開目抄上愚記本



                  富山大石学頭大貳阿闍梨日寛記す


(序)

一、当抄の興記を述作する事。


凡そ当抄の興起は、別して竜口巨難に就いて由って起る所なり。謂く、蓮祖大聖人は正しく末法の法華経の行者にして三徳有縁の仏なり。然るに日本国の上下万民は未だ曾てこの事を知らず。父母宿世の敵よりも強く悪み、謀叛殺害の者よりも強く責め、剰え文永八年九月十二日には既に御命に及ぶ。然りと雖も、誹謗の人敢えて現罰を蒙ることなし。諸天等の誓言も殆ど徒然なるに似たり。故に弟子檀那は恐らく疑心を生じ、蓮祖はこれ法華経の行者に非ずと謂う。故に正しく法華経の行者なることを決定し、疑を断じて信を生ぜしめんが為にこの抄を述作するなり。これ則ち左州已後内々にこれを勘え、翌年二月にこれを書し、別しては四条金吾頼基に賜い、通じては弟子檀那の形見に擬したまうなり。

 当抄上三十六に云く「諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者には・さるになりとも法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓言を・とげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身・法華経の行者にあらざるか、此の疑は此の書の肝心・一期の大事なれば処処にこれをかく」と。

 下巻二十七に云く「日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ、此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月・雪中にしるして有縁の弟子へをくればをそろしくて・をそろしからず・みん人いかに・をぢぬらむ、此れは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国・当世をうつし給う明鏡なりかたみともみるべし」と文。

 佐渡抄十四 九に云く「去年の十一月より勘えたる開目抄と申す文二巻造りたり、頚切らるるならば日蓮が不思議とどめんと思いて勘えたり、此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし、譬えば宅に柱なければ・たもたず人に魂なければ死人なり、日蓮は日本の人の魂なり平左衛門既に日本の柱をたをしぬ(乃至)かやうに書き付けて中務三郎左衛門尉が使にとらせぬ」と云云。中務三郎左衛門とは即ち四条金吾の義なり。竜口の時、別して捨身決定の深志を顕せし故にこの人に賜うなり。

一、当抄の大意の事

 凡そ当抄の大意は、末法下種の人の本尊を顕すなり。謂く、蓮祖出世の本懐は但三箇の秘法に在り。然りと雖も、佐渡已前に於ては未だその義を顕さず。佐渡已後にこの義を顕すと雖も、仍当抄等に於ては未だその名目を出さず。然りと雖も、その意は恒に三箇の秘法に在り。

 中に於て当抄は先ず末法下種の人の本尊を顕すなり。故に当抄の始めに三徳の尊敬等を標し、次に儒外に続いで内典を釈する中に、先ず一代の浅深を判じ、熟脱の三徳を顕し、次に蓮祖はこれ法華経の行者なることを明かす。

 巻の終りに至って正しく下種の三徳を顕し、「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」というなり。また佐渡抄に「日本国の魂なり、日本国の柱なり」とは、即ち蓮祖は日本国の主師親なるが故なり。報恩抄に云く、「一には本門の教主釈尊を本尊と為すべし。二には本門の戒壇。三には本門の題目なり。日本国の一切衆生の盲目を開ける功徳あり」(取意)等云云。これを思い合すべし。

一、当抄の題号の事。

 今、開目抄と題することは、盲目を開く義なり。所謂、日本国の一切衆生、執権等の膜に覆わるる為に真実の三徳を見ること能わず、故に盲目の如し。然るに当抄に、一切衆生をして盲目を開かしむるの相を明かす、故に開目抄と名づくるなり。

 今具にこれを釈せば、いうところの「開」とは即ち二意を含む。一には所除、二には所見なり。所除は即ち執権等なり、所見は即ち三徳なり。譬えば、世の盲目の膜を除いて物を見るを、目を開くと名づくるが如し。若し膜を除かずんば、これ目を開くには非ず。若し物を見ずんば、また目を開くには非ず。今また是くの如く二意を含むなり。妙楽の記三中四十八に云く「発とは開なり。所除の辺に約して名づけて発迹と為し、所見の辺に約して名づけて発本と為す」と云云。「開」の字の両意この文に分明なり。

 次に盲目とは四人を出でず。一には外典の人、二には爾前の人、三には迹門の人、四には脱益の人なり。一に外典の盲目とは、但世間有為の三徳に執して出世無為の三徳を見ず、故に盲目と名づくるなり。二に爾前の盲目とは、但爾前権経の三徳に執して法華真実の三徳を見ず、故に盲目と名づくるなり。三に迹門の盲目とは、但迹門熟益の三徳に執して本門久遠の三徳を見ず、故に盲目と名づくるなり。四に脱益の盲目とは、但文上脱益の三徳に執して文底下種の三徳を見ず、故に仍盲目と名づくるなり。

 略して題旨を結せば、今この抄の意、一には世間有為の三徳の執を除いて出世無為の三徳を見る、故に開目抄と名づくるなり。二には爾前権経の三徳の執を除いて法華真実の三徳を見る、故に開目抄と名づくるなり。三には迹門熟益の三徳の執を除いて本門久遠の三徳を見る、故に開目抄と名づくるなり。四には文上脱益の三徳の執を除いて文底下種の三徳を見る、故に開目抄と名づくるなり。今題号の意、正しく第四に在り、然りと雖もこの義、幽微にして彰し難し。故に浅きより深きに至って次第にこれを判ずるなり。譬えば、高きに登るに必ず卑きよりし、遠きに往くに必ず近きよりするが如し。故に諄諄として丁寧なり。学者深く思いてこれを忽にすることなかれ。 

一、入文の大科の事。

 当抄二巻、文を分ちて三と為す。初めに標、次に「儒家」の下は釈、三に「夫れ法華経宝塔品」下巻五十一の下は結勧なり。釈中また自ら三と為す。第一に儒家、第二に外道、第三に内典なり。第三の内典中また二あり。初めに一代の浅深を判じて熟脱の三徳の大恩を顕す。二に上巻二十九紙の「此に日蓮案じて云く世すでに末法に入つて」の文より下巻五十一紙の「仏法中の怨なり」等の文に至るまで、都て七十余紙は皆蓮祖はこれ法華経の行者なるを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕すなり。撰時抄上二十云云。秘すべし、秘すべし。

(第一段 三徳の標示

一、夫れ一切衆生等文。(一八六n)

 この二行はこれ標章の文なり。双びて人法を標す。双びてこれを標すと雖も、傍正なきに非ず。今三徳の尊敬を以て正意と為すなり。故に性師云く「今の意は儒外内倶に主師親を尊ぶことを挙げ、習学を以て旨と為さず」と云云。故に今抄の意は、儒外内を習学して倶に主師親を尊敬すべしとなり。またまた当に知るべし、儒外内の三徳を標すと雖も、意は下種の主師親に在り。結文中これを思い合すべし。

一、儒外内これなり文。(同n)

 今道教を以て通じて儒に摂するなり。下に荘老の玄を明かす。これを思い見るべし。

 問う、何ぞ別して道教を明かさざるや。

 答う、これに二意あり。一には九流の中に摂し、別に一教と立てざるが故なり。二には今はこれ専ら忠孝礼義を明かしたまうに、道教は便ならざるが故なり。啓蒙の四 八に文を引証するが如し。

 問う、外学の許・不許の大意は如何。

 答う、不許に就いて即ち二意あり。一には出離生死の要道に非ざる故なり。二には内外一致の見を生ぜんことを恐るる故なり。これを許すに就いてまた二意あり。一には折伏利物を為す故なり。二には彼を以てこれを助けんが為の故なり云云。今、宗門の学者、他家の章疏を学ぶ、これに准じて知るべし。

(第二段 儒家の三徳

一、儒家等文。(一八六n)

 儒家を釈するに略して三と為す。初めに能説の人を挙げて、所尊の相を明かし、次に「此等の聖人」の下は所説の法を挙げて所学の相を示し、三に「かくのごとく巧に立つ」の下は仏家の意を以て而も破会を示す云云。

一、三皇・五帝・三王文。(同n)

 「三皇・五帝」は具に末抄の如し。「三王」とは即ちこれ夏・殷・周の三代なり。所謂、禹・湯・文武なり。若し諸文の中に、或は武王を取ることは王位に登る故なり。或は文王を指すことはこれ功を推むるが故なり。或は合してこれを取ることは、この義を以ての故なり。

一、諸臣の頭身(目)文。(一八六n)

 「頭目」最も可なり。身の中には頭目肝要なり。宅の中には棟梁肝要なり。並びに天尊・主君に譬うるなり。

一、三皇已前文。(同n)

 これ三皇を除くそれ已前なり。伏羲の時より人道定まる故なり。白虎通一 九に云く「古の時、民人但其の母を知りて其の父を知らず乃至是に於て伏羲仰いで象を天に観、俯して法を地に察す。夫婦因り五行定まり、始めて人道定まる。伏して之を化す」略抄等云云。

一、父母をしらず等文。(同n)

 一義に云く、但応に父を知らずというべし。本拠諸天皆爾なりと云云。今謂く、母を知ると雖も、尊敬することを知らず。故に「禽獣に同ず」というなり。既に尊敬することを知らず、故に義不知に当るなり。故に父母を知らずというなり。今文の大旨は専ら尊敬すること以て孝と名づくる故なり。況や下巻十に云く「三皇已前に父母(父)をしらず」と云云。両処倶に何ぞ容易にこれを改めんや。

一、五帝已後文。(同n)

 直ちに五帝より已後なり。五帝を除くに非ず。実には「三皇已後」と言うべし。然るに五帝とは文体然るべければなり。況や三皇已後は父母を知るの義、上の文に自ら顕れたり。故に三皇・五帝を分って以て文章を綵るなり。

一、重華は頑わしき父を敬い(かたくなはしき父をうやまひ)文。(同n)

 註三十 一に尭典を引く。註千字文上六に文具なり。往いて見よ。

 問う、尭乃ち二女を以て舜に妻す。瞽叟強くこれを悪むと雖も、何ぞ舜をして廩に塗り、井に穿たしむるや。況や両笠、匿空以て信ずるに足らざるをや。

 答う、これ「設い有りとも」の義なり。謂く、設い此くの如き事ありとも能くこれを脱るべしとなり。これを以て至孝の志を顕すなり。直に舜を廩に塗り、井に穿たしむるに非ず云云。若し朝抄一 五に報恩伝を引くが如くんば前後同じからず云云。



一、沛公は帝となつて大公を拝す文。(同n)

 史記八初、前漢一初、同一下七紙。

一、武王は西伯を木像に造り文。(一八六n)

 これ文王を以て大将軍と為し、功を父に推むるなり。史記四 四。

一、丁蘭は母形木に刻む(母の形をきざめり)文。(同n)

 蒙求下五、朝抄一 六に孝子伝を引く。往いて見よ。当に知るべし、此等の四人の父母を敬うを以て孝の手本と為すことを。仲尼云く「敬わずんば何を以てか之を分たん」と云云。

 問う、何ぞ四人を挙ぐるや。

 答う、文意に云く、尚頑わしき父を敬う、況や直き父に於てをや。帝と成るも尚父を敬う、況やその已下をや。王すら尚功を父に推む、況やその已降をや、幼稚すら尚母を慕う、況や長大なるをやと。

一、比干は(乃至)頚(頭)をはねらる文。(同n)

 史記三十 三、殷本紀云云、註千字上八に胸を裂くと云云。

一、公演(胤)といゐし者は魏王(懿公)の肝をとって等文。(同n)



 「公演」はまた「弘演」に作り、「魏王」は「懿公」に作るべし。即ち報恩抄初の如し。衛の懿公は鶴を愛し、人を愛せざる故に遂に国を亡すなり。而るに弘演の忠心に依って斉の桓公、懿公の跡を立てたり。具に註中の如し。

一、伊尹(尹寿)は尭王の師文。(同n)

「尹寿」に作るべし。註中を見るべし。その外啓蒙に具なり。

一、此等を四聖とがうす文。(同n)

 これは四師を指すなり。理惑論に云く「四師は聖と雖も」と云云。況や下巻三に「太公等の四聖」と云云。健の義は不可なり。次下十三に云く、「外典・三千余巻の所詮に二つあり乃至聖賢の二類は孝の家よりいでたり何に況や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩しつて知恩報恩をいたすべし」と文。報恩抄初に予譲・弘演の事を引き畢って云く「いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや」と文。「いかにいわうや」の文、これを思い合すべし。

一、此等の聖人等文。(同n)

 この下、次に所説の法を挙げて所学の相を示すなり。

一、三墳・五典文。(同n)

 尚書の序に云く「三皇の書は之を三墳と謂い、大道と言うなり。五帝の書は之を五典と謂い、常道と言うなり」と文。「三史」とは史記百三十巻前漢の司馬遷、前漢書百巻後漢の班固 、後漢書百二十巻宋の范曄なり。

一、一には有の玄文。(一八六n)

 止十 二十、弘十 四十二に云く、「有に約して玄を明かすとは太極は両儀を生ずと云うが如し。分ちて天地と為し、変じて陰陽と成る。故に是れ両儀を生ずと曰う」等云云。文意に云く、太極を分ちて天地と為す、太極変じて陰陽と成る、これ両儀を生ずというなり。これ則ち形に約して天地といい、気に約して陰陽というなり。今両儀の一言、能くこの二義を含む。故に諸文の中に両儀の言を以て、或は天地と為し、或は陰陽と為すなりと。道春の大学抄一 二十七に云く「儒道は虚なりと雖も、而も有なり。故に無極にして太極と云うなり」と。また云く「儒理は君臣父子等の彝倫の外を出でず。是れを当位霊妙の処と云うなり」取意と。

一、二には無の玄文。(同n)

 止十 二十に云く「老子虚融、無に約して玄を明かす」と。弘十 四十三云云。また道春の大学抄に云く「老子の虚無とは虚にして無なり。虚無の道は、太極の前に在り、故に天地も未だ分たず、万物も未だ生ぜざる処に一箇の虚無の道理有りと立つるなり」と云云。

一、三には亦有亦無文。(同n)

 止十 二十に云く「荘子は自然なり。有無に約して玄を明かす」と云云。弘十 四十三に云く「荘子の内篇は自然を本と為す。また有無というは内篇は、無を明かし、外篇は有を明かす」等云云。意に云く、有もこれ一偏なり。無もこれ一偏なり。只これ自然に有の辺もあり、自然にこれ無の辺もあり。故に自然は有無に及ぶというなり。

一、玄とは黒なり文。(同n)

 彼々の所立の一分深奥なり。故に「黒」というなり。

一、或は元気よりして生じ或は貴賎・苦楽・是非・得失等は皆自然等文。(同n)

 「元気よりして生じ」とは、これ儒の有の玄なり。「貴賎乃至自然」とは、老の無の玄なり。「等」とは、これ荘の亦有亦無に等しきなり。但し「貴賎・苦楽」等の文は本荘子に出でたり。而るに今は老子と為すなり。これ則ち老子も自然と計する故なり。華厳玄談八 十に云く「此くの如く荘老皆自然と計す」等云云。況や老子を以て自然の体と為し、荘子を附出するなり。今この意に准じてこれを消すべきなり。

 今尋ねて云く、倶にこれ元気よりして生ず、何を以ての故に人畜等の異ありや。

 答う、儒家の意に依ればその所以あり。謂く、元気に於ては差別無しと雖も、人物等に分ち来る時、正通偏塞の四等あり。故に則ち人畜等の異を分つなり。謂く、天の正通の気を受くれば則ち人間を生じ、天地の形を正しく受く、円首方足等なり。若し偏機(気)を受くれば則ち禽獣を生じ、首尾横行するなり。若し塞気を受くれば則ち草木を生じ、頭下足上にするなり。故に同じく元気よりして生ずと雖も、人畜等の不同ある者なり。

 問う、同じく正通の気を受くるに何ぞ人間の中に於て貴賎、苦楽の異ありや。

 答う、これ清濁ある故なり。謂く、同じく正通の気を受くると雖も、清気を受けたるは則ち富貴にして楽なり。若し濁気を受けたるは貧賤にして苦なり。禽獣等もこれに准じて知るべし。

 問う、貴賎各是非得失あり。謂は如何。

 答う、これ美悪ある故なり。謂く、同じく清気を受け富貴にして楽しむと雖も、若し美気を受くれば則ち是にして得あり。尭・舜等の如きはこれなり。若し悪気を受くれば非にして失あり。桀・紂の如きはこれなり。同じく濁気を受け貧賤にして苦しむと雖も、若し美風を受くれば則ち是にして得あり。顔淵・子思等の如し。若し悪気を受くれば世の貧賤の盗賊等の如し。禽獣等もこれに准じて知るべし。儒家の意は大概斯くの如し。今「元気よりして生ず」というは則ちこの意なり。故に有に約して玄を明かすというなり。若し道家の意は則ち爾らず。貴賎、苦楽、是非、得失等、皆自然等なり云云。故に無に約して玄を明かすというなり。荘子、知るべし云云。

 問う、此等の謬誤は如何。

 答う、弘三中六十一に云く「此の方の俗典の如く、有いは元気よりして生ずと計するは即ち是れ自を計す。有いは父母よりして生ずと計するは即ち是れ他を計す。有いは元気に由る故に父母に仮ると計するは即ち是れ共と計す。有いは自然と計するは即ち是れ無因なり」と云云。

 華厳玄談八 十六に云く「太極の因と為るは即ち是れ邪因なり。陰陽変化して能く万物を生ずと、亦是れ邪因なり。若し虚無・自然を計せば則ち亦無因なり。若し万物自然にして生ずと謂わば即ち是れ無因なり。然るに無因・邪因は乃ち大過を成ず。三界の我が心に由ることを知らざるを以て正しく因縁に迷う。故に異計紛然たり。安んぞ因縁性事にして真如妙有なることを知らんや」取意等云云。

一、かくのごとく巧に立つ等文。(一八六n)

 三に仏家の意を以て破会を示す。また二あり。初めに破、次に「孔子」の下は会なり。初めの破にまた二あり。初めに法を破し、次に「此等の賢聖」の下は人を破す云云。

一、玄とは黒なり幽なり文。(同n)

 文意に云く、過未一分も知らず、然れば「玄」というも但現在のみなり。一義に云く、彼の玄を嘲弄して過未を知らざれば黒闇の故に玄という云云。「現在計りしれるににたり」とは、これ仏家の如く淵底を尽してこれを知らざる故に「にたり」というなり。

一、仁義を制して等文。(同n)

 止十 二十紙 に「制とは即ち道なり。即ち制とは立義なり」と。

一、賢王もこれを召して等文。(同n)

 「或は臣となし」とは、漢の恵の四皓を召し、武丁の傅説を求めしが如し。「或は師とたのみ」とは、文王の太公望を得、湯王の伊尹を尋ねしが如し。註千字中十七 八九。「或は位をゆづり」とは舜禹等の如し。註千字上六、啓蒙二十八 九十。

一、周の武王には五老きたりつかえ文。(同n)

 註に云く「五」の字は恐らく謬りならん。応に「二老」に作るべし。謂く、伯夷と太公となり。孟子の第七、文選の第四の如し云云。

 問う、二老の文王に帰するは実に所引の文の如きも、伯夷既に武王に背く。何ぞ「周の武王には二老来り事う」というや。

 答う、恐らく「武王」を改めて「文王」に作るべし。若し爾らば応に周の文王に二老来り事うというべきなり。この例、甚だ多し、怪しむべきに非ざるなり。

一、後漢の光武等文。(同n)

 文選五十初。

一、孔子が此の土に等文。(一八七n)

 この下は次に会を明かす中に三と為す。初めに初門と為すを明かし、次に「天台」の下は法を会し、三に「止観」の下は人を会するなり云云。今、この「孔子」等の文は証前起後なり。

一、西方に仏図等文。(一八七n)

 「仏図」は即ち仏陀なり。列子上八十六仲尼篇に「丘は博く学びて多く識す。三王は善く智勇に任ず。五帝は善く仁義に任ず。三皇は善く時に因るに任ず。聖は則ち丘も知らず。西方の人に聖なる者有り、治めざれども乱れず、言わざれども自ら信あり、化せざれども自ら行われ、蕩々乎として民能く名づくること無し」云云と。広弘明集第一にこの文を引いて云く「斯に拠って以て言わば、孔子は深く仏の大聖なることを知れり」と云云。通鑑集覧九に云く「列子に云く、西方に聖人有り、其の名を仏と曰う」等云云。

 故に知んぬ、仏を以て大聖人と名づくることを。名義集三 二十三。

一、礼楽等を教て文。(同n)

 止六 五十一に、礼楽等、戒定慧を扶くるの相を釈す。往いて見よ。

一、妙楽大師云く文。(同n)

 弘六本八十六の文なり。

一、天台云く、金光明経に云く等文。(同n)

 止六 四十四の文なり。一切世間の善論は源、仏教より出ず。故に「皆此の経に因る」というなり。世の五常の如きも源、五戒より出ずるなり。故に源、五常を識れば即ちこれ五戒なり。故に「即ち是れ仏法」というなり。これ法を会する文なり。

一、清浄法行経文。(同n)

 儒者は常にこの経を偽経というなり。

弘六 八十六にこの経を引き畢って云く「諸の目録に准ずるに皆此の経を推して以て疑偽と為す。文義既に正なり。或は是れ失訳なり乃至今家の引ける所の像法決疑経、妙勝定等の意、亦是くの如し。涅槃の後分の如きは本偽目に在り。大唐に至って刋定して始めて正経に入れたり。豈時の人未だ決せざるを以て便ち推して偽と為さんや。大師親り証して位初依に在す。応に錯ちて用いたまうべからず」と文。甫註十四 十、儒仏或問二十三、往いて見よ。

 珠林第二十十一に云く「老子西舛経に云く、吾が師は天竺に化遊して善く泥に入れり」等云云。当に知るべし、老子は既に「吾が師」と称し、孔子は「西方の聖者」という。「我れ三聖を遣わして」の文、宛も符契の如し。近代の黄雀、大鵬の意を知らずして叨に雑言を吐く。悲しむべし、悲しむべし云云。

(第三段 外道の三徳

一、二には月氏の外道文。(一八七n)

 「外道」を釈するにまた三あり。初めに能説の人を挙げて所尊の相を示す。次に「此の三仙」の下は、所説の法を挙げて所学の相を示す。三に「所謂善き外道」の下は、仏家の意を以て而も破会を示す云云。これ総じて略なり云云。

 「月氏」の名義、略して三意あり。

 仏日既に没し、賢聖の月出でて凡を導くが故に是一。

 国の形、半月に似たり。故に北広南狭というなり是二。

 彼の土は大国にして星中の月の如し是三。

 名義三 十紙、啓蒙四 三十二。

 「外道」の名義は朝抄一 十三に二義あり。一には外の道、二には道を外にす。

 三種の外道とは、一には仏法外の外道、謂く六師等これなり。二には附仏法の外道、謂く仏法に附して仏法を破するなり。三には学仏法の外道、仏教を学する人の悪見を起すなり。 一、摩醯首羅文。(同n)

 此には大自在という。色界の頂に居し、欲頂の大自在と同名異体なり。「毘紐天」此には遍浄という。これ第三禅の天なり。「迦毘羅」此には黄頭という。面は金色の如きなり。「うるそうぎゃ」此には眼足という。足に三眼あり。「勒娑婆」此には苦行というなり。

一、八百年・已前已後文。(同n)

 仏の出世八百年已前、八百年已後なり。

一、四韋陀文。(同n)

 一には讚誦、二には祭祀、三には歌詠、四には攘災なり。「韋陀」は此には「分つ」というなり。

一、支流・九十五六等文。(同n)

 今、両説合せ挙ぐるなり。下の文の「但九十五種」とは、台家の諸文に多く「九十五種」という故なり。具に文私五 十六の如し。

一、或は過去・二生・三生等文。(一八七n)

 これ利鈍ある故なり。二三乃至八万の異あるなり。

一、因中有果等文。(同n)

 これ次第の如し。三仙の見計なり。止観十 九。

一、所謂善き外道文。(同n)

 この下は三に破会を示す中にまた二あり。初めに破、次に「外道の所詮」の下は会。初めの破の中に先ず法を破し、「善師」の下は人を破するなり。

一、屈歩虫文。(同n)

 尺取り虫の事なり。

一、或は冬寒等文。(同n)

 これは鴦掘経第四に出でたり。或は牛馬を殺す等は文殊問経上巻に出でたり。

一、外道の所詮等文。(一八八n)

 この下は次に会を明かす。また三あり。初めに初門と為すを明かし、次に大涅槃経は法を会し、三に法華の文は人を会するなり。大涅槃経とは北本二十一 二、文七 九十五に。 (第四段 内外相対して判ず

一、三には大覚世尊文。(一八八n)

 第三に内典を釈す、中にまた二あり。初めに一代の浅深を判じ、熟脱の三徳の大恩を顕す。二には「此に日蓮案じて云く世すでに」の下は、蓮祖はこれ法華経の行者なることを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕す。初めにまた二あり。初めに能説の教主を挙げ、以て三徳を歎釈す。次に「此の仏陀」の下は、所説の教法を挙げ、以て浅深を判釈す。初めにまた二あり。初めに標、次に「外典」の下は儒外に対して釈す。

 釈の文意に云く、彼は既に三惑未断の凡夫なり。何ぞ彼を船と為して生死の大海を渡るべけんや。何ぞ彼を橋と為して六道の衢を越ゆべけんや。吾が釈迦大師は二死究竟の極意、三惑頓断の大聖なり。豈これを船と為して生死の大海を渡らざらんや。豈これを橋と為して六道の衢を越えざらんや。故にこれ「大橋梁・大船師」なり。またこれ「大導師・大眼目・大福田」なり云云。

 問う、この中には但師徳を明かす。何ぞ三徳を歎ずというや。

 答う、これは儒外内の釈にして影略互顕なり。謂く、儒の中には但主君を挙げ、余の二徳を略す、故に但諸臣の頭目、万民の棟梁というなり。若し外道の中には主親の二徳を挙げ、師徳を略するなり。故に一切衆生の慈父・慈母・天尊・主君というなり。

 今、内典の中には、主親の二徳を略して但師徳を挙ぐるなり。これ則ち影略互現して以て各三徳を顕すなり。故に但師徳を挙ぐと雖も、今、意を取って三徳を歎ずというなり。学者これを思え。「大覚世尊」の名義は弘一上十八に、「大導師」等は北本、涅槃経三十三 四、その外は末抄に云云。

