時間医学の扉(3)
時間と寿命を支配する体内時計
私たちは健康を保つために眠り、食物を摂り、ときに運動する。
ただ、時計遺伝子の予定リズムに適っているか。重要な問題だ。
文=大塚邦明(東京女子医科大学名誉教授)
時刻を刻むはずの体内時計には、別の顔があった。
生体リズムが乱れると、人は高血圧になり、糖尿病になった。
時計遺伝子には、老化を遅らせ、健康寿命を延ばす働きがある。体内時計のこの働きは、ノン・クロック・ファンクションと呼ばれ、今、もっとも注目されている。
病気にもリズムがある
心筋梗塞などの心臓病は、朝に多い。命にかかわる不整脈も、午前10〜11時に多く、脳梗塞も、午前8〜10時に多い。
朝起きて一日の情動が始まると、血圧が上がる。いろいろなストレスで自律神経が緊張し、心臓や脳を栄養する動脈の径が細くなり、細胞は酸素不足になって、血が固まりやすくなる。これがその理由である。
リウマチなどの関節炎、鼻血、偏頭痛、うつ病なども朝に発病する。鼻づまりやくしやみなどのアレルギー症状が悪化するのも早朝で、風邪やインフルエンザの症状が最悪なのも朝である。
一方、腰の痛みや歯の痛みは、夕方に強くなる。
大阪や東京等の大都会では、心筋梗塞は夕刻にも多い。夕刻にも多い理由は、よく分かっていないが、夕刻を仕切る時計遺伝子の所為だと推測されている。
夜の10時頃に皮膚が敏感になり、蕁麻疹が出やすくなる。11時になると気管支喘息の発作が始まり、真夜中には痛風や胆石、あるいは胃潰瘍が痛みはじめる。深夜の3〜4時になると、心臓性喘息が現われ、新生児の急死が多いのもこの時間帯である。
食のリズムと運動のリズム
健康によい起床時刻は、午前6〜7時である。起床後、1時間以内に朝食を摂ると、体内時計の針が正しくリセットされる。朝食には、十分な糖質と適量のたん白質を。そして食物酵素が豊富な野菜やフルーツがあればもっとよい。よく噛んでゆっくり食べると、眠りを誘う夜のホルモン、メラトニンが増え、深い眠リが誘われる。
夕食は午後7時が最適である。味覚が最も敏感になって食欲がわく。唾液や膵臓からでる消化液が、1日の中で最も多いため、消化がよい。夕食時は食塩を多めに摂っても、さほど血圧は上がらない。血圧を上げるホルモンが少なく、余分の塩はすぐ尿から排出されるためである。
とは言え、それが毎日になると、溜まった塩が腎臓や肝臓の子時計に働きかけ、時計遺伝子のリズムを狂わせてしまう。やはりほどほどがよい。
午後8時以降の夕食は、血糖値を上げ、胃酸が増えて逆流性食道炎を惹き起す。10時以降に食事すると、時計遺伝子ピーマルワンの働きで太りやすくなる。
体力にも1日のリズムがある。
体の中に酸素がみなぎるのは午前7〜8時で、筋肉痛もさほど苦にならない。気分が最も爽快なのは午前10〜11時頃で、体力が最も強くなるのは午後3時〜6時である。気道が広くなり、呼吸が楽で、筋肉がしなやかになり、瞬発力に優れ、筋力が強くなる。
トレーニングや、散歩の効果が上がるのは、午後5〜9時で、スポーツ選手が好成績を収めるのもこの時間帯である。
病気を防ぐからだのリズム
自律神経とホルモン、そして免疫力にもリズムがある。
自律神経には、からだを休める副交感神経と、活動能力を高める交感神経がある。副交感神経は夜に強く働き、交感神経は昼間に強く働く。
副交感神経の働きが最も強いのは午前4〜5時で、このとき眠りの深さは最も深く、休息の質がよい。交感神経の情動が最も強くなるのは午後1〜5時で、このとき精神活動は最高潮で、計算が早くできるのもこの時間帯である。
ホルモンの働きにもリズムがある。たとえば目覚めのホルモン、コーチゾルは、午前6〜8時に最高になり、メラトニンは、午後9時頃から増え始め、深夜にピークとなる。血圧を調節するレニンは午前5〜6時に、アルドステロンは午前6〜12時に高い。そのため朝と昼に、食塩の多い食事を摂ると、高血圧になる。
免疫力は、夜強くなる。真夜中から午前3時に最も強い。そのため怪我や病気を治すには、夜の深い眠りこそたいせつである。
薬の効果にもリズムがある
薬の効果も、服薬時刻によって異なる。
カルシウム括抗薬という高血圧の薬は、朝に服薬すると効果が大きく、エース阻害薬という高血圧の薬は、夜のほうがよく効く。
スタチンというコレステロールの薬は、夕食後の服薬の効果が大きく、鼻炎の薬は夕方、気管支喘息の薬は午後9時、咳止めの薬は就寝前に服薬すると、効果が強い。
糖尿病の薬(SU剤)も、夜に服むと血糖がよく下がる。骨粗鬆症のカルシウム製剤も、ニューキノロン系の抗菌剤も、夜に服むとよく効く。
このように薬の効果には、それぞれ効きやすい時間帯がある。
人にとって時間とは、なんとも不思議なものである。