池上彰の大岡山通信 若者たちへ
大学 社会切り開く学力
東京工業大学の期末試験の採点が終わりました。私の担当は1年生向けと2〜4年生向けの計2科目。800字以内で答える記述式です。
試験は縦書きの原稿用紙を使用します。入社試験で、この形式を採用しているところもありますし、実社会に出れば、こういう場面に遭遇することがあるからです。
理科系の学生たちは、ふだんパソコンを使って横書きで文章を書いているでしょうから、自筆で縦書きの文章を書くのは戸惑いがあるかもしれません。段落を変える際には冒頭の1文字分を空けるという基礎的な常識をっていない学生が結構いることに、毎回驚かされます。
本や新聞を読んでいれば、こういう常識は身につくはずなのですから、読んでいないことが露呈します。そもそも小学校の作文で、書き方のイロハは学んでいるはずなのですが。
とはいえ、文章に誤字脱字は少なく、しっかりとした学力があることが窺えます。とりわけ留学生の文章力の高さには驚かされます。
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採点は真剣勝負。力を込めて書いた学生諸君の答案をおろそかにするわけにはいきません。正座して文章を追っていきますが、鉛筆で薄く書かれた文章は読むのが苦痛です。たまに力強い筆致で黒々とした文字列に出いますと、その学生の自信の度合いがわかる気がします。
私の成績評価が厳しいことは、東工大生の間で知れ渡っていて、履修希望の学生は年々減っています。
それでも果敢に私の科目を取ってくれた学生たちですから、その意欲に報いたいのですが、今回もそれなりの数が合格点に達しませんでした。
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多数の学生たちの答案を読んでいると、共通の特徴が見えてきます。出題者の私が求めている答えを探りながら書いているのです。自分の考えを書くよりは、「求められている答え」を素早く探し出し、出題者を満足させようとする。
受験競争に勝ち抜いて東工大に入ってくる学生たちは、きっと小学生の頃から、そういう訓練を積んできたのでしょう。
でも、これでは、「正解」がないような問題に取り組むことができないのではないか。社会に出たら、世の中には「正解」がないことばかりなのに。それが心配になります。
こんな答案が続きますと、読むのが次第に苦痛になります。面白さに欠けるからです。想定内の答案が続くと、飽きてきます。眠気も襲ってきて、慌てて居住まいを正します。
それだけに意表を衝いた答案に出合うと、目が覚めます。出題者の意図など考慮しない答えは刺激的。思わず高い評点をつけてしまいます。中には、このコラムの内容のまとめ方を批判する答案もあり、驚きました。授業での学生たちの発言をコラムにまとめた際、発言内容が十分に反映されていないというものです。
分析力を感じさせる文章にも感心しました。当然ながら、高く評価しました。恐れを知らない態度。これこそ、これからの社会を切り開いていく学力だと思うのです。