時間医学の扉(4)
眠りと体内時計
睡眠は、昼の活動の疲れを癒すとともに、明日への活力を育む。
眠りの質こそが、生体リズムと日常の健康を大きく左右する。
文=大塚邦明(東京女子医科大学名誉教授)
眠りにはリズムがある
眠りのリズムこそ、生体リズムの基本である。
夜の深い眠りと、朝の明るい光が生体リズムを整える。朝に明るい光を浴びると、夜の眠りの時計にスイッチが入り、15時間後に眠くなるようにセットされる。人には眠れない時間がある。朝、目覚めてから12時間後から3時間の間は眠れない。眠ってはいけない時間帯がある理由は、まだわかっていない。
私たちのからだには、約12時間のリズムも宿っている。2時間毎に横になってもらい、寝つくまでの時間から眠気度を調べると、午前2時頃と午後2時頃に眠気度が強くなる。
眠りには、もう一つ、90分のリズムがある。人は、90分毎に眠りを繰り返している。眠りに就いて90分経つと目が覚め、そして次の眠りに入っていく。このリズムを、一晩の中に4回から5回線り返し、朝の目覚めを迎える。
レム睡眠とノンレム睡眠
眠りには、からだを休めるノンレム睡眠と、夢をみるレム睡眠がある。この2つがセットになって、90分の眠りを作っている。眠りに就くと、まずノンレム睡眠が始まり、眠りの深さが深くなってくると、成長ホルモンが出てくる。こどもの成長を促し、おとなではからだを休めつつ、免疫力を高めて昼間の傷を癒す。ノンレム睡眠の後、レム睡眠に移行する。
レム睡眠には5つの特徴がある。四肢の筋肉は完全に弛緩し、金縛りにあったように身動きができない。そのためときどきからだをピクンとビクつかせ、目覚めざせて眠りの安全性を確認する。血圧や呼吸は大きく変動し、脈も不整になり不整脈が現れ、陰茎が勃起する。眼球は左右上下に急速運動を繰り返す。このとき非現実的な夢を見る。眼球の急速運動の回数が多いレム睡眠ほど、多彩な夢を見ている。
夢とは何か
「夢など見なければ、楽しかろうに」ニーチェのこの言葉の通り、怖い夢が多い。
成功より失敗が、幸福より不幸が、しばしば夢の題材になる。突然、恐怖や不安で背筋が寒くなって目を覚まし、ああ夢だったのかとほっとする。
夢を見る時刻にはリズムがある。午前2時頃から増えはじめ、朝の8時頃に最大になる。休みの日、寝坊をしたときよく夢を見るのは、このためである。
25〜35歳の若者では、男性の99%、女性も70%は性夢を見る。結婚するとそれがなくなり、離婚や別居した男性で増加することから、性的欲求の満足度に依存すると考えられている。
夢の素材は体験の記憶である。前日か数日以内の体験が、夢の内容に現れてくる。記憶に関係の深い海馬という脳。喜怒哀楽を表現する辺縁系という古い脳。物を見る後頭葉という新しい脳。この3つの脳が力強く活動することで、気にかかっている体験を記憶から呼び起こし、映像として作り出す。
なぜ夢を見るのか
夢判断で有名なフロイトは、夢を画像という言葉を使って語りかける、自分自身への手紙と考えた。その人の心を映す精神の言葉であり、それを読み解くことで、健康をとりもどすための手立てを見つけることができる。一方、分子生物学者のクリックは、忘れるために夢を見ると考えた。脳が毎日正しく働くためには、おびただしい未決着の思考を残しておくわけにはいかない。不要な情報を消去する過程で、偶然の産物として夢を見る。
夢の特徴
夢には、3つの特徴がある。
ある場所にいたかと思うと、突然、違う風景が現れ、迷う場所に移動している。過去の人が突然現れ、未来の国で未来の人に会うこともできる。まるで時空を超えた世界にいる。
夢のなかでは夢を見ない。目が覚めない限り、夢のストーリーから逃れることはできない。その閉ざされた時空から脱出できない。
そして夢は、目覚めると消えうせてしまう。
夢を見ることが健康によいのか悪いのか、わかっていない。科学は夢の全貌のほんの一部しか解明できていない。
不眠がひきおこすトラブル
今、日本人の3人に1人が不眠である。
不眠があると自律神経が高ぶり、血圧が上がる。なかでも夜の血圧が上昇し、心臓病や脳卒中をひきおこす。昼間の眠気で活動量が減り、肥満になってしまう。目覚めのホルモン、副腎皮質ホルモンが増え、骨を溶して、骨粗鬆症をひきおこす。インスリンの働きが弱まり、糖尿病になる。ホルモンと免疫力もうまく働かなくなり、こころの健康まで背されてしまう。
日常生活にも影響する。注意散漫になり、仕事上のミスが増え、交通事故の原因になる。1979年のアメリカ・スリーマイル島原子力発電所の事故、1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故など、歴史に残る大きな事故の背景に、睡眠不足や睡眠時触…呼吸の存在が指摘されている。