地球回覧
欧州の右傾化と「甘え」
欧州各国で排他主義を掲げる右派政党の伸びが著しい。シリアなどから多数の難民が流入したことだけが政治の右旋回を後押ししているわけではない。右派台頭の理由はほかにもある。
爆弾発言が飛び出したのは12月初旬だった。「ドイツがひそかに50万人の難民をトルコから欧州連合(EU)域内に移住させようとしている」。ハンガリーのオルパン首相が地元政財界との会合で暴露した。「こんな構想には付き合ってられない」とも言い放った。
「そのような密約はない」。EU高官らは火消しに回ったが、オルパン氏はひるまない。13日、自らが率いる右派フィデス・ハンガリー市民連盟の党大会で難民の流入を「欧州への侵略」と表現。EU官僚が手を貸していると指摘すると満場の拍手を浴びた。
ドイツとEUのせいで難民や移民が増え、欧州が崩壊しつつあるーー。難民危機に乗じてメルケル独首相らをやり玉に挙げる論法の受けはいい。党内での支持率は99・7%で、驚異的な高さだ。2018年の議会選に勝ち、首相に再任されるシナリオを措く。
なぜ票が集まるのか。
ハンガリーのEU加盟に道を開いたフェアホイゲン元欧州副委員長は「トリアノン条約の呪縛」という言葉を口にした。かって東欧を支配したハンガリーは第1次世界大戦で敗北し、この条約で領土の7割を失った。小国への転落を受け止め切れず、いまだ「大国に復活したい」という潜在意識がくすぶるという。
ハンガリーは1980年代に共産圏の民主化運動を主導し、過去のトラウマが癒えたかにみえた。だが、満を持して参加したEUで再び「負け組」として扱われているとの落胆が広がる。経済力も強国ドイツとの差が縮まらない。インターネット上には「大国が押しつける仕組みはもうたくさん」との書き込みがあふれ、鬱屈した感情が「強い指導者」を演じるオルパン氏に向かう。
有権者に漂う敗北感と不満が右派を後押しするのはハンガリーのような「小国」だけの話でない。
「ドイツやEU、米国の言うことに唯々諾々と従うのでは、フランスの利益を守っているといえない」。欧州議会にオランド仏大統領が姿を見せた10月、フランスの極右・国民戦線のルペン党首は詰め寄った。
「フランスが欧州最強国家だと錯覚している」。パリに拠点を置くロベール・シューマン財団のパスカル・ジョアノン事務局長は突き放すが、12月の仏地方選で国民戦線は票を集めた。一連の動きは「ドイツ1強」のもとで国際化を進めるいまの欧州秩序への反乱だ。かって米国が世界各地の反米運動に手を焼いたように、欧州ではドイツが「嫌われ者」の役回り。グローバルの旗を振るEUもバッシングの対象になる。
かといってEUを飛び出すそぶりは、英国を除き見られない。底流には一部加盟国の「甘え」も見える。
10月の総選挙で民族主義的な保守政党「法と正義」が勝利したポーランドが好例だ。新政権はイスラム教徒が主体のシリア難民の引き受けに慎重な半面、EUから農業や石炭産業に向けた補助金を少しでも多く得思いと意気込む。重荷を分かち合うのは嫌だが、統合の果実だけは味わいたいという、都合のよい考えだ。はっきりしているのは戦後の欧州を率いてきた主要国の大政党が発信力を失ったという事実だ。「既存政党への批判票が右派に流れている」 (独マインツ大のカイ・アルツハイマー教授)との指摘は重い。欧州が危機だからこそ痛みに耐えた先に何があるのか示すのが各国のリーダーの役目。それがいまは見えない。