信介氏や中曽根康弘氏のように米国との同盟関係でより多くの責任を担い、対等の関係を確立しようとした非主流保守派の政治家もいたが、戦後の首相の大半は内閣法制局によるアリバイエ作を強化し、地域安全保障への関与を拒んだ。これは、日本政府にとってそれなりに地政学的な意味はあったといえよう。

 というのも日本は基本的には、アジアでの米国の防衛線の「後方地域」に位置づけられるからだ。実際、安保条約が締結されると、朝鮮戦争のために米国の空母、爆撃機、海兵隊、陸軍が日本の基地から出撃している。さらに、べトナムに軍隊を送り込む後方地域の主力にもなった。

 こうした状況下で、日本は60年安保条約の第6条に基づき基地を提供する義務を果たし、米国はそれにより日本を守る義務を果たす。これで日本は、武力紛争には関与しないと主張することができた。

 例外的な事態はいくつかあった。冷戦の時代、ソ連がバックファイア爆撃機、潜水艦、歩兵部隊、戦闘機を極東ロシア、オホーツク海、北方領土に配備した時、当時の中曽根首相は、米国のために日本列島を「不沈空母」にすると宣言した。レーガン大統領と信頼関係が厚かった中曽根首相は、日米が役割分担をし、日本は列島を「盾」に、米空軍と海軍はソ連を攻撃する「やり」になるとした。実際には両国は詳細な共同作戦など立てていなかったが、それを知らないソ連はオホーツク海の内側に防御線を後退させた。

 もう一つの例外は97年のガイドライン改定だ。この時は「日本国辺地域における事態で、日本の平和と安全に重要な影響を与える場合」の協力が盛り込まれだ。旧ガイドラインの地理的な拡大は、台湾海峡や北朝鮮の核開発を巡り中国からの圧力が予憩外に高まった時期に、日米同盟の信頼性を高めることにつながっている。ただし集団的自衛権の行使が禁じられていたため、共同作戦計画や合同演習は引き続き制限されていた。

 安倍首相は今回、内閣法制局による.「アリバイ」を撤廃し、域内の安全保障に対する脅威に日米両国が共同で行動を起こせるようにした。この地域の新たな地政学的現実を踏まえれば、これは必要な措置だったといえる。

 北朝鮮がミサイルや核開発に躍起になり、中国が沖縄県・尖閣諸島や、沖縄本島から南シナ海につながる「第1列島線」を事実上制圧しようとしている現在、日本はまさに最前線に位置する。日本に必要なのは、米国に巻き込まれない方策を立てることではなく、日本列島と西太平洋の防衛に米国を巻き込むことだ。

 日本のせいで中国との紛争に「巻き込まれる」可能性に米国の専門家が警鐘を鳴らしたのが、安倍政権発足当時だったのは皮肉なことだ。中国政府は米国のこうした危機感に乗じて、日米同盟の分断を画策した。しかし日米両国は昨年4月に新ガイドラインの制定を完了した。今となっては日米双方が巻き込まれており、極東は切れ目のない戦略、計画、協力が必要な状況だ。

 今後は多くの作業が待っている。中国が領有権を主張する「グレーゾーン」や北朝鮮の挑発をはじめとして域内の様々な課題を共有すべく、日米は一体的な同盟構想を目指さなければならない。

 まず何よりも、今の時代に即した指揮統制系統の統合が必要だ。日本はオーストラリアのように統合参謀本部を設け、常時有事に備える責任者を置くことが望ましい。米国側も同様の組織を設ける。おそらく横須賀の第7艦隊とハワイの太平洋艦隊の一部を組み合わせることになろう。両組織は米統合参謀本部長、米太平洋軍司令官、日本の統合幕僚長の指揮下に置かれる。

 同時に、新ガイドラインの下で設置される同盟調整メカニズムは、戦略と構想の共有、共同計画の立案、計画の共同運用という野心的な課題に集中すべきだ。情報活動、ミサイル防衛など新システムの開発も、日米でもっと融合する必要がぁる。さらに両国は運用に際して豪州との連携を極力密にすることが望ましい。いずれは韓国、インドをはじめ他の友好的な海洋民主国家との連携も図るべきだろう。

 目的は中国の封じ込めではなく、中国の期待を現実的なものに引き戻すことだ。現状を変えようとして攻撃的な行動をとれば、地域大国が対抗して協力と結束を固めることを中国政府が理解すれば、より好ましい方向に軌道修正するだろう。結束は究極的には抑止力として働く。そして法の支配と信頼の絆に基づくアジア太平洋の未来を構築するうえで抑止力は欠かせない。

 準備は整ったが、中国は南シナ海での権益主張や軍拡をやめようとしなかった。今重要なのは、法律と政策の変更を実際の行動で示すことだ。

 

 

 

 

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