一、此の仏陀等文。(一八八n)

 この下は所説の教法を挙げ、以て浅深を判ずるなり。将にこの文の起尽を知らんとするに、須く五種の三段を了すべし。本尊抄にこれを明かす。今、意を取ってこれを示すなり。

 第一には一代一経の三段。文に云く「一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり」と。

 第二には法華一経の三段、第三には迹門熟益の三段、第四には本門脱益の三段なり。

 第二、第三、第四の分文は即ち天台の一経三段、二経六段の分文に同じ。故に今これを略す。

 第五には文底下種の三段。文に云く「又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり」と文。

 この中に「又本門に於て」とは、文底下種独一の本門なり。また「皆寿量」とは即ちこれ内証の寿量品・文底下種の本因妙の事なり。当に知るべし、過去の大通仏の法華経、乃至今日一代五十余年の諸経、十方三世の微塵の経々は皆久遠下種の妙法を顕さんが為に設くる所の経々なり。故に彼々の経々は皆これ文底下種の妙法の序分なり。然れば則ち蓮祖大聖は末法に出現して即ち彼の文底下種の妙法を弘宣す。故に知んぬ、過去の大通乃至今日一代五十余年の経々、十方三世の微塵の経々は、皆これ末法弘通の法体・文底下種の妙法の序分なることを云云。重々の相伝云云。

 今、正しく文を分たば、次に所説の教法を挙げて以て浅深を判ず。また分ちて五段と為す。

 第一内外相対。「此の仏陀」等の下の文は、即ち一代一経三段の意を用ゆるなり。

 第二権実相対。「但し仏教」等の下の文は、即ち法華一経三段の意を用ゆるなり。

 第三種脱相対。「但し此の経」等の下の文は、即ち文底下種の三段の意を用ゆるなり。

 第四権迹相対。「此に予愚見」の下の文は、即ち迹門熟益の三段の意を用ゆるなり。

 第五本迹相対。「二には教主釈尊」の下の文は、即ち本門脱益の三段の意を用ゆるなり。

一、此の仏陀は三十成道文。(一八八n)  第一内外相対の一代真実の文、分ちて三と為す。初めに標、次に「外典」の下は釈、三に「初成道」の下は結なり。釈中また二あり。初めに況顕、次に正釈。見るべし云云。

(第五段 権実相対して判ず)

一、但し仏教に等文。(一八八n)

 第二権実相対の法華真実の文、分ちて三と為す。初めに種々の法相を示し、次に「但し法華」の下は正釈、三に「此の言」の下は結勧なり。

(第六段 文底真実を判ず

一、但し此の経等文。(一八九n)

 第三種脱相対の文底真実の文、分ちて二と為す。初めに正釈、次に「一念三千は十界」の下は広く諸宗を簡ぶ。初めの正釈に二あり。初めに略して熟脱の三千を明かして諸宗を簡ぶ。次に「一念」の下は正しく下種の三千を明かし、正像未弘を示す。

 文に「二十の大事」とは、異本に「二箇の大事」と云云。末師皆「二十の大事」を以て正と為す云云。今謂く「二十の大事」とは恐らくは文に便しからざる故に「二箇の大事」を以て応に正と為すべきなり。いう所の二箇の大事とは即ちこれ迹門熟益の理の一念三千・本門脱益の事の一念三千なり。故に二箇の大事というなり。この一念三千を倶舍等の五宗は、名目をも知らず。華厳・真言の二宗は、偸に盗んで自宗の骨目となすなり。

 此くの如く熟脱の本迹、事理殊なりと雖も、一代応仏の域をひかえたる方は、理の上の法相なれば一部倶に理の一念三千なり。故に脱益の本門を事の一念三千と名づくと雖も、これ真の事の一念三千に非ず。真の事の一念三千の法門・久遠下種の名字の妙法は、一代経の中には但法華経、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底に秘沈するなり。故に「一念三千文底秘沈」というなり。此くの如き事理の三千は、竜樹・天親は知ってしかも未だ弘めず、天台智者は但理具を弘め、未だ事行を弘めざる故に「これをいだけり」というなり。

 本尊抄八 三十六に云く「像法の中末に観音・薬王・南岳・天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如・一念三千其の義を尽せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず」と云云。この文の意能くこれを思うべし。略して文相を消し畢んぬ云云。

 問う、熟脱の三千を挙げて諸宗を簡ぶ意、如何。

 答う、但天台のみこの法門を得たまうことを顕すなり。

 問う、下種の三千を挙げて正像未弘を示す意、如何。

 答う、末法流布の大白法なることを顕すなり。当に知るべし、蓮祖はこれ文底下種の法華経の行者なり。故に今、先ず所弘の法体を示し、次に広くその事を明かすなり云云。学者深く心腑に染めてこれを思え。また本尊抄八 十四云云。

 問う、種脱相対は甚深の秘法なり。故に浅きより深きに至って応に第五に明かすべし。即ち本尊抄の次第の如し。今何ぞ第三にこれを明かすや。

 答う、今、次上の義の便しきを受けて即ち此にこれを明かすなり。所謂、謹んで釈迦・多宝・十方分身の御本意を案ずるに、但正しく文底下種の妙法に在り。故に妙楽の籤一末十二に云く「方便品の初めに近くは五仏の権実を歎ずと雖も、意は実に密に師弟の長遠を歎ず」と云云。師弟は即ちこれ本因・本果なり。近くは脱家の本因・本果を指し、遠くは種家の本因・本果を歎ずるなり。種家の本因・本果とは久遠名字の妙法・事の一念三千なり云云。

 略開の始めすら尚爾なり。後々准じて知るべし。故に知んぬ、釈尊の「久遠真実」の金言、多宝の「皆是真実」の証明、分身諸仏の広長舌相、実に本意を尋ぬれば、専ら文底下種の妙法に在ることを。故に下山抄二十六 四十四に云く「実には釈迦・多宝・十方の諸仏・寿量品の肝要たる南無妙法蓮華経の五字を信ぜしめんが為なりと出し給う広長舌なり」と云云。この中の「寿量品の肝要」とは、肝要即ちこれ文底なり。文底は即ちこれ肝要なり。故に肝要・文底は眼目の異名なるのみ。既に三仏の本意は実に文底下種の妙法に在り。故に今、次上の義の便しきを受けて即ち此にこれを明かすなり。当に知るべし、文は第三に明かすと雖も、義は必ず第五に在り。故に、「但法華経の本門・寿量品の文の底」というなり。「但法華経」の一句は即ち二意を含む。一には一経三段、権実相対の第二なり。二には迹門三段、即ち権迹相対の第三なり。応に順逆を以てこの二意を知るべし。「本門・寿量品」とは本門の三段、本迹相対の第四なり。「文底秘沈」は即ち文底に三段、種脱相対の第五なり。豈浅きより深きに至る次第、差わざるに非ずや。

一、文底秘沈(文の底にしづめたり)文。(一八九n)

 問う、これ何れの文と為んや。 

 答う、他流の古抄に多くの義勢あり。

 一に謂く「如来如実知見」等の文なり。この文は能知見を説くと雖も、而も文底に所知見の三千あるが故なりと云云。

 二に謂く「是好良薬」の文なり。これ則ち良薬の体、これ妙法の一念三千なるが故なりと。

 三に謂く「如来秘密神通之力」の文なり。これ則ち、文の面は本地相即の三身を説くと雖も、文底に即ち法体の一念三千を含むが故なりと。

 四に謂く、但寿量品の題号の妙法なり。これ則ち本尊抄に「一念三千の珠を裹む」(取意)というが故なりと。

 五に謂く、通じて寿量一品の文を指す。これ則ち発迹顕本の上に一念三千を顕すが故なりと。

 六に謂く「然我実成仏已来」の文なり。これ則ち秘法抄にこの文を引いて正しく一念三千を証し、御義口伝に事の一念三千に約してこの文を釈する故なりと云云。

 今謂く、諸説皆これ人情なり。何ぞ聖旨に関らん。

 問う、正義は如何。

 答う、これはこれ当流一大事に秘要なり。然りと雖も、今一言を以てこれを示さん。謂く、御相伝に云く本因妙の文なり云云。若し文上を論ぜば只住上に在り。故に「寿命未尽」というなり。若し住上に非ずんば、曷ぞ常寿を得ん。故に大師、この文を釈して「初住に登る時、已に常寿を得たり」と云云。当に知るべし、後々の位に登る所以は並びに前々の所修に由る。故に知んぬ、「我本行菩薩道」の文底に久遠名字の妙法を秘沈し給うことを。蓮祖の本因妙抄に云云。興師の文底大事抄に云云。秘すべし秘すべし云云。

(第七段 一念三千の数量に寄せて諸宗を簡ぶ)

一、一念三千は十界文。(一八九n)

 この下は次に広く諸宗を簡ぶ。また二あり。初めに数量に寄せて簡び、次には「仏教又かくのごとし」の下は、伝来に寄せて簡ぶ。初めにまた二あり。初めに通じて五宗の一念三千を知らざるを明かし、次に「而るを律」の下は別して成・律二宗の大乗の義を盗むを破するに二あり。初めに正破、次に例を引くに自ら二あり。初めに外道、次に外典、また二あり。初めに正例、次に文証を引く。止観五 百十六。

一、更に道士に越済す(同n)

 甫註十三 四十五、僧祇律に云く「舎衛に人有り、食前には沙門の標幟を着し、聚落に入って乞食す。食後には外道の表幟を着し、林中に入る。仏言く、この越済の人、外道を捨てて沙門に入り、沙門を捨てて外道に入る」と云云。「表幟」は即ち袈裟なり。捜要記に云く「済とは跡なり、此の二路を越す、故に越済と云う」と文。弘に云く「済とは道なり」と云云。

一、仏法の義を以て偸んで邪典に安き文。(一八九n)

 統紀三十八 二に、沙門智積、還俗して仏教を引いて道教を釈し、現罰頓死の事あり。往いて見よ。

一、衛の元嵩等が如し文。(同n)

 弘五下八十一、続僧伝三十五 五、甫註十二 十四に周の武帝の事云云。

(第八段 漢土に仏法伝来)

一、仏教又かくのごとし文。(一八九n)

 次に伝来に寄せて簡ぶ、また二あり。初めに漢土、次に本朝。初めの漢土に三あり。初めに天台の弘化、次に「其の後・法相」の下は諸師の帰伏、三に「華厳」の下は二宗の盗台を破す。諸師の帰伏とは敵対の法相師すら尚帰伏す、況や自余の宗々をや。

(第九段 本朝に仏法伝来)

一、日本・朝我(我朝)文。(一九〇n)

 次に本朝、三あり。初めに伝教の弘化、次に「伝教」の下は諸宗の帰伏、三に「又其の後やうやく」の下は天台の末学を破するなり。「天台の深義」とは即ち一念三千なり。

一、彼の邪宗をたすく文。(同n)

 安然は禅宗を扶け、恵心は浄土を扶けたり。第五 十四。

(第十段 権迹相対して判ず)

一、此に予愚見を等文。(一九〇n)

 この下は大意に准ずれば則ち只これ権迹相対、迹門真実なり。若しその文を分たばこの下は難信を以て真実を顕す文なり。分ちて三と為す。初めに標、次に「法華」の下は釈、三に「されば法相宗」の下は謬解を挙げて難信を結す云云。

一、二乗作仏・久遠実成文。(一九一n) 

 此に至って標に章なり。自ら二義を標す云云。天台大師の文八 十五に云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く、解し難し。鉾に当るの難事なり」と云云。蓮祖、本尊抄八 三に云く「其の教門の難信難解とは一仏の所説に於て爾前の諸経には二乗闡提・未来に永く成仏せず教主釈尊始めて正覚を成じ法華経迹本二門の来至し給い彼の二説を壊る一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん」等云云。

 当に知るべし、難信難解とは本、法師・宝塔の二文に出でたり。故に本尊抄八 十二に云く「経に云く『已今当説最も為れ信じ難く解し難し』と。次下の『六難九易』是なり」(取意)と云云。これ則ち三説超過の一箇の難信難解を開して六難と立て、三説の諸経の易信易解を開して九易と立つるなり。故に知んぬ、法師・宝塔の二文は、只これ開合の異なることを。故に、但法華経を指して難信難解と名づくるなり。序品の二聖問答の時、文殊四答を構うる中の第二の「略曽見答」の下に云く「一切世間の難信の法と云云。これもまた法華を指すなり。安楽行品に譬喩に約す時「此の難信の珠、久遠の髻中」と云云。法体に約す時「一切世間に怨多くして信じ難し」と云云。並びに法華を指すなり。

 問う、何ぞ法華を以て難信難解と名づくるや。

 答う、竜樹菩薩の大論一百 十七に云く「譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云。天台大師云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く、解し難し」等云云。宗祖云く「一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん」等云云。伝教大師の秀句下八に云く「この法華経は最も為れ難信難解なり。随自意の故に」と文。

 随自意とは、若し賢父が愚子の意に随うが如きはこれ随他意なり。故に下地と雖も、信じ易く解し易し。若し愚子の賢父の意に随うが如きはこれ随自意なり。故に下地に於て信じ難く解し難きなり云云。これ宗祖の譬の意なり。

 問う、難信難解の法門は但法華に限るや。将一代に通ずるや。

 答う、法華に限るなり。然りと雖も、凡そ一義を消するに皆一代を窮む。その始末の故に或は一代に通じてこれを釈し、以て法華の難信難解を顕すなり。 

 故に難信難解抄十七 三十五に云く「日蓮読んで云く外道の経は易信易解・小乗経は難信難解・小乗経は易信易解・大日経等は難信難解・大日経等は易信易解・般若経は難信難解なり・般若と華厳と・華厳と涅槃と・涅槃と法華と・迹門と本門と・重重の難易あり」等云云。 

 問う、若し爾らば蓮師の意は究めてこれを論ずれば、但本門を以て難信難解と為すや。

 答う、実に所問の如し。故に本尊抄八 十九に云く「又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり」と云云。

 問う、重々の難易を知って何なる詮ありや。

 答う、仏意に随順して以て宗旨を立て、深法を信行して仏果を期すること等、この法門に過ぎざる故なり。

 秀句下二十四に云く「浅きは易く深きは難しとは、釈迦の所判なり。浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり。天台大師は釈迦に信順して法華宗を助く」等云云。難信難解抄に云く「生死の長夜を照す大燈・元品の無明を切る利剣は此の法門に過ぎざるか」等云云。当に知るべし、今二乗作仏というはこれ迹門の難信を標し、久遠実成というはこれ本門の難信を標するなり。

(第十一段 一仏二言難信の相)

一、法華経の現文等文。(一九一n)

 この下は釈、二あり。初めに権迹相対、次に「二には教主」の下は本迹相対なり。初めの権迹相対の文を分ちて三と為す。初めに正しく明かし、次に「但在世は」の下十九は滅後の難信、三に「此の法門は迹門と爾前と相対して」の下は結なり。初めの正しく明かすにまた二あり。初めに列名略示、次に「其の故は仏」の下は広く一仏二言難信の相を明かす。

一、此等の人人等文。(同n)

 次上は列名なり。この下は略して難信を示すなり。

一、其の故は仏世尊等文。(一九一n)

 この下は広く明かす。また三あり。先ず一仏実語の人なることを示し、次に「此の大人」の下は二言相違を明かし、三に「而るを後八年」の下は難信の相を示すなり。二言相違を明かす中に先ず迹門の意を挙げ、次に爾前の文を引く。

(第十二段 爾前の永不成仏の文を引く)

一、而れども爾前の諸経等文。(一九一n)

 この下は爾前の永不成仏の七文を引く。第一に華厳、第二の大集経、第三に維摩経、第四に方等陀羅尼経、第五に大品般若経、第六に首楞厳経、第七に浄名経なり。

一、大方広仏等文。(同n)

 八十の華厳第五十一、如来出現品第三十七の二の文なり。華厳疏抄五十一 四十紙に経文を載せたり、註中所引の如し。これを以て釈の意を知るべきなり。

一、大集経文。(同n)

 第二に大集経第十八巻、不可説菩薩品の第八 十七の文なり。「必ず死して活きず」とは本経に云く「必ず死して治せず」と云云。「亦是くの如き」とは本経に「亦是くの如し」と云云。

一、二百五十戒。(一九二n)

 朝抄二 十七、三蔵法数十二 二十六に云く「二百五十戒各四威儀あり。故に一千を成じて三世に約す。故に即ち三千を成ずるなり」と。

一、味・浄・無漏文。(同n)

 根本味禅とは地々愛味を生ずる故なり。根本浄禅とは六妙門十六特勝通明禅なり。無漏禅とは観練薫修なり云云。

一、阿含経をきわめ文。(同n)

 阿含経を究むれば即ちこれ智慧なり。故に戒定慧の三学なり。

一、第三(維摩)経等文。(同n)

 第三に維摩経中十六の文なり。これ則ち優婆塞支謙所訳の本なり。意穏やかならず云云。若し什師所訳の維摩経は第七 四紙に出でたり云云。



一、塵労の疇文。(同n)  貪瞋癡を指して「塵労」と名づくるなり。塵はこれ六塵、労はこれ労倦なり。塵に由って労を成ず。故に塵労と名づく。また塵はこれ塵染、労はこれ労苦なり。染心勤苦す。故に塵労と名づく。即ちこれ依主持業の両釈なり。「疇」はまた「儔」に作る。楚辞の王逸が註に云く「二人を匹と為し、四人を儔と為す。通じて疇に作る」と云云。

一、五無間を以て具すと雖も文。(一九二n)

 点の如し。五逆具足の義なり。

一、譬えば族姓の子(乃至)如し文。(同n)

 本経に云く「譬えば族姓の子の如し」と云云。常には善男子と云うが如し云云。

一、芙蓉衡華文。(同n)

 本草綱目三十三 二十に云云。一切経音義に云く「芙蓉はまた扶に作る」と。説文に云く「扶●の花の未だ開かざるは函●と為し、花已に発くは芙蓉と為す」と文。註中往いて見よ。また新語園十八に云く「芙蓉の名二あり。一には水中に出ずる者を草芙蓉と名づく、荷の花是れなり。長恨歌に太液の芙蓉と云うは是れなり。二には陸に生ずる者、是れを木芙蓉と云う。今此の花是れなり」と云云。「衡花」とは註に云く「諸経皆芙蓉蘆花に作る。今の文に衡に作る、衡は今の用に非ず」と云云。

一、根敗の士(乃至)如し文。(同n)

 止六 五十六に云く「人の閹せられて五欲に能えざるが如し」と云云。弘の六末六に云く「如人の下は重ねて譬を挙げ、以て法華の功を顕す。先に所治の病重きを叙す。故に不能五欲と言うは男に能えざる者を以て通じて不能五欲と名づけ、用いて二乗の根敗、心死に譬う。閹とは掩うなり。門を掩閉するなり」と云云。

一、方等陀羅尼経文。(同n)

 第四に方等陀羅尼経第二巻十一紙の文なり。この経は北凉の沙門法衆の所訳、四巻五品の経なり。

一、若し得べからざれ(ずん)ば云何ぞ我に菩提の記を得ん(るを)やと問うて心に歓喜を生ずるや文。(同n)

 啓蒙に云く「点ずるが如し」と云云。

一、大品般若経文。(一九三n)

 第五に大品般若経大論五十四 二紙に云云。「声聞の正位」とは忍法已上を声聞の正位と名づくるなり。「是の人能く」とは声聞の人を指すなり。「生死の為に障隔を作す」とは、凡そ三蔵の菩薩は見思を断尽せざる故に、能く界内に受生して八相作仏するなり。爾るに二乗の人は已に見思を断尽す。何を以て界内に生を得ん。故に生死の為に障隔を作すというなり。既に界内に生ぜず。何ぞ八相作仏を為さんや。故に永不成仏というなり云云。これ朝抄の意なり。また本経の「障隔を作す」の下の文に云く「是の人若し阿耨菩提心を発せば、我も亦随喜す」等云云。今この文の意を取って「随喜」等というなり。

一、首楞厳経文。(一九三n)

 第六に首楞厳経三巻の本下巻十一紙の文なり。

一、浄名経に云く文。(同n)

 第七に浄名経、維摩註経第三弟子品、須菩提の下の文なり。

一、牛驢の二乳文。(同n)

 大論十八 六、顕揚大戒論一 二十四に、大小二戒に譬えたり云云。

 瓦器金器清浄毘尼経に、また大小二戒を譬うるなり。「螢火・日光」も、註維摩三 十に云く「大道を行かんと欲するに小径を示すこと莫れ。大海を以て牛跡に内るること無かれ。日光を以て彼の螢火に等しとすること無かれ」等云云。

(第十三段 多宝・分身の証明を示す)

一、而るを後八箇年(八年)の法華経等文。(一九三n)

 この下は第三に難信の相を明かす、また二あり。初めに正しく明かし、次に「人天」の下は、証明を引いて難信の信を生ずるを明かす。

一、あらませしが(か)。(同n)

 今謂く、これ在の字なり。例せば「若父在者」の「在」の字の如し。「か」の字は濁音、前後移転の「が」なり。常ならば「ありしが」とあるべき事なれども、今は仏の上を宣ぶる故に「あらませしが」というなり。例せば常には「見」は「見たまう」というを、仏の上を宣ぶる時は「見そなわしたまう」なんどというが如し。故に今の文意は、されば未顕真実の経文はありしが、天魔の現じてこの経を説かせたまうかと疑うなり云云。健抄の「有りたれども」の義、穏便ならず。啓蒙の「あるまじ」の義、可笑の至なり。

一、人天大会等文。(一九四n)

 この下は証明を引いて難信の信の生ずるを明かす、また二あり。初めに正しく今経を出し、次に「大覚」の下は権に対して弁ずるなり。

一、広長舌を出して文。(一九四n)

 薬王品得意抄二十三 十五の意に云く「不妄語戒の功徳に由って此の広長舌相を得るなり」(取意)と云云。大論八 三に云く「若し人舌能く鼻を覆うも虚妄なし。況や髪際に至るをや。況や梵世に至らんをや」と云云。また四に云く「仏、広長舌相を出す、不信者の為の故に」と文。此等の文意に准じて方に今文の意を知るべきなり。

一、今十方より来り等文。(同n)

 問う、今、還土閉塔の文を引く、その意は如何。

 答う、この深意は釈尊の久後真実、多宝の皆是真実、分身の広長舌相は即ちこれ究竟の真実なることを顕すなり。これ則ち釈尊及び諸仏と雖も、この説を破ること能わざる故なり。上野抄三十二 二十一に云く「法華経は釈迦仏・已今当の経経を皆くひかへしうちやぶりて・此の経のみ真実なりととかせ給いて候いしかば・御弟子等用ゆる事なし、爾の時・多宝仏・証明をくわへ十方の諸仏・舌を梵天につけ給いき、さて多宝仏はとびらをたて十方の諸仏は本土に・かへらせ給いて後は・いかなる経経ありて法華経を釈迦仏やぶらせ給うとも・他人わゑになりて・やぶりがたし」等云云。

 報恩抄に上七に云く「法師品に云く、此の法華経は最も為れ難信難解なりと云云。多宝仏は真実なりと証明し、十方の諸仏は広長舌を梵天に付け給いて後、各各国国へ還らせ給う。十方の諸仏は此の座にして御判形を加えさせ給う。各各また自国に還らせ給いて、我弟子等に向い給いて、法華経に優れたる御経ありと説かせ給わば、其の所化の弟子等信用すべしや」(取意)と云云。

一、大覚世尊等文。(同n)

 この下は次に権に対して弁ず。中にまた三あり。先ず諸経の相を挙げ、次に「此等を法華」の下は正しく異を弁じ、三に「而るを華厳・法相」の下は雑乱を破す。

一、初成道の時等文。(同n)

 これは華厳の十方台葉の儀式を指すなり。華厳疏抄六 三十一。

一、般若経の御時等文。(同n)

 「舌を三千にをほひ」とは大論第八 二紙已下、「千仏・十方に現じ」とは大論第六十四巻十九紙云云。

一、金光明経等文。(一九四n)

 光明記二 五十五。「阿弥陀経」とは図経の十紙云云。

一、大集経等文。(同n)

 第一巻の初めに云云。また二十一 十二。

 問う、所引の次第、如何。

 答う、深きより浅きに至るなり。

一、此等を法華経に等文。(同n)

 この下は正しく異を弁ずるにまた二あり。初めに略して判じ、次に「華厳経には先後」の下は広く釈す。「翳眼」はかすんだる目なり。「眇目」はすが目なり。「邪眼」はよこしまに見る目なり。

一、邪眼の者は・みたがへつべし文。(同n)

 意は、明眼の者は見たがえざる事を顕すなり。

一、華厳経には、前(先)後の経なければ等文。(同n)

 問う、後経已にあり、何ぞ前後の経なからんや。

 答う、一義に云く、言は総、意は別なりと云云。一義に云く、加えて四菩薩の説、前後になき故なりと。一義に云く、法華の如く前後を望んで三説の超過を論ずるの義これなきなりと云云。一義に云く、既に初成道の故に前後なきことを知るべしと云云。第四の義、文に臨むればこれ分明なりと雖も、大旨に准ずれば則ち仍これ不可なり。

 今謂く、文の大旨に云く、華厳経の時は前後相違なし。何に由ってか大疑出来すべきと云云。故に知んぬ、これ前後相違の前後にして華厳の前後には非ざることを。意に云く、若し前経あらば華厳は後経なるべし。既に前経なき故に華厳も後経に非ざるなり。これ法華に望む故にこの言あるなりと云云。

一、大集経乃至二乗を弾呵せんがために等文。(同n)

 これ宗祖の発明にして、諸家の学者の知る所に非ざるなり。当体義抄に「菩薩処処得入と釈すれども二乗を嫌うの時一往得入の名を与うるなり」といえるも即ちこの例なり。

一、十方に浄土をとき等文。(同n)

 二乗弾呵には即ち二意を含むなり。謂く、一には土に約す。謂く、十方に浄土を説いて凡夫・菩薩をして欣募せしめ、二乗の人を煩わす。即ちこれ弾呵なり。二には仏に約す。謂く、十方に仏を明かし、小乗の十方唯有一仏の想を破る。またこれ弾呵なり。啓蒙の中に一意と為すは却って穏やかならざるか。健抄の二義は少しく濫にするに似たり云云。

