エコノミクストレンド


フィンテックの本質とは

東大教授  柳川範之



 米グーグルが自動車を開発すると言い始めたとき、かなりの人がその成功に懐疑的だったのではないだろうか。ところが、今や自動運転を目指すグーグルカーは、既存自動車会社の大きな脅威になりつつある。
 同様の急激な変化は、他産業でも次々と起きている。.その典型例が金融だろう。金融(Finance)と技術(Technology)を合成した造語「フィンテック(Fintech)」は、今やすっかり話題のキーワードとなり、世界中の金融機関がシリコンバレーとのつながりを模索する事態になっている。

 


 このような変化が起きている根源的な理由が、IT(情報技術)やAI(人工知能)の進展にあることは間違いないだろう。しかし単にITが発達し、IT企業が他産業に進出して成果を上げている、と考えるだけでは変化の本質を見誤る。今、起こっているポイントを整理すると、新しい技術やサービスが登場し、コスト構造が大きく変化している点。そして、新しい組み合わせの可能性が飛躍的に増大し、そこから新しい大きな価値が生み出されるようになっている点が挙げられる。
 たとえば、一般に銀行は、決済業務と貸出業務を行っている。これは両者に組み合わせのメリット、つまりシナジー(相乗)効果があるからだとされてきた。口座の出入金データからその企業の活動状況を推測でき、貸し出しの審査の判断に生かせるのが銀行業のメリットだと教科書的にはいわれてきた。
 しかしネットワーク技術が発達し様々な情報をビッグデータとして処理できるようになってくると、決済情報と同じか、より優れた情報を得て分析することが他事業で可能になりつつある。たとえば、物流取引の詳細情報をうまくデータ化できれば、その企業の売り上げなどを正確に把遅できよう。そのデータを分析して貸し出しの審査に応用すれば、場合によってはより精度の高い貸し出しが可能になるかもしれない。そうなると、物流と貸し出しを結びつけた新しい組み合わせが価値を生み出すことになる。
 これはフィンテックに分類される新しいビジネスモデルのlつだが、技術そのものと金融が結びついているのではない。物流情報と貸出業務という新しい結びつきが、新しい技術によって可能になるのである。その意味では、ITは道具立てであり、大きな変化をもたらすのは、その道具を用いることで可能になった新しい組み合わせなのだ。
 同様の新しい結びつきの可能性は至るところにある。それは、既存産業の枠を越えるものであったり、新しい産業を生み出すものだったりする。また、製造業同士の可能性もある。ドイツの「インダストリー4・0」はドイツが官民挙げて推進するITを活用した新しい製造業の姿であるが、その重要なポイントの一つは、今まで結びつかなかった中小企業同士をネットワークで結びつけ、新しい企業間連携を実現させる点にある。
 新しい組み合わせを多くの企業が模索するようになると、今度はその組み合わせに加わるべく、新しいアイデアをもった人材や企業も参入してくる。多くのスタートアップ企業やベンチャー企業が立ち上がり急速に発展している理由の一つはこの点にある。このような時代に既存の企業に求められるのは、新しい組み合わせを吸引する能力だ。
 注意する必要があるのは、組み合わせとは、どの企業と合併するかという問題ではなく、どのような技術やアイデアあるいは情報を結びつけるかという問題だという点である。合併しなくても、提携や連携あるいは取引関係を結ぶだけで組み合わせは実現できる。新しい組み合わせを自由度をもって行うには、むしろ組織は身軽なほうが良く、機能分離もある程度必要になりうる。極端にいえば、自社の強みのある部分、いわゆるコアコンピタンスの部分に特化してしまって、他は優れた外部を組み合わせたほうが良い場合も出てくるだろう。
 ただし、優れた技術をもっていても、新たな組み合わせや技術革新が起きると、強みが大きく変化する可能性もある。たとえば、自動運転が主流になると、快適な換縦性を実現させる製造技術の重要性は大きく低下してしまう。それに対して、たとえば自動運転の基礎となる超詳細な地図情報を持っていることが、大きな強みになるかもしれない。新しい環境における競争力、他事業者や消費者をひきつける力が何かを、絶えず探っていく姿勢が重要になる。
 また、単にコアコンピタンスを生かすだけでなく、他が参加しやすい「舞台」を用意する「プラットフォーム戦略」がポイントとなる。プラットフォームは、最近はいろいろな意味に使われ、やや曖昧な概念だが、ここでは多くの他事業者あるいは消費者が積極的に利用するようなシステム、サービス、あるいは規格といったものをプラットフォームと呼ぶことにしよう。強力なプラットフォームは、新しい企業が参加しやすい「舞台」となり、新しい組み合わせをひきつける力となりうる。
 世界的にみれば、グーグルや米アマゾン・ドット・コムがプラットフォーム提供者の典型例であり、グーグルのシステムと組んで、あるいはアマゾンのクラウドを利用して飛躍的に伸びているスタートアップ企業が多数ある。
 しかし、プラットフォームは、このような極端な形でなくても形成可能だ。開発や生、産の基盤となるようなシステム、利用しやすいサービスや規格は、プラットフォームとして外部に提供できる。それを利用する事業者やベンチャー企業をできるだけ増やすことができれば、プラットフォームの魅力が高凛り、新しい組み合わせの可能性も広がっていく。
 日本の金融機関も、フィンテックを競合相手と考えるよりも、新しい組み合わせ相手の可能性と捉えるべきで、その際はプラットフォーム戦略が重要となる。なぜなら、相手が組みたいと考えるかどうかはまた別問題だからだ。これからは、他の事業者やフィンテック関連事業者にとって魅力的な「舞台」を積極的に用意する必要がある。
 現状では、大きな資金力と日本企業に対する審査能力や貸し付けノウハウは、日本の金融機関がもつ強みだろう。ただし残念ながら、いまや世界中のどの企業も資金調達が比絞的容易になっており、お金があるだけで、世界のフィンテック関連事業者を引き付けられる時代ではない。
 また、日本の人口減少を考えると、日本企業の情報がどこまで魅力的であり続けるかも不明だ。また、そもそも審査データをどこまで新しい企業と共有できるのかという課題も存在する。
 だからこそ、優れたプラットフォームを意識的につくって、他の事業者を引き付ける発想が今後は必要となる。
 特に、環太平洋経済連携協定(TPP)の進展が考えられる今、アジアの金融機関やアジア向けフィンテック事業者にとって魅力的な規格やサービスシステムを提供して、優れたプラットフォームを築くことが考えられよう。その際にはできるだけ自由な組み合わせが実現できるよう、規制のあり方を再検討することも当然必要となるだろう。

 

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