落語を聞くと得をする
人生先取り、年重ね共感
山本益博に聞く
落語は人生を先取りして体験させてくれる
落語・食評論家の山本益博さん(66)は、昭和の名人とうたわれた八代目桂文楽の評伝を卒論にすると、そのまま本になり評論家としてデビューした。
「大学の入学式の晩でした。東京の国立劇場小劇場で文楽師匠の高座を聴いたんです。衝撃でした。体が震えるほど感動して、追っかけを始めた。大学は学園紛争のまっただ中。ゲバ棒の放列をかいくぐるようにして寄席に通いました」
「高校の時から寄席や名人会に通っていました。名人上手がきら星のように居並んでいた時代です。でも文楽師匠には、ほかの誰にもない強烈な個性がありました。噺の段取りにも間にも磨き抜かれた独自の型があって、客をレールに乗せると終点まで一気に運んでしまう。すごかった。卒論は『桂文楽の世界』
(のちに『さよなら名人塾 桂文楽の世界』と改題)でした」落語熱はどんどん高まる。
「夢中でした。落語は人生を先取りして体験させてくれます。大人の世界を垣間見せてくれる。世の中のあれこれや人の情だけではありません。古今亭志ん生師匠が『こういうことはあんまし学校じゃ教えてくれない』という廓のことや男と女のいろいろを教えてくれる。知ってたって学校の成績は良くなりません。でも損はない。得するんです」
落語評論を書き、テレビの演芸番組をプロデュース。文楽のレコード全集の監修に加わり、ファンに語り継がれる東横落語会の企画委員を江国滋氏と共に務めた。だがフランス料理に巡り合い人生の航路が変わる。
「大学生のころ、渋谷のガソリンスタンドでアルバイトをしてました。バイト仲間は店屋物を取るのだけれど、寄席通いで金がない。店に電気釜があったので自分で飯を作ったら結構うまくできて、バイトたちや店長まで食べ始めた。『もっとうまいもん作るぞ』と入門書を買った。辻静雄先生の本でした」 「卓抜したフランス料理の研究家です。その奥深さに魅了されました。初めてフランスへ旅したのが25歳の時。料理の世界にはまり込みました。しばらく
落語と『二足のわらじ』でしたが、不器用なので料理の方に専念しようと決めた。20代の終わりでした。1980年代にグルメブームが起きて評論家の草分けのような存在として超多忙に。よく学び、よく食べて、落語とは疎遠になりましたが、落語は一生の友人という思いはずっと心の中にありました」
自分の過去と現在を投影して俺は今、生きてるんだと実感できる
約20年ぶりに落語に戻るきっかけになったのが立川談志の言葉だった。
「10数年前のことです。国立劇場小劇場で談志師匠が定期的に独演会をやっていました。ある時、友人が聴きに行くと、師匠がマクラで『昔、山本益博という男が落語に熱心でね、今は食いもんの評論やってるけど、落語に戻って来ねえかな』と言ったそうで、それを聞いて翌月、妻と独演会に駆けつけました」
「楽屋口で『ご無沙汰してます』と挨拶すると、照れ屋だからうれしそうな顔なんかしません。でも妻に『今日、何が聴きたい?』って。落語を知らない彼女が戸惑っているので、僕がとっさに『らくだ、お願いします』と言ってしまった」
「『らくだ』は談志十八番のうちですが、大ネタです。入念に稽古して高座にかける人が、突然の要望に応えるはずがない。無理言っちゃったなと後悔していると、例によって不機嫌そうに出てきて『今日、らくだ演るよ』と言ったんで客席はウワーツとわいた。息をのむような高座に胸が熱くなりました」
まるで人情噺のような成り行きで、再び落語にのめり込む。
「2011年に談志師匠が亡くなるまで追いかけました。円熟の芸に触れて幸せでした。久々に再会した落語はやっばり良かった。味わいが深まり、人情の機微がしみじみ分かる。人生を先取りして学ぶのではなく、人生経験を踏まえて共感するんです。落語の中に自分の過去と現在を投影して俺は今、生きてるんだと実感できる」
「落語もライブで聴いてこそ意味がある。落語家たちが生きた言葉で人間や風物を活写するからです。質の高い落語会をやりたい、それが談志師匠や落語界への恩返しになる。そんな思いが膨らんできました」
昨年から落語会のプロデュースを本格的に再開。東京・日本橋のCOREDO室町にある三井ホールで昨年10月から始めた落語会がその代表だ。 「人気の落語家は大勢いますが、独演会や二人会が主流で他流試合で腕を競う場がない。実力派が切磋琢磨し、しのぎを削る落語会を目指して年に4回やります」
第1回は柳家権大楼、春風亭一之輔、柳家花緑。2月の2回目は春風亭小朝、立川志らく、花緑が出演。それぞれ得意なネ夕を熱演し、客席を大いにわか
せた。
「2回目のトリは一番若い花緑に務めてもらいました。前に上がった小朝と志らくが素晴らしい出来で、相当なプレッシャーだったはずですが、花緑も頑張ってすごく良かった。これがこの落語会の醍醐味です」