一、或は十方に仏現じ等文。(一九五n)

 この下は六箇の「或」の字あり。初めの二は即ちこれ華厳。第三は上にこれを出さざるも、経文に准ずるに即ち華厳・般若に当るなり。文八 三十九に云く「華厳も亦十方の仏の同じく華厳を説くことを説く。大品も亦千仏の同じく般若を説くと云う」等云云。第四は即ちこれ大集経なり。第五は般若の舌相なり。第六は弥陀経なり。

一、諸仏の舌をいだす・よしをとかせ給う文。(同n)

 これ弥陀経の証誠は会座の大衆の見聞に非ざることを顕すなり。学者応に知るべし。

 問う、選択伝弘五 三十に云く「問う、夫れ誠証とは此の衆をして他仏の証を聞いて信心を発起せしめんが為に、本国に於て誠実の語を説く。証誠するに足らず。答う、群疑論二に云く、不虚誑の舌相を現じて誠諦の真言を発し、衆生をして相を観、言を聴き、疑を除き、信を生ぜしむと已上。此の会衆既に舌相を見、言説を聞くを許す、故に証誠の義を成ずるなり」と已上伝弘。この義如何。

 答う、弥陀経四紙一巻の中に都て相を観、言を聴くの事なし。何ぞ懐感の推度を用いんや。今、文を引いてこれを示さん。弥陀経に云く「舎利弗、我今、阿弥陀仏の不可思議の功徳を讃歎するが如く、東方にも亦阿●●仏・須弥相仏等の恒河沙数の諸仏有って、各其の国に於て広長舌相を出し、遍く三千大千世界を覆って誠実の言を説く。汝等衆生、当に是の不可思議の功徳を称讃し、一切諸仏の護念する所の経を信ずべし。南西北方の三の下も亦爾なり」云云。今経文を見るに、但釈尊の説のみにしてこの会の見聞に非ざること、宛も白日の如し。故に聞持記に云く「蓋し諸仏各各国に於て釈迦を称讃すと雖も、此の土の衆生に知る者有ること無し」と云云。

一、此ひとえに諸小乗経等文。(同n)

 問う、正しく十方唯有一仏を破す。応に方等・般若の時に在るべし。何ぞ華厳を挙ぐるや。

 答う、通じて始終を談ずるか。

一、前後の諸大乗経等文。(同n)

 「前」とは即ち四十余年の諸経、「後」とは即ち八年の法華経なり。法華経の前後と謂うに非ず、これ則ち前後相違の前後なるのみ。若し爾らずんば何ぞ後の涅槃経に望んで「将に魔の仏と作るに非ずや」の想を生ぜんや。

一、而るを華厳・法相等文。(一九五n)

 この下は三に権実雑乱を破するなり。 

(第十四段 滅後の難信)

一、但在世は四十余年文。(一九五n)

 この下は権迹相対の中の第二、滅後の難信なり。これまた三に分つ。初めに難信の相を明かし、当世の体を示す。次に「日蓮云く」の下は、明証を引いて難信の信を勧む。三に「賢王」の下は結歎。初文にまた二あり。初めに難信の相を明かし、次に当世の体を示す。各標・釈あり。学者見るべし云云。

一、法華経にては・なきなり文。(同n)

 文意に云く、法華経を信ずるにてはなきなりと云云。

 問う、如何が信ずるを法華経を信ずると名づくるや。

 答う、撰時抄下三十五の判の如し。経文の如く已今当に勝れて法華経より外に仏道を成ずるなしと強盛に信ずるを法華経を信ずると名づくるなり。また報恩抄下六に云く「法華経をよむ人の此の経をば信ずるよう・なれども諸経にても得道なるとおもうは此の経をよまぬ人なり」と云云。諸経にても得道なると思うは即ち諸経と法華経とは一という意なり。かくの如き輩は信ずるようにて而も信ぜぬにてあるなり。

一、其の故は法華経乃至阿弥陀経と一なるやう等文。(同n)

 問う、これ何れの師ぞや。

 答う、報恩抄下八に云く「華厳の澄観も真言の善無畏も大日経と法華経とは理は一とこそ・かかれて候へ」と云云。また顕真座主の如く小法華経読まんとては念仏を申し、大念仏申さんとては法華経を読みたまう云云。大覚抄十八 三十四に云く「世間に智者と思われたる人人外には智者気にて、内には仏経を弁えざる故に念仏と法華経とは只一なりなんと申すなり」と云云。

 此等は並びにこれ権実一致の僻見、大謗法の根本なり。故に報恩抄下八に云く「嘉祥大師(乃至)但法華経と諸大乗経とは門は浅深あれども心は一とかきてこそ候へ此れが謗法の根本にて候か」と云云。十章抄三十 三十に云く「日本国の謗法は爾前の円と法華の円と一つという義の盛なりしより・これはじまれり」等云云。権実一致尚爾なり。何に況や本迹一致をや。宗祖の所謂、猶相違あるがごとし。これを思え。見るべし、愍むべし、悲しむべし。

一、別別なる等文。(一九五n)

 爾前は無得道、法華は独り成仏云云。これ別々の相なり。

一、日蓮云く日本国等文。(同n)

 この下は次に明証を引いて難信の信を勧むるなり。既に法華・涅槃の明文を引いてこの経文に符合することを明かせり。能く能く思惟あるべしと云云。故に知んぬ、難信の信を勧むるなり。例せば多宝分身を明引して難信の信を生ずるが如し云云。

一、能く此の経を説かん是れ則ち為難し等文。(同n)

 所引の意はまた蓮師に通ずるなり。故に撰時抄上二十二に云く「よくとくと申すはいかなるぞと申すに於諸経中最在其上と申して大日経・華厳経・涅槃経・般若経等に法華経はすぐれて候なりと申す者をこそ経文には法華経の行者とはとかれて候へ、もし経文のごとくならば日本国に仏法わたて七百余年、伝教大師と日蓮とが外は一人も法華経の行者はなきぞかし」と云云。

一、賢王の世等文。(同n)

 これは当世の濁世に約して難信を結歎するなり。謂く、愚王・愚人の世には非道を先とし、正法の理隠る。豈信ずること難きに非ずや。寧ぞ悲歎せざらんや。「賢王・聖人」は只これ所対にこれを挙ぐるなり。下文三十 三に云く「闘諍の序となるべきゆへに悲理を前として濁世のしるしに召し合せられずして流罪乃至寿にも・をよばんと・するなり」と云云。これを思い合すべし。

一、此の法門は迹門と爾前と相対して等文。(同n)

 これは則ち「法華経の現文」已下の権迹相対の中の第三、結文なり。既に「迹門と爾前と相対して」という。豈権迹相対に非ずや。

「此に予愚見」の下は難信難解を以て法華真実を表す、三・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・初めに標

・次に「法華経現文」の下は釈、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・第一に権迹相対、三・

・・・・・・・・・・・・   ・・初めに列名略示

・・・初めに正しく明かす、二・・・次に「其の故は仏」の下は

・・・               広く一仏二言を明かす、三・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・初めに一仏は実語の人なることを示す ・・先ず迹門の意を挙ぐ

・・・・次に「此の大人」の下は二言相違、二・・・次に爾前の文を引く

・・・・三に「而るを後八年」の下は難信の相を示す、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・初めに正しく明かす

・・・・次に「人天」の下は証明を引いて難信の信を生ずるを明かす、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・初めに正しく今経を出す・初めに諸経の相を挙ぐ

・・・・次に権に対して弁ず、三・次に「此等を法華」の下は正しく異を弁ず、二・

・・・次に但在世」の下は滅後の・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・       難信、三・・・初めに略して判ず

・・・・・・・・・・・・・・・・・次に「華厳経」の下は広く釈す

・・・・初めに難信の相を示す ・三に「而るを華厳」の下は雑乱を破す

・・・・次に「日蓮」の下はの明証を引いて難信の信を勧む

・・・・三に「賢王」の下は結歎

・・・三に「此の法門の下は結

・・第二に「二には教主の下は本迹相対○後の如し云云

・三に「されば法相宗」の下は謬解を挙げて難信を結す

 本尊抄に云く「教門の難信難解とは一仏の所説に於て爾前の諸経には二乗闡提・未来に永く成仏せず教主釈尊始めて正覚を成じ法華経迹本二門に来至し給い彼の二説を壊る一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん」等云云。 

 この文意に依って且く文を分ち畢んぬ。後来の君子宜しくこれを添削すべし。

(第十五段 本迹相対して判ず)

一、二には教主釈尊文。(一九六n)

 この下は大段の第二、本迹相対なり。当に知るべし、この中の本迹は即ち已今・本迹に約するなり。ゆえに爾前迹門は通じてこれ迹なり。籖七 三に云く「第六の已今は、已は即ち是れ迹なり。即ち迹門及び諸の迹の教を指すなり。今は即ち是れ本なり。即ち本門を指すなり。本門已前は皆名づけて已と為す。涌出已後を方に名づけて今と為す」と文。

 この本迹相対の文、分ちて三と為す。初めに能説の教主、次に「世尊・始め寂滅」の下は所説相違、三に「日蓮案じて云く」二十五の下は難信の相を示す。啓蒙中の一義に云く、此に二重の問答あり。「二には教主」の下は問、「教主釈尊此等」の下は答なり。また「日蓮案じて云く」の下は問、「かう法華経は信じがたき」の下は答なりと云云。この義疎遠なり。また健抄の二字消釈は迂回せり云云。

一、住劫・第九の減文。(同n)

 弘決第九、統紀三十一 五、註の所引の如し。通じて釈尊出世の時に両説あり。一には住劫第九の減、二には住劫第一の減、文私二 八の如し云云。

一、師子●王文。(同n)

 大論第三 二十九、註の所引の如し。

一、浄飯王には嫡子文。(同n)

 増韻に云く「正室を嫡と曰う。嫡より出ずるを嫡子と曰い、妾より出ずるを庶子と曰う」と文。

一、悉達太子乃至菩薩文。(同n)

 これは梵漢の二名を兼ね挙ぐるなり。西域第七、註の所引云云。

一、御年十九の御出家等文。(同n)

 問う、出家成道は異説紛紜たり。所謂、十九にして出家、二十四にして成道、或は二十五にして出家三十にして成道、或は二十九にして出家、三十五にして成道、或は十九にして出家、三十にして成道なり。爾るに何ぞ古来より多く十九、三十の説を用うるや。

 答う、これは経説の多分に従う故なり。珠林十八 四に云く「諸経に多く十九にして出家するを以て応に正と為すべし」と云云。また十九紙に云く「今多きに従いて定と為す。十九にして出家、三十にして成道の此の文、応に允んずべし」と云云。

一、世尊・始め寂滅等文。(一九六n)

 この下は次に所説の相違、また分ちて三と為す。初めには正しく明かし、二には「華厳・乃至」の下は今師の能判、三に「かうて・かへりみれば」の下は諸宗の迷乱なり。初めの正しく明かすにまた二あり。初めには已迹始成、次に「されば弥勒」の下は今本久遠なり。初めの已迹始成にまた二あり。初めに爾前、次に「此等は言うに」の下は迹門。初めの爾前にまた二あり。初めに華厳、次に「阿含・方等」の下は三味。初めの華厳にまた二あり。初めに経の円融を歎じ、次に「此等程」の下は正しく始成を明かす。

一、実報華王の儀式を示現して文。(同n)

 実報華王世界は甫註九 三十二に云云。示現」とは、真の報土の儀式を示現するは即ちこれ影現の義なり。寂光に報土を示現と謂うには非ず云云。

 「十玄」とは、

 第一は同時具足相応門 海の一滴に百川の味を具するが如し。

 第二は広狭自在無礙門 径尺の鏡に千里の影を具するが如し。

 第三は一多相容不同門 一室の千灯は光々として相渉る。

 第四は諸法相即自在門 金と色との二つ相離れざるが如し。

 第五は秘密穏顕倶成門 片月の空に澄み晦明の相並ぶ。

 第六は微細相容安立門 瑠璃の瓶に多くの芥子を盛るが如し。

 第七は因陀羅網境界門 両つの鏡は互に照し伝えて輝き相写す。 

 第八は託事顕法生解門 立像堅臂の触目、皆道なり。

 第九は十世隔法異成門 一夕の夢に百年を●翔す。

 第十は主伴円明具徳門 北辰の居す所、衆星もこれに拱く。

 「六相」とは、

 第一は総相 一に一切を含む。譬えば一舎の如し。

 第二は別相 多徳は一に非ず。譬えば椽等の如し。

 第三は同相 別して総に依止す。椽等の舎に依るが如し。

 第四は異相 多義にして各異る故に、椽等の一一不同なるが如し。

 第五は成相 この諸義に依って縁起成ずるが故に、椽等のその舎を成ずるが如し。

 第六は壊相 諸義、自法に住して移らず。椽等の各自体に住して本より作らざるが如し等云云。

 また啓蒙五 六十四、法蔵伝の下を見合すべきなり。

一、法界円融等文。(一九六n)

 華厳は唯心法界円融無礙を明かすなり。当に知るべし、「法界円融」はこれ所歎なり。「頓極微妙」はこれ能歎なり。若し且く文を配せば法界頓極、円融微妙なり。次に「土といひ機といひ」等とは末師の如くこれ上を結するなり。

一、顕現自在力等文。(同n)

 旧華厳五十六 十紙の文なり。「是れ則ち過去不可思議世界海の塵劫の当初に善光劫の時、宝光世界に十千の仏出現したまえり。爾の時、可愛楽城の大王勝光王の太子を善伏太子と名づく。或る時、太子自ら牢獄の者を免ず。此の科に依るを以ての故に大王、太子を戮せんと欲す。而るに后の願に依って十五日を延ばすことを得て、諸の功徳を修む。所期の日已に尽きて、将に刑戮の処に至らんとす。爾の時、法輪音声虚空燈如来、彼の所に往詣し、自在力を顕現して円満経を演説す」等云云。

一、一部六十巻文。(同n)

 即ちこれ旧訳の経なり。若し新訳は一部八十巻なり。竹十 五十。

一、心仏及衆生の文乃至肝要とこそ申し候へ文。(同n)

 旧華厳第十一十紙の文なり。華厳宗の意は、我一念を挙ぐるに心仏衆生を収めて渾然として致を斉しうす等云云。法相宗の意は、諸大乗の極理皆これ唯識の妙理なり。謂く、華厳の心仏衆生、法華の一大事因縁等、皆これ唯識の法門なり等云云。三論宗の意は、華厳の三無差別、法華の諸法実相、皆これ非権非実の妙理なり。故に彼の宗は諸大乗教見道無異というなり。真言宗の意は、華厳の三無差別は即ち大日経の甚深無相法に同じと云云。天台宗には南岳既にこの文を引き、心仏衆生の三法妙を釈す。天台、この義を依用す。況や円頓止観の己界及び仏界、衆生界もまた然り等、またこの文に拠る。況や復心造無差の文を引いて千如の妙境を証するをや。豈肝要とするに非ずや。

一、此等程等文。(一九六n)

 次上は経の円融を歎じ、この下は正しく始成を明かすなり。

一、三処まで始成正覚文。(同n)

 記九本に云く「一経の内に三処の明文あり。世主品の初め、名号品の初め、十定品の初めに皆、菩提道場に於て始成正覚すと云う」と云云。

一、二乗闡提・不成仏等文。(同n)

 問う、今既に本迹相対の判釈なり。何ぞまた二乗闡提の不成仏を挙ぐるや。

 答う、文通意別なり。謂く、上には通じて彼の経の円融を歎ず。今は却って通じて彼の経の失を挙ぐ。故に文は通じて二乗不成仏等を挙ぐと雖も、意は別して始成正覚に在り。諸文に例多し、何に妨あらんや。

 然るに啓蒙に云く「大段に今経の二門を以て爾前に対弁する故に、今久成の下にも亦二乗闡提の不成仏を挙ぐるなり」と云云。この意は仍「二には教主釈尊」の下の文を以て、通じて権実相対の判釈と為すか。猶盲虫の如し。若為ぞ道を論ぜん云云。

一、阿含・方等文。(同n)

 この下は次に三味、また二あり。初めに通じて示し、次に「雑阿含」の下は別して明かす云云。

一、雑阿含経文。(同n)

 第十四巻十二、十七 二十二に出でたり。

一、大集経文。(同n)

 第一巻二紙、玄私十四十に云く「大集に第十六年と云うと雖も、理は応に爾前の十二年の後なるべし。第十三、四、五年に余の方等経を説く」と文。

一、浄名経文。(一九六n)

 註維摩経第一巻十九に云く「始め仏、樹に在って力めて魔を降す」と文。然るに今文に「四魔を降伏す」といえるは、恐らく次下の大日経の次句を以て伝写謬って此に書くか。大日経第二具縁品第二余初に云く「我昔、道場に座して四魔を降伏す」と云云。

一、大日経に云く文。(同n)

 当に知るべし、大集・浄名・大日経は並びにこれ方等なり。

 問う、次上の文に云く「阿含・方等・般若・大日経」等云云。既に方等の外に大日経を挙ぐるは如何。

 答う、佐渡已後の所破、別して意は真言に在り。故に別して「大日経」等というなり。宗祖の意は大日経を以て方等部に摂するなり。この義、本唐決下三十九に出でたり。具に御書三十五 二十二の如し。

一、仁王般若経文。(同n)

 彼の経の序品の文なり。科註上二十七、玄私十 四十。

一、此等は言うにたらず等文。(同n)

 この下は迹門、また二あり。初めに序分、次に「法華経」の下は正宗。

一、華厳の唯心法界文。(同n)

 旧華厳二十六 三に云く「三界は唯一心、心外に別の法なし」等云云。同疏抄三十七上六十九。一、方等・般若経等文。(同n)  句を隔てて見るべし。謂く、方等の海印三眛、般若の混同無二なり。

 問う、海印三眛の法門はこれ華厳経に出でたり。故に五教章上に云く「盧遮那の内証を海印三眛等と名づく」と云云。また伝教大師、無量義経の註釈中二十七に、華厳海空の文を釈して云く「海印三眛を名づけて海空と為す」等云云。何ぞ「方等の海印」等というや。

 答う、海印三眛の法門は本方等大集経十三 二十三に出でたり。而して華厳師これを借用するなり。玄真記第十 二十四に云く「海印三眛とは大集経十四に云く『一切の色像、海中に皆菩薩を現ず。此の三眛を得て能く一切衆生の心行を知る』と云云。華厳宗の師はこの海印を借りて互融の義を釈す」と已上。故に註釈の文は且く彼の師に准じて以て経文を消するなり。

 証真は既に大集経を以て海印三眛の本拠と為す。故に今方等に配するなり。朝抄は不可なり。般若の混同無二とは金●論十二に云く「般若は諸法混同無二」等云云。標指上五終に云く「般若経中始めは色心より種智に終る。八十余科の一切の諸法を混同して一と為す」等云云。

一、或は未顕真実等文。(一九六n)

 註釈中十六に云く「但随他・方便・帯権の一乗を説くのみにて、随自・真実・捨権の一乗を顕さず。故に『未顕真実』と云うなり」略抄と。

一、迹門八品等文。(一九七n)

 只正宗のみを挙ぐ、故に八品というなり。これ序分の無量義を望んで来るが故なり。

一、久遠寿量をば秘せさせ給いて文。(同n)

 これ法華経の内に於ても時機未熟の故なり。本尊抄八 十六。

一、されば弥勒菩薩等文。(同n)

 この下は今本久遠、また二あり。初めに疑を騰げ、次に「教主釈尊此等の疑」の下は正答なり。

一、遠からず道場に座して文。(同n)

 菩提道場の伽耶城を去ること、約むるに二十里あり。故に「遠からず」というなり。

一、教主釈尊此等の疑を文。(同n)

 この下、正答、また二あり。初めに執近の謂、次に「正しく此の疑」の下は破権顕遠なり。初めの執近の謂にまた二あり。初めは能迷の衆、次に「皆今」の下は迷いの謂なり。

一、爾前迹門のききを挙げて云く文。(同n)

 爾前・迹門の間は但伽耶の始成を聴く故なり。初心成仏抄二十二 七に云く「四十二年の聴と今経の聴とをばわけたくらぶべからず」と云云。或る本に「機宜」に作るは不可なり。

一、一切世間の天人等文。(同n)

 問う、何ぞ二乗・菩薩を挙げざるや。

 答う、二乗は開し已れば即ちこれ菩薩なり。若し諸菩薩は皆、三善道を摂するなり。これ本末の意なり。十法界抄三十四 三十四に云く「爾前迹門の断無明の菩薩を『五十小劫・半日の如しと謂えり』と説く」「又天人・修羅に摂し『貪著五欲・妄見網中(乃至)』と説き」等云云。これ爾前・迹門の菩薩を以て三惑未断と為すなり。

一、皆今(乃至)と謂えり等文。(一九七n)

 健抄の意に云く「本迹勝劣は機情昇進の一辺なり。故に皆謂えりと云う」と云云。啓蒙に難じて云く「既に始成の説を聞き、即ち近情に執す。何ぞ妙法を簡んで但機情のみを取らんや」と。

一、然るに善男子・我実に成仏して文。(同n)

 この下は破権顕遠なり。

 文九 二十二に云く「然るに善男子の下は、執を破し迷を遣ることを明かし、以て久遠の本を顕す」と云云。今謂く「執を破し迷を遣ることを明かす」とは、即ち「然るに」に字の意を示すなり。凡そ「然るに」というは、上を領して下を生ずるの辞なり。上を領するが故に執迷といい、下を生ずるが故に破遣というなり。「以て久遠を顕す」とは、即ち「我実成仏」の文なり。随問は穏やかならず、具に文句の記の如し。

一、我実に成仏してより已来無量無辺文。(同n)

 日健抄に一致相伝の義を示す。意に云く、この文、本迹一致の証拠なり。謂く「我実」は即ちこれ本門、「成仏」は即ちこれ迹門なり。また「我実成仏」は本門、「已来無量無辺」等は迹門なり。既に「本迹一致に説を交えたり」等云云。

 今破して云く、日健は盲虫、深く名利に酖り、来生を怖れず、聖師の明判を捨て、愚人の相伝を執す、悲しいかな云云。天台大師は玄文の第七に、正しく本地の三身を配して「我は是れ法身、成仏は報身、已来は応身なり」と云云。「成仏」の二字は既に本地の報身なり。何ぞこれ迹門ならんや。「已来」はこれ本地の応身なり。何ぞこれを以て迹門と為んや。

 況や天台大師はこの文を科して「破近顕遠」といえるをや云云。迹の近成を破して、本の遠成を顕すが故なり。況や天台大師、疏の第一に於て正しくこの文に拠って迹門を権経方便と名づけ、本門を実経真実と名づくるをや。故に文に「約本開権顕実」というなり。智雲師云く「本の文に実成久遠と云う。何ぞ直ちに経文に依って之を名づけざらんや」等云云。宗祖はこの文に拠って迹門を未顕真実と名づくるなり。故に十法界抄に云く「我実成仏は寿量品已前を未顕真実と云うに非ずや」と云云。自余はこれを略す云云。

(第十六段 爾前・迹門の二失を顕す)

一、華厳・乃至般若等文。(一九七n)

 この下は二に今師の能判、また二あり。初めに已迹の失を明かし、次に「本門にいたりて」の下は今本の得を明かす。初めの已迹の失を明かすにまた二あり。初めに爾前の失を明かし、次に「迹門方便品」の下は迹門の失を明かす。

一、行布を存するが故に文。(同n)

 竹十 十二、註の所引の如し。当に知るべし、「行布」は即ち差別の異名なり。謂く、昔の経々には十界の差別を存す、故に仍未だ九界の権を開せず、故に十界互具の義なし、故に「迹門の一念三千をかくせり」という。北峯に云く「三千は是れ不思議の妙境なり。只法華の開顕、二乗作仏、十界互具に縁す。是の故に三千の法、一念頓円にして法華独り妙なり」と云云。具に予が三重秘伝抄の如し。

一、迹門の一念三千をかくせり等文。(同n)

 当に知るべし、この中は影略互顕なり。何となれば、記小久成はこれ能詮、事理の三千はこれ所詮なり。記小久成に依るが故に、能く事理の三千を顕すが故なり。故に知んぬ、一念三千・本門久遠は能詮・所詮、文を綺なして互顕なり。

一、迹門方便品等文。(同n)

 この下は次に迹門の失を明かす、また二あり。初めに与、次に「しかりと・いえども」の下は奪、これをまた二と為す。初めには法、次には譬。各二あり、見るべし。

一、しかりと・いえども・いまた発迹顕本せざれば・真の一念三千もあらはれず文。(同n)

 宗円記一 三十二に云く「しかりといえどもとは、上を領して下を生ず。縦えば奪の辞なり」と云云。竹一本二十に云く「発とは開なり」と云云。当に知るべし、爾前の経々には二失あり。若し迹門の中には一得一失あり。一念三千二乗作仏と説くはこれ一得なり。未だ発迹顕本せざるはこれ一失なり。この失に由るを以ての故に、迹の中の得は猶失に属するなり。例せば故に知んぬ、迹も実も本に於ては猶虚の義の如し。故に迹門の得失は得失倶に失なり。復この法譬の四文各本無今有、及び有名無実の二失を含むなり。

   問う、迹門の一念三千を何ぞ本無今有というや。

 答う、既に未発迹という、故に今有なり。また未だ顕本せず、故に本無なり。仏界既に爾なり。九界もまた爾なり。故に十法界抄に云く「迹門には但是れ始覚の十界互具を説きて未だ必ず本覚本有の十界互具を明さず故に所化の大衆能化の円仏皆是れ悉く始覚なり、若し爾らば本無今有の失何ぞ免るることを得んや」と云云。この文、思い合すべし。豈「未発迹顕本」の五字、本無今有の失を含むに非ずや。

 問う、また何ぞ有名無実というや。

 答う、迹門の中に於て一念三千の名ありと雖も、一念三千の義なきが故に真の一念三千は顕れずというなり。十章抄に云く「一念三千の出処は略開三の十如実相なれども義分は本門に限る」等云云。これを思い合すべし。

一、二乗作仏も定まらず文。(一九七n)

