FT  AIは人知を超えるか


自ら学ぶ能力進化    実社会に貢献期待

米西海岸マネージング・エディター
  リチャード・ウオーターズ

 人工知能(AI)はすべて同じに作られているわけではない。3月9日から始まった韓国での囲碁戦に挑戦したAIは、今日のオンライン推奨エンジンや顧客サポートシステムに使われている月並みなAIよりも興味深いタイプのものだ。このAIが喧伝されている期待に沿えれば、実世界でのAIの使われ方に大変革を起こすかもしれない。

 米グーグルの子会社ディープマインドは今月10日に囲碁の世界王者である韓国の李世宅(イ・セドル)棋士との第1局に続き、第2局も制し、5局勝負の対戦での勝利に大きく近づいた。ディープマインドのプログラム「アルファ碁」はすでにAIの世界では注目されてきたが、今、コンピューターが画期的な勝利を収めようとしている。

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 人間と機械を戦わせる宣伝行為は今に始まったことではない。米IBMが19年前にその手本を示した。同社のスーパーコンピューター「ディープブルー」がチェスの世界王者ガルリ・カスパロフ氏を破ったのだ。当時は人間の知能の砦がコンピューター科学の手に落ちたように思えた。だがディープブルーは、知能の基盤と考えられているアルゴリズムによる勝利というより、むしろ強力なハードウエアの勝利だった。

 コンピューターのチェスプログラムは、何年も厳密な演算を用い、先々可能な手をすべて予期し、実行可能な最善の一手を計算することで進歩してきた。半導体の処理能力が18ヵ月ごとに倍増するとした「ムーアの法則」の進展がコンピューターの性能を飛躍的に高めた結果、ディープブルーが最後に人間の対戦相手を倒すのはほぼ必然と言え、勝利は時間の問題だった。

 以来20年、ディープブルーの勝利は広く知られたものの、AIの現実社会での利用促進にはほとんどつながらなかった。ディープブルーは狭いチェス盤上では奇跡を起こせたが、実世界の乱雑で「構造化されていない」性質の現象には通用しなかった。

 IBMは2011年に全く異なる活動を始めた。創業者の名を冠したコンピュー夕ー「ワトソン」が米国のテレビクイズ番組「ジョパディ」で、人間の歴代優勝者を相手に戦った。IBMはこのとき、難解なことで有名な「自然言語処理」ーーしゃれや言葉遊びにくるまれて不明瞭なときでさえ、言葉の意味を理解することの課題を解決することを目標に定めていた。

 ワトソンの成功は、エンジニアリングの分野で創意工夫を追求した結果の勝利だった。IBMは推論戦略と呼ばれるロジックを分析し、より柔軟なシステムの開発に活用した。これがTBMにとって最も有望な新規事業を生み出し、ワトソン部門はIBMのデータ分析業務の旗艦になった。

 だが、IBMはこの技術を実社会のビジネスの問題解決に活用することに猛スピードで取り組んだものの、これまでのところ、手が届くと思っていた本当に難しい任務をなし遂げるのに苦労している。

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 対照的に、ディープマインドは全く別格の技術だ。チェスと異なり、囲碁は可能な宇の数が多すぎて、コンピューターが計算し切れない。その結果、機械が採用できる唯一のアプローチは、パターン認識を利用して対局がどう進展しているか「理解」し、次に戦略を練り上げ、臨機応変にその戦略を適応させることだ。だからシステムはいわゆる「深層学習(ディープラーニング)」―AIにおける最も驚くべき最近の進歩の背後にある技術―を頼りにしなければならない。パターンと「意味」を模索して膨大なデー夕を分析すべく、人工の神経ネットワークを駆使するわけだ。

 ディープマインドは、システムに教えるために2つの囲碁プログラムを戦わせ、技術が反復・適応するのを助ける「強化学習」として知られるテクニックを活用した。ひ対局では、これら2台のコンピューターは、単独ではどちらも学ばなかった戦略を編み出した。

 AIの専門家らは、これを新たな知能の誕生と呼ぶことをためらっているが、コンピューター学習の進化における新しい何かを象徴していると述べている。

 グーグルがAI研究を進める狙いは、中核のインターネット事業の全面刷新だ。既存の検索エンジンを通して関連情報を提承するだけでなく、利用者のニーズを理解、予見し、助言を提示するのだ。この技術は、ヘルスケアなどの新市場でも適用できるだろう。

 グーグルが囲碁での成功をどう発展させられるかを判断するのは難しい。だが、李棋士は明らかに、非常に目立つデモンストレーションの受け宇の側に立っていた。対局の前に本紙(フィナンシャル・タイムズ)と話した際、彼はコンピューターが勝つ可能性について否定的だった。少なくとも、おごりは依然、人間特有の特徴だ。  (3/11日付)

 

 

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