変えるなら改憲論議が先



前伊藤忠商事会長
丹羽 宇一郎氏


ーー安保法案の評価をーー
「政府の裁量権が大きい。白なのか、黒なのか、はたまた灰色なのか。ときの政権が決めることができる。『これは戦争につながる法案だ』とわざわざ明言する政治家はいない。しかし『現状では』と限定が付く。『現状』は絶えず変わり得る。10年後に戦争が始まりそうなときに『法律にそう書いてある』となるのが怖い」
 「憲法学者の8、9割が違憲の疑いがあるという。疑いがある人とない人でタウンミーティングをしたらどうか。先の大戦が侵略かどうかになると『歴史学者に委ねる』というのに、安保法案では憲法学者の声を聞かないのはおかしくないか」
ーー集団的自衛権の行使の限定解除は適切ですか。
 「行使するならば憲法を改正すべきだ。『9条をこんなふうに直したい』と衆参両院の3分の2の多数で発議し変えるなら改憲論議が先国民投票にかける。そして憲法改正の趣旨を踏まえて安保法案をつくる。手続きをきちんと踏むべきだ。先に法律をつくって、違憲なのかどうかはっきりしない、憲法解釈で何とかなるというのは、立憲主義として間違っている。内閣によって解釈がころころ違ったら海外で信用をなくす」
ーー憲法改正には反対していないのですか。
 「イエスでもノ」でもない。必要があれば直す。で、何を変えるのかだ。そこをしっかり議論していかないといけない。戦後70年も現憲法でやってきた。国民的議論もないままで改正はできない」
ーー政府は東シナ海で中国のガス田開発がさらに進んでいると発表しました。
 「2008年に中間線付近のガス田は日中が共同開発することで合意した。中国が10何カ所も勝手に開発していたならば、なぜずっと黙っていたのではないはずだ」
ーー黙認していたことになりますか。
 「なるだろうね。そういうことは棚に上げ、中国がこんなことをしていると突然言い出す。このあいだまで安保法案は北朝鮮とイランに焦点を当てていた。イランが核問題で米欧に歩み寄るという話になったら、急に中国を想定して議論を始めた。これからの日中関係を考えたら、決してプラスではない」
ーー南シナ海は緊迫の度を強めています。
 「あそこは相当前からもめている。関係国同士の話し合いを呼びかけるのが日本の役割だ。それに南シナ海の状況が『日本の存立が危ぶまれる事態』になるのか」
ーー日中は政冷経熱という言い方をよくしました。
 「外交上のさまざまな問題にこだわっていたら日中関係がもたないので、民主導で経済を熱くして政治の氷を溶かす。これが政冷経熱だ。短期的にはあり得ても、長期的には政治と経済は不可分だ」
ーー日本は世界の安定にもっと国際貢献しなくてよいのですか。
 「政府の誰も『後方支援は危ない』なんていわない。いったら、そのための法律なんてつくれないから。イラクに派遣した自衛隊員のうち、21人が自殺した。人道支援のための宿営地でも砲弾が撃ち込まれる。戦争しているときに応援に駆けつけたら、それこそどこから弾が飛んでくるかわかったものではない」
 ーー抑止力は高めた方がよいのではないですか。
 「外国に『日本は専守防衛なので手を出してこないが、こっちがちょっかいを出すと痛い目に遭う』と思わせる装備を持たなけれぼダメだ。例えば、最新鋭の潜水艦だ。音が静かで突然バンと撃つ。ミサイルを敵が驚くほど正確に撃てる。数をそろえるだけでは意味がない。無人飛行機を使いこなすのも相当の訓練がいる。車拡競争では勝てない。日本にはいまやそんなにカネはない。ケ小平がかつていったように爪を隠して磨くことが大事だ。どうして正論をいうと、日本人はすぐわーわーいうのかな」
 「いま中国は日本のことを日本とでなく、米国と話そうとしている。間もなく習近平(国家主席)が訪米する。オバマ(大統領)が急に中国と手を握ることもありうる。かつてキッシンジャー(元国務長官)がやったみたいに、我々の知らないところでジャパン・パッシングが進んでいるのではないだろうか。それなのに米国の後について『中国包囲網をやります』なんていっている。日本の外交はあまりに正直すぎる」

 

 

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