エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10

資本主義の本質を問う力作

 

毎年恒例の「エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10」の結果がまとまった。今年は資本主義の構造問題や、日米の金融危機を分析した著書が上位を占めた。グローバル経済が不安定さを増す中で、資本主義の本質を解き明かす著書が求められているようだ。最近の経済学界の潮流を反映し、データを駆使して経済や社会現象を鋭く分析した著書も多く選ばれた。

 



 大差で1位に輝いたのは『経済学の宇宙』。理論経済学者の著者は、市場の働きを万能視する主流派経済学から離れ、「不均衡動学」と呼ばれる独自の理論を構築した。資本主義について考え抜いてた軌跡が描かれている。
 清家篤・慶応義塾長は「自らの知的内面の葛藤の軌跡を、見事に浮き彫りにしている。現在の経済学や企業のありかたへの警鐘ともなっている」と評する。「現代の経済学説の変遷を俯瞰しつつ、経済学の有効性と限界や、今後のあるべき展開に考えを巡らせることができる」(奥村洋彦・学習院大名誉教授)など、経済学の全体像をつかめる本として推薦する選者も多かった。


 2位は世界でベストセラーとなり、日本でもブームとなった『21世紀の資本』。福田慎一・東大教授は「数々の論争を巻き起こした書であり、所得と富の不平等の問題を改めて考えさせてくれるカ件」と上位に挙げた。多くの選者が「格差に関する議論を世界で活発にした」 (小川進・神戸大教授)との認識を示した。
 同書は2014年春に英語版が発売された時点で大ヒットし、日本語版の発売は昨年12月。英語版を手に取った選者も多く、 「昨年のヒット作品と受け止めている」との声もー部にあった。
 金融危機は資本主義のもろさを象徴する局面である。米ニューヨーク連銀総裁、財務長官として08年のリーマン・ショックに対峙したディモシー・ガイトナー氏の『ガイトナー回顧録』が5位に入った。「政府の対応が実直に語られでい各点に好感を持った。自らの経験に基づき、危機に際しては投資家の倍頼維持が最も重要であり、責任追及よりもー般債権の保護を優先するべきだという提案は傾聴に値する」(鹿野嘉昭・同志社大教授)、
 日本のバブル崩壊の過程を当事者の動きを追いながう振り返った『検証バブル失政』も多数の票を集めた。宅森昭吉・三井住友アゼットマネジメント理事・チ−フエコノミスセは「なぜ、バブルが生じ、崩壊したのかを、多くの資料や関係者への取材などから検証した力作。様々なしがらみや自己主張なども、バブル拡大を早期に止められなかった背景だと改めて思った」という。世界金融危機を契機に金融機関ヘの批判がわき上がり、今も欧米を中心に規制や監視強化の動きが続いている。4位に入った『金融危機とバーゼル規制の経済学』は、日本の金融機関に対する規制や監視の網も強化しようとする動きに反対する。川本裕子・早大教授は「国際金融危機から直近までの(規制に閲する)論争を詳細にカバーし、規制強化では金融システムの問題を解決できないという論調が説得
的」と解説する。
 経済学界では、エビデンス(証拠)に基づく研究を重視する傾向が強まっている。3位に入った『拡大する直接投資と日本企業』は統計データを活用し、円高で産業の空洞化が進むとする通説を退ける。同書は15年度・第58回「日経・経済図書文化賞」にも輝いた。「新しい実証研究を踏まえて、企業の直接投資が日本経済に与える影響を包括的に論じ、適切な見取り図を与えている」 (岡崎哲二・東大教授)
幼児教育の経済学』と『「学力」の経済学』はエビデンスに基づく教育政策の重要性を説く書。土居丈朗・慶応大教授は後者について「勘と経験に頼りがちな教育の問題を、科学的な根拠に基づきわかりやすく説明した良書。行き過ぎた『平等主義』が格差を拡大させたり、教員の給与アップが子供たちの意欲や学力向上に必ずしもつながらなかったりすることが示されている」と推奨する。
 『経済データと政策決定』は、政策決定の時点で利用可能な情報(リアルタイムデータ)に焦点を当てる。地主敏樹・神戸大教授は「リアルタイムデー夕を収集して独自のデータベースを作成してきた著者による力作。経済状況の把握の遅れが政府の行動にどれだけ影響してきたか、さらに検証が必要」と次回作に期待を寄せる。
 経済学の巨人と呼ばれる先人たちの思想や人生を取り上げた著書には根強い人気がある。今年は『ケインズ対フランク・ナイト』が入選した。根井雅弘・京大教授は「ナイトが保険数理的に処理できる『リスク』ではないと考えた『不確実性』と、ジョン・メイナード・ケインズが重視した『不確実性とを詳細に比較検討した研究は意外に少なかった。不確実性の中でもナイトはミクロ、ケインズはマクロに関心を持っていたという分類はわかりやすい」と研究の独自性に注目する。
 嶋中雄二・三菱UFJモルガン・スタンレー証券参与・景気循環研究所長は「ケインズとナイトを比較研究し、両者の偉大さを説きながら、不確実性、混迷、不安の21世紀を読み解く書」と高く評価した。
 世界各地で危機を繰り返す資本主義と、どう付き合えばよいのか。ベスト10に入った著書が提示する経済理論、思想やデータ分析は、手掛かりになるのではなかろうか。

 

 

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