未踏に挑む

 

 

 エアビーアンドビーCEO ブライアン・チェスキー氏

 

ブライアン・チェスキー氏 04年、米国の名門美術大学ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン卒。同大のジョー・ゲビア氏と、ハーバード大でコンピューター科学を学んだネイサン・ブレチャージク氏の3人でエアビーを08年に創業。シリコンバレーを代表する若手起業家で後進の育成にも尽力。38歳


米シリコンバレーを代表するスタートアップ企業のひとつに民泊大手のエアビーアンドビーがある。2008年に創業し世界に市場を広げ、今や企業価値は3兆円を超えるともいわれる。一方で民泊規制の強化などが進む。新たな「シェア経済」の主役の一人でもある共同創業者のブライアン・チェスキー最高経営責任者(CEO)に、同社の成長や逆風、新興企業の果たすべき役割について聞いた。

 

 

テックは善とは限らない


――20年中の上場を計画しています。

「計画をすでに米証券取引委員会(SEC)に開示したため、多くは語れない。我々の過去数年のキャッシュフローは連続して黒字だ。それなりの規模のお金を調達してもいる。バランスシートは健全だ。ただ、株主に(取引の)流動性を与えるには公の証券市場が最も効率的な方法だと考え、上場を目指した」

 

――上場を果たし、エアビーは今後何を目指すのでしょうか。

「僕たちはテクノロジー企業として転換点を迎えている。自分がシリコンバレーに来て10年たつ。これまで『テクノロジー』は『グッド』と同義語だった。皆が世界をよくするものだと思っており、テクノロジーを駆使していけば社会は前進するはずだった」

「だが僕たちは現状はもっと複雑だということを理解し始めた。(テクノロジーによって)いいことも起きているが、予期せぬことも起きている。それが現実だ。21世紀の上場企業として、進化が必要だと思う。CEOとして次の10年はもっと多くのことを考えないといけない」

「世界の多くの場所で人々は阻害されていると感じ始めている。金融危機以来、米国は好景気にわいてきたが、いまは大きな不安が影を落としている。米国でも他の国でも、いまは親の代よりも自分たちの暮らしがよくなるとは信じていない。人工知能(AI)や自動化への恐怖もある」

「だが僕は未来に対して楽観的で大きな希望を抱いている。なぜなら次の世代はもっと思慮深く、僕たちはよりよく社会をデザインしていくことができると信じているからだ。テクノロジーが起こすすべての帰結を予見することは無理だが少なくとも意思を持てるし、持つべきだ」


――足元のテック企業への逆風をどう見るか。

「過去、多くのネット企業はソフトウエアをつくることに集中してきた。いわば『デジタルの庭』で仕事をしているようなもので、何でもおもいつくままにつくることができた。ソフトやテクノロジーが実社会に関係していくとは誰も思ってこなかった」

「だが、過去10年で変化が起きた。テクノロジーが実社会に入り、社会を動かしている。我々や(配車大手の)ウーバーテクノロジーズのような企業だ。様々な技術が集結したテクノロジープラットフォームはとてつもない規模に巨大化した。フェイスブックのユーザーは20億人を超える。テクノロジーが社会との接点を持ち、与える影響も非常に大きくなった」

「だからこそいま僕たちはプロダクトが社会に与える影響について10年前に考えていた以上に責任を持たなければならなくなった。社会にとってよくないモノやサービスをつくったのなら、隠さず、問題があれば直さなければならない。政府とは協力すべきだし、社会や市民ともパートナーであるべきだ。お金の視点と同様に消費者、パートナー、投資家、従業員、コミュニティーと複数の視点から影響を測る」

 

■しぶとさが成功のカギ

――普通の家の部屋を人と共有するというビジネスモデルを思いついたきっかけは何だったのでしょうか。

「12年前にサンフランシスコに住んでいた友人に会社を興そうと誘われた。行けば家賃は1150ドルなのに銀行には1000ドルしかないという。ちょうどサンフランシスコでは国際デザイン会議があり、周辺のホテルが予約でいっぱいだと耳にした。デザイナーは部屋が必要で、僕たちは部屋があり、お金が要る。だったら空気ベッドを置いて簡易ホテルをやればいい。それが『エアベッド・アンド・ブレックファースト・ドット・コム』の始まりだった」

「利用した3人のゲストはみないい経験をしたと喜んでくれた。僕らも手応えを感じ、しかもお金が稼げた。地元の人の生活ややりとりを楽しむような旅をしたい人はたくさんいるはずだ。そして自分の部屋を貸してお金を稼ぎたい人も必ずいる。そう思い、他の2人の創業者と事業化に向けて本格的に動き始めた」

「いま、エアビーには191カ国で約700万の部屋が登録されている。毎秒6人のゲストがエアビーにチェックインし、夏の旅行ピーク時は1日に400万人、ロサンゼルスの全人口に相当する人々が宿泊している。僕も想像できないほど会社が大きくなった」