 迹門の二乗作仏は本無今有・有名無実なり。故に「定まらず」というなり。

 問う、迹門の二乗作仏、何ぞ本無今有というや。

 答う、種子を覚知するを作仏と名づくるなり。而るに未だ根源の種子を覚知せざる故に爾云うなり。本尊抄八 二十に云く「久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむるを脱と為す」と云云。然るに迹門に於て未だ久遠下種を明かさざるは豈本無に非ずや。而るに作仏というは寧ろ今有に非ずや。玄六 五十四に「失心、不失心」と云云。竹六 六十三に云く「本の所受を忘る、故に失心と曰う」と云云。竹六 九十の遠益の下の文、これを思い合すべし。具には三重秘伝抄の如し。

 問う、迹門の二乗作仏を何ぞ有名無実というや。

 答う、それ三惑を断ずるを名づけて成仏と為す。然るに迹門の二乗は未だ見思を断ぜず、況や無明を断ぜんや。文九 三十二に云く「今生に始めて無生忍を得、及び未だ得ずとは、咸く此の謂有るなり」等云云。仍近成を愛楽す、即ちこれ思惑なり。未だ本因・本果を知らず、即ち邪見に当る。豈見惑に非ずや。故に十法界抄に云く「迹門の二乗は未だ見思を断ぜざるは有名無実の故なり」(取意)等云云。

一、猶水中の月を見るがごとし文。(同n)

 当に知るべし、水月はこれ真の月に非ず、故に真の一念三千の顕れざるに譬うるなり。また法体の二失を顕すなり。

 問う、その相は如何。

 答う、水月の巧能に准ずる故なり。一には本無今有。玄七に云く「天月を識らず、但池月を観ず」と云云。天月を識らざるは豈本無に非ずや。但池月を観ずるは即ちこれ今有なり。二には有名無実。恵心僧都の児歌に云く「手に結ぶ水に宿れる月影の 有るか無きかの世にも住むかな」と云云。月の名はありと雖も、而も実体なき故なり。

一、根なし草の波の上に浮べるににたり文。(一九七n)

 波に随えばその処定まらず、故に二乗作仏の定まらざるに譬うるなり。例せば小町が歌の如し。謂く「詫ぬれば身を萍の根を絶えて さそう水あらばいなんとぞ思う」と云云。また、法体の二失を顕す、これ萍の巧能に准ずる故なり。

 一には本無今有。小町の歌に云く「蒔かなくに何を種とて萍の 波のうねうね生いしげるらん」と云云。久遠下種のたねを蒔かなくに、何を種として二乗作仏の萍は、波のうねうね生いしげるらん云云。上の句は本無なり、下の句は今有なり。

 二には有名無実。資治通鑑に云く「浮とは物の水上に浮くが如く実に著かざるなり」と文。草ありと雖も、実に著かざれば豈有名無実に非ずや。然れば則ち迹門に諸法実相・一念三千を明かすと雖も、大通下種・二乗作仏を明かすと雖も、未だ発迹顕本せざれば、本無今有・有名無実の一念三千・二乗作仏なり。故に「まことの一念三千もあらはれず、二乗作仏も定まらず。猶水中の月、根なし草の如し」(取意)というなり。またまた当に知るべし、能詮の二乗作仏は既に本無今有・有名無実の故に、所詮の一念三千も本無今有・有名無実なり云云。

 問う、啓蒙五 二十八に云く「未発迹の未の字は本迹一致の証拠なり。已に発迹顕本し已れば、迹は即ち本なるが故なり」と云云。

 難じて云く、若し爾らば未顕真実の未の字は、権実一致の証拠ならんや。已に真実を顕し畢れば、権は即ち実なるが故なり。

 日講重ねて云く「権実の例難、僻案の至りなり。若し必ず一例ならば、則ち宗祖は何ぞ予が読む所の迹と名づけて但迹門を読み、予が誦む所の権と名づけて弥陀経を読まざるや」と云云。

 今謂く、この難甚だ非なり。何となれば権実・本迹は倶に法体に約す。故に三時異なりと雖も、その体は恒に定まれり。若しそれ読誦は修行に約す。故に時に随い、機に随い、その相同じからず。故に宗祖云く、二十三 四十一に云く「法華経は一法なれども機にしたがひ時によりて其の行万差なるべし」と云云。日講は尚修行を以て法体に混乱す。況や三時の弘経を知らんをや。今、権実例難の明文を引いて、須く日講が盲眼を開くべし。

 玄七 二十三に云く「問う、三世の諸仏皆本を顕すとは、最初実成は若為が本を顕さん。答う、必ずしも皆本を顕さず。問う、仏に若し始成・久成あって発迹・不発迹あらば、亦応に開三顕一、不開三不顕一あるべけんや」等云云。

 信解品疏六 二に云く「有る人の言く、此の品は是れ迹なりと。私に謂く、義理は乃ち然れども、文に在っては便ならず。何となれば仏は未だ本迹を説きたまわず、那ぞ忽ちに預め領せん。若くならば未だ三を会せざるに已に応に一を悟るべし」等云云。

 文九 十八に云く「法華に遠を開き竟んぬ。常不軽、那ぞ更に近なるや。若し爾らば会三帰一し竟って亦応に会三帰一せざるべし」と云云。

 記九本三十四に云く「本門顕れ已って更に近ならば、亦応に迹門も会し已って会せざらんや」等云云。

 また五十四に云く「何を以てか共に久成の徳を貶って釈疑とするや。此れ若し釈疑ならば方便も亦復現相の疑を釈せん」等云云。

 治病抄に云く「本迹の相違は水火天地の違目なり、例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違あり」等云云。

 天台・章安・妙楽・蓮祖、一同に斯くの如し、この聖師、皆僻案ならんや。日講の無間の業、愍むべし、悲しむべし。

 また、啓蒙に云く「既に二乗作仏の下に於て、多宝・分身を引いて真実の旨を定めたまえり。故に未だ発迹顕本せざる時も真の一念三千にして、二乗作仏も定まれり。然るに今、真の一念三千も顕れず、二乗作仏も定まらずとは、久成を以て始成を奪うの辞なり。此くの如くに久成を以て始成を奪う元意は、天台過時の迹を破せんが為なり」と云云。この義は如何。

 答う、これはこれ曲会私情の僻見にして、蓮祖違背の大罪なり。凡そ二乗作仏の下に多(宝)仏分身を引き、真実の旨を定むることは、権迹相対して爾前に望む故なり。故に結文二十一に云く「此の法門は迹門と爾前と相対して」と云云。今「まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まらず」とは、本迹相対して本門に望む故なり。故に所対に随ってその義同じからず。妙楽云く「凡そ諸法相、所対不同」と云云。日講の盲目、この則を知らず。若し強いて爾らずんば、一代の聖教皆これ真実ならんや。その故は上の内外相対の下六に云く「此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間・一代の聖教を説き給へり、一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあらず」等云云。若しこの文を以て外典外道に対する故なりといわば、何ぞ爾前に対して迹門真実といわざらんや。況やまた、久成を以て始成を奪う則は真の一念三千も顕れず、二乗作仏も定まらざること、汝もまたこれを知れり。若し実に爾らずんば、蓮祖何ぞ無実を以て台宗を破すべけんや。

 問う、啓蒙中に諸文の本迹相対の判釈を会する意に云く、それ実に本化の知見に約すれば「如是我聞」の初めより元来一致の妙法なり。然るに諸文の中に本迹の起尽を明かすことは、これ機情の移転に約する一往の判釈なり。これ尚開迹顕本すれば一部皆本門なり。故に再往は本迹一致なり。得意抄の意は即ちこれなり等云云。この義は如何。

 答う、凡そ本化の知見とは妙楽の釈に分明なり。故に記九本二に云く「然れども本の弟子は元より近迹を知れり。今の弟子は猶遠本に迷えり」と文。意に云く、本化の菩薩は但遠本を知るのみに非ず、元よりまた近迹をも知れり。譬えば「本より迹を垂れ、月の水に現るるが如し」というが如し。今の弟子は近迹を知らざるのみに非ず、猶また遠本にも迷えり。故に「天月を識らず、但池月を観ず」というが如し等云云。故に知んぬ、今日の弟子は遠近倶に迷い、本化の菩薩は本迹倶に明らかなり。何ぞ本化の知見、元来一致といわんや是一。

 凡そ吾が祖の一代諸経の浅深勝劣を判ずることは、専ら如来の金言を守り、偏に今経の明文に依れり。何ぞ機情昇進に約すといわんや是二。

 宗祖の云く、二十三 三十一に云く「日本国中の諸人・一同に如説修行の人と申し候は諸乗一仏乗と開会しぬれば何れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし(乃至)予が云く然らず所詮・仏法を修行せんには人の言を用う可らず只仰いで仏の金言をまほるべきなり(乃至)此の経の序分無量義経に(乃至)四十余年・未顕真実」と已上。

 宗祖の本意分明なり。権実相対既に爾なり。本迹相対も例して爾なり。寿量品に云く「誠諦之語」と。また云く「楽於小法」と。また云く「我実成仏」と云云。故に知んぬ、爾前・迹門は随他意なり、小法なり、未顕真実なることを。本門は随自意なり、大法なり、已顕真実なり。如来の金言、勝劣分明なり。何ぞ機情の移転といわんや是三。

 仮令開会の迹門なりとも仍これ体内の迹なり。体内の本に及ばず。例せば十章抄に「設い開会をさとれる念仏なりとも猶体内の権なり体内の実に及ばず」というが如し。故に十法界抄に云く「本門顕れ已りぬれば迹門の仏因は即ち本門の仏果なるが故に天月水月本有の法と成りて本迹倶に三世常住と顕るるなり」と云云。当に知るべし、三世常住の水月は三世常住の天月に及ばざるなり。別に義章あり、故に略してこれを示す。若し爾らば顕本已後も本迹の勝劣は宛然なり。何ぞ顕本已後は本迹一致といわんや是四。

 得意抄の意は、方便品の読誦心地の中に示すが如し。

 問う、また啓蒙に云く「諸文の中に通じて一部を歎じ、一一の文文是れ真仏等と云う。是れ元来一致を示すなり」と云云。この義如何。

 答う、これ権実相対、一往の判釈なり。

 問う、本迹決疑抄上三十九に云く「宗祖、諸宗無得道の弘通に依って種種の大難を蒙る。其の功、竜樹・天台に超えたること、皆権実相対の法門に由る。故に権実相対、本迹相対、共に再往の実義なり」と云云。この義如何。

 答う、権実相対一往とは、直ちに今経の法相に約す。謂く、権実相対の日は但爾前に望んで通じて今経を歎ずるのみ。今経の中に於て未だ本迹を判ぜず。故に義、究竟に非ず、故に一往というなり。若し蓮師の所用に約せば、佐渡已前は専ら権実相対を用う。これ蓮祖の本意に非ず。故に一往というなり。況や諸宗の中にも禅・念仏を破し、多く権実相対の法門を用うるをや。若し天台・真言の二宗を破するには、多く本迹相対の法門を用う。何ぞ皆権実等に由るというや是一。

 況や吾が祖、その功、竜樹・天台等に越ゆる所以は但能く種々の大難を忍ぶのみに非ず、また能く本門三箇の秘法を弘通する故なり。この故に報恩抄に三箇の秘法を釈し已って云く「此の功徳は伝教・天台にも越へ竜樹・迦葉にもすぐれたり」と云云。また撰時抄上二十三に云く「南無妙法蓮華経と一切衆生にすすめたる人一人もなし、此の徳はたれか一天に眼を合せ四海に肩をならぶべきや」と云云。何ぞ皆権実等に由るというや是二。

 況や佐渡已前に禅・念仏を破するは但これ序分なり。故に清澄寺抄二十 三十九に云く「真言宗は法華経を失う宗なり、是は大事なり先ず序分に禅宗と念仏宗の僻見を責めて見んと思ふ」と云云。序分豈一往に非ずや是三。

 秦の李斯謂えることあり。臣聞く、強を以て弱を伐つは、勇士の土を払うが如く功と為すに足らずと云云。然るに禅・念仏は実にこれ弱敵なり。何ぞ彼を破するを以て本意と為んや。当抄十に云く「六宗・七宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗・浄土宗」と云云。是四。

 況や日澄・日講等、常に一往勝劣、再往一致という。然るに今、権実相対、本迹相対、倶に再往の実義なりと云云。豈自語相違に非ずや。手を扣って笑うべし是五。

一、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる等文。(一九七n)

 この下は今本の得を明かす。また二あり。初めに迹を破して本を顕し、次に「九界も無始」の下は所詮の三千を明かす。「然るに善男子、我実に成仏して」の文は即ち始成正覚を破するなり。「四教の果をやぶる」等とは、即ち玄文第七の本因・本果の下の如し。大師、一に近の故、二に浅深不同の故、三に被払の故の三義を以てこれを破するなり。本果の中には具に爾前・迹門の仏果を挙げてこれを破し、本因の広釈の中には但爾前の因のみ挙げ、迹門の因を挙げず。これ則ち略釈の中に、已に大通の因を挙ぐる故なり。故に「爾前迹門の十界の因果を打ちやぶって」というなり。

 「十界の因果」等とは、これ十界各具の因果に非ず。九界を因と為し、仏界を果と為す。例せば九界を権と為し、仏界を実と為すが如し。若し蔵通二教の中に、依報は但六界を明かすのみと雖も、正報には十界を明かすなり。別円は知るべし。上の文に「四教の因果」とはこれ能詮の教に約し、今「十界の因果」というはこれ所詮の法に約す。能所殊なりと雖も、その意はこれ同じきなり。並びに釈尊の因を挙げ、通じて九界を収むるなり。「此即ち本因本果の法門」とは、また玄文第七の如し云云。

一、九界も無始の仏界に具し等文。(一九七n)

 経に本果常住を説いて云く「我実成仏已来、無量無辺」と云云。故に「無始の仏界」というなり。経に本因常住を説いて云く「所成寿命、今猶未尽」等云云。故に「無始の九界」というなり。既にこれ本有常住の十界互具なり。豈真の一念三千に非ずや。これを事の一念三千と名づくるなり。これ則ち本因・本果に約して一念三千を明かす故なり。神力の疏に云く「因果は是れ深事」と云云。若し迹門に於ては諸法実相に約して一念三千を明かす。故に理の一念三千というなり。当に知るべし、今日、迹本二門の事理の三千は倶にこれ理の一念三千なり。文底下種の直達の正観・久遠名字の事の一念三千を真の事の一念三千と名づくるなり。文の元意、見るべし。具に上の種脱相対の下に弁ずるが如し云云、云云。またまた当に知るべし、台家観門の難信難解は、今教門に属するなり。

一、かうて・かえりみれば等。(同n)

 この下は三に諸宗の迷乱なり。

一、華厳経の台上等文。(同n)

 註中に梵網経を引くが如し。

一、水中の月に実の月の想いをなし文。(一九八n)

 註中に弘一下二十五の大論僧祇律を引くが如し。

一、天月を識らず等文。(同n)

 玄第七、本因妙の下の如し。これ体外の迹に譬うるなり。若し本果妙の下に「本より迹を垂れ、月の水に現ずるが如し」とは、体内の迹に譬うるなり云云。若し文の元意は、文底下種の本仏を識らず、故に天月をも識らずというなり云云。

(第十七段 難信の相を示す)

一、日蓮案じて云く二乗作仏等文。(一九八n)

 この下は本迹相対の中の第三、難信の相を示すなり。

一、爾前・法華相対するに等文。(一九八n)

 これ爾前の多説の始成と、法華の一両品の久成と相対するなり。

一、一向に爾前に同ず文。(同n)

 迹門十四品、皆爾前に同ず。これ下の本門の中に対するなり。

一、法身の無始・無終等文。(同n)

 文九 二十三に云く「発迹顕本の三如来は、永く諸経に異なり」と文。次に記九 三十一に云く「法身の非寿は諸経に常に談ず。但し未だ曽て久成の遠寿を説かず」文。記三下五十四に云く「但法身を以て本と為すは、何れの教にか之無からん」と云云。経に云く「我実に成仏してより已来、久遠なること斯の若し」等云云。「我」は即ち法身、「成仏」は報身、「已来」は応身なり。既に「久遠」という、即ちこれ顕本なり。

一、但涌出・寿量等文。(同n)

 涌出品に云く「我れ伽耶城、菩提樹下に於いて坐して最正覚を成ずることを得て」等云云。寿量品より立ち還ってこれを見れば即ち本地の伽耶なり。故に久成の文なり。然りと雖も、当分にはこれ顕了なるに非ず。故に次下に「汝但寿量の一品を見て」等というなり。妙楽の記一本四十五に云く「但寿量の一文に正しく本迹を明かす」等云云。文九 十九に云く「若し多に従って少を棄つれば、頭破れて七分と作ること、阿梨樹の枝の如くならん。譬えば天子の勅は、若しは多、若しは少、倶に違すべからず。之に違すれば罪を得るが如し」と文。録外一 三十九、往いて見よ。

「二に教主釈尊」二十一の下は大段の第二、本迹相対、三・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・初めに能説の教主

・次に「世尊・始め寂滅」の下は所説相違、三・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・初めに正しく相違を明かす、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・     ・・初めに経の円融を歎ず

・・・初めに已迹の近成、二・・初めに華厳、二・・次に正しく始成を明かす

・・・・・・・・・・・・・・・       ・・初めに通じて示す

・・・・初めに爾前、二・・・・次に三味、二・・・次に別して明かす

・・・・次に迹門、二・・・・・初めに序分

・・・           ・次に正宗

・・・次に「されば弥勒」の下は今本の久遠、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・初めに疑いを騰ぐ        ・・初めに迷遠の謂れ

・・・次に「教主」の下は正しく答う、二・・次に「正しく此の疑」の下は破近顕遠

・・二に「華厳・乃至」の下は今師の能判、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・初めに已迹の失を明かす、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・初めに爾前 ・・初めに与 ・・初めに法、二

・・・・次に迹門、二・・次に奪、二・・次に譬、二

・・・次に今本の得を明かす、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・初めに破迹顕本

・・・次に所詮の三千を明かす

・・三に「かうて・かえりみれば」の下は諸宗の迷乱

・三に「日蓮案じて云く」の下は難信の相を示す

(第十八段 諸宗の謬解を挙ぐ)

一、されば法相宗等。(一九八n)

 上の十紙の「此に予愚見」の下は難信難解を以て法華真実を顕す、中にこの下は、第三に謬解を挙げて難信を結するなり。

一、無著菩薩文。(同n)

 註に婆籔槃豆伝並びに西域五 十一の文を引くが如し。名義一 三十二。先ず謬解を挙げて難信を結す。文を分ちて二と為す。初めに謬解を挙げて、次に「されば八箇年」の下は難信を結す。初めにまた二あり。初めに法相宗、次に華厳・真言。次に法相宗にまた二あり。初めに且く彼の宗を歎じ、次に「此の宗の云く」の下は正しく謬解を挙ぐ。初めの文中に三国を歴て、各師弟檀那を明かす、見るべし云云。

一、阿輸舎国文。(一九八n)

 応に「阿踰舎国」に作るべし。西域等、往いて見よ。

一、世親。(同n)

 また天親と名づく、即ち無著菩薩の弟なり。婆籔槃豆伝、啓蒙所引の如し。

一、護法。(同n)

 西域第十 二十一、註に所引の如し。清弁、使を遣すこと、西域第十 十八に。

一、難陀。(同n)

 甫記、註に所引の如し。

一、戒賢。(同n)

 西域八 十五、註に所引の如し。また続僧伝四 十九、啓蒙所引の如し。

一、戒日大王。(同n)

 西域十一 十一、註に所引の如し。まだ同五巻二紙に「六年の間に五天竺を皆従えて、仏法護持の大賢王なり」と。

一、玄奘。(同n)

 西域十二 二十五。「十七年」の義、可なり。註の指南は恐らく謬りなること、啓蒙にこれを弁ずるが如し。

一、太宗。(同n)

 啓蒙五 五十六、また同第十 六十六。

一、肪・尚・光・基文。(同n)

 神肪・嘉尚・普光・窺基なり。宋僧伝第四巻に、窺基は即ち慈恩大師なりと。これ則ち玄奘の付嘱を受けて大慈恩寺に住する故なり。

一、仁(人)王四十五(三十七)代文。(同n)

 報恩抄上二十にいう「人王第三十七代・孝徳天王の御宇に三論宗・華厳宗・法相宗・具舎宗・成実宗わたる」とは、この御宇に道昭等これを渡すなり。今「四十五代」等とは、この御宇に玄●これを渡すなり。総じて法相宗は四度の伝来これあり。故に応具に云く「人王三十七代・孝徳天皇の御宇より人王四十五代聖武天皇の御宇までに道慈、道昭等之を渡す」と云云。「等」とは玄●を等取するなり。

一、道慈。(同n)

 釈書二 十四。「道昭」は釈書一 七。「山階寺」は即ち興福寺なり。釈書二十八 十。

一、決定性の二乗等文。(一九八n)

 法相宗の五性格別とは、一には声聞乗性、二には僻支仏乗性、三には如来乗性、四には不定乗性、五には無性有情等云云。無性の有情とは一闡提の事なり。秀句上末二十八、太平抄三十四 四十。

一、仏語に二言なし等文。(同n)

 光明童子経、註に所引の如し。大集、啓蒙に所引の如し。

一、決定性を正くついさして成仏すとは・とかれず文。(同n)

 彼の宗、曲会して云く、法華の二乗作仏は不定性なり。涅槃経の悉有仏性は理仏性に約するも、而も行仏性なきなり等というなり。一乗要決中三十五の如し。

一、華厳宗と真言宗。(一九九n)

 初めの一行は且く彼の宗を歎じ、「二乗作仏」の下は正しく謬解を挙ぐ。

一、華厳経・大日経に分明なり等文。(同n)

 問う、二乗作仏、華厳経に分明の文は如何。

 答う、華厳の中に二乗作仏の文なきも、彼の師、義を以て爾云うなり。故に華厳演義抄九十 十六に云く「声聞の作仏を説かざることは不共の義に約す。既にして厭捨せず、曽て何ぞ之を棄てん。況や一成一切成、一として衆生の仏智を具せざるは無し」と云云。甫註三 二十一に破して云く「二乗は聞かず、何に況や受持せんや。故に座に在りと雖も、聾の如く瞽の如し。何ぞ曽て授記せん。若し授記すと謂わば劫国名号は如何。諸部の円門、何ぞ曽て一切衆生皆仏智を具すと説かざらん。何ぞ只華厳のみならん。仏、厭捨せずと雖も、而も二乗未だ悟らず、故に法華に至って開悟し作仏す」取意と云云。

 問う、二乗作仏、大日経に分明の文は如何。

 答う、またこれ文なし、故に弘法雑問答十七に云く「次に大那羅延力とは是れ不共の義なり。一闡提は必死の病、二乗已死の人は余教の救う所に非ず。唯此の秘密神通力のみ即ち能く救療す。此の不共の力を顕さんが為に大を以て之を別つ」と文。但「大」の字を取って二乗作仏を証す、可笑の至りなり。況や「唯」の一字は第一の謗法なり。法華に分明の二乗作仏を属するは故なきなり云云。

一、杜順。(同n)

 統紀三十、註所引の如し。続高僧伝三十四 十五。「智儼」もこの伝の中に在り。

一、法蔵。(一九九n)

 即ち賢首なり。また香像大師と号す。統紀三十、註所引の如し。宋僧伝第五初、仏祖通載十二 三十一に金師子の譬等云云。

一、澄観。(同n)

 註三 四十二に統紀を引く。また宋僧伝五 十八、甫註三 三十二、通載十四已下。 一、華厳(華厳経)には、或は釈迦・仏道を成じ已つて不可思議劫を経るを見る文。(同n)

 華厳疏抄八十 三十二に経文を挙げて疏に釈して云く「既に已経多劫と云うは則ち始成不定なり」と。同抄に云く「経に或は釈迦等を見ると云う。此の言を牒する所以は天台師の謬釈を遮するなり」と云云。甫註三 三十に破して云く「既に或は見ると云う、故に機見に約す。況や普賢の因人、何ぞ如来の実成を知らんをや。重々破責す」と云云。

一、大日経には、我れは一切の本初なり等文。(同n)

 大日教第三巻、転字輪曼荼羅行品十五紙の文なり。義釈九 四十五に云く「本初は即ち是れ寿量の義なり」と文。この義は狂惑なり。これ法身本有の理に約して「一切の本初」というなり。何ぞ寿量の事成に同じからんや。玄私七 四十五に云く「本有の理に帰す、故に本初と云う。本有仏性を名づけて自覚と為す」等云云。

一、井底の蝦等文。(同n

)  止九 四十九、弘九末十九。

一、先判・後判文。(同n)

 華厳玄談五 二十七。弘六末六に云云。

(第十九段 滅後の難信を結す)

一、されば八箇年。(一九九n)

 この下は難信を結す、二あり。初めに在滅を歴て正しく難信を結し、次に「かう法華」の下は末法の辺国は誤り多端なるを悲歎す、また二あり。初めに正しく悲歎す、三あり。初めに略示、二に「世間」の下は況顕、三に「誰れの智解」の下は結。況顕の文に、二あり。初めに世間を以て出世を況し、「犢子」の下を以て、利等を以て鈍等を況す。次に「仏涅槃経」の下は証前起後なり。

一、世間の浅き事文。(一九九n)

 大論一十紙。「犢子」は大論一十三に「敏聰なり。疾なり」と。

一、無垢。(同n)

 西域四 十四に「大乗の人法を謗じ、現に狂乱を発し、五舌重出し、無間に入るなり」と。

一、摩沓。(同n)

 これは外道なり。西域八 十二に「徳慧菩薩に責められて血を欧いて死す」と。

一、誰れの智解か直かるべき文。(同n)

 一には国隔、二には鈍根、三には短命、四には毒倍増、五には澆季、六には仏経皆謬云云。六重に道理を畳挙げて「誰れの智解」等と結するなり云云。

一、仏涅槃経。(同n)

 三十一巻。「法滅尽経」は二紙程の小経なり。

一、俗よりも僧等文。(二〇〇n)

 二十八巻、本尊供養抄六に云云。啓運六 六十、啓蒙五 七十六に、法滅尽経を引いて男女を相対す云云。

「されば法相宗」の下は謬解を挙げて難信を結す、また二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・初めに謬解を挙ぐ、二云云。文に見易きなり

