軍事マーケットに揺れる安保地図
中国軍が持つ潜水艦は自衛隊の3倍以上
日豪交渉の行方 目を凝らす米
ポトマック川沿いにたたずむ米国防総省、通称ペンタゴン。この巨大ビルの一室に、世界に展開する米艦隊をあやつる司令塔がある。海軍制服組のトップ、ジョン・リチャードソン作戦部長の部屋だ。
中央には飾り気のない大きなテーブル。その上には30分ごとにべルを鳴らす海軍用の時計が置かれている。いま、いちばん警戒している動向のひとつが、ロシア軍と中国軍の潜水艦だ。
「ロシアの潜水艦は約20年前と同じぐらい、活発に行動している。軍事バランスを保つには、どんな体制を敷いたらよいか。まさに検討中だ」
取材に応じたリチャードソン氏は、淡々とした表情でこう切り出した。中国軍にも「引き続き、注視が必要だ」と語る。昨年10月下旬には、日本近海の米空母「ロナルド・レーガン」を中国潜水艦が追いかける騒ぎもあった。
こうしたなか、米海軍がじっと目を凝らしているのが、日本とオーストラリアの潜水艦協力構想だ。米軍のアジア太平洋戦略にも直結するからである。
「豪州が潜水艦への投資をふやせば、米豪の安全保障上の連携力も大きく強まる」。
米海軍のクリス・アキリーノ作戦副部長は話す。
豪州はいまあるコリンズ級の6隻に代わり、25年ごろからより性能が高い新型潜水艦を8〜12隻、導入する。日本とドイツ、フランスが協力に名乗りを上げ、昨年11月末に性能や費用をまとめた事業計画を出した。総額は500億豪j(約4兆4千億円)。豪州史上、いちばん大きな兵器調達だ。
日本が入札に動いたきっかけは、安倍晋三首相の盟友だったアポット前首相からの要請。アポット氏は在任中、南シナ海やインド洋に進出する中国軍に懸念を深め、潜水艦の増強に動いた。
「豪州にとって貿易の半分以上は東アジア向けで、大半が南シナ海を通っている。シーレーンを守るには、潜水艦を拡充しなければならない」。豪州の安全保障担当者はこう話す。
日本はスクリュー音が小さく、長時間潜れる最新のそうりゅう型の供与を検潮中。準同盟国である豪州の海軍力が高まれば、日本の利益にもなる。「私はこの案件に強く関与していく。そのつもりで進めてほしい」。安倍氏は関係省庁幹部にこう発破をかける。
米政府は具体的なコメントを控えているが、本音では日本製が採用されるのを望んでいる。日豪が手を結べば、将来、日米豪の潜水艦協力網をアジア太平洋に築きやすくなるからだ。オバマ政権でアジア太平洋戦略をかじ取りしたカート・キャンベル前米国務次官補は明かす。
「豪州の決定について、米政府は公式には関知しない立場をとっている。だが、内心では、日豪の協力関係が強まることが、いちばん米国の戦略的利益にもかなうと信じている」
豪州は、魚雷やミサイルなどの戦闘システムについては米国製を導入することを決めた。日本製が選ばれれば、潜水艦建造は日米豪の共同事業となる。
そうなれば、3カ国は完成後も乗員の訓練や潜水艦の修理、点検で協力する身内≠ノなる。作戦上の連携もすんなりいく。
「(日米豪が)一緒に行動しやすくなり、後方支援や共同訓練の効率を高められる」。ゲイリー・ラフヘッド元米海軍作戦部長も、日豪が共通の潜水艦をもつ意義をこう指摘する。
中ロけん制狙う
日米豪による協力を米軍が重視するのは、中ロによる潜水艦の脅威が高まっているからだ。ロシアの潜水艦は最近、米本土と各国を結ぶ海底ケーブル周辺を動き回っており、米側は「深刻な懸念」 (リチャードソン作戦部長)を抱く。
米国防情報局によると、中国海軍も近く、米本土を射程に入れた核ミサイルを積み込んだ潜水艦を配備し、運用を始めるとみられる。
日本が東シナ海、豪州が南シナ海、米国がアジア太平洋全域を担当し、潜水艦が集めた情報を共有する――。日米の安保担当者の間では、こんな構想もささやかれる。