 

――起業当時は誰からも相手にされなかったと聞きます。

「誰かに僕のアイデアを盗まれないか心配だと相談したら『心配するな。誰も相手にしない』と言われ、『ブライアン、君がやろうとしていることがこのアイデアだけでないことを祈るよ』と忠告されたこともある。15万ドルの資金を調達するのに20人ほどの投資家を巡ったが、誰も興味をもってくれなかった」

「道が開けたのは、09年に(有力なスタートアップ支援の)Yコンビネーターの出資を受けたこと。褒め言葉だったらしいが『君らはまるでゴキブリのようだな』と言われた。成功するのに最も確実な方法は、常にもう一回だけ試してみることだと発明家のトーマス・エジソンは言ったそうだ。成功の秘訣はしぶとくあきらめないことだ」

 

――外部の人に徹底して相談を求める経営者としての姿勢も有名です。

「会社を始めると、多くのことを一気に学ばなければならないが、多くの起業家は経験値に乏しく時間もない。僕は効率よく学ぶ方法を常に心がけている。10時間かけて資料を読むよりも、当たるべき真実の『情報源』となる人を見つける」

「率直に助けを求め、経験値の高い人にアドバイスを求める。僕はフェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)や著名投資家のウォーレン・バフェット氏、前大統領のバラク・オバマ氏にも意見を求めるべく接触した。強い好奇心は欠かせない」

 

■貸借が生む「信頼」に価値

――米国で急拡大した民泊ビジネスですが、なぜこれほど広まったのでしょう。

「ホテルに代わる安い宿をうたい文句に始まった。しかしイノベーションの核は貸し手と借り手の『信頼』だった。人と人のつながりの重要性を僕らですら見落としていた。仕組みさえできれば、見知らぬ人同士が信頼でつながれると信じている。一番大事な人同士のつながりは世界共通で、これが見えてきたからこそ広まっていると思う」

「エアビーに泊まった70%超の利用者はホストの人柄などについてレビューを書く。宿泊費への言及はまずない。価格よりも、つながりがもたらす経験こそが、もう一度エアビーを使いたいという理由になっているという証左だ」

 

――ニューヨーク州などはホテル業界の後押しもあり、民泊規制が厳しくなっています。

「人はこれまでエアビーをホテルの代替やホテルに対抗するもの、ホテルへの脅威としてとらえてきた。破壊者だ。だが僕はエアビーが勝ち、ホテルが負けるようになどと考えてはいない」

「エアビーは世界にネットワークを持ち、北朝鮮、イラン、南スーダン、クリミア以外で広くビジネスをしている。そして部屋を貸し出すホストたちはこれまでに800億ドルを稼いだとされている。今年になってエアビーは世界で3位のホテル予約サイト企業を買収した。いまやホテル業界は僕たちエアビーをプラットフォームととらえ、ホテルの販路として、手を組めるパートナー候補として見始めている」

 

 

聞き手から 逆風下こそ力強さ示せ

 米サンフランシスコ市内にあるエアビーの本社に置いてある2つの箱。バラク・オバマ前大統領と故ジョン・マケイン上院議員のイラストにエアビーの社名が入っている。2008年夏、コロラド州デンバーで開かれた民主党の党大会時に、チェスキー氏らが、なんとか生まれたばかりの会社の知名度を高めたいと知恵を絞ってつくったシリアルのパッケージだ。

 40ドルのシリアルを売って苦境をしのいでいたスタートアップはわずか10年で企業価値が300億ドルを超えるまでに成長した。20年には新規株式公開(IPO)も計画する。

 自らは施設を持たず、使っていない部屋を貸したい人と、借りたい人とを結びつけるプラットフォームを提供して稼ぐ。一歩先んじたシェア経済のアイデアを、世界の投資家が注目するビジネスへと引き上げた。チェスキー氏が「人のつながり」の重要さを強調するのは、ユーザーが多数参加するほど、サービスが多様化して質が向上するからだ。

 しかし最近はマリオットグループが民泊を始め、オーバーツーリズムとの苦情がでている観光地もでてきた。
 急成長と見え始めた課題を前に、チェスキー氏は「テクノロジーで社会を良くする、テクノロジーは万能だ」というシリコンバレーの基本となる共通認識に対して懐疑的な姿勢を見せた。上場も、より複雑になった社会責任を果たすための通過点にすぎないという。

 足元ではフェイスブックなど大手IT(情報技術)企業が個人情報保護やその利用で社会からの批判にさらされている。新規上場の一部テック企業の評価もはげ落ち始めた。こうした状況も踏まえたうえで、チェスキー氏は「21世紀の上場企業を目指す」と話している。米経済の成長をけん引してきたテック業界に逆風が吹く今だからこそ、混沌を越えた企業のダイナミズムを示してもらいたい。

 

 

 

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