日米中関係の行方
中国、周辺外交で強硬路線
川島 真 東京大学准教授
ポイント
中国は「米中が2大大国」と自己認識
諸大国から見た中国は戦略対話可能な国
日本は中国外交にとって大国かつ周辺国
昨年来、新興国の見通しについて厳しい見解が多く見られる。数年前には新興国の台頭が強調され、主要8カ国(G8)よりも20ケ国 ・地域(G20)の枠組みのほうが重要視されるのではないかとの見通しもあったが、昨今、それにも疑義が呈されている。
長期的に見て、国際秩序の形成に関して新興国を包摂することは重要な兼題になろうが、新興国は昨今、フラジャイルファイブ(ブラジル、インド、インドネシァ、トルコ、南アフリカの「脆弱5通貨」)という言葉に象徴されるように、不安定要因として位置づけられ始めた。金融、経済面などの不安は、新興国それぞれの国家政治にも反響し、とりわけ民主化している国では政情不安定が生じている。
その新興国の対外政策には不安定な国内政治、経済が影響するようになった。G20も、次第に新興国の首脳の演説場に化したように見える。
新興国の代表格である中国が直面している問題も同様だ。米中同の貿易収支の不均衡はあるにしても、米国の量的金融緩和の縮小は中国に大きな打撃となる。フラジャイルファイブほどではないにしても、中国経済の脆弱性はつとに指摘されるところであり、それは経済発展を正当性の根拠としていた政権にとっ
ても大きな打撃となる可能性が高い。中国政府の統治能力に疑義が呈されていることも周知の通りである。
だが、中国経済の脆弱性はあるにせよ、その自己認識は世界第2の経済大国であり、米国には及ばないにしても、米中が世界に抜きんでた2大大国であるという認識であろう。中国側から提案し、米国側も昨今使用するようになった「新しい大国関係」は、中国側から見れば、米中両者関にさまざまな差異があるものの、互いに相手を尊重し、相互に核心的利益は容認しあう、という関係だ。米国側は、この「新しい大国関係」という言葉を使用して中国側の要請に応じている。しかし、米国側は核心的利益などには触れておらず、中国側がこの言葉に込めた「思い」が十分に届いているわけではなかろう。しかし、それでも金融・経済貿易に関する案件や、国際面な諸問題、たとえば北朝鮮の核開発を巡る6者協議や、イランの核開発問題、シリア問題、パレスチナ問題、南スーダン問題において、無視して国際秩序を構想するわけにはいかない。国連安保理の常任理事国であることも大きな資源だ。中国は既にかつての内政不干渉原則を修正し、一定の条件下ではそれをおこなうとしている。新興国の脆弱性はあっても、中国やロシアの存在感はやはり国際政治の場において抜きんでている。
中国外交は基本的に現実主義的な姿勢で貫かれ、パワーや国益を重視しているが、その外交行動のたち現れかたは、不安定な国内政治の状況、また中国国内の地域差も反映して、その局面や領域に応じて多面的である。
中でも自らが「大国」、それも米国に次ぐ大国であると認識しつつある中国にとって、その米国はもとより、欧州、ロシア、日本などの大国との外交はきわめて重視されている。むろん、中国は自らを先進国ではなく、しばしばG77(発展途上国77力国)の代表だと主張することもある。だが、先進国ではなくとも大国であり、「責任ある大国」としての振る舞いが求められていることは承知しており、さまざまな国際的課題において、欧米諸国などとの協調が重視されている。
日本との関係が凍結されている状態で、米国との「新しい大国間関係」はもちろんのこと、欧州への積極外交が顕著である。これは欧州連合(EU)との関係のみならず、欧州で優位にあるドイツとの緊密な関係構築、また新たな大西洋の経済枠組み形成をにらんだ、スイスやアイスランドとの自由貿易協定(FTA)締結も新たな動きである。
主権問題を抱える周辺諸国の中国観と異なり、諸大国から見れば、中国は市場として魅力のある大国であると同時に、さまざまな国際政治の案件に関して、少なくとも戦略的に対話可能な存在と見えるであろう。
中国が積極的に進めようとしているグローバルガバナンスヘの貢献もこうした文脈で理解可能である。世界的に形成されるルールについて、それを欧米起源のものだとして批判しつつも、中国は自らを修正主義者とみたてて、ルールを公正に導くのだと唱える。そして、自らの国益を重視して、金融、経済、衛生、食品、気候変動、平和構築など、さまざまな領域に関わろうとする。まったく不利益であれば、途上国側にたって反対し、修正可能と見ればその修正に関与し、安全に受益者であれば変更を加えようとしない。
中国の対外政策の中でも、中国自身が自らの影響力を認め、その拡大を提唱しているのが周辺外交の領域だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)、中央アジア諸国、日本を含む東北アジア諸国との外交などがここに含まれる。
2006年から08年にかけての外交政策の調整を経て、経済や国際協調の重視を維持しつつも、主権や安全保障を同様に重視する路線へと転換した中国にとって、この周辺外交はまさに主権や安全保障重視の路線が前面に出る場となる。「海をめぐる問題」はまさにその象徴である。尖閣諸島問題をめぐる転換点とも言える、08年12月8日の中国公船による領海侵入もこうした中国の政策調整の文脈の下で理解可能である。
しかし、他方で東アジアには、旧来からの先進国で、パワーの面で中国に対抗できる国も日本しか無い。それだけに、韓国の対中接近がそうであるように、中国のパワーそのものを重視し、一定の警戒心を抱きつつも、現実として存在する中国の影響力の拡大を受け入れる雰囲気がある。中国としては、自らを脅威ではなく、利益をもたらす存在だと強調する。だが、その中国のもくろみは決して実現しているわけではない。ただ、周辺国は中国のパワーの拡大、つまり中国の「大きさ」を受け入れ、その結果、中国から見れば影響力が増しているように見えているであろう。
このような中国の周辺外交は、一面で主権などの面で強、硬であるために問題を起こしつつも、ほとんどの国が中国経済に深く関わり、安全保障面での対抗措置をもたない中で展開している。そのため、結果的に中国の影響力が周辺に拡大する局面を生み出している。これは台湾海峡のみならず、朝鮮半島、東シナ海、’南シナ海における安全保障、そして国際政治の現状変更を導くものになっている。
これに対して米オバマ政権はアジア・ピヴォット(旋回)であるとか、リバランスなどと言って、東アジアヘの関与を強めるかのような姿勢をみせた。しかし、この政策は基本的に中国とも良好な関係を築きつつ、旧来の同盟国との関係も発展させるというもので、それが中国との「新しい大国間関係」という表現と、日米安保の重視」という言葉の併存へとつなかっていった。その双方のバランスを採りながら関与するということなのだろうが、それは至難の業であり、多くの誤解や疑念を招来する。
日本は、中国にとって、戦略的協調を旨とする大国外交の対象であり、主権や安全保障が前面にでがちな周辺外交の対象でもある。また、日本は周辺外交の中では唯一の大国であり、大国外交の対象としてはロシアを除き唯一の周辺国である。そうした立ち位置が、日中関係の難しさの背景にある。中国経済の動向によっては、その対外政策に変化が見られるかもしれないが、当面は現実主義路線に基づくグローバルな協調と、周辺への影響力強化をもくろむ外交は続くであろう。