米豪との協力を急ぎたい事情は日本も同じ。中国軍の潜水艦は60隻以上と自衛隊の3倍以上だ。
「(豪州が日本製を選べば)日米豪による潜水艦プロジェクトになる。そうなれば、将来、装備だけでなく、潜水艦のオペレーションの協力も3カ国で進めていこうという話になり得る」
自衛隊の制服組トップ、河野克俊統合幕僚長もこう期待する。
もっとも、豪州が日独仏のどれを選ぶかは、分からない。日米協力は大事だが、雇用効果を求める現地の声も無視できない。早ければ今春にも決定を下す。
独は豪州海軍向けにフリゲート艦を建造した実績をもち、現地工場もある。内情に詳しい外交筋は指摘する。
「ドイツは兵器売却で多くの実績があり、メルケル政権と産業は一体となって動いている。日本もかなり巻き返しているが、最有力に躍り出ているとはいえない」
潜水艦キラー幻の契約の教訓
英スコットランド、クライド海軍兵地。戦略核ミサイル「トライデント」を搭載する原子力潜水艦4隻の母港である。昨年11月、この一帯が緊迫した。沖合にロシアとみられる潜水艦が出没したからだ。
欧州でロシア軍の行動が活発になるなか、こうした騒動が相次いでいる。スウェーデンは14年秋、首都ストックホルム沖で不審な「海中活動」を探知。冷戦後、最大の捜索活動を強いられた。フィンランドの領海でも昨年4月、似たような事件があったという。
ところが、潜水艦を捜すための各国軍の装備は十分ではない。戦後、軍事予算を減らし続けてきたからだ。たとえば英国は潜水艦を探すための対潜哨戒機を全て退役させ、1機もない。昨年11月の潜水艦捜索では同盟国に応援を頼んだ。
こうしたなか、潜水艦キラー≠ニして関心を集めそうなのが、自衛隊の最新鋭の対港晴戒機P1だ。日本が長年かけて開発した「虎の子」で、性能は世界トップクラスと目される。強力なレーダーを積み、潜水艦を見つけるための音響探知機器の感度も高い。
海賊やテロ対策に追われる中東の国からも、日本に問い合わせがある。P1は海上や地上を偵察する能力にも優れているためだ。
「具体名はいえないが、P1について、いくつかの国から関心があると言われている。国際社会の平和と安定に寄与するのであれば、必要な検討をしていきたい」。防衛装備庁の渡辺秀明長官はこう話す。
もっとも、兵器輸出の経験がない日本にとって、道は平たんではない。英国は昨年1月の日英防衛相会談で、P1に関心を示した。日英両政府筋によると、両国はその後も非公式に接触を重ねたが、結局、契約は幻に終わった。
昨年11月23日、英政府は国防方針を発表し、米ボーイング社の対潜哨戒機P8を導入する、と決定してしまったのだ。本格交渉に入ろうとしていた日本側には、全くの寝耳に水。いきなり、はしごを外された格好だ。
「ロシア軍の脅威が高まっているため、一刻も早く対潜哨戒機を調達しなければならなくなった」。英政府・軍は日本側に、P8を選んだ理由をこう説明した。
日本は協力相手となる英企業を探し、現地で生産する構想を描いていた。これに対し、ボーイング層「Plよりずっと早く納品できる」と売り込んだ可能性がある。
「親密な米英関係を考えると、初めからP8に決まっていたのでは……。P8を値引きするため、Plが当て馬に使われたのかもしれない」。日本政府内からはこんな嘆息が漏れる。
「日本のP1を選定できなかったことは申し訳ない」。同月27日、ファロン英国防相は中谷元・防衛相に電話し、こう伝えた。中谷氏が「貴国にも色々な事情があるのでやむを得ないでしょう」と応じたところで、電話は切れた。
米欧を中心に、世界のメーカーがしのぎを削る軍事マーケット。日本の防衛装備品はどこまで通用するのか。まだ試運転が始まったばかりだ。