時間医学の扉(1)
健康は時を知ることから
文=大塚邦明(東京女子医科大学名誉教授)
時間と宇宙
人がここに生まれ来て、そして死していくことの意味とは。
時間と、時間とともにある宇宙との視点から、
科学的に生命の営みの神秘を考え、さらに現代科学の限界を想う。
宇宙のりズムと生命の関わり
私たちのからだには、約24時間のリズムとともに、24時間よりも短いリズムや長いリズムが備わっている。たとえば午後1時頃の午睡の睡魔は、約12時間の体内時計の仕業である。
脳波の脳のリズム(0.1秒周期)や心電図の心臓のリズム(1秒周期)から、1週間、1か月、1年。そして10.5年、21年、500年のリズムまで、人は、その調べを調和して、まるで交響曲のように演奏している。
人は星々の影響を受け、そのリズムのすべてを、生命の中に刻印した。なかでも太陽からの影響が最も大きい。太陽とは巨大な磁石である。太陽爆発があると、太陽からの風は強力で、地球を囲む地磁場と衝突し、地上100キロあたりの大気を発光させる。そして天空には、美しいオーロラが舞う。そのとき自律神経活動に異変が現われ、血圧は大きく変動し、オーロラが出た翌日に心筋梗塞が多発する。
太陽は風と雲を用いて、空気と水を循環させ、海に海流をもたらし、気象を動かし、人に病気を惹き起す。心臓病や脳卒中にみられる7日のリズム、四季のリズム、1年のリズムがそれである。
太陽活動のリズムとして、黒点の10.5年周期がよく知られている。それは精神活動に作用し、人々は10.5年周期で興奮し、不満を噴出し、反乱を起こし、改革を引きおこしてきた。そして55年や77年などの長いリズムは、気候変動や大地震等の天変地異をもたらしてきた。
西田幾多郎は、著書『善の研究』で、大自然こそ神であり、その摂理に従って人は生きていると訓えた。最近の分子生物学の進歩は、万物は一体であるとのこの哲理を支持している。
スピリチュアルな世界
私が医師になって4〜5年目の頃、22歳の女性がSLE(全身性エリテマトーデス)という炎症性の多臓器障害を伴う難病にかかり昏睡状態に陥っていた。当時の医学はまだ発展途上で、難病を患うと手の打ちようがなかった。栄養状態を保ちながら、静かに死を迎えるという時代だった。「そろそろ天に召される頃かな」と、心配していたある日。この1週間、ずっと女性の傍についていた初老の父親から、静かに身罷ったから来てほしいと連絡があった。いそいで駆けつけてみると、その人は顔に笑みを浮かべ、それは穏やかな顔で眠っていた。
父親が言った。ずっと意識がなかったこの子が、10分ほど前、語りかけてきた。楽しかった子どもの頃の思い出を、数分間はっきりとした言葉で、語った。その後、「今、天使様が傍に来ている。あちらに行こうと誘っている。だからお父さん、向うに行くからね。お父さん有難う」。そう言って笑い、静かに目を閉じた、と言うのである。
まだ医師としての経験が浅かった私は、この語りに驚いた。生命の尊厳と、彼女の豊かな生き様が伝わってくるようで、それは厳粛な時空であった。人が死を迎えるとき、肉体から離れた霊魂は神と対話する。このようなことが実際にあるのだろうと思う。そのときほど医師になってよかったと思ったことはない。
科学の限界
生命のリズムには、まだまだ数多くのリズムがある。
カラフトマスは2年で、アメリカ大陸に生息する周期ゼミは、幼虫の時代を地中で過ごし、17年(または、13年)で羽化して、繁殖する。竹は、長期間の栄養成長の後に、一斉に開花し、枯死する。そのため古くから、「竹が咲くと不吉なことが起きる」と言い伝えられてきた。開花のリズムは、竹の種類によって異なり、日本のモウソウチクには68年、マダケには120年のリズムがある。その仕組みの詳細は、まだ闇の中である。
人として生まれ、育ち、そして老いていく生命の意味を考えるとき、人はまだまだ何も知らない。宇宙の大部分は目にも見えず、五感に響かない。そんな何かで構成されている。宇宙の中味のうち、人はその4%を知っているにすぎない。「知らないといふことを知っている」として、ギリシア随一の智者になったソクラテス。その言葉を、もう一度、思い起こしたい。
人間の意味論……人とは何か
生命とは何か? 1944年に、波動力学の基礎となる「波動方程式」で有名な物理学者、シュレーディンガーから投げかけられたこの問いは、今も、世界中の科学者の目を釘づけにしている。
シュレーディンガーの問いに、私は次のように答えたい。
「生まれ出るとは、大宇宙の混沌の世界から、生命というリズミカルに変動する仕組みに形を変えて、しばしここにに遊ぷことであり、死するとは、務めを終え生命が再び混沌の時空に戻っていくことである。生も死も宇宙の秩序の一片にすぎない。」
これが生命の姿なのだろうと思っている。
次回、生命と健康に深く関わる、時計遺伝子につい解説する。