・次に「されば八箇年」の下は難信を結す、また二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・初めに在減を歴て正しく難信を結す

・次に「かう法華経」の下は末法辺国、謬誤多端なるを悲歎す、二・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・             ・初めに略示

・初めに正しく悲歎するに三・・二に況顕、二云云

・             ・三に「誰れ」の下は結

・次に「仏涅槃経」の下は証前起後

 若し向来の意を得ば、一代諸経の浅深勝劣、晴天の日輪の如く明々赫赫たり。能くこの旨を暁れば則ちまた応に種脱の三徳の大恩を了すべし。学者、善くこれを案すべし、これを忽にする莫かれ云云。

開目抄愚記末

(第二十段 末法法華経行者の所由)

一、此に日蓮案じて云く文。(二〇〇ページ)

 この下は大段の第二、蓮祖はこれ法華経の行者なることを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕す文なり。また二と為す。初めには由、次に「既に二十余年」の下は釈。初めの由の文、また四と為す。初めに出世の時・処・種姓を明かし、次に「輪廻」の下は六道流転の所以を明かし、三に「これを一言」の下には折伏の心地決定することを明かし、四に「且くやすらいし」の下に発心不退の誓願を明かす云云。

(世既に末代に入つて)

一、代既に末法に入つて二百余年文。(同ページ)

 一義に云く、人王七十代後冷泉院の永承壬辰年に末法に入って已来、当抄述作の人王八十九代亀山院の文永九壬申年に至るまで二百二十年なり。故に「二百余年」というなり。

 今謂く「日蓮案云」の四字は当抄述作の時なり。「世すでに末代に入つて」の下は還って宗旨建立の少し已前、御思惟の相なり。故に建長四、五年の時に在り。故に末法に入って二百一、二年に当る、故に「余」というか。

一、辺土に生をうけ文。(同ページ)

 一義に云く、日本を指して「辺土」というなりと。一義に云く、房州小湊を指して「辺土」というなりと。今は後の義に随うべし。中興抄の如し云云。十八十七。

一、其の上下賤等文。(同ページ)

 「辺土」にも貴姓あり、「下賤」にも豊富あり。今並びに爾らず、故に「其の上」というなり。

 問う、吾が祖、何ぞ下賤の家に生まれたまうや。

 答う、凡そ末法下種の法華経の行者は、三類の強敵を招くを以て、用いてその義を顕す。吾が祖若し貴姓の豪家に生まれたまうならば、仮使折伏修行を励むと雖も、三類の強敵の競い起るべきこと難からん。若し爾らば、何を以てか法華経の行者なることを顕さんや。況やまた悲門は下を妙と為す、即ちこれ慈悲の極みなり。例せば聖徳太子の誓願の如し。太子伝下に云く「今此の国に於て妙義未だ足らず。位儲君と為すならば、門戸に到って説くことを得ず。今思えらく、此の身命を捨てて微家に託生し、出家入道して衆生を救済せんと。是れ我が発願なり」等云云。蓮祖もまたまたこの意なり。

 問う、他宗の輩、吾が祖の素姓を毀るは如何。

 答う、これ無益の論なり。但法の邪正、内徳の有無のみ、これを論ずべし。涅槃経第二十一徳王品一に云く「若し法を聞き已りなば当に敬心を生じ、至心に聰受、恭敬、尊重すべし。正法の所に於ては法師の種姓の好悪を観ること莫れ」と。止観第四に云く「上聖大人は其の法を取って其の人を取らず」等云云。此等の文意は、但正法を信じて種姓を観ることなかれと云云。

 また止観第四五十九に云く「雪山は鬼に随って偈を請い、天帝は畜を拝して師と為す。嚢の臭きを以てその金を棄てず」等云云。法蓮抄十五三に云く「愚人の正義を違うべきことは昔も今も異らず。然れば則ち迷者の習は外相のみを貴びて内智を貴ばず」と云云。此等の文意は、但内徳を尊ぶべしと云云。況やまた四河の海に入れば同一鹹味、四姓の出家すれば皆名づけて釈と為すは増一阿含の掟なるをや。晋の安公より已来、沙門の姓を釈氏と定ること、この文に符えるなり。

 問う、何ぞ今文に於て自身の下賤を挙げたまうや。

 答う、啓蒙に云く「朝抄に論語の『国に道なきに、則ち富み且尊きは恥なり』等を引いて、吾が祖の下賤の規模を顕し、また下巻に般泥●経を引くは、自身の貧賤に合する等の朽木書と成すべし。又身軽法重の潤色に、捨て易き身の程を顧みたまう意をも含むべきなり」と云云。

 今謂く、若し但文の如くんば、正しく末法下種の教主出世の時・処・種姓を明かすなり。例せば在世脱益の経主を明かす中に「経主釈尊は住劫・第九の減・人寿百歳の時・師子●王には孫・浄飯王には嫡子」等というが如し。若し元意に拠れば、内証の尊貴を顕さんが為に、まず御身の下賤を挙ぐるなり。先ず余文を引いて後、当文を消せん。

 佐渡抄十七二十に云く「日蓮今生には貧窮下賤の者と生まれ旃陀羅が家より出たり(乃至)身は人身に似て畜身なり(乃至)心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず」と云云。中興抄十八十七に云く「日蓮は中国・都の者にもあらず・辺国の将軍等の子息にもあらず・遠国の者・民が子にて候いしかば・日本国・七百余年に一人も・いまだ唱へまいらせ候はぬ南無妙法蓮華経と唱え候」と云云。文意に云く、日本国七百余年に一人も未だ唱えざる妙法を唱うる故に、日本第一の法華経の行者にして一閻浮提に肩を並ぶる者、これあるべからざるなりと云云。撰時抄上二十三、下二十三、往いて見よ。此等の文意は内証の尊貴を顕さんが為に先ず御身の下賤を挙ぐるなり。今また是の如し。文意に云く、身はこれ下賤の者なれども、内証はこれ尊極なり。通じてこれを論ずれば日本第一なり。豈尊極に非ずや。別してこれを論ずれば、且く六意を明かさん。一には謂く、智慧尊貴なり。能く流転の所以を知りたまうが故なり。二には謂く、慈悲尊貴なり。能く大悲を以て折伏の心地を決定したまうが故なり。三には謂く誓願尊貴なり。能く不愛身命の誓願を立てたまうが故なり。四には謂く、行者尊貴なり。能く三類の強敵を忍びたまうが故なり。五には謂く、本地尊貴なり云云。六には謂く、三徳尊貴なり。且く当抄の意によって略して六意を示す。何ぞ止六意のみならん。実に無量の徳を備えたまえり。誰か尊重讃歎せざらんや。

  (回)

一、輪廻六趣等文。(二〇〇ページ)

 この下は六道流転の所以を明かし、自を以て他を顕すなり。無量劫の間、或は幾許か仏道を修行せしに、悪縁・悪知識に賺されて、今に生死を離れずして生々流転せしなり。故に第一に怖るべきは悪知識なり等云云。

一、人天の大王等文。(同ページ)

 これはこれ世間、次は爾前、次は迹門、次は本門の意なり。

一、しらず大通等文。(同ページ)

 問う、大通の第三類、久遠五百の人も仍末法に至るや。若し至らずといわば、天台、第三類を釈して「乃至滅後得道の者」という。妙楽の竹三に久遠五百の類を釈して云く「況や復、今世猶未だ入らざるより、尚未来に至って遠遠方に得ん」等云云。摂州云く「三千塵点の未来に到るに例するに、五百塵点も亦未来に至らん」等云云。また今文の意は、此等の衆、在世に漏れて末法に来る等云云。若し末法に来るといわば、何ぞ末法本未有善というや。

 答う、この人は末法に来らず、多く正像に於て得道するなり。未来というと雖も、何ぞ必ずしも末法のみならん。但正像を指して未来というなり。これ多分に約す。若し少分は今に来ることを妨げざらんや。

一、日本国に此れをしれるものは但日蓮一人なり。(二〇〇ページ)

 流転の所以を知る者は蓮祖一人なり。豈智慧尊貴に非ずや。流転の所以は即ち悪知識に由るなり。

一、これを一言も申し出す等文。(同ページ)

 この下は折伏の心地決定することを明かす。これ大慈悲に由るなり。豈慈悲尊貴に非ずや。

一、父母・兄弟等文。

 父母・師匠より蓮祖の方へ来る難なり。具に王舎城抄三十四四十七の如し。また兄弟抄十六十二、往いて見よ。

一、三障四魔等文。

 止観五十、書註十五十一。

   (やすらいし)

一、且く 徘徊  等文。

 この下は発心不退の誓願を明かす。即ちこれ不愛身命の菩提心なり。発心不退とは即ちこれ誓願尊貴なり。

一、我等程の無通の者文。

 台家に於ては得通・不得通の異義あれども、不得通の義、経釈の旨に最も符うなり。

一、強盛の菩提心等文。

 「身命を愛せず但無上道を惜しむ」とは、即ちこれ宗門の菩提心なり。蓮祖既に爾なり。末弟如何ぞこの願を立てざる。励むべし励むべし云云。下巻四十二。

 (第二十一段 略して法華経行者なるを釈す)

一、既に二十余年文。

 この下は釈、また二と為す。初めに略釈、次に「但し世間の疑」の下三十六は広く疑を挙げて以て釈す。初めの略釈、また四と為す。初めに略示、次に「法華経の第四」の下は文を引いて旨を釈し、三に「されば日蓮」の下は功を顕して疑を立て、広釈の本と為し、四に「而るに法華経」の下は身に当てて釈成す云云。初めの略示とは、略して大難を忍ぶを以てこれ法華経の行者なることを示すが故なり。

一、大事の難・四度文。

         (文応)

 一義に云く、第一に康元年中の夜討の難、御年三十九歳の比なり。具に下山抄二十六三十六、法尼抄十三四十二の如し。第二に弘長元年の伊東の難、御年四十歳、具に一谷抄三十五二十六、四恩抄四十四の如し。第三に文永元年の東条の難、御年四十三歳、南条抄二十二十五の如し云云。第四に文永八年の佐州の難、御年五十なり。竜口の御難は佐州の難に属するなりと。

 一義に云く、夜討の難は没して佐州・竜口を開いて二難と為すと云云。この義、諸文の意に違うなり。故に諸義の如きは最も然るべきなり。

一、二度は・しばらく・をく文。

 夜討、東条はこれ王難に非ず。故に且くこれを置くなり。

一、王難すでに二度文

 これ諸文の如く両度の流罪なり。

 問う、両度の流罪は正しく鎌倉の下知に拠る、これ国主の下知に非ず、何ぞ王難というや。

 答う、一義に云く、これ深重の難なる故なり。一義に云く、勅を受け罪に処する故なりと。一義に云く、親王・将軍の故なりと云云。

 今謂く、並びに宗祖の意に非ず。若し宗祖の意は、但義勢を以て「王難」というなり。謂く、時頼等を正しく国主と名づく。故に、佐渡御勘気抄十四五に云く「此の鎌倉の御一門の御繁盛は義盛と隠岐法皇ましまさずんば争か日本の主となり給うべき」と云云。兵衛志御返事三十九二十七に云く「守殿は日本国の主にてをはするが」と云云。既にこれ日本国の主なり。故に義も又国王に同じき故に或る処にも又国王と名づくるなり。頼基陳状二十九八に云く「国王の勘気は両度」と云云。王舎城抄三十四四十五に「これは国王已にやけぬ」等云云。此等の文意は、時頼等は日本国の主なるが故に、義も又国王に同じきなり。故に「王難」というなり。所以に次上の文に云く「父母・兄弟・師匠に国主の王難」と云云。これを思い見るべし。

      (我)

一、今度は既に吾が身命に及ぶ文

 一義に云く、これ竜口を指すと。一義に云く、佐州を指すと云云。並びにこれ辺なり。「今度」の言は、広く竜口及び佐州を収むべきなり。諸文の意も爾なり。妙法尼抄十三四十三に云く「国主より御勘気二度なり、第二度は外には遠流と聞こへしかども内には頸を切るべしとて、鎌倉竜の口と申す処に九月十二日の丑の時に頸の座に引きすへられて候いき(乃至)其の夜の頸はのがれぬ、又佐渡の国にて・きらんとす」と文。報恩抄下二十二に云く「文永八年辛未九月十二日の夜はのびてさどの国までゆく、今日は切る明日は切るあすは切るといひしほどに四箇年というにゆりぬ」略抄と。

一、其の上弟子といひ檀那といひ等文。

 若し妙法尼抄十三四十八の意は、建長已後御一代の間の弟子・檀那の大難なり。若し今文の意は、別して九月十二日已後に約するか云云。精師云く「九月十二日の時は有合せたる人人皆難に値い、或いは入籠、或は流罪等なり。但し註画讃に日朗・日真、俗四人の者は未だ明拠を見ず。次に日朗への御書の事、録外一二十三、註画讃に出でたり。此の書若し真書ならば、日朗在俗の時なり。既に彼の文に云く『あわれ殿は法華経一部を色心の二法にあそばしたるか』と云云。既に殿という、正しく是れ在俗なり。若し日朗出家已後ならば、恐らく是れ彼の書は応に是れ偽書なるべし。出家を殿と云う事、諸抄の中に都て之れ無きが故なり」(取意)。

(種種御振舞御書)

 佐渡御勘気抄十四二に云く「依智にして二十余日・其の間鎌倉に或は火をつくる事・七八度・或は人をころす事ひまなし、讒言の者共の云く日蓮が弟子共の火をつくるなりと、さもあるらんとて日蓮が弟子等を鎌倉に置くべからずとて二百六十余人しるさる、皆遠島へ遣わすべしろうにある弟子共をば頸をはねらるべし」等云云。この中に「籠にある弟子」とは九月十二日の籠者なるべし。彼の火を付け、人を殺すは念仏宗等の所行なり。怖しき巧にあらずや。

 また、十一に云く「武蔵前司殿(乃至)先ず国中のもの日蓮房につくならば或は国をおひ或はろうに入れよと私の下知を下す、又下文下るかくの如く三度其の間の事申さざるに心をもて計りぬべし、或は其の前をとをれりと云うて・ろうに入れ或は其の御房に物をまいらせけりと云うて国をおひ或は妻子をとる」等云云。此等の文を以て今の意を知るべし云云。

一、法華経の第四文。

 この下は文を引いて旨を釈す、また二と為す。初めに文を引き、次に「夫れ小児」の下は旨を釈す。

一、而も此経は等文。

 此に三意を含む。謂く「此経」の二字は法に約し、「如来」の二字は人に約し、「現在」の二字は時に約す。

 第一に法に約すとは、当に知るべし。流難はこれ弘経の人に拘るに非ず。直ちに応に須く法華の妙理に来るべしと。餌を銜む鳥は衆鳥に逐われ、財宝を見れば則ち盗賊これを掠むるが如し。法華はこれ純円醍醐の妙味、無漏最上の珍宝なり。故に鬼魔はこれを忌み、怨嫉すること最も甚だしきなり。

 第二に人に約すとは、この経に於ては三界の独尊、これを説きたまうにすら尚怨嫉多し。凡そ菩薩・凡夫、この経を説かんや。譬えば財宝の如し。猛威の人尚賊の怖あり、況や怯弱の人に於てをや。

 第三に時に約すとは、この経に於ては在世の清代すら尚怨嫉多し。況や滅後濁世に於てをや。譬えば財宝の如し。国の豊時と雖も尚賊の怖あり、況や国の渇時に於てをや云云。

一、況や滅度の後をや文。

 今、在世を挙げて以て滅後を況す。故に三重の「何況」あり。文意に云く、在世すら尚爾なり。何に況や正法をや。在世・正法すら尚爾なり、何に況や像法をや。正像すら尚爾なり、何に況や末法をやと。当に知るべし。後々の怨嫉は前々より多きなり。

 問う、何ぞ初めにこの文を引くや。

 答う、この文はこれ総なり。下の文はこれ別なり云云。

一、第二に云く等文。

 この文は別して怨嫉の二字を顕す。故に「軽賤憎嫉」等というなり。

一、第五に云く等文。

 この文は別して「多」字の意を顕す。故に「一切世間多怨」等というなり。

一、又云く「諸の無智の人の悪口罵詈する有らん」等文。

 当に知るべし、譬喩・安楽の二文は在・滅に通ずるなり。今勧持・不軽の二文は別して滅後の怨嫉を顕すなり。滅後の中にも別して末法の怨嫉の相なり。

一、涅槃経に云く等文。

 北本二十八十九、南本三十五九の文なり。この文は別して「如来現在、猶多怨嫉」の相を顕すなり。故に値難抄十七初にこの文を引き已って云く「如来現在猶多怨嫉の心是なり。」と云云。若し元意の辺は、これ在世を挙げて以て末法を顕すなり。故に値難抄にまた云く「文永十年十二月七日・武蔵の前司殿より佐土の国へ下す状に云く自判之在り。佐渡の国の流人の僧日蓮弟子等を引率し悪行を巧むの由其の聞え有り所行の企て甚だ以て奇怪なり。」と云云。この状に云く「悪行を企む」等云云。外道が云く「瞿曇は大悪人なり」等云云已上。

 寺泊抄十七六にこの文を引き已って云く「在世を以て滅後を推すに一切諸宗の学者等は皆外道の如し、彼等が云う一大悪人とは日蓮に当れり、一切の悪人之に集まるとは日蓮が弟子等是なり、彼の外道は先仏の説教流伝の後・之を謬つて後仏を怨と為せり、今諸宗の学者等も亦復是くの如し」と已上。「亦復是くの如し」とは諸宗の学者、先仏・釈尊の説教流伝の後に、これを謬つて後仏の日蓮を怨と為すなり。故に「亦復」というなり。

一、天台云く等文。

 文八十六の文なり。文意に云く、仏世すら尚爾なり。何に況や未来は怨嫉応に多かるべき道理なり。仏、この道理を明かしたまう意は、衆生の難化を知らしむるに在るなりと云云。

 また難化の意如何。

 答う、流通の容易ならざることを顕して、以てその功徳の深重なることを勧むるなり。故に知んぬ、「況滅度後」の文意は、末法濁世の弘通は在世及び正像よりも勝れたることを云云。

 金吾抄十七四十二に云く「又仏の在世よりも末法は大難かさなるべし、此れをこらへん行者は我が功徳には・すぐれたる事・一劫とこそ説かれて候へ」と云云。報恩抄下終に云く「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳」と云云。

一、妙楽云く等文。

 記八本十五の文なり。「障り未だ除かざる者」とは即ちこれ権迹の執情なり。「聞くことを喜ばざる者」とは実本を聞くことを喜ばざるなり。妙楽云く「迹門には二乗・鈍根の菩薩を以て怨嫉と為し、本門には菩薩の中の近成を楽う者を以て怨嫉と為す」等云云。  報恩抄上九に、怨嫉に於て近遠の二義を明かす。近くは二乗・菩薩に約し、遠くは九横の難に約す。初めの意は妙楽の如し。後の義は恵心の云く「金鏘・馬麦は一乗の弄引」(取意)と云云。末法もまた爾なり。執権・執迹・執脱の人は、皆これ法華経の本門寿量文底の怨嫉なり。

一、南三・北七等文。

 この下は経文の差わざるを引くなり。

一、得一云く、拙いかな智公文。

 「得一」は法相宗なり。註に釈書を引くが如し。「智公」は即ちこれ智者大師なり。守護章上の上三十、撰時抄下三、値難抄十七初の如し。

     (所説を謗ずる)

一、覆面舌の所説の教時文。

 解深密経中に有空中の三時の教を明かし、法相宗はこの文に依憑して一代聖教を三時に分つなり。阿含等は有相教、方等・般若は無相教、華厳・法華・涅槃経は中道教なり。これはこれ正しく仏説に依る。然るに天台はこれを用いず。五時八教を以て一代を判ずる故に「覆面舌の所説の教時を謗ず」という。然るに天台宗の意は、凡そ解深密経は大師の滅後五十一年に当ってこれを翻訳す。大師何ぞこの説を謗ぜんや。況やこの経は方等部の経なるをや。何ぞこの文を引いて一代を判ずべけんや。況や彼の経の有空中は方等の中の前三教なるのみ。何ぞ一代に関わらん云云。下巻二十一に彼の経の第二十六紙の文を引く。玄私十三十五。

一、東春等文。

 第五二十四の文なり。滅後留難の所以を顕すなり。「良薬口に苦し」とは、孔子家語の中巻に云云。「怯」はこれ怯弱の義なり。即ち退転の念を生ずるが故なり。「留難」とは大法の流布せんを障り留むるが故なり。

一、顕戒論に云く等文。

 下巻三十七の文なり。

一、僧統奏して云く文。

 「僧統」とは猶僧録の如し。事物紀原に云く「後魏の大祖、沙門法果を以て統と為し、僧徒を営摂す。文帝、師賢を以て僧統と為す。唐には統を罷めて両録司を立つ。これを僧統と謂う」略抄と。

一、西夏に鬼弁婆羅門有り文。

 「西夏」は西天の都なり。弁は鬼の授くるに依るが故に「鬼弁」という。具に註中に弁ずるが如し。

  (類)

一、物拘冥召して文。

 応に「物類」に作るべし。易に云く「同声は相応じ、同気は相求む。水は湿に流れ、火は燥に就き、雲は竜に従い、風は虎に従う」等云云。

一、昔斉朝の光統に聞き等文。

 「光統」は仏陀三蔵の弟子の恵光法師なり。後、恵光を以て即ち僧統と為す、故に光統という。然るに光統法師は●毒薬を以て禅祖の達磨に害を為す。故に光統の怨嫉を引いて今、「六統」に例す。六統は即ちこれ六宗の僧統なり。

一、秀句に云く等文。        (始)

 この文は所引の意は末法に約す。「末ノ初」の二字は所引の字の轄なり。

一、夫れ小児に灸治等文。

 この下は文旨を釈す、また二あり。初めに経旨を釈し、次に「像法」の下は清代に望んで弁ず。並びに末法の難化を顕すなり。

 初めの経旨を釈する中に、「小児に灸治」、「重病の者に良薬」とは、これ東春の意に本づくか。この二句はこれ「如来現在、猶多怨嫉」の文旨を顕すなり。「在世」の下は「況滅度後」の文旨なり。法譬を合して見るべし。但これ文を略するのみ。

一、山に山をかさね等文。

 一義に云く「山」は人心の嶮岨に譬え「波」は世上の風波に譬う。楽天の云く「太行の路は能く車を摧くも、若し君が心に比すれば是れ坦途なり。巫峡の水は能く船を覆えすも、若し君が心に比すれば是れ安流なり」等云云。「世の中を渡り角べて今ぞ知る 阿波の鳴戸は波風も無し」と云云。この義は今文の意に非ざるなり。

 若し今文の意は、若し末法に至っては山に山を重ぬるが如く、難に難を加え、波に波を畳むが如く、非に非を加うべし。故に「況滅度後」というなり云云。

一、像法の中に等文。

 この下は清代に対して弁ず云云。「蜂起」は註中の如し。

一、況滅度後のしるしに闘諍の序となるべきゆへに非理を前として文。

 「況滅度後」とは末法の始め、闘諍の時なり。秀句の文を見るべし。「非理を前」と為すは即ち「闘諍の序」なり。文意に云く、況滅度後の験には闘諍の序と成すべき故に非理を前と為すなり。濁世の験には召し合せられずして、流罪乃至身命にも及ばんとするなりと云云。啓蒙の指南は却って不可なり。

  (第二十二段 経文に符号するを明かす。)

一、されば日蓮が等文。

 この下は三に功を顕して疑いを立て、広釈の本と為すなり。「千万が一分」等とは、一には卑下の意、二には慈悲に対するが為なり。

一、難を忍び慈悲のすぐれ等文。

 外に大難を忍ぶは、内に慈悲の勝れたる故なり。顕戒論に云く「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」と云云。また云云、愚案三八、御書二十三三十五。

一、をそれをも・いだきぬべし等文。  啓蒙に云く「天台・伝教も吾が祖に対しては恐れをも懐きぬ可きなり」と云云。今謂く、吾が祖、天台・伝教に大して恐れを懐くの義なり。これ則ち天台・伝教に勝れたりという故なり。

一、而るに法華経の第五の巻等文。

 この下は第四に身に当てて釈成するに、また三あり。初めに経を引いて身に当て、次に「例せば世尊」の下は仏説の差わざるを明かし、三に「経文に我が身」の下は前を結して素懐を述ぶ。初めの経を引いて身に当つるに、また二あり。初めに総、次に「経に云く、諸の」の下は別なり。

一、勧持品の二十行の偈等文。

 問う、勧持品の三類、像法の迹化に通ずと為んや、末法の本化に限ると為んや。若し限るといわば、既にこれ迹化の発誓なり。何ぞ本化に局らん。況や南三北七の十師、漢土の無量の学者は天台を怨敵となし、得一大師は天台を悪口して「拙いかな智公」等と云云。南都七大寺の碩徳、護妙・修円等は奏状を捧げて伝教大師を讒奏す。豈像法の迹化の怨敵に非ずや。若し通ずといわば、今文の意は像法に通ぜず。故に「日蓮だにも此の国に生まれずば・ほとをど世尊は大妄語の人・八十万億那由陀の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし」というなり。若し通ずることを許さば、像法の迹化に既に怨敵あり。蓮祖縦い出世せずと雖も、世尊何ぞ大妄語の人ならん。八十万億、若為ぞ虚誑ならん。故に今文は末法に限るなり。

 答う、或は通ずべしと雖も、若し別して論せば末法の本化に限るなり。此に両意あり。

 一には経意に由るが故に。謂く、三類の次上の文に云く「恐怖悪世中」と云云。この文意は別して末法に在るなり。故に蓮祖、寺泊抄に云く「日蓮が浅智には及ばず但し『恐怖悪世中』の経文は末法の始を指すなり。」等云云。況や迹化の発誓なりと雖も、仏既にこれを許さざるをや。故に「仏、今黙然として告勅を見ず」というなり。況や次下に至って即ち本化を召すをや、故に三類は別して本化に限るなり。故に妙楽が云く「次下の文に下を召すが如く、尚本眷属を待つこと験けし。余は未だ堪えず」等云云。

