時間医学の扉(7)

 

生体リズムが壊れてしまった現代社会


   昼と夜の生活が逆転することも珍しくない現代社会。
   だが、本来の生体リズムを失えば、生活習慣病のリスクも高くなる。


文=大塚邦明(東京女子医科大学名誉教授)


 現代社会は、人類が長年をかけて獲得した生体リズムを壊そうとしている。5人に2人が深夜業に従事し、昼夜逆転の生活を余儀なくされている。深夜業務についてない人でも、不規則な生活が原因で、生活リズムは大きく乱れている。
 それはもはや避けられない共通の課題である。

 私たちは今、何かをしなければいけない。
 時間医学の知恵を如何に活かすか、辛抱強く解決策を探る姿勢が求められる。

眠らない社会がつくらだす生体リズムの不調

 照明やテレビなど電気製品の普及とともに次第に夜型化し、眠っているはずの時間帯が、起きている時間帯に変わった。
 夜遅くまで明るい電気照明の下での長時間労働は、生体リズムに不調をもたらした。「眠らない社会」は、長い年月をかけて生命の中に育んできた、生体リズムを被壊しようとしている。

過労や交替制勤務のリスク

 過重ともいえる勤務に追われる、商社マンの生体リズムは消失していた。就寝時刻は不規則で、深夜2時から3時になることも稀ではない。睡眠時間が3時間足らずという日もある。睡眠不足を補うように、土曜の夜の就寝は早く、日曜の朝はゆっくり起床し、10時間以上も眠る。
 すでに24時間のリズムはなく、3時間ほどの短いリズムと、替わりに現れた約1週間のリズムで、生活していた。
 体重102キロという肥満で、高
圧。悪玉コレステロールが高く、糖尿病だった。
 この病気を治すには、どんな投薬も無効である。
 生活スタイルを改善し、乱れてしまった生体リズムをとり戻すことこそ、唯一の治療法である。
 交替制勤務の場合は、さらに深刻である。
 交替制動務を始めると、すぐに血圧が上がる。交替制動務の期間が長いほど、病気になるリスクは高く、糖尿病リスクは普通の生活を送る人の2倍。乳がんになる頻度は1.5倍。男性の場合は、前立腺がんになる頻度が3倍になると言われている。
 その背景には、生体リズムの乱れがある。不規則な生活リズムは、食べ物の内容まで変えてしまう。脂肪の摂取が増え、野菜や蛋白質の摂取が減る。病気から身を守る免疫・ホルモン・自律神経系の働きが乱れてしまう。

生体リズムを桝復するための工夫

 第一は、規則正しい睡眠リズムの回復である。
 必要な睡眠時間は、人によって異なる。電気を発明したエジソンは、4〜5時間眠れば十分だった。一方、20世紀の顔と言われるアインシュタインは、10時間以上の眠りが必要だった。
 何時間の眠りが必要か。次のようにして確認する。
 2週間程連続して、眠った時刻と起きた時刻を記録。1日毎の睡眠時間を平均すると、それが必要な睡眠時間である。次に、起床時刻を設定する。6時から8時の間が最も健康的である。季節とともに少しずつ変更してもよい。
 第二は、正しい朝食。朝食に糖質は欠かせない。米、麦、とうもろこし等に、乱れた生体リズムを改善する効果がある。牛乳やヨーグルト等で蛋白質を、ミネラル補給に野菜を少し追加すれば、なおよい。
 第三は、仕事に精をだすことである。充実した一日にこそ、生体リズムの改善効果がある。
 最近、生活リズムの乱れ振りを知らせてくれるスマートフォンのアプリが登場した。「からだの時計WM」である。正しい生体リズムをつくるための時間を知らせてくれる。たとえば、夕食の時刻は適切だったか、睡眠時間は十分だったか等をアドバイスしてくれる。長年をかけて獲得した生体リズムを、壊そうとしているのが人の知恵であるが、その知恵が創り出した文明を逆手にとって、生体リズムを守ることができるのであるから痛快である。

今こそ必要とされる時間を考慮した医学

 時間医学の知恵は、すでにいろいろなかたちで日常生活に応用されている。生体リズムが乱れがちで、少量の薬でも副作用がでてしまう高齢者にとって、これは朗報である。
 朝に明るい光を浴びつつ目を覚ますという、自然に近い光環境を盛り込んだ目覚まし時計が販売されている。光と目覚ましの音が心地よくミックスするように、工夫が凝らされている。手軽に使用するにはどれも少し高価であるが、上手に利用したい。
 規則正しく起床し、規則正しく朝食を摂り、そして会話し、笑い、充実感をもって親則正しく働く。そして健やかに眠る。このような生活スタイルを心がけたい。

 

 

戻る