日本まじない伝聞録


◇ちちんぷいぷい…、暮らしの中で生まれる不思議な呪文◇

花 部  英 雄

 

 「ちちんぷいぷい痛いの痛いの飛んでいけ」。子どもが転んで顔を打った時などに母親が唱える言葉。これは不思議なものの力を借りて、災いを避けたり、起こしたりする「まじない」の一つでる。伝承文学と民俗学専攻する私は、日本各地に伝わるまじないの文化について調べてきた。


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神話の時代から存在

 日本におけるまじない歴史は古く、神話の時代にさかのぼる。山幸彦が倣慢な兄の海幸彦を屈服させるのに使うのが、潮の満ち引きをコントロールする玉と呪文。これは遅くとも記紀が成立した8世紀には、まじないが存在していたことを示している。道教、陰陽道とともに中国から入ってきたとの見方が有力だ。
 平安末期、公家で歌人の藤原清輔が著した歌論書「袋草紙」には、死者や人魂を見た時などに災いを避けるため唱える歌が17首収められている。平安末期の故実書「簾中抄」にも同様の歌があり、宮廷の呪術儀礼の際によみ上げられたのだろう。
 当初は宮廷儀礼だったまじないは、密教僧や修験者が担い手となり、中世以降は民間陰陽師なども加わることで社会全体に広く浸透したとみられる。その結果、今でも日本各地に似たようなまじないが残っている。

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 狐や猿も登場

 例えば狐の登場するまじない。20年ほど前、青森県南部の新郷村上栃棚を訪れたとき、お年寄りから娘時代の話として次のような「夜道を歩く際のまじない」を聞いた。「狐きりきり道を切らばわしも切るきりきり清水さっととどまれアブラウンキンソワーカ」。人に憑くといわれる狐を威圧する意味が込められているのだろう。
 兵庫県千種町(現宍市)では「信田の森の白狐昼は泣いても夜は泣くなアビラウンケンソワカ」というまじないがあったのを聞いた。これは子どもの夜泣きは狐によってもたらされるという俗信が背景にある。
 最初に紹介した「痛いの痛いの飛んでいけ」というまじないは全国にみられるが、様々なバージョンがある。新潟県魚沼市広神の女性は、「痛いの痛いの向山の猿が殿のところへ飛んでいけ」と言って、母親が患部に息を吹きかけてくれたという子どもの頃の思い出を教えてくれた。
 珍しいまじないに出合うことも。福井県小浜市の南東に位置する遠敷地区白石では、悪い夢を見たときは南天の根元で「かえまろおけに、みすまのふたよ、あわんものよ、あわんものよ」という呪文を唱える。かえまろおけは円形の木桶、みすまのふたとは三角の蓋で、桶に蓋を載せても合わない。そこから夢と現実が合わない、つまり夢違いにつながるというわけだ。南天は「難転」を意味し、まじないに登場することが多い。

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 データベース化目指す

 まじないの中にはすでに姿を消しているものも多い。しかし、今も根強い人気を誇るのは恋愛関連。「羽子板を二枚用意し、一枚の板の裏に彼の名前、もう一枚に自分の名前を書き、背中合わせに紐で結んで七日間置いておくと、彼への思いが叶う」 (「週刊明星」1990年1月)といったまじないは現在も雑誌などで数多く見られる。
 これらは伝統的な「和合まじない」の一つととらえられるだろう。有名なのは奈良・元興寺の「夫妻和合祭文」。中世の庶民信仰を示す資料の一つで、夫妻和合を願う人々のため、寺が用意したものとされる。そこに「他人に知らしむべからず」とあるように、いっさいを秘匿するのが和合まじないの原則。これはまじないをする側の精神的優位を保つためである。
 まじないは非科学的で人を惑わすものとして、否定的に扱われることも多い。確かにそういった一面があることは認めるが、まじないが自然な発想から生じている側面も見逃してはいけないように思う。緊張する場面に臨むときに暗示を利用したり、どちらか一方を選ばざるを得ないときに不思議なものの力に頼ったりするからだ。
 これまでの研究に関しては「呪歌と説話」 「まじないの文化誌」という2冊の本にまとめた。後者に、まじないを集めた江戸期の本「増補咒咀調法記大全」を、所蔵者で研究者の古屋綾子さんとともに翻刻した。そこからは当時呪術行為をしていた人が医薬知識も持ち合わせていたことが分かった。
 今後は日本各地のまじないを集めてデータベース化に取り組みたいと考えている。まじないを探す旅はこれからも続く。

(はなべ・ひでお=国学院大学教授)

 

 

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