 二には現事に由るが故に。謂く、今の所難の如きは、彼に怨敵あれどもその事微弱なり。謂く、但悪口怨敵のみにして未だ刀杖・遠流のことあらず。況や一切世間の怨嫉に非ざるをや。所以に賢王・聖主は能く是非を暁る。今、末法の三類はその事、甚だ強盛なり。但一切世間の悪口怨嫉のみに非ず、仍刀杖・遠流に及ぶ。故に今、強を以て弱を奪い、末法の本化に限らしむ。三類は像法に通ぜずというには非ず云云。

一、経に云く、諸の無智の人あつて等文。

 即ちこれ第一の俗衆増上慢、第二、第三の大檀那等なり。また云く「悪世の中の比丘」とは即ちこれ第二の道門増上慢、念仏宗の法然房等の無戒邪見の者なり。また云く「白衣の与に法を説いて」等とは即ちこれ第三の僭聖増上慢。禅宗・律宗の聖一・良観等なり。

一、付法蔵経に記して云く等文。

 付法蔵経第三九紙、林五十、同五十六、統紀三十四初。

一、摩耶経に云く等文。

 摩耶経下巻十二に具に滅後の法滅の相を説くなり。

一、大悲経に云く等文。

 大悲経第二巻十四、西域第三十四。

        (普)

一、経文に我が身・符号せり等文。

 この下は前を結して素懐を述ぶるなり。

一、いよいよ悦びをますべし等文。

 一義に云く、経文に我が身普合する上に、御勘気を蒙る、故にいよいよ悦ぶというなりと云云。今謂く、経文に普合して御勘気を蒙る上に、未来の悪道を脱るべければいよいよ悦ぶなり。即ちこの意を次下に釈するなり。啓蒙の後の義はこの義に似たり云云。

一、願兼於業文。

 通教は願、習を兼ね、三蔵は願、業を兼ぬるなり。若し別円は唯願みにして界内に受生するなり。並びに教力の優劣に由るなり。

「此に日蓮案じて云く」の下は大段の第二、蓮祖はこれ法華経の行者なることを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕す。文を二となす

 初に由、四

 初に出世の時処、種姓を明かす

 次に「輪廻」の下は六道流転の所以を明かす

 三に「これを一言」の下は折伏の心地決定を明かす

 四に「且くやすらいし」の下は発心不退の誓願を明かす

次に「既に二十余年」の下は釈、また二

初に略、四

初に略して示す

次に「法華経の第四」の下は文を引いて旨を釈す、二



初に引文、また二云云 次に「小児」の下は旨を釈す、また二云云

三に「されば日蓮」の下は顕功立疑、広釈の本となす

四に「而るに法華経」の下は身に当てて釈成す、三

初に経を引いて身に当つ、また二

      初に惣じて身に当つ

      次に別して身に当つ

次に「例せば世尊」の下は仏説の差わざることを明かすに二

初に先例を引く

次に「而るに仏」の下は正しく明かす

三に「経文に我が身」の下は前を結して素懐を述ぶ

次に「但し世間」の下三十六は広く釈す

(第二十三段 疑を挙げて法華経行者なるを釈す)

一、但し世間の疑等文。

 この下は広く疑を挙げて正しく法華経の行者なることを釈す、また二と為す。初に疑を挙げ、次に下巻十五の「疑って云く当世」の下は正しく法華経の行者なることを釈す。初の疑を挙ぐるの文、また三と為す。初に疑を立つる意を示し、次に「季札」の下は正しく疑いを立て、三に下巻十五の「日蓮案じて云く」の下は疑を立つる意を結するなり。

一、諸天等の守護神等文。

 正しく疑を立つる中には広く二乗・菩薩に約し、今疑を立つる意を示す中には、但「諸天等」に約するを以て准知せしむるなり。別して諸天等に約する所以は、此に二意あり。一には現顕なるが故に。二には誓言あるが故に。下の「されば」よりは准例して知るべし。

一、此の疑は此の書の肝心等文。

 この疑は能く末法下種の三徳を顕す、故に「此の書の肝心・一期の大事」というなり。「疑は悟の津」とはこの謂か。当に知るべし、蓮祖大聖人は閻浮第一の法華経の行者なり。故に末法下種の三徳なり。経に法華経の行者を説いて云く「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く」と云云。章安大師云く云云。

 (かく上)

一、其の上疑を強くして等文。

 風大なれば波大なり、声大なれば響大なり。疑の若し強ければ則ち義もまた強く顕るるが故なり。

(第二十四段 二乗、法華の深恩を報ずべきを明かす)

一、季礼等文。

 この下は次に正しく疑いを立つ、また二あり。初めに二乗の守護なき疑を立て、次に「又諸大菩薩」四十三の下は菩薩等の守護なき疑を立つ。初めの文にまた二あり。初めに二乗、法華の深恩を報ずべきを明かし、次に「水すまば」の下は意を結するなり。初文にまた三あり。初めに道理、次に「されば四大」の下は引証、三に「諸の声聞」等の下は昔に対して弁ずるなり。初めの道理にまた三あり。謂く、況顕、例顕、反顕なり。

    (墓)

一、除君が塚にかく等文。

 季礼は呉の太伯二十世の孫なり。史記三十一初に云云。

一、王尹等文。

 祈祷抄に云く「王寿は衣を梅に掛け、王尹は銭を水に投ぐ」(取意)等云云。十六四十三。

一、況や舎利弗文。

 この下の三句は且く三賢に配すべし。謂く、無我・無律の者すら尚約束を差えず、況や持戒・持律の聖者をや。一毫未断の者すら尚少恩を報ず、況や見思已断の大聖をや。辺鄙の家臣すら尚恩の為に命を捨つ、況や諸天の導師、衆生の眼目たる大聖をや。故に況顕というなり。

一、いまだ八相をとなえず等文。

 一義に云く、文に同じき故に来ると云云。一義に云く、且く世情に准じて程近き義を顕すなりと。

一、毛宝が亀等文。

 本拠に二説あり。若し晋書列伝の意は、毛宝が軍士の報を得るなり。若し瑯邪代酔の意は、毛宝が直ちに報を得るなり。

 「あをの恩」とは音義に云く「住の字なり。”あを“”あふ“共に通ずるなり」と。語式に云く「御直書に襖の恩」と云云。毛宝は亀を得て、襖の下に置いて養えるか云云。

 啓蒙に云く「『あをの恩』とは漁父に衣裳を与えて亀を助けたる義なるべし。伝説に木綿の衣裳を”あを“というなり。近き人の句に、墨染の衣をあをの上に置きてと云云。縦い襖の字なりと雖も、只これ衣類の事なり」云云。

 時雨する稲荷の山の薄紅葉 あをかりしより思い染めてき云云と、沙石に云云。

一、昆明池の大魚文。

 啓蒙に諸文を引き、註に勧善書を引く。

一、桀紂等文。

 啓蒙に貞観政要を引く、これ高家無徳の例にして二乗弾呵の例には非ざるなり。朝抄は不可なり。

 一義に云く、世上に人を”きやつ“というは桀紂という事なりと。一義に云く、関東の言なり。人のあしくいうを聞いて、貴辺は人を”けっちゅう“にめさるかと云云。

 この一段はこれ例顕なり。「諸の声聞」等の下は反顕なり。

一、梟鳥が母を食う等文。

 「梟鳥」は塊を附って児と為し、「破鏡」は毒樹の菓を以て抱いてその子と為し、子の成ずれば父母皆食わるるなり。釈要六十四に云く「破鏡は是れ獣にして鳥に非ず。梟鳥は母を食い、破鏡は●の如く虎眼にして父を食う」と文。

一、されば四大声聞等文。

 この下は引証なり。第十六巻四十一云云。

一、応に供養を受くべし文。

 名疏四、五十一に云く「則ち羅漢の三義なし。彼の外道と何等の異りあらんや。法華に至って方に顕る、故に四大声聞の歎じて云く、我等今は真に阿羅漢なり、諸の世間に於て応に供養を受くべしと。此れ方に昔の浄名の弾斥を悟るなり」と已上。「昔の浄名の弾斥」とは、即ち「汝に供養する者は三悪道に堕す」の文なり。

一、世尊は大恩等文。

 此に十恩あり。第一に慈悲逗物の恩、第二に最初下種の恩、第三に中間随逐の恩、第四に隠徳示拙の恩、第五に鹿苑施小の恩、第六に恥小慕大の恩、第七に領地家業の恩、第八に父子決定の恩、第九に快得安穏の恩、第十に還用利多の恩なり。文六、記六、御義上三十に云云。

 啓運抄二十二、六十八に祈祷経口決を引いて云く「外道の法に対すれば、小乗三蔵の仏を以て大恩教主と名づくるも、権大乗の仏に望むれば、是れ大恩に非ず。実大乗・法華迹門の教主に望むれば、又大恩に非ず。本門寿量の教主に望むれば、迹門の仏も又大恩に非ず」と文。当に知るべし、若し一代聖教の浅深を暁れば、則ち教主の恩徳の軽重を知ることを。

一、牛頭栴檀文。

 若し華厳経には「若山より出離す」と云云。正法念経には「高山より出でたり」等云云。常には摩利山より出でたりと云云。栴檀を身に塗れば、火も焼くこと能ず。刀に傷なわるる所と為らんに、これを塗れば即ち癒ゆ云云。百縁経に「一両の値、十万銭」と云云。記六、甫記、甫註等に云云。

一、宝衣を地に布き文。

 今時の仏前の打ち敷、これを思え。

   (第二十五段 二乗の守護無きを疑う)

一、諸の声聞等文。

 この下は三に昔に対して弁ず、また二と為す。初めに昔の弾呵を挙げて、次に「而るに四十余年」の下は今の授記を明かす。初めの文にまた五あり。初めに略して弾責を示し、二に「例せば世尊」の下は引例、三に「此れをもつて思う」の下は例に准じて意を推し、四に「五店・四海」の下は怨嫉を明かし、五に「其の上大」の下は供養を制止することを明かすなり。

一、前四味の経経等文。

 前に広く諸経を引いて弾呵の相を明かすこと、当抄十二已下の如し。故に今略してこれを示すのみ。

一、例せば世尊等文。

 この文は二に例を引くなり。健の義は不可なり。北本涅槃経十六六、弘一中三十、大論二十六二十二に云く「提婆達多は利養を貪るが故に、化して天身の小児と作り、阿闍世の抱中にあり。王其の口を吹いて唾きを与え喇わしむ。是を以ての故に嗽唾の人と名づく」と文。

一、此れをもつて思うに等文。

 この下は三に例に准じて意を推す。謂く、或は仏に限るの意もあるべしと云云。

一、今諸の大声聞等文。

 この「諸の大声聞」は、今三種を明かす。一には「本とこれ外道・婆羅門」、即ち身子・目連等の如きはこれなり。二には「種姓・高貴」、即ち阿難・羅云等の如きはこれなり。三には「富福・充満」、迦葉・阿那律等の如きはこれなり。

一、壊色の糞衣文。

 五方の正色とは青・黄・赤・白・黒なり。五間色とは緋・紅・紫・緑・碧なり。「壊色」とは青・黒・木欄なり。具には法衣抄の如し。「糞衣」は糞掃衣なり。また納衣というなり。行事抄下一二十二に「世人の棄つる所にして、復任用なきの義は糞掃に同じ」と云云。或は牛の嚼む、或は鼠の噛む、或は火に焼く、或は月水、或は産婦、或は死人を裹む等の衣は世人の皆棄つる所にして、また任用することなきなり。

一、五天・四海等文。

 この下は四に怨嫉を明かすなり。而して仏を挙げて弟子を況すなり。

一、九横の大難文。

 諸文に散在す。中に於ても大論及び興起行経に分明なり。

 一には孫陀利が謗、二には旃遮女が謗、三には提婆推山、四には迸木刺脚、五には瑠璃殺釈、六には耆多馬麦、七には冷風背痛、八には六年苦行、九には乞食空鉢。

 その外、患寒、患熱、奢弥跋が謗、骨節痛等云云。その往因、脱れざることを知らんと欲せば、具に林七十三三已下、竹難三十四、甫註八三に興起行経を引くが如し云云。また勝密火杭、西域九八。

一、阿闍世王の酔象を放ちし文。

 註に増一四十七を引く。これ九横の難の中には非ず。然るに今これを挙げたまう所以は、達多が大石を擲つと雖も、如来を害すること能わざる所以に、更に方便を設け、闍王に勧めて酔象を放たしむ。この便を以ての故に、続いてこれを引くなり。

 問う、何んぞ九横の中に立てざるや。

 答う。

 問う、阿含の意は、仏、象の来るを見て、偈を説いてこれを降す。涅槃経の意は、仏、慈善根の力を以て手の五指より五師子を出してこれを伏す云云。豈相違に非ずや。

 答う、各一辺を挙ぐるなり。

一、阿耆多王の馬麦文。

 問う、大論には阿耆達多婆羅門、毘奈耶には火授王、胎教には尸利崛長者、経律異相には阿耆達多婆羅門王と云云。豈相違に非ずや。

 答う、或はこれ梵音の●促ならんか。

一、無量の釈子文。

 九千九百九十万人の釈子なり。

一、千万の眷属等文。

 註には増一の二十六、瑠璃の殺釈の中を指す。最も便あるなり。啓蒙に云く「或は闍王の酔象を主伴に配せんが為に重ねて之を挙ぐるか」と云云。

一、迦留陀夷乃至目連等文。

 問う、二聖はこれ法華受記の人なり、如何。

 答う、増一阿含十八十四に云く「但総報の悪を断じて別報を止めざる故に業を償うなり」と文。

一、六師同心して等文。

 闍王に讒訴は前三十一に涅槃経を引く、匿王に讒訴は北本涅槃経三十の五紙に出でたり。 一、又うちそうわざわいと文。

 上は打ち添えるの義なり。下は打ち傍う意なり。

一、其の上大難等文。

 この下は五に供養を制止することを明かす。前文十五已下。

一、扶けさせ給いしか文。

 「か」の字の清音は哉の義なり。清音に三義あり。一には哉の義、二には疑の歟、三にはありたしかなり。濁音に二義あり。前後移転の「が」、句読連属の「が」なり。それ語式の如し。

一、而るに四十余年文。

 この下は第二に今の授記を明かすなり。

一、一言一時に等文。

 「一言」は諸経に対し、「一時」は四十余年に対するなり。

一、水すまば月・影等文。

 この下は二乗の守護なき疑を立つる中の第二に意を結するなり。これまた二と為す。初めには順結、次に「後五百歳」の下は反結なり。

一、後五百歳等文。

 この下は五義を挙げて反結するなり。「後五百歳」は時に約し、「広宣流布」は法に約す。故に一連の文なりと雖も、分ちて二意と為すなり。禅宗・浄土は只これ謗者の一意なり。「仏前」の下また諸天に約す。その義は前の如し。

一、法華経を教内と下して等文。

 異本に「教外と下して」等云云。

「但し世間」三十六の下は広く疑を挙げて正しく法華経の行者なることを釈す。文を分かちて二となす

初めに疑を挙ぐ、また三

初めに疑を立つるの意を示す

次に「季札」の下は正しく疑を立つ、二

初めに二乗に守護なきの疑を立つ、また二

初めに法華の深恩必ず報ずべきを明かす、また三

初めに道理、三あり云云

次に「されば四大声聞」の下は引証

三に「諸の声聞」の下は昔に対して弁ず、また二

初めに昔を挙げて弾呵す、また五  

初めに略示して弾責す

二に「例せば」の下は例を引く

三に「此れをもつて思うに」の下は例に準じて意を推す

四に「五天」の下は怨嫉を明かす

五に「其の上大」の下は制止供養を明かす

次に「而るに四十余年」の下は今の授記を明かす

次に「水すまば」の下は意を結す

次に「又諸大菩薩」の下は菩薩等に守護なきの疑いを立つ

三に下巻十五「日蓮案じて云く」の下は疑いを立つる意を結す

次に下巻十五「疑て云く当世」の下は正しく法華経の行者なることを釈す

(第二十六段 菩薩等について爾前無恩を明かす)

一、又諸大菩薩等文。

 この下は第二に菩薩等の守護なき疑を立つ、また二と為す。初めに今昔の仏恩の浅深を明かし、次に下巻十四の「されば諸経の諸仏」の下は意を結するなり。初文にまた二あり。初めに爾前の無恩を明かし、次に「仏・御年」の下は正しく法華の深恩を明かすなり。

一、爾前の経経にして等文。

 これ爾前の記別は有名無実なることを明かすなり。且く三意あり。謂く、爾前の記別は、一には一往二乗に対する為に記別を授く、故に成仏の名はあると雖も、実義はなきなり。猶し吾が子を責めんと欲して、且く隣家の子を歎するが如し。隣家の子もまた実には善人に非ざるなり。二には一人出過の成仏にして十界皆成の成仏に非ず、故に成仏の名はありと雖も、而も実義はなきなり。三には過去の下種を明かさず、故に成仏と雖も有名無実なり。

一、世尊初成道等文。

 初めに華厳、次に三味は正釈の結文云云。これを略す。

一、六十余の大菩薩文。

 十恵、十林、十幢、三十六蔵の菩薩、故に「六十余」というなり。若し新訳に准ずれば六十八の菩薩これあり。竹十三、啓蒙六四十九。

一、此等の大菩薩の所説の法門等文。

 問う、今経に既に「即遣傍人」といい、華厳の処処に皆「仏力故説」という。師弟の義に於ては何の疑かあらんや。

 答う、今化儀を論じて内証を論ぜず。既に此等の菩薩は未だ開権開迹の法門を聞かず。

 故に実の御弟子に非ず。故に今化儀に寄せてこの義を顕すなり。

一、不思議解脱に住せる文。

 三徳秘蔵の妙理を悟るが故に「不思議解脱に住す」というなり。また玄六五十九、啓蒙二十二十、住いて見よ。

一、御弟子は出家して候文。

 然りと雖も、真実の御弟子に非ず。これ則ち権法のみを許して、実法を授けざる故なり。 一、蔵・通・二教は亦・別・円の枝流文。

 若し根源を知らば豈枝流に迷わんや。況や勝は劣を兼ぬるをや。豈蔵・通を知らざるべけんや。

一、一字不説等文。

 一義に云く、先仏所説の外に我一字をも説かず。今引用の意は、四菩薩所説の外に我一字をも説かずとなりと。

 一義に云く、止観第五七十二に楞伽第三を引いて自証法、本住法の義に約してこれを釈す。自証法とは、能証の智修得なり。本住法とは、所証の理性得なり。並びにこれ説くべからざるなり。我爾前に於て此くの如く如来自証の本法をば一字をもこれを説かず、即ち法華の中に至って始めてこれを説くなりと云云。

 今謂く、初めの義、文に応ずるなり。

(第二十七段 法華の深恩を明かす)

一、仏・御年・七十二の年等文。

 この下は法華の深恩を明かす、また二あり。初めに迹門、次に下巻の初めの「而れども霊山」の下は本門。初めの迹門にまた三あり。初めには序分、次に正宗、三に下巻の初めは流通。

一、無量義経にて等文。

 一より多を出すと説くと雖も、未だ多より一に帰するを明かさざる故なり。

一、法華経・方便品等文。

 この下は次に正宗、また二あり。初めに正説、次には領解。初めの正説にまた二あり。初めには略開致請、次に「仏此れを答えて云く」の下は広開。初文にまた二あり。初めに略開、次には「舎利弗」の下は致請。

一、一念三千等文。

 これ十如実相の文を指すなり。既にこれ略開なり。故に一念三千仍未だ分明ならず。故に「ほととぎすの初音」等というなり。広開の中に至って一念三千方にこれ分明なり。故に当流に於いては別して広開の長行を読む。これを思い合すべし云云。健抄の本迹の沙汰は手を拍って笑うべし。

一、舎利弗等文。

 この下は次に致請、また二あり。初めに文を引き、次に釈、また二あり、初めに通じて文意を示し、次には別して一句を釈するにまた二あり。初めに諸文をひき、次に「妙とは具足」の下は釈なり云云。

一、具足の道を開かんと欲す文。

 一言を以てこれを示さば「具足」は即ち妙の義なり。弘一中四に云く「法華より前は未だ曽て権を開せず、具足と名づけず」と云云。竹一に云く「若し権を開せずんば、妙の名立たず」と文。

一、大経に云く等文。

 会疏八五十四に云く「沙とは具足の義に名づく」と文。

一、妙とは訳して六と云う等文。

 大経・大論の文に依るに、応に「沙とは訳して六と云う」に作るべし。沙はまた砂に同じ。砂の字は妙の字に似たり、故に伝写の謬れるか。吉祥の疏もまた爾なり。本尊抄もこれに准じて知るべし。

一、玄義の八等文。

 第八巻の初めに云く「具に胡音に六を以て」の胡も、また月氏を指すべきなり。

一、大智度論等文。

 大論四十八二十五に云く「沙、秦には六と言う」と文。

一、善無畏三蔵等文。

 小野の仁海僧正の真言集に出でたり云云。

 問う、無畏はこれ所破なり。何ぞこれを引用するや。

 答う、これ他師なりと雖も、引いてこれを助釈するに何の妨げあらんや。これ則ち大師の先蹤、諸家の通法なり。謂く、その不可なるを破してその可なるを用う。諸処に散在せり。何ぞこれを怪しむべけんや。況やまた今の意は、仍無畏の所立不成を顕せるをや。謂く、既に法華に真言あり。何ぞ密教事勝といわんや。況やまたこの文に無畏の改悔を顕し、既に妙法の五字の上に南無の両字を置く。邪を捨て正に帰することまたまた分明なり。諫迷論の意はこれに異なり云云。

一、浮陀哩伽白蓮華 文。

 妙法蓮華の蓮華は即ちこれ白蓮華なり。

一、南天竺の鉄塔の中等文。

 中正論十五十三已下にこの義を評す。往いて見よ。

一、薩と申すは正なり文。

 今、彼の「正」を引いてこの「妙」に同ずるなり。余は皆同文の故に来るなり。

一、妙とは具足等文。

 この下は次に釈、また二あり。初めに妙はこれ六度具足の義なるを明かし、次に「具とは」の下は、妙はこれ十界具足の義なるを顕す。二義異なりと雖も、具足はこれ妙の義なり。

一、六度万行を具足文。

 無量義経に云く「未だ六波羅蜜を修行することを得ずと雖も、六波羅蜜自然に在前す」等云云。本尊抄に云云。十九巻日妙抄に云云。

一、具とは十界互具等文。

 この下は二に、妙はこれ十界互具の義なるを顕す、また二あり。初めに所詮の法体に約し、次に「此の経一部」の下は能詮の文字に約するなり。

一、皆妙の一字を備えて等文。

 意に云く、今経の一部始終は皆これ十界互具を説き顕す。故に一一の文字は皆これ十界互具なり。一一の文字既に妙の一字を備えたるは、皆所具の仏界を顕すなり。故に結して「十界に皆己界の仏界を顕す」というなり。尚仏界を具す、況や余界をや。故に妙楽を引いて「尚仏界を具す、余界もまた然り」等となり。故に知んぬ、能詮の文字は十界互具分明なり。この能詮の一一の文字は所詮の法体の十界互具を説き顕す。所詮の法体の十界互具は能詮の文字に依って顕る。此くの如き十界互具の妙法は四味三教、四十余年の間、未だ聞かざる法門なり。この法門を承らんと請ずるなり。故に「具足の道を聞かんと欲す」等というなり。

 問う、皆妙の一字を備うる相貎は如何。

 答う、凡そ妙法と題するは即ちこれ所詮の法体の十界互具を妙法と名づくるなり。既に別とは総に於て別なるが故に、入文の一一の文字、妙の一字を備えざることなし。故に妙楽の「句句の下に通じて妙名を結す」というは、即ちこの意なり。

一、三十二相・八十種好の仏陀なり文。

 且く世情に准ずるが故に「三十二相」等というなり。実にはこれ自受用身なり。何ぞ色相荘厳の仏陀ならん云云。

 問う、一義に云く、既に「二十八品」という、故に至極は本迹相対して本迹一致なり。故に一々皆仏陀というなりと云云。この義如何。

 答う、今、四十余年の四味三教に望み、通じて二十八品を以て一々皆仏体というなり。故に権実相対、文に在ること分明なり。今「二十八品」とは、通じてこれ能対の法華なり。二十八品の中に於て未だ本迹を分かたず。何ぞ本迹相対といわんや。

一、妙楽云く文。

 弘五上七十三の文なり。

一、仏此れを答えて云く文。

 この下は次に広開なり。「欲令衆生」は九界なり。「開仏知見」は仏界なり。今、分明に十界互具を説き顕すなり。

一、衆生と申すは舎利弗等文。

 先ず別して二乗、闡提を挙げ、次に通じて九界を挙ぐるなり。

一、諸大菩薩等文。

 この下は領解の段なり。「深妙の上法」とは十界互具の妙法なり。

一、伝教大師云く文。

 守護章下の中三十八の文なり。

一、一代の肝心たる一念三千の大綱・骨髄たる二乗作仏・久遠実成文。

 点ずるが如し。一念三千は所詮に約し、記小久成は能詮に約するなり。即ちこれ文意の綱骨、教法の心髄なり。故に「大綱・骨髄」というなり。竹十十二。

 問う、本門は未だ聞かず、何ぞ迹門に於てこれを領解せんや。

 答う、今は通じて法華一部を以て爾前に望む、故に下の意を探取して「久遠実成」等というなり。文句第一の「四節三益」の下、玄第三の「二諦境開麁」の下、及び、第六の「眷属妙」の下等、この例甚だ多し。天台云く「未だしと雖も、是れ本門を取意して説くのみ」と云云。

                                  上巻畢んぬ。

 


 



開目抄下愚記本

「又諸大菩薩」の下は、第二に菩薩等に守護なきの疑いを立つ、また二となす

初めに今昔の仏恩の浅深を明かす、また二

初めに爾前の無恩を明かす

次に「仏・御年」の下は正しく法華の深恩を明かす、また二

初めに迹門、また三

初めに序分

次に正宗、また二

初めに正しく説く、また二

     初めに略解致請、また二

     次に「仏此れを答えて」の下は広開

                        初めに略開

                        次に「舎利弗」の下は致請

次に領解

三に流通下巻の初

次に「而れども霊山」の下は本門O

次に下巻十四「されば諸経の諸仏」の下は意を結す

(第二十八段 起後の宝塔の義を明かす)

