風見鶏
美化でも、自虐でもなく
正直、びっくりした。夏休みに訪れたソウルで「戦争記念館」を見たときのことだ。
旧陸軍本部の跡地にそびえ立つ施設で、1950年代の朝鮮戦争を中心に展示している。戦禍の傷痕を胸に刻み、平和を誓う場なのかと思ったら、必ずしもそうではなかった。
館内には3D(3次元)映像や体感技術を駆使し、戦争を「経験」できる3つのミニ劇場があり、親子連れが列をなしている。さっそく、入ってみた。
まずは、ソウル奪還をめざした国連軍の仁川上陸作戦。弾が飛び交い、荒波に座席が激しく揺れる。真冬の地上戦では冷気が漂い、人工雪が舞う。子供でも楽しめる映画のようだ。
ここで強調されるのは、韓国や国連軍がいかに勇ましく戦ったか。パンフレットにも「国民と共に、歴史を語り継ぎ、感動を伝える」とある。戦争の悲惨さを伝える日本の平和祈念施設とはかなり、ちかう。
なぜ、そうなるのか。「南北は休戦中で戦争は終かっていません。男子全員に約2年間の兵役の義務もあります」。韓国入のガイドさんはこう説いた。
韓国はなお、準戦時下だ。韓国情勢に詳しい木村幹・神戸大教授(48)は「国民を守るために軍がいかに戦ってきたかを伝え、その存在価値を教えようとしている」と解説する。
歴史の教訓をどう伝えるかに、正解はない。米国も手探りしている。数年前、米ハーバード大で約半年にわたり、1〜2年生向けの歴史の授業を聞く機会があった。テーマは2つの世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、近年の紛争。印象的だったのは教え方だ。
「なぜ、ドイツとの戦いを防げなかったのか」。教授は冒頭からこう問いかけ、生徒と議論する。毎週、少入数に分かれて意見を交わす時間もある。
米国はいまも戦争中だ。だから、武力行使を「悪」と断罪することはできない。代わりになぜ紛争か起きるのかを考えさせ、次に生かそうとしている。
では、日本はどうだろう。なぜ、あんな戦争をしたのか。国は「軍部の暴走」で片づけてしまい、何を、どう誤ったのか、自ら総括しないままやってきた。そんな政府の姿は教育の現場にも投影している。
「高校などの歴史授業では古代以来の事件や年号などの知識をたくさん詰め込むので、日本が戦争した原因まで教える余裕がない。教科書も淡々と事実経過を書くだけで、設問によって、生徒に考えさせる工夫が乏しい」。歴史教育に詳しい油井大三郎・東京女子大教授(68)は語る。
東京裁判の評価ひとつとっても右と左の溝は深く、論争は収れんしない。現代史の流れを知らない若者がふえ、ネットには過激な書き込みがあふれる。日本どうすればよいのか。
歴史に関して多くの著作をもち、閣僚の経験もある作家、堺屋太一氏(79)は指摘する。
「日本を戦争に引っ張った責任は軍だけでなく、内務省や外務省にもあった。だが敗戦後、冷静な分析をせず、すべて軍に罪をかぶせた。外務省OBの吉田茂元首相もこの筋書きに乗り、官僚の責任を問わなかった。同じ失敗を繰り返さないためには、歴史教育を改めるだけでなく、『何でも官僚が決めるのが正しい』という今の倫理と体制を変えなければだめだ」
従軍慰安婦問題の論争がにぎやがだ。大切な問題だが、これも歴史の一断面でしかない。過去を美化せず、自虐もしない。冷徹に、現代史の全体像に光を当てる努力を、まず、一人ひとりが始めるときだ。