日米同盟が中国を律する
JR東海名誉会長 葛西敬之氏
ー一意法学者の発言が法案審議の流れを変えました。
「国際社会の構成メンバーは主権国家であることを基本理念として憲法は書かれている。したがつて個人が基本的人権を持つのと同じように、国際社会において主権国家は『自然権としての生存権』を持つ。その具体的な表れが『自衛権』であり、主権国家は自衛のために必要な限度において武力を行使できるというのが最高裁の判断である。同じく憲法の基本理念である平和主義、国際協調主義と表裏一体であり、「自衛権は集団的・個別的を問わず憲法の前提となっている」
「徴兵制に道を開くという人がいるが、21世紀の防衛システムは先端的な技術と熟練した技能を持つ専門家の世界であり、兵員の養成には長期間の教育と経験を要する。徴兵制は役に立たず、復活はあり得ない」
ーー集団的自衛権の行使を認めると他国の戦争に巻き込まれるとの声があります。
「『安保法案は戦争への道を開く戦争法案だ』というのは現実を見ない思考停止の議静だ。1960年の日米安保条約改定のときも同じ言い方だった。反対運動の勢いは比較にならないが、『以前どこかで同じような風景を見た』との既視感を禁じ得ない。それから50年以上、日本は平和と繁栄を謳歌してきた。日米同盟の抑止力のおかげだ」
「米ソ冷戦体制は相手を破壊し尽くせるような大きな力を持って対峠した結果、戦うことなしに終わった。つまり、抑止力が働いたのである。これからの世界はまだ見えていないが、重心が大西洋を挟んだ欧米から、太平洋を挟んだ米国、中国、ロシアに移りつつあることは確かだ。太平洋の西端で大陸と向かい合う日本の安保環境は厳しくなっている。米国との同盟による抑止力はいままで以上に切実に必要になった」
ーー米国は内向き志向になっていませんか。
「グローバリゼーションという形で米国の経済的利益は世界に広がっている。内向き志向では国益は守れない。横須賀に第7艦隊、沖縄に第5空軍や海兵隊がいるのは、日本のためだけでなく、米国のために必要だからでもある」
「ただ、米国の優位も絶対的なものではなく、日本も補完的な役割を担うことを期待するようになった。自らが貢献することなしに米国に頼り切ることのできる時代は過ぎ去った。日本が持てる能力に応じて協力しなければ同盟は機能しない。積極的平和主義は21世紀という時代の要請である」
ーー念頭にあるのは中国の脅威ですか。
「日米は、民主主義、自由主義、法治主義という価値観を共有しているが、一党独裁の中国は異なる。海対陸という地政学的要素もあり、中国は潜在的脅威と言える。この潜在的脅威を顕在化させないためには、抑止力が必要である。そのためには価値観を共有する米国と組むしかない」
一ー政治的に緊迫すると、経済関係に影響しませんか。
「日米が揺るぎない同盟で結ばれていると思ったとき、中国は初めて紳士的でリーズナブルな隣人になる。それは経済関係にも良い影響を及ぼすだろう。抑止力を持たない国は地域紛争に巻き込まれ得るということをこれまでの歴史が証明している。尖閣諸島問題も、米国が『安保条約の適用範囲』と繰り返し明言したので、あの程度で止まっている。当面は南沙諸島の方が深刻だ。中国と日本、あるいはロシアと日本との間の平和で安定的な関係を維持するには、日本と米国が一枚岩だと示す必要がある」
ーー集団的自衛権を限定解除でなく、フル解除した方がよいと思いますか。
「憲法の基本理念は普遍的であるが、国際情勢、輸送・通信や武器システムなどは技術の進歩とともに変わる。憲法の解釈もこれに順応しなければならない。重要なのは憲法の基本理念を動かさないことであり、日米の信頼関係を固めることである。いま与党がやろうとしていることが現時点でのベストだと考える」
ーー環太平洋経済連携協定(TPP)がなかなか合意に至りません。
「TPPは環太平洋諸国の経済的な繁栄のためのインフラである。日米同盟の経済的基盤でもある。60年安保が20世紀後半の日本の平和と繁栄をもたらしたように、TPPは21世紀のアジア太平洋の平和と繁栄に不可欠であり、早晩合意されるだろう」