一、而れども霊山日浅くして等文。

 この下は本門、また二あり。初めに正しく明かし、次に「此の過去常」の下は脱益の三徳を明かす。初めの正しく明かすにまた二あり。初めに序分、次に「仏此の疑を答えて」の下は正しく説く。初めの序分にまた二あり。初めに遠序、次に「其の上に」の下は近由。初めの遠序にまた二あり。初めに略して分身の儀式を示し、次に「華厳」の下は今昔対弁。

 「霊山日浅くして」とは、八年の中にも始めなるが故なり。而して後の本門を望む意を含むなり。

一、証前の宝塔の上に等文。

 問う、証前・起後の中に傍正ありや。

 答う、起後の本門はこれ正意なり。何となれば、既に三周を説き竟って後、宝塔此に涌現す。故に知んぬ、正しく後の本門を起こさんが為なり。況や薩雲経に准ずるに、多宝は正しく寿量品を請うるをや。故に文八三十一に薩雲経を引いて云く「仏、法華の無央数の偈を説きたまう時に、七宝の塔あって地より涌出す。釈尊を歎じて言いたまわく、我故に来って供養す。願わくは我が金床に坐し、更に我が為に薩雲分陀利を説きたまえと。即ちこれ三周を説いて更に寿量を請ずるなり」と文。

 問う、迹本の証明に傍正ありや。

 答う、本門は正意なり。故に文六四十九に云く「迹門の近事を説いては未だ古証を用いず。若し本門の遠事を説くには、必ず須く先ず昔を証とすべし」と文。

 問う、在滅の中に傍正ありや。

 答う、別して滅後と為すなり。具に取要抄の如し云云。

 今元意を示さば、その熟脱の迹本二門を証するを通じて証前迹門と名づけ、文底下種の要法を引き起すを、正しく起後本門と名づくるなり。此に文底下種の本門を引き起こすは、此に文底下種の本門を証せんが為なり云云。

一、十方の諸仏・来集せる等文。

 問う、釈尊の外、別仏ありや。

 若しありといわば、既に十方の諸仏は皆我が分身といい、若しなしといわば、既に玄文第七に普賢経及び神力品を引いて更に余仏あることを明かす。如何。

 答う、一義に云く、十方等というと雖も、十方を尽すの義に非ず。これ経文に准ずる故に十方というと。謂く、経に云く「我が分身の諸仏、各衆の菩薩に告げん」と。また云く「十方の諸仏皆悉く来集して」等云云。

 今謂く、本門の意に依って還ってこの義を判ずるに、寿量の顕本に則ち二意あり。若し文上の顕本は、久遠実成の本果の釈尊を以て本仏と為す。故に釈尊の外にもまた余仏あり。若し文底の顕本は、久遠元初の自受用身を以て本仏と為す。故に但これ自受用身の一仏なり。これ容易の義に非ざる故に今且くこれを略す。彼の玄文の三世料簡の中の初めに略して立つる中は、これ文底の顕本に依るなり。次に問答料簡の下は、文上の顕本の意なり。宗祖の日眼女抄、興師の五重円等、これを思い合わすべし。

 問う、分身の来集に証前・起後ありや。

 答う、実に所問の如し。今元意を示さん。証前の来集は、迹門の熟益・本門の脱益を成ぜんが為なり。起後の来集は、久遠本因妙の受持、信心の内証を引き起こさんが為なり。前に准じて知るべし。

一、宝塔は虚空等文。

 問う、何事を表するや。

 答う、因果国の三妙を表するなり。謂く、宝塔虚空は本国土妙を表し、釈迦・多宝・分身は本果の三身を表し、人天大会は本因の九界を表するなり。この三妙即ち事の一念三千なり。事の一念三千とは、即ちこれ本門の本尊なり。故に新尼抄に云く「今此の御本尊は(乃至)宝塔品より事をこり」と云云。

一、釈迦・多宝坐を並べ文。

 問う、何事を表するや。

 答う、本地無作の三身を表するなり。文八三十四に云く「境智既に会すれば、則ち大報円満す。釈迦と多宝と同じく一座に座するが如し。大報円なるを以ての故に機に随い応を出す。分身皆集まるが如し」と文。「境智既に会すれば、則ち大報円満」とは、即ちこれ久遠元初の自受用報身なり。自受用報身とは、境智冥合の真仏なり。境はこれ法身、智はこれ報身、境智冥合すれば則ち無縁の慈悲あり。譬えば函蓋相応すれば、則ち含蔵の用あるが如し。含蔵の用は即ち外の物に資す、故に機に随い応を出すなり。故に知んぬ、二仏並座・分身来集は、即ち久遠元初の自受用、報中論三の無作三身を表することを。この無作三身、末法に出現して主師親と顕るるなり。故に御義口伝に云く「無作の三身とは末法の法華経の行者なり」と云云。末法の法華経の行者、豈蓮祖聖人に非ずや。故に当抄の終りに云く「日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり」等云云。若し爾らば実に末法の主師親、無作三身を表するなり。

一、人天大会は星をつらね等文。

 問う、二仏を日月に譬え、時衆を星に譬うる所以は如何。

 答う、今深く意を探るに、応に三義を含むべし。一には勝劣の義を顕す故に、二には一多の義を顕す故に、三には空に処する義を顕す故なり。経に云く「諸の大衆を接して、皆虚空に在きたまう」と云云。

 問う、時衆は空に処す、表する所は如何。

 答う、若し迹門の意は、開権の説を聞いて初めて寂光に入る、故に空に処するなり。若し本門の意は、顕本の説を聞いて皆本地の娑婆に住す、即ち寂光の故なり。記八本四十七に「釈迦久しからずして本を顕し、亦先ず空に居して以て之を表す」と云云。即ちこの意なり。彼の下は啓運抄に理の顕本に約するは恐らく不可なり。

一、分身の諸仏は大地の上等文。

 問う、時衆すら尚空に居するに、分身何ぞ地に処するや。

 答う、本尊抄に云く「迹仏迹土を表する故なり」と云云。記八本四十もこれに同じ。

一、華厳経の蓮華蔵等文。

 この下は次に今昔対弁、また二あり。初めに昔を簡び、次に「これ寿量品」の下は分身の希奇を明かす。初めの昔を簡ぶにまた二あり。初めに別して釈し、次に総じて結す。

一、十方・此土の報仏・各各に国国等文。

 記八本三十四に云く「彼の華厳経は但十方互に主伴と為すと云うのみにして、仍伴は是れ仏の分身と云わず。文中の諸品には皆諸の菩薩を集むと云いて、諸の仏を集むとは云わず」(取意)等云云。今即ちこの記文の意なり。

一、大日経・金剛頂経等文。

 大日経の八葉九尊、金剛頂経の三十七尊なり。具に啓蒙及び註中の如し。

 問う、御義口伝上巻に八葉九尊を明かして云く「東方阿●、南葉宝生仏、西方無量寿、北方不空成就仏」と云云。これ大日経の四仏に非ずや、如何。

 答う、これはこれ金剛頂の三十尊の中の四方の四仏なり。故に知んぬ、蓮師は両経の意を合してこれを釈することを。

 問う、御義口伝に八葉九尊を引いて、以て当体蓮華を釈す。この義如何。

 答う、啓運抄第二三十に云く「此の義は真言の心なり。当宗としては之を用うべからず」と云云。

 今謂く、御義口伝の意は但これ彼を借りて此れを顕すのみなり。五大院の菩提心義第一に云く「一切衆生の胸間の肉団は其の形八分なり。此の八分を観て八葉の蓮と為す。上に九仏を開く」等云云。明匠口決第四二十一に云云。御義口伝に云く「此の胸の間なる八葉の蓮華を蓮華と云い、上なる九尊の体を妙法と云うなり。天台の事相とは此くの如き習なり。是れ最大深秘の法門なり。」等云云。豈彼を借りて此れを顕すに非ずや。録外二十三四、また諫暁八幡抄二十七二十四に云く「八葉は八幡・中台は教主釈尊なり」と云云。

一、総じて一切経の中に等文。

 この下は総じて結するなり。

(これ寿量品の遠序)

一、これ宝塔品は寿量品の遠序なり文。

 この下は二に分身の希奇を明かすなり。

一、所化・十方に充満等文。

 啓運抄三十一九に「変化する所の分身の仏なり」等云云。この義は不可なり。但これ所化の衆生なり。啓蒙の義は可なり。

一、分身既に多し等文。

 玄九六十三に云く「此の次、文に云く、荷積して池に満たすの譬の如し」等云云。

一、平等意趣等文。

 「平等意趣」もまた四義を含む。一には字の平等、自他を仏と名づくること同じき故に。二には語の平等、微妙にして言語同じき故に。三には身の平等、色相荘厳にして同じき故に。四には法の平等、諸仏の功徳同じき故に自他同じというなり。

 唱法華題目抄十一四十四に云く「諸経には平等意趣をもつて他仏自仏とをなじといひ(乃至)実には一仏に一切仏の功徳をおさめず今法華経は(乃至)十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり」文。

(第二十九段 地涌出現を明かす)

一、其の上に地涌千界等文。

 この下は次に近由、また二あり。初めに涌出、次に「弥勒」の下は疑問。初めをまた二と為す。初めに総じて地涌を歎じ、二に「此の千世界」の下は別にして上首を歎ずるなり。

一、普賢文殊等文。

 これ今経始終の菩薩を挙ぐるなり。

一、宝塔品に来集する大菩薩文。

 これ分身の仏に随って来集せる諸菩薩なり。

一、大日経等の金剛薩●等の十六の大菩薩等文。

 「大日経等」という等の字は、金剛頂経を等取するなり。文意に云く、大日経の四菩薩は金剛頂経の十六の大菩薩等なりと。註には大日経の十九金剛の文を引くも、この義爾らざるなり。啓蒙の義もまた不足なり。

一、●猴の群がる中に等文。

 止五二、弘五上十八、甫註十三二十四、仏蔵第一巻。

一、山人に月卿等文。

 「山人は或は山左に作り、或は山賤に作る。月卿は三位已上なり。四位已下は雲客なり」(取意)。職原抄に云く「天子を日に譬うる故に公卿を月卿と名づけ、殿上人を雲客と云うなり」(取意)。

 問う、本化・迹化、何の故に尊卑ありや。

 答う、天台云く「法妙なるが故に人尊し」等云云。妙楽の記四本四十一に云く「仏世すら尚乃ち人を以て法を顕す」等云云。故に知んぬ、法に勝劣ある故に人に尊卑あり。今、人の尊卑を以て法の勝劣を顕すなり。

一、此の千世界等文。

 この下は別して上首を歎ず。当に知るべし、上首に両重あり。所謂四大菩薩はこれ上首、六万恒沙はこれ眷属。六万恒沙はこれ上首、無量千万億はこれ眷属なり。故に四大菩薩は上首の中の上首なり。

一、所謂・上首等文。

 問う、当流口伝に総体の地涌、別体の地涌という。証文は如何。

 答う、甫記九四に云く「上行は我を表し、無辺行は常を表し、浄行は浄を表し。安立行は楽を表す。有る時は一人に此の四義を具す。二死の表を出ずるを上行と名づけ、断常の際を凜ゆるを無辺行と称し、五重の垢累を超ゆるを浄行を名づけ、道樹にして徳円なるを安立行と云う」と文。

 文意は、二死の裏に没するは即ちこれ下る義なり。二死の表に出ずるは豈上る義に非ずや。二死の裏に没すれば、即ちこれ繋転不自在なり。二死の表に出ずれば、則ち解脱自在なり。故に上行は我を表するなり。断常を踰えて辺際無きは即ちこれ中道常住なり。故に無辺行は常を表するなり。五重の垢累を超ゆれば、即ちこれ清浄なり。故に浄行は浄を表するなり。道場菩提樹下にして万億円満の故に安立に成立す。故に安立行は楽を表するなり。これはこれ別体の地涌なり。「或る時は一人に此の四義を具す」とは、即ちこれ総体の地涌なり。当に知るべし、在世はこれ別体の地涌なり、末法はこれ総体の地涌なり。故に「或る時」という。或る時というは、即ち末法を指す。これ内鑒冷然の意なるのみ云云。仍人法の相伝あり云云。

 問う、またこの四菩薩は地水火風の四大という証文は如何。

 答う、台家の学者・尊舜の止観見聞五に云く「地涌の四大士は即ち四大なり。地大は万物を育て、清水は塵垢を洗い、火大は寒苦を防ぎ、涼風は九夏の熱を涼す。皆是れ本化の慈悲、本覚の所施なり」と文。この文の意、能く須くこれを案ずべし。豈「唯我一人のみ能く救護を為す」に非ずや。

 問う、四大菩薩を以て四大に配する相は如何。

 答う、火はこれ空に上る、故に上行は火大なり。風は辺際無し、故に無辺行は風大なり。水はこれ清浄なり、故に浄行は水大なり。地はこれ万物を安立す、故に安立行は地大なり。

 問う、四菩薩の行の字は如何。

 答う、御義口伝上巻終に云く「火は物を焼くを以て行とし水は物を浄むるを以て行とし風は塵垢を払うを以て行とし大地は草木を長ずるを以て行とするなり四菩薩の利益是なり、四菩薩の行は不同なりと雖も、倶に妙法蓮華経の修行なり」と文。

 宗祖の云く「地水火風空(乃至)是則ち妙法蓮華経の五字なり、此の五字を以て人身の体を造るなり」等云云。また云く「此の良薬を持たん女人等をば此の四人の大菩薩・前後左右に立そひて・此の女人たたせ給へば此の大菩薩も立たせ給ふ乃至此の女人・道を行く時は此の菩薩も道を行き給ふ」等云云。此等の文、能くこれを思うべし。

一、虚空・霊山の諸菩薩文。

 問う、虚空の諸菩薩とは応にこれ「諸の大衆を接して、皆虚空に在きたまう」の諸菩薩なるべし。霊山の諸菩薩とはこれ何なる菩薩ぞや。

 答えて云く、応にこれ宝塔品に来集せる分身の侍者なるべし。

 問う、五百問論下十八に「分身の侍者は空に居す」といえり。今何ぞ霊山の諸菩薩といわんや。

 答う、分身既に霊山に在り。侍者豈虚空に住せんや。況やまた下の品に涌出の菩薩を見て各その仏を問うに、豈空より地に向かってこれを問うべきや。故に知んぬ、分身の侍者は仍霊山に居することを。

 但し五百問論の意は、分身は既に高座あり、侍者は則ち高座なし、故に分身の高座の量に等しく五由旬の空に居すべしとなり。故に空に居すというなり。然りと雖も、諸の大衆を接して皆虚空に在かんことを望む。仍これ霊山なり。故に今は霊山の諸菩薩というなり。当に知るべし、この一句は総じて比校なり。

一、十六大菩薩文。

 問う、前後皆四数を挙げて比校す。今何ぞ爾らずや。

 答う、今文もまたこれ四数なり。謂く、東方の四菩薩、南方の四菩薩、西方の四菩薩、北方の四菩薩なるが故なり。文は只これ略して十六というのみ。

一、海人が皇帝に向い奉る等文。

 「海人」は卑賤の極、「皇帝」は尊貴の極なる故なり。

一、商山の四皓文。

 「四皓」の事、具に註及び啓蒙の如し。また啓蒙三十一六十三。

一、弥勒菩薩・心に念言等文。

 この下は疑問、また二あり、初めに疑念、次に「あまりの不審さに」の下は発問なり。応に言に発すべき事を、先ず心中にこれを念ず、故に「念言」というか。

一、雨の猛を見て等文。

 文九五に云く「雨の猛を見て竜の大なるを知り、華の盛んなるを見て池の深きを知る。応の虚空に満つるを見れば、則ち真の法界に彌つるを知るなり」と文。

 この本文の意は、菩薩の応の多きを見れば仏の真身の久しく満つることを知るなり。妙楽のいう「成仏既に久しければ化迹必ず多し」云云とは、即ちこの意なり。若し当文の意は、諸菩薩の尊貴なるを見て師の仏の仍応に尊貴なるべきを知るなり。故に転用するに似たり。

一、あまりの不審さに等文。

 この下は次に発問なり。

一、仏力にやありけん等文。

 問う、経文に仏加の相を見ず、如何。

 答う、大論五十三二十六に云く「弥勒等の諸菩薩・梵天王等、仏意を承けざれば尚問を得るあたわず。何ぞ況や須菩提をや」等云云。故に知んぬ、諸の菩薩の発問は通じて皆仏力に由ることを。況やまた今経は如来出世の大事なり。仏力に由らずしてなんぞ問うことを得べけんや。例せば大楽説の如し。

 文八三十八に云く「楽説、仏の神力を承くるとは、塔を開かんと欲せば、須く仏を集むべし。仏を集むれば即ち付属す。付属すれば即ち下方を召す。下方出ずれば即ち応に近を開して遠を顕すべし。此れは是れ大事の由なり、豈仏の神力の問わしむるに非ずや」と云云。

 楽説既に爾なり、弥勒もまた然なり。遠由尚爾なり、況や近由をや。何に況や開近顕遠は則ち文底秘沈三箇の秘法、また応にこれを顕すべし、豈大事の中の大事に非ずや。寧んぞ仏力に非ずしてこれを問うを得べけんや。故に今、「仏力」というなり。

一、無量千万億等文。

 これ師主の住処・因縁を問う。その文見るべし。

     (起)       (識)

一、「智人は智を知る蛇は自ら蛇を知る」等文。

 記九本二十の文なり。若し本文に在っては、これ徴起の文なり。妙楽、この下に不知の義を答出せり。然りと雖も、宗祖の意はこの徴起の文の裏を以て直ちに迹化の不知の義を顕すなり。文意に云く、智人は智を知り、蛇は自ら蛇を識る。迹化の愚人、豈本化を知らんや等云云。具に撰時抄下二十三に今文の意を釈するが如し。啓蒙の義は不可なり。

(第三十段 略開近顕遠)

一、仏此の疑いを答えて等文。

 この下は次に正しく説く、また二あり。初めに略開近顕遠、次に「其の後、仏」の下は広開近顕遠。初めの文にまた二あり。初めに略開近顕遠、次に「此に弥勒」の下は動執生疑なり。

一、阿逸多・汝等等文。

 仏の答の大旨は、涌出品の中に於ては但師主の住処を答えて、未だ因縁の大事を明かさざるなり。今その中に於ては但師主に答うる文を引くなり。或は住処の義は自顕すべき故に且くこれを略するか。

一、我伽耶城菩提樹下に於て等文。

 若し如来の密意を尋ぬれば、即ちこれ本地の伽耶なり。然りと雖も、時衆は知らずして仍今日の伽耶と謂うなり。この文にまた相伝あり云云。

一、爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ等文。

 問う、地涌の下種は何れの時に在りや。

 答う、記一本三十三に云く「地涌は本因果種」と云云。既に本本果在って発心下種なり。必ず本因あって聞法下種たらん。これはこれ台家の意なり。また当流の相伝あり云云。

一、我久遠より来等文。

 この文は正しく略開近顕遠なり。

 凡そ地涌千世を本化の菩薩と名づくることは、本地に於て教化したまう菩薩なるが故なり。若しその文拠を尋ぬれば、即ち今文これなり。謂く「我久遠より来」とは即ちこれ本なり。「是等の衆を教化せり」とは即ちこれ化なり。故に本化というなり。また愚案十七二十五に云云。

一、此に弥勒等の大菩薩文。

 この下は二に動執生疑、また二あり。初めに疑念、次に「されば弥勒」の下は発問。初めの疑念にまた二あり。初めに正しく明かし、次に例を引く。

一、大宝坊・白鷺池等文。

 大宝坊は大集経の説処なり。

 大集経第五初に云く「爾の時世尊、故に欲色二界の中間、大宝坊中の師子座上に在って、諸の大衆に囲●れられて法を説く」等文。また第一巻に云く「娑婆世界の大宝坊中」等云云。啓蒙四終、見るべし。

 問う、何ぞ大宝坊と名づくるや。

 答う、第一巻に云く「其の坊四匝、白瑠璃樹あり」云云とは、即ちこの意なり。「白鷺池」とはこれ般若経の四処十六会の中の一処なり。四処とは一に鷲峯山、二には逝多林、三には他化自在天、四には白鷺池なり。大般若経五百九十三に云く「如是我聞、一時薄伽梵は王舎城の竹林園の中の白鷺池の側に住して大●芻衆千二百五十人と倶なりき」等云云。「薄伽梵」とは即ち仏の事なり。三字倶に濁音なり。太平抄二十五。

 問う、既に四処あり。何ぞ別して白鷺池を挙ぐるや。

 答う、これ四処の終りなるが故なり。況やまたその名、雅妙なるが故なり。況やまた般若経を或は白鷺池経とも名づくるが故なり。

一、しかのごとし文。

 和語記に云く「しかじかとは、これこれと云う意なり」と云云。今謂く「しか」は「さ」に切るなり。故に「さのごとし」という意か。常に「しかれば」といい、「されば」というと同意なり。

一、日本の聖徳太子等文。

 この下は二に例を引く、自ら二あり。初に師の少くして弟子の老いたると、次に父の少くして子の老いたるとなり。今此に例を引くは、恐らく深意あらん。謂く、本経文に父の少くして子の老いたるの譬を以て、師少く弟子の老いたるを疑う。今初めの文は、所譬の師少く弟子老いたるを例顕し、次の文は能譬の父少なくして子老いたるを例顕するなり。

 問う、父少くして子老いたるの譬は発問の下に在り。何ぞ今、疑念の中にこれを明かすや。

 答う、将にこれを言に発せんとするに、豈先ず心中にこれを念ぜざらんや。

一、六歳の太子等文。

 問う、註に釈書十五初を引いて「太子は敏達二年癸巳正月朔に誕ず。同六年冬十月百済国、仏の経論等を貢ぐ」云云。「私五歳の時なり」と云云。

 答う、太子伝上に「敏達元年壬辰正月朔に誕ず」と云云。故に六歳の時なり。今この説に拠るなり。啓蒙等も爾なり。また百済の日羅を指して「吾が弟子」ということは、太子十一歳の時なり。

 (外典に申す)

一、外典の中等文。

 註に云く「未だ出処を知らず」と云云。

一、されば弥勒菩薩等疑つて云く等文。

 この下は次に発問、また二あり。初に正しく明かし、次に「一切の菩薩」の下は、これ一代第一の疑なることを示す、また三と為す。初に標、次に「無量義」の下は釈、三に「されば仏・此の疑」の下は結前生後云云。

一、此の疑・第一の疑なるべし等文。

 風大なれば波大なり。声大なれば響大なり。疑第一なれば則ち悟もまた第一なり。大疑の下には大悟ありとはこの謂か。

一、歴劫・疾成等文。  四十余年の「歴劫」と今の無量義の「疾成」となり。

一、耆婆月光に・をどされて等文。

 註及び啓蒙の如し。また観経疏二十三に云く「剣を接てて威を現じ、以て王の忿を息む」等云云。この文に仍明らかなり。

一、されば観経を読誦せん人等文。

 玄私六三十四に云云、往いて見よ。弘二末三十四に云く「法華を除く外の余の一切経には、但生生悪を為して相悩むと云えり」等云云。玄五七十一に云く「資成即ち業道とは、悪は是れ善の資なり。悪無ければ亦善も無し乃至提婆達多は是れ善知識、豈悪は即ち資成なるに非ずや」と云云。これ今経には善悪不二・逆即是順の妙旨を明かす故なり。

(第三十一段 広開近顕遠を示す)

一、其の後・仏等文。

 この下は広開近顕遠の文、また二と為す。初めに遠きに迷う謂わを明かし、次に「然るに善男子」の下は近を破し遠を顕す云云。

一、皆今の釈迦(乃至)謂えり等文。

 問う、若し経文は但近成に執するの相なり。何ぞ一切の菩薩の所知を挙ぐるといい、また遠きに迷う謂れを明かすと云うや。

 答う、但近成を知る、故に即ちこれに執するなり。近成に執す、故に即ち遠本に迷うなり。故にその言は殊なりと雖も、その義はこれ同じなり。

一、然るに善男子等文。

 文九三十二に云く「『然るに善男子、我実に成仏して已来』の下は、執を破し迷を遣り、以て久遠の本を顕すを明かす」と文。

 「執を破し迷を遣る」とは、この「然」の字の意なり。「以て久遠を顕す」とは「我実成仏」の文意なり。凡そ「然るに」というは、上を領し下を生ずるの辞なり。上を領する故に執迷といい、下を生ずる故に破遣というなり。若し上根利智の輩は、但この「然」の一字を聞くとも、即ち応に迹に執し本に迷うを破遣し、以て如来の久遠の本を了すべきなり。有智の君子、深くこれを思うべし。

一、我実に成仏してより已来文。

 いう所の「我」とは、今日の迹仏なり。「実に成仏して」とは、久遠の本仏なり。故に迹は即ちこれ本にして開迹顕本の意なり。玄文第七二十六に云く「因果等を明かすに皆迹仏に約す。本を指すとは是なり」と。啓蒙の義、理を尽すに非ざるなり。

 またまた、当に知るべし、この文は正しく本果の三身を顕すなり。且く玄文第七の本果妙の下の意に准ずれば、我とは法身、仏とは報身、已来は応身なり。これ即ち文上の寿量品の意なり。

 若し内証の寿量の顕本に約せば、久遠元初の自受用、報中論三の無作三身なり。故に御義口伝に云く「我とは法界の衆生なり(乃至)実とは無作三身の仏なりと定めたり」と云云。また三大秘法抄にこの文を引き、事の一念三千を証す。御義口伝に云く「伝教云く『一念三千即自受用身・自受用身とは尊形を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身と云う事なり』」と云云。学者深くこれを思え、学者深くこれを思え、無作三身とは、即ちこれ末法の法華経の行者なり等云云。

一、一言に大虚妄なりと・やぶるもんなり文。

 「我実成仏」の一言を以て、始成正覚の諸文を破るなり。始成正覚を破れば四教の果破る。四教の果破れば四教の因破れぬ。故に爾前・迹門の十界の因果を打ち破るなり。具に上巻の如し。また二十三二十二に。

 問う、一流の義に云く、但始成の辺を破るのみにて迹門の法体を破らずと、この義如何。

 答う、迹門の法体は、諸法実相・一念三千を出でず。妙楽の云く「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如、十如は必ず十界」等云云。故に知んぬ、十界の因果を打ち破るは、即ちこれ諸法実相・一念三千を打ち破ることを。何ぞ法体を破らずといわんや。況やまた能説の教主既に破らる。所説の法体寧んぞ破られざらんや。唐決上十に云く「仏若し是れ権ならば、所説の法も亦応に権なるべし」と云云。国家論六十九、勘文抄二十八等に云云。



