FT シリア混迷 ロシアの非情
安全保障のゆらぎ 付け込まれる欧米
今回の「ミュンヘン安全保障会議」は、プーチン大統領の平和会議を皮肉る冷徹さと、憤慨しているものの足並みがそろわず無力な欧米の戦いだった。シリアが敗者になることは最初から分かっていた。
ロシアのメドページェフ首相は参加者に向かって、ロシア政府の唯一の目的はイスラム主義のテロリストを倒すことによって平和と安全を推進することだと主張した。世界の指導者たちは「人道主義」へのコミットメントを取り戻すべきだとも提案した。だが、そういいながら、ロシアの爆弾がシリア北部アレッポ県の病院や学校に落とされ続けた。プーチン氏の鋭い目を見れば何を考えているかわかるが、語り口が穏やかで童顔のメドページェフ首相の欺瞞(ぎまん)は本当に恐ろしい。
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今回の停戦への約束によりアレッポでの民間人の殺りくが終わる可能性は低い。本当に停戦になるのは、アサド政権とその支援国ロシアが領土的な目標を達成した時だろう。シリアのアサド大統領の退陣を求める西側の要求を実現するには、今や米国が軍事的にロシアと対峠することが必要となる。
オバマ米大統領は戦争を始める気はない。彼に近い関係者らによれば、オバマ氏は力強い介入を求める声の高まりに心を動かされていない。
オバマ氏はこう応じる。シリアは確かに地獄に落ちたが、たとえ可能であったとしても、戦火を消すのは米国の役目ではないーー。この姿勢のどこまでが、単に現状をとらえた冷徹な計算で、どこまでが中東における米国の戦争を終わらせるとした選挙前の公約への感情的なこだわりなのかは、本人しか知りようがない。
プーチン氏とトルコのエルドアン大統領の対立はこの先、爆発的に激化する恐れもある。ロシア皇帝がトルコ皇帝と再び戦争を始めるなど、考えるだけで恐ろしい。
ロシアとイランはこの戦いに明快な目的を持っている。イスラム主義のテロリストに代わる唯一の勢力として、シーア派の一派であるアラウィ派が率いるシリア政権をしっかり確立することだ。
しかし、欧米など残る他の関係国は異なる野心と優先事項があり、中には相互に矛盾するものもある。米政府は過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)打倒が自国の中核的利益だと考えている。だが、米国がシリア系クルド人のことを味方と見なす一方、エルドアン氏は彼らを砲撃している。シリア系クルド人がロシアの支援を得て、トルコ南部の国境にクルド国家のようなものを樹立するのを恐れているためだ。
サウジアラビアは、イランの支援を受けたアサド氏が退陣に追い込まれ、イラク北部のスンニ派がバグダッドのシーア派政権から自治を勝ち取るまでは、IS打倒を検討しないだろう。米国はイランとの核合意に調印した。しかし、米国の同盟相手であるサウジはイランのことを自国の存亡にかかわる脅威と見なしてる。アサド氏のいないシリアがどんな姿になるのかは誰にも分からない。
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欧州も問題を抱えている。シリア難民の大量流入に圧倒され、各国政府は米国の指導力の欠如について不満を言い、プーチン氏に対しては欧州連合(EU)を不安定化させているとして責めている。ロシア政府は、アレッポから追われた民間人がエーゲ海を渡り西へ向かう難民の故に加わる可能性があることをわかっている。
欧州の連帯はかねて過大評価されてきた。しかし今や、お互いの利益が自国の利益になるという理解さえ失われつつある。ドイツのメルケル首相は難民流入を食い止めるためにEU共通の立場を築こうとしたが、その努力を断念することを余儀なくされた。東欧の元共産主義諸国は、難民について一切の責任を拒否しながら、西側の近隣諸国がプーチン氏の失地回復主義から自分たちを守ってくれることを望んでいる。
フランスは内々に、ウクライナ侵攻後にロシアに科された制裁の緩和を求めるイタリアの要請を支持している。欧州各国はプーチン氏の思惑通り内部分裂し、自らを弱体化させているプーチン氏を利用している。
もし、オバマ氏が米国にはシリアの戦争を終わらせる力がないと判断しても、オバマ氏は欧州がこのように内部分裂していることを心配すべきだろう。EUは米国の安全保障があってこそ、常に団結できてきたのだということをオバマ氏に認識させる必要がある。欧州は腹立たしい同盟相手かもしれないが、欧州との同盟は米国の国益にとって重要だからだ。
シリアへの介入を狭い意味でしか考えていないことは、オバマ氏の大きな過ちかもしれない。だが、欧米諸国が今回ミュンヘンでシリア問題をあきらめたことは、シリアが小さな問題ではないことを示している。シリアで起きていることと、プーチン氏の戦略的脅威を分けて考えることはできないはずだ。(2/19日付)
米国の孤立主義の復活
中東が戦闘の炎に包まれ、ロシアが暴れ回っているのはなぜか。それは、オバマ米大統領が弱く、国際問題に介入しないため、世界情勢が手に負えなくなるのを許してしまったからだと非難されている。リベラル派、保守派を問わず多くの米国人が同じ批判を口にする。右派のサラ・ぺイリン氏は、オバマ氏のことを「最高降伏指揮官」と呼んだ。
強い米国の外交政策を切望する人は大概、次の大統領が「強い米国を取り戻してくれる」と考える。だが、その見方は米国の政治と外交政策の根本的な方向性を読み誤っている可能性が多分にある。米大統領選の現在の最有力候補ーー共和党のトランプ氏、民主党のサンダース上院議員ーーはいわゆる孤立主義の立場を取っているからだ。
トランプ氏の思考に内在する孤立主義は、軍を立て直すといった威勢のいい発言に隠れてしまうことがあるが、移民には厳しいし、経済に関する発言を聞いても、要は世界を締め出すという保護主義の最右翼だ。安全保障についても重商主義的発想で、米国による軍事的保護に対する賢用を韓国と日本に支払わせると約束している。つまり、アジア太平洋地域の安全を請け負うことに米国の本質的な国益はない、との考え方だ。
サンダース氏は、左派バージョンの孤立主義の立場をとり、米国が「世界の警官」であるべきだという考えを糾弾する。同氏も自由貿易には嫌悪感を抱き「何の制約もない自由貿易の締結は米国の労働者にとって大惨事」と断じる。両氏はともに、米国人のグローバル化に対し高まっている幻滅を利用しているのだ。
大統領選の今の流れは、トランプ氏かサンダース氏のどちらかが実際に党の指名を勝ち取り、最終的に大統領の座を手に入れる可能性を否定することはできないことを示唆している。
万が一、そんなことが起きたら、オバマ氏の「弱さ」と「無気力」を嘆いている評論家たちは、オバマ氏が、これまでの大統領の中では、真撃かつ献身的な国際主義者の最後の1人だったかもしれないことに気づくだろう。 (16日付)