池上彰の大岡山通信  若者達へ

 

未来社会へ夢を描こう

 

今回の大岡山通信は、先月開かれた東京工業大学でのシンポジウムで行った「未来社会への夢」と題する講演をご紹介します。東工大は複数の企業や団体と力を合わせ、情報通信技術(ICT)をつかって人々が暮らしやすい社会の実現に取り組んでいます。私は現代史とICTとの関わり、人々の豊かな未来の実現という視点からお話しました。

 東工大は文部科学省などが推進するセンター・オブ・イノベーション(COI)拠点の一つとして、新しい技術の実用化を目指しています。私は専門家ではありませんが、現代史を振り返ると、映像や通信の技術革新が重要な役割を果たしてきたことがわかります。


 「以心電心」で


 たとえば、欧州へ流れ込む中東や北アフリカの難民問題。今年100万人規模に達する見込みです。こうした人々を助けているのが実はスマートフォン(スマホ)の普及です。先に欧州へ渡った家族や友人との間で、スマホを利用して「どのルートを通ればよいのか」といった正確な情報を逐次入手しています。
 難民の関連でいえば、シリア内戦のきっかけになった中東民主化運動「アラブの春」にもICTが一役果たしています。2010年末、チュニジアで抗議の焼身自殺を遂げた一青年の事件を、仲間がインターネットに拡散させたことで、独裁政権に不満を抱いていた若者たちを結束々せ、民主化運動のうねりを生み出したのです。
 ネット技術は、そもそも東西冷戦時代、米国が軍事技術として開発していたものです。冷戦終結後、民間に開放され、進化を遂げているのです。
 私が担当する現代史講義の視点で考えると、映像や通信の技術革新が注目された節目となったのは、およそ100年前の第1次世界大戦です。人々は記録映像を通して、戦争の恐ろしさや戦地での犠牲者の悲惨な現実を目の当たりにしました。
 さらにべトナム戦争の反戦運動にも、テレビが戦場のニュースを流し続けたことがきっかけになったといわれます。
 冷戦終結の象徴ともいえる1989年の「ベルリンの壁崩壊」も、テレビ放送が重要な役割を果たしています。当時、「東ドイツ政府が西側諸国への出国管理を緩和」というニュースを、東ドイツ国民は、西側から流れてくるニュースを見るまで信用しなかったという逸話があるほどです。
 映像が人々を動かす力になったのが20世紀。まさに映像の世紀≠ニ呼ばれるようになった所以(ゆえん)です。歴史には「もしもあのとき」という仮定は成立しませんが、技術革新が時代を動かしたといっても過言ではないように思います。
 これからの私たちの暮らしに共通するキーワードを一つ挙げるとすれば、それは間違いなく「高齢社会」でしょう。誰しもが「老い」を迎え、衰えていくことは避けられないからです。世代や言語の壁を越えて、どのように支え合う社会を築くかという課題です。
 そこで東工大では今、人々の暮らしに貢献するICTの新たな技術革新に挑戦しています。たとえば、介護者と被介護者の関係でいえば、被介護者の「こうしてほしい」という意思を、介護者が理解するためのコミュニケーション技術が大切になるのです。まさに以心伝(電)心≠ナす。

 勇気と努力を


 そうした研究活動に大切なことは、特定の大学や企業だけで研究成果を抱え込むのではなく、技術を開放し、情報を共有し新しい情報を集積していくことでしょう。技術を悪用したり、情報を盗んだり不正を働く人が現れるかもしれませんが、それを防ぎ、安全を保てるようにするのも人間の知恵なのです。
 私は大学で教えながら、世界を取材して回っています。現代史の舞台に立ち、「どうして人間はこれほど残酷になれるのか」と心が落ち込むこともあれば、「人間の英知はなんて素晴らしいのだろう」と元気にさせてくれることもあります。
 そして何よりも人間は夢を描くことができる生き物だということを感じます。夢の実現に近づくために、勇気を持って、不断の努力を重ねる。そこに突破口があるのではないかと考えています。

 

 ▼センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム

 文部科学省と科学技術振興機構による産学連携を推進する取り組み。実用化の期待が大きい異分野融合・連携型の基盤的なテーマを支援している。全国の大学を中核拠点にした複数の事業が始まっている。
 東工大では、2年間のトライアルを経て、2015年春から、「『以心電心』ハピネス共創社会」をテーマに、情報通信技術(ICT)を使って、世代・文化・言語の違いを超えて真意と感情を伝え、お互いに力を合わせて、住みやすく幸福で豊かな生活づくりを目指す試みが進んでいる。
 同プロブェクトには東工大を中核機関に、KDDI研究所、NTT、ソニー、富士ゼロックス、北陸先端科学技術大学院大学など17の企業・団体・協会などが参画する。

 

 

 

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