英国EU離脱論の悲哀
欧州二層構造へ 緊密の理念遠のく
ヨーロピアン・コメンテ一夕ー
ウォルフガング・ミュンチャウ
2月19日に欧州諸国の首脳と英国のキャメロン首相が交わした合意について確証を持って言えることは多くない。ただ、1つ挙げるならば英国の欧州連合(EU)加盟継続の是非を問う6月23日の国民投票に、その合意はほとんど影響しないということだ。合意の内容が技術的すぎて、多くの有権者の考えを変えるには至らないからだ。
合意文書からニュアンスを読み取ろうとした人でさえ、その後の立法や司法手続きで、どれほど骨抜きになるのかを正確に把握できない。こうした合意は初めてだからだ。
私の友人で、英国に住む親欧州の人たちの多くは、この問題を現実的に見ている。今回の合意によって、国民投票で英国のEU残留を説得できる程度の内容は勝ち取ったとの見方だ。その意味で合意は目的を十分に達成したというわけだ。
□ □
だがEUの他の国々かられば、この合意は厄介だ。EU諸国の首脳らは、EU自体の将来が疑問視されている時だけに、「Brext−(ブリクジット=英国のEU離脱)」は代償が大きすぎると考えた。もっともな判断だ。彼らは惨事を避けるために「身代金」を払う準備ができていた。問題は、その金額が高すぎたのではないかということだ。
EU首脳らが行った最も重要な譲歩は、欧州の2層構造化に初めて同意した点だ。これは除外項目でも、免除でも逸脱でもない。EUが「絶えず緊密化する連合」という目標を正式に否定したに近い。この点に法的な意義があるかどうか分からないが、政治的な声明としては重要だ。
最重要加盟国の1つに恒久的な免除を与えて、どうやって絶えず緊密化する連合を追求できるというのだろうか。EUには、少なくとも9カ国が集まれば、そのグループだけで統合深化を追求できるという法的な枠組みが備わっている。だが、連合を分けてしまったら、分裂に至る。連合と分裂を両立させることはできない。
一部の国による統合深化の試みのうち、最も新しいのが金融取引税だ。このプロジェクトはEU加盟国11ヵ国が参加して始まったが、エストニアが脱落し、今ではベルギーが疑念を抱いている。ベルギーが去っても、理屈の上では残る9ヵ国でプロジェクトを推進できるが、そうすべきかどうか疑問を感じている国が複ある。参加国が減れば減るほど、金融取引税はただ単に、自国の銀行をそうした税がないEU加盟国に追いやってしまう可能性が高くなる。
今回のEUと英国との合意は、経済政策の細分化に拍車をかける。ユーロ圏と非ユーロ圏とでは金融の安定性確保の必要性が異なるかもしれないということは、この合意でむ認識されている。欧州理事会における議論の大半は、英国は独自のルールブックを持つべきか否かという問題に費やされた。自己資本比率のルールや銀行破綻処理の手続きなど、金融セクターの基本原則が違っていてもよしとするのか、ということだ。結局、英国向けの特別な条文を盛り込むことでEU全域をカバーする単一ルールブックの体裁を保った。
□ □
しかし、主たる金融センター(ロンドン)が地理的に境界線の外に存在する通貨同盟にとって、それぞれの金融セクターに対し異なる規制体制を設けてどう機能させ得るのか。合意文書によると、欧州中央銀行(ECB)と金融規制にかかわる諸機関が監督する条項については「加盟国には区別なく適用すべきだが、銀行同盟に参加していない加盟国の場合はそのかぎりではない」とある。
これは恐らく合意文書で最も笑える娩曲な表現だ。欧州の銀行の状態はひどい。銀行同盟が解決策になるはずだったが、財政支援と共通の預金保険がないため不完全だ。
英国は銀行同盟には参加していないが、金融サービスについてはEU単一市場の一部だ。従って、英国を免除することを正当化するのは難しい。
英国で大きな政治問題となっている社会福祉手当はどうか。英国政府が英国人以外のEU出身の労働者に対して在職給付は最大、当初の4年間増給付しなくていいとしたが、この規定によって英国に来るのをあきらめる人は少ないだろう。
この規定で労働者の自由な移動が終わりになることはない。だが、EUが絶えず緊密化する連合という概念を真剣にとらえていたら、政策は本来、国境を越えた労働者の移動を促し、その反対はやらないはずだ。ほかの国々も間違いなく、英国と同じような免除を求めることになるだろう。
国民投票でEU残留が決まった後に、今回の合意が完全には実行されないリスクがある。そのため、EUが意図的に英国の有権者をミスリードしたという陰謀論が出ている。
もし合意が完全に実行されたら、絶えず緊密化する連合という理念に終止符を打つことになる。そして英国が投票で離脱を決めたら、合意は無効となり、英は離脱について協議する長いプロセスに入る。どう考えても、良い結果につながりそうにない。(2/22日付)