 問う、また一流の義に云く、今一言を以て迹門等を破ることは、これ機情昇進に約す。若し本化の知見に約せば本迹不二の内証なりと云云。この義如何。  答う、記九本二に云く「然も本の弟子は元近迹を知れり。今の弟子は猶遠本に迷えり」等云云。文の意は本化の菩薩は只遠本を知るのみに非ず、また元より近迹を知れり。故に本迹並びに明らかなり。今の弟子は近迹を知らざるのみに非ず、猶また遠本に迷えり。故に遠近倶に迷えり云云。天月を識らずして但池月を観るのみとは、今の弟子の所見なり。本より迹を垂るるは月の水に現ずるが如しとは、当に本化の知見なるべきなり。故に本化の知見は、本迹並びに明らかにして、天月・水月倶に迷わず。何ぞ本迹不二の内証といわんや。

(第三十二段 脱益の三徳を明かす)

一、此の過去常顕るる時等文。

 この下は本門第二に脱益の三徳を明かす。自ら三あり。初めに十方の諸仏は尚釈尊の眷属なることを明かし、次に「仏は久遠」の下は迹化・他方等も尚釈尊の御弟子なることを明かし、三に「而るを天台宗」の下は、釈尊は正見下種の父なることを明かすなり。初めの十方の諸仏もまた釈尊の眷属なることを明かすに、また二あり。初めに標、次に「爾前・迹門」の下は釈。

一、諸仏皆釈尊の分身なり文。

 釈尊はこれ天上の月の如し、分身は万水に浮ぶ影の如し等云云。二十八二十一、九五。

一、爾前・迹門の時等文。

 この下は釈、また二あり。初めに正しく釈し、次に所領の土を明かす。

一、諸仏を本尊とする者等文。

 取要抄六に云く「或る人師は釈尊を下して大日如来を仰崇し或る人師は世尊は無縁なり阿弥陀は有縁なり、或る人師の云く小乗の釈尊と或は華厳経の釈尊と或は法華経迹門の釈尊と」と云云。

一、今華厳の台上等文。

 いう所の「今」とは、即ちこれ顕本の時なり。爾前・迹門の時は、譬えば六国の諸侯、各々王と称するが如し。今顕本の時は、六国皆秦に帰するが如し。故に諸の仏は皆釈迦の眷属というなり。

      (尊)
一、諸仏は皆釈迦の眷属文。

 玄文第六に云く「性視愛の故に眷と名づけ、交相信順するが故に属と名づく」と云云。これ所愛能順を以て眷属と名づくるなり。所愛能順は即ちこれ子なり、即ち弟子なり、即ち所従なり。今は所従を取って眷属というなり。

 取要抄五に云く「教主釈尊は既に五百塵点劫より已来妙覚果満の仏なり大日如来・阿弥陀如来・薬師如来等の尽十方の諸仏は我等が本師教主釈尊の所従等なり、天月の万水に浮ぶ是なり」と文。当に知るべし、十方の諸仏は尚釈尊の所従なり。何に況やその已下をや云云。二十八二十を見合すべし。

一、仏三十成道文。

 この下は所領の土を明かす、また二あり。初めに所知の前後を示し、次に「今爾前・迹門」の下は所説の前後を示す。

一、大梵天王等文。

 取要抄に云く「釈尊と梵王等と始めて知行の先後之を諍論す爾りと雖も一指を挙げて之を降伏してより已来梵天頭を傾け魔王掌を合わせ」等云云。一指を挙げてこれを降伏し奪取したまうなり。今、久遠実成顕れぬれば、実にこれ五百塵点劫の已来、この娑婆世界の本主にて在すなり。

一、今爾前・迹門等文。

 いう所の「今」とは、またこれ顕本の時なり。今の字勢は正しく「打ちかへして」已下に冠するなり。

一、此の土は本土なり等文。

 娑婆即寂光の法門は但本門に限るなり。

 本尊抄十六に云く「寂滅道場・華蔵世界より沙羅林に終るまで五十余年の間・華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養・浄瑠璃・密厳等なり能変の教主涅槃に入りぬれば所変の諸仏随つて滅尽す土も又以て是くの如し。今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず所化以て同体なり此れ即ち己心の三千具足・三種の世間なり迹門十四品には未だ之を説かず法華経の内に於ても時期未熟の故なるか」と文。

 当に知るべし、「本土」は常住の故に浄土なり、「迹土」は無常の故に穢土なり。

一、仏は久遠の仏等文。

 この下は二に迹化・他方等も尚釈尊の御弟子なることを明かす、また二あり。初めに標、次に「一切経」の下は釈。

一、一切経の中に等文。

 この下は釈、二あり。初めに称歎、次に「華厳」の下は釈。初めの称歎の文は但寿量の一品を以て一切経の肝心と判ずるなり。その文、分明なり。何ぞ横計すべけんや。

 問う、何ぞこの下に於て別してこれを称歎するや。

 答う、師弟を顕す義、今文の正意なり。謂く、迹化・他方の大菩薩等、爾前四十余年の間は仏の御弟子に非ず。今経迹門に来至して始めて未聞の法を聞き、御弟子と成るに似たりと雖も、仍これ霊山日浅く、夢の如くにして寤めず。今本門に至って正しく御弟子の義を顕すなり。故にこの下に於て、別してこれを歎ずるなり。

 問う、何ぞ今四喩を挙ぐるや。

 答う、或はこれ主師親の三徳を表するか。日月は師を表し、大王は主を表し、珠はこれ母を表し、神は父を表するか云云。

一、華厳・真言等文。

 この下は釈、また二あり。初めに他を破し、次に「仏・久成」の下は正しく釈す。

一、一往・権宗等文。

 問う、何ぞ一往等というや。

 一義に云く、彼の所依の経は理を尽すの法に非ず、故に一往というなりと。

 一義に云く、此等の人師、再住は帰伏する故に一往というなりと。

 一義に云く「且は自の依経」の「且」の字は、一往の字と同意なりと云云。

 今謂く、文意に云く、此等の人師、「自の依経」に執して再住の実説と為して、以て宗旨を立つ。然るに仏説は爾らず。彼等の依経は、暫く用ゆるも還び廃す、一往の権経成り。故に一往の権宗というなり。

一、或は云く、華厳経の教主は報身等文。

 記四末六十五に云く「世の講説の者の、法華経は応仏の所説なりと●る。当に知るべし、法華は報仏の所説なり。又即ち法仏の説を成ず」と云云。

 当に知るべし、迹門の教主は応に即ち法身なり。微妙浄法身具相三十二はこれなり。本門の教主は久遠実成の報身なり。「我実成仏已来無量無辺」はこれなり。豈華厳隔小の始成の報身と同じからんや。

一、或は云く、法華経寿量品の仏等文。

 これ二教論の上七、宝●論の下第八の一道無為心の下に出でたり。安然の教時義の一五十一具にこの義を破するなり。啓蒙の中にこれを引き、処々にこれを示す云云。

一、夫れ雲は月をかくし等文。

 外典に云く「日月は明らかならんと欲すれども、浮雲は之を蓋う。王者は明らかならんと欲すれども、讒臣は之を蔽う」と云云。

一、天台宗の人人もたぼらかされて金石・一同等文。

 これ天台宗の中の一類を挙げ、且本迹迷乱の一失を破するなり。

一、仏・久成等文。

 この下は正しく釈す、また二あり。初めに拒んで道理を明かし、次に「今久遠実成」の下は釈成なり。初めの文にまた二あり。初めに通じて迹化等に約し、次に「しかれば教主」の下は別して諸天に約す。初めの通じて迹化等に約すにまた二あり。初めに標、次に「月は影」の下は釈。釈をまた三と為す。初めに譬、次に「仏・衆生」の下は正しく釈し、三に「例せば諸」の下は例を引くなり。

一、しかれば教主釈尊等文。

 この下は次に別して諸天に約す。

一、今此の世界の梵帝等文。

 啓蒙の中に二義あり、梵帝結縁を二類と為す義は不可なり。梵帝即結縁の義は然るべし。而るに「今まいり」を以て主君と為すはこれ珍謬なり。今謂く、文意に云く、仏始成の仏ならば梵帝等はこれ四十余年の仏弟子、法華結縁の衆なり。猶今参りの如し。故に主君の仏に思い付くべからず。久住の菩薩にも隔てらるべしと云云。

一、久遠実成あらはれぬれば等文。

 この下は釈成、また二あり。初めに正釈、次に「諸仏・釈迦」の下は結成云云。

一、諸仏・釈迦如来の分身等文。

 一義に云く、諸抄の中に准ずるに諸仏菩薩は皆、釈尊の分身なり。況や今の文勢は、諸仏、釈尊の分身なる上は、諸仏の所化は申すに及ばず、皆釈尊の分身なりと云云。この義は今文の意に非ざるなり。

 一義に云く、諸仏、釈尊の分身たる上は、諸仏の所化は申すに及ばず、皆釈尊の御弟子なり。譬えば諸侯、帝王の臣下と為れば、その陪臣は勿論これ臣下なるが如きなりと。この義は理を尽くすに非ず、況や分身の文消し難し云云。

 今謂く、この文の意を知らんと欲せば、須く十方に分身する所以を暁るべし。何ぞ十方に分身するや。謂く、結縁の衆生の十方に充満する故なり。故に東方に分身して薬師と示現し、西方に分身して弥陀と示現す。我が初めて結縁の所化を利益したまうなり。この時、当分に或は弥陀の弟子と名づけ、或は薬師の弟子と名づく。然りと雖も、その根源を尋ぬれば本これ釈尊の御弟子なり。爾前・迹門には但当分を明かし、未だ根源を明かさず。今、本門に至ってその根源を明かして御弟子というなり。

 上の文に云く「又始成の仏ならば所化・十方に充満すべからざれば分身の徳は備わりたりとも示現して益なし」と云云。また云く「仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁うすければ八相を現ぜず」云云等。

 此等の文意、能くこれを了すべし。故に知んぬ、諸仏、釈尊の分身たる上は、諸仏の所化は申すに及ばず、皆釈尊の御弟子なることを。

 然れば則ち、釈尊久遠已来、和光同塵して結縁したまう故に所化十方に充満す。この故に十方に分身して結縁の衆生を利益す。故に迹化・他方の大菩薩も、実にこれ久遠已来、影の形に随うが如き御弟子なり。豈仏恩深重に非ずや。

 然るに爾前・迹門にはその根源を隠し、但当分を明かすのみなり。故に最初下種の師を知らず。何に由ってか真実の断惑を究めんや。但本門の寿量品に至って方にその根源を顕す。故に始めて最初下種の師を知って、仏の深重なることを感じ、本地難思の境智の妙法を信ず。故に皆名字妙覚の悟を開くなり。寿量一品、豈一切経の肝心に非ずや。何ぞ天の日月等に異らんや。迹化・他方すら尚釈尊の御弟子なり、況やこの土の衆生をや云云。  古来の末師はこの旨を暁らず、寿量の規模を隠して釈尊の深恩を没し、当抄の前後に迷いて蓮師の本意を失い御書を讃すと雖も、還って御書の心を死す。愍むべし、悲しむべし云云。

 信者当に知るべし、釈尊既に爾なり、蓮師もまた然なり。我等正見ならば、蓮祖の弟子なり。若し信行退転せば則ち三界に流転して、また吾が祖をして五百塵点劫に疲労を生ぜしめんか。能く思い、能く勤めよ。応に信行を励むべし。一生空しく過して万劫に悔ゆることなかれ云云。

一、何に況や此の土等文。

 意に云く、他土の古菩薩すら尚爾なり。何に況やこの土の劫初已来の日月等をやと。

(第三十三段 本尊に迷うを呵責し正しく下種の父を明かす)

一、而るを天台宗等文。

 この下は三に釈尊は正しくこれ下種の父なることを明かす、また二あり。初めには非を弁じて是を顕し、次に「伝教」の下は種を弁じて父を顕す。初めの文にまた二あり。初めには本尊に迷うを以て父を知らざるを示し、次に「寿量品をしらざる」の下には不知恩の失を呵責す。いう所の「而るを」とは、既にして次上に、釈尊はこれ最初下種の師なることを明かし、この意を承くるが故に「而るを」というなり。既にして下種の師なり。故に即ちまた父の義を成ず、故にこの下は父の義に約するなり。

 問う、所破の中に天台宗を除く、意は如何。

 答う、若し彼の宗の中に「金石・一同」の思を成さば、人々は即ちこれ所破なり。具に上に弁ずるが如し。故に知んぬ、今はこれ正轍の人に約することを。此に且く両義を示す。

 謂く、一には天台大師の法華三昧の意は、但法華経を以て本尊と為す故なり。本尊問答抄十八に云く「日本国に十宗あり乃至此の宗は皆本尊まちまちなり所謂・倶舎・成実・律の三宗は劣応身の小釈迦なり、法相三論の二宗は大釈迦仏を本尊とす華厳宗は台上のるさな報身の釈迦如来、真言宗は大日如来、浄土宗は阿弥陀仏、禅宗にも釈迦を用いたり、何ぞ天台宗に独り法華経を本尊とするや」と云云。この経、今の文相に相似する故なり云云。

 二には伝教大師の根本中堂の本尊は、実にはこれ久遠実成の釈尊なるが故なり。本尊抄終に云く「伝教大師粗法華経の実義を顕示す然りと雖も時未だ来らざるの故東方の鵝王を建立して本門の四菩薩を顕わさず」と云云。

 「粗法華経の実義を顕示す」とは、山家伝法頌に云く「我が此の法華宗は久遠実成の釈迦牟尼仏、実報土の中にして説く」と云云。これ久遠本果の釈迦牟尼仏を以て本尊と為すなり。然りと雖も、時の未だ来らざるが故に、その御名を秘して薬師と号するなり。これ寿量の大薬師を表するが故なり。故に如意珠を持つなり。

 等海集十一五に云く「山家大師御誕生の時、左の手に法華経を握り、右の手に三寸の金薬師を持てり。是れ宿生の御本尊なり。之を以て本と為して中堂の薬師仏を造るなり。若し常の薬師は瑠璃壺を持ちたまうに、中堂の薬師は如意珠を持つ。是れ則ち万法円備の法華経なり。故に薬師は即ち法華経の教主なり。寿量品に医師の譬を説く文これなり」(略抄)と。

 略秀句中に云く「爰を以て予、寿量品の教主を秘し、薬師の像を造って延暦寺の本尊と為す。常図の薬師に非ざる故に此の本尊を礼拝す。文に三世常住浄妙法身摩訶毘盧遮那と誦し、亦釈迦如来妙法教主と名づけ、転時に秘称して薬師瑠璃光如来と名づく」と文。「転時に秘称して」とは、等海集十一八に云く「正法転じて像法の時の教主と云うことなり」と文。文私二十四、書註二十四、啓蒙七九十、同十九七十六、同二十五十、往いて見よ云云。

 今謂く、人法両義の中には後義、当抄の大意に符すなり。

一、天尊の太子が迷惑等文。

 或人問うて云く、此等の譬の文に依って、父徳を顕すと為んや。

 この問は浮浅なり。当に知るべし、譬の文は只これ本尊に迷うを顕すなり。それ本尊に迷うを弁じて、我が父を知らざるを示すなり。故に譬の文に依って父徳を顕すと謂うには非ず。然りと雖も、その義は終に違わず。能くこれを思うべし。

一、盧舎那の大日等文。

 「舎那」とは即ちこれ他受用報身なり。「大日」というは、真言家には法身と為すなり。然りと雖も、実にはこれ他受用報身なり。故に五大院の教時義第一に云く「真言の大日は他受用に住す。これを以て門と為し、内証を開顕す」等云云。故に知んぬ、小乗の三宗は三蔵の劣応身、法相・三論は通教の勝応身、華厳・真言は別教の他受用身なることを。故に三仏離明の権仏、始成無常の虚仏なり。

一、釈迦の分身の阿弥陀等文。

 問う、若し分身ならば、則ち応にこれ有縁なるべし。若し無縁ならば、則ち応に分身に非ざるべし。

 答う、一義に云く、これ分身の故に即ち無縁なり。謂く、既に分身して西土の教主と成る、故にこの土の教主に非ず。故にこの土に於ては即ち無縁と成るなりと。

 一義に云く、文意に云く、釈迦分身の阿弥陀を有縁の仏と思いてこれを敬い、弥陀本仏の教主釈尊を無縁仏と思いてこれを捨てたりと云云。

 取要抄に云く「或る人師は世尊は無縁なり、阿弥陀は有縁なり」と云云。これを思い合わすべし。

一、禅宗は下賤の者等文。

 問う、本尊門答抄に云く「禅宗にも釈迦を用いたり」と云云。豈相違に非ずや。

 答う、彼の宗は、釈尊を安置し、経巻を積聚して仏を避け、経を下す、故に相違に非ざるなり。

 問う、諸門流の本尊は如何。

 答う、愚案十一終に云く「開迹顕本の教主を或は報身と云い、或は応身と云う。門流の意は応身なり。立像の釈迦は螺髪にして応身の相貎なり。されば両仏を作ってこの形を移すなり。仮令えば坐像か立像かの異計りなり。印契も立像の印を移すなり。他門流に天冠に造るは他受用報身の意なるべし。何れも苦しからず。三身の相は即ち暫くも離るる時の無きが故なり」と文云云。

 御遷化の記録に云く「仏は立像、墓所の傍に立て置くべし」等云云。興師云く「立像の釈迦は大国阿闍梨の奪取り奉り候始成無常の仏なり」と云云。また云く「随身所持の俗難は只是れ継子一旦の寵愛、月を待つ片時の螢光か」等云云。妙楽の記九本四十二に云く「若し離れずと言わば生仏も無二なり。豈唯三身のみならんや」等云云。

 此等の文、これを思い合わすべし。諸門流は皆、尚脱益の教主、応仏昇進の自受用報身に迷えり。何ぞ久遠元初の自受用報身を知らんや。皆本尊に迷い、我が父を知らざるなり。

一、此皆本尊に迷えり等文。

 この下は結前生後の文なり。

一、寿量品をしらざる等文。

 この下は不知恩の失を呵責するなり。

一、妙楽云く等文。

 この文は五百問論下五に出でたり。

一、父母の寿知らずんばある可からず等文。

 論語に云く「父母の年は知らざるべからず、一には則ち以て喜び、一には則ち以て懼る」等云云。孔安国云く「其の寿考を見れば則ち喜び、其の衰老を見れば則ち懼る」と文。これその語を惜しんでその義を用いず。今の所用の意は、父母の長寿を知れば則ち父母の深恩を知る。故に父母の寿は知らざるべからずというなり。

 「若し父の寿の遠きを知らずんば」等とは、当に知るべし、寿量品の仏は「我亦為世父」の父なり。この父の寿命長遠にしてまた主師の徳あるは、譬えば尊父・賢父は則ちこれ主師なりが如し。

 経に云く「我実成仏已来、無量無辺」、「我常在此、娑婆世界、説法教化」等云云。「我実成仏」等は父の寿の長遠なるを説き顕す、則ち父の深恩を知るなり。「我常在此」等は父に主恩あるを説顕し、「説法教化」は父に師恩あるを説き顕すなり。若し父の寿の遠きことを知らずんば、何に由ってか能く父に主恩あることを知らん。故に「父統の邦に迷う」というなり。また何ぞ能く父に師の恩あることを知らん。故に云く「徒に才能と謂うとも」と。かくの如きの父の大恩を知らずんば、豈不知恩の畜生に非ずや。故に「全く人の子に非ず」というなり。

 若し一重立ち入って内証の寿量品の意に依って以て今文を消せば、若し久遠元初の自受用身の深恩を知らざれば諸宗の学者は不知恩の者なり。玄七十二に云く「本極法身は微妙深遠なり。仏若し説かずんば弥勒尚暗し、何に況や下地をや。何に況や凡夫をや。然りと雖も、父母の年は知らざるべからず。如来の功徳を何ぞ識らざべけんや」と云云。

 「本極法身」とは、即ちこれ久遠元初の自受用身なり。久遠の故に本なり。元初の故に極なり。「法身」というは、これ単の法身に非ず。境智冥合の自受用身なり。理智倶にこれ法身なり。故に法身というなり。



 記三下五十四に云く「但法身を以て本と為す。何れの教にか之なけん。但弊れて父母の年を知らざる故に実成を顕して本と為す。」と文。  故に知んぬ、「本極法身」とは久遠元初の自受用身なり。この自受用の一身は即ち三身、三身は即ち自受用の一身なり。故に「微妙」というなり。例せば微妙浄法身の如し。自受用を歎自て微妙というなり。久遠元初は甚深の中の甚深、遠々の中の遠々なり。故に「深遠」という。例せば本地深遠の深遠の如し。久遠元初を歎自て深遠というなり。若し本極法身の微妙深遠を知らずんば、また「父統の邦に迷う」、「徒に才能と謂うとも全く人の子に非ず」等なり。「三徳の深恩」等は即ち前の義勢の如し。能く宜しくこれを思い合わすべし云云。

一、妙楽大師は唐の末等文。

 天台の御時は密経未だ渡らざる故に所賢に漏れ、妙楽は唐の睿宗の景雲二年に生まれ、十七歳の時止観を受け、二十歳にして学を左渓に従い、天宝七年二十八歳にして出家、七十二歳、建中三年の示寂なり。然るに大日経は唐の開元十三年にこれを訳す。故に妙楽の十六歳の時に当るなり。故に妙楽の示寂已前五十余年に大日経漢土に流布す。故に妙楽大師は密教を周覧したまうなり。この妙楽大師は華厳・真言の祖師を破して「徒に才能と謂うとも」等というなり云云。

一、伝教大師は日本顕密の元祖等文。

 この下は次に種を弁じて父を顕す、また三あり。初めに種子の法体を弁じ、二に種子の徳用を弁じ、三には種子の依経を弁ず。弁ずとは、即ち弁うるなり。別して謂く、別して今昔の有無を弁うるなり。

 問う、既に日本顕密の言端あり、何ぞ細科と為さん。況や化導の始終は正しく迹門の法門なり。何ぞ但本門の下に属せん。況や破文の中に二乗作仏・久遠実成というをや。何ぞ但本門の意と為んや。

 答う、「伝教大師は日本顕密」の言はこれ上の「妙楽大師は唐の末」等の文に対するなり。何ぞこれ発端の言ならんや。また玄文の化導の始終は迹門に約すと雖も、疏一の種熟脱はまた本門の意に約す、何ぞ只迹門に限らんや。また破文の中に二乗作仏・久遠実成とは、これ顕本後の意に約して、通じてこれをいうなり。故に本門の下に属すなり。

一、一分仏母の義有りと雖も等文。

 諸部の円理も、小文は能生の義ある故なり。妙楽の云く「所生と曰うと雖も、義は能を兼ぬ」とはこれなり。

一、然も但愛のみ有つて厳の義を闕く文。

 「厳愛」とは、只これ外典の言を借用するなり。謂く、愛はこれ母の徳、厳はこれ父の徳なり。孝経大義二十七、註千字文中初、往いて見よ。この厳愛の義は今の所用に非ず。今の意は、厳愛の言を惜しんで但父母の二義を顕すに在るのみ。

一、天台法華宗は厳愛の義を具す文。

 即ちこれ法華経には父母の二徳を具足するなり。当に知るべし、父母に二意を含む、一には境智和合の意、二には能生の意なり。能生は即ちこれ種子の徳なり。故に普賢経に云く「此の大乗経典は三世の諸の如来を出生する種」と云云。妙楽の記四末に云く「種とは生ずる義」等云云。然れば則ち、本地難思の境智の妙法は、即ちこれ種子の法体なり。故に「厳愛の義を具す」というなり。爾前の諸経は都てこの義を明かさず、但法華経にのみこの義を明かすなり。種子の法体を弁ずとは、即ちこの事なり。

一、及び菩薩心を発せる者の父文。

 問う、何ぞこの文を引いて父母の義を証せんや。

 答う、経に「父」というと雖も、自ら母の義は随うか、記十六十八にこの経文を釈して云く「文に学・無学等と云うは、三教の菩薩を指して発菩薩心の者と為す。今経は彼が為の父母なり、能く彼を生ずるが故なり」等云云。

一、真言・華厳等の経経文。

一、種熟脱の三義・名字すら猶なし何に況や其の義をや文。(二一五n)

  問う、種熟脱の名字とは如何。

  答う、私志二二十八に云く「種とは謂く、下種なり。即ちこれ最初に此の妙道了因の種子を下す。熟とは謂く、長養成就なり。其の初めの種をして増長成就せしむ。脱は謂く、度脱なり。生死の此岸を脱離して涅槃の彼岸に渡至るなりと」云云

。   籤二三十四に云く「聞法を種と為し、発心を芽と為し、賢に在るは熟の如く、聖に入るは脱の如し」等云云。聞法を種と為すは即ちこれ聞法下種、発心を芽と為すは即ちこれ発心下種。聞法・発心倶にこれ名字即の位なり。賢に在るは熟の如しとは、観行・相似、聖に入るは脱の如しとは分証・究竟なり云云。

  問う、種熟脱のその義、如何

。   答う、即ちこれ化導の始終なり。玄文第一に大通に約してこれを明かす。文句第一には四節に約してこれを釈す。文一七に云く「衆生は久遠に仏の善巧に仏道の因縁を種しむるを蒙り、中間に相値いて更に異の方便を以て第一義を助顕し、而して之を成熟す。今日は雨華動地して如来の滅度を以て、而して之を度脱したまう。復次に久遠を種と為し、過去を熟と為し、近世を脱と為す。地涌等是なり。復次に中間を種と為し、四味を熟と為し、王城を脱と為す。今の開示悟入の者是なり。復次に今世を種と為し、次世を熟と為し、後世を脱と為す。未来得度の者是なり」と云云。記一本三十六に云く「第一、第二、本の因果に種し」等云云。斯くの如きの化導の始終は法華已前にはこれを明かさず。故に「名字すら猶なし何に況や其の義をや」というなり。

一、華厳・真言経等の一生初地の即身成仏等文。(同n)

  旧華厳第八三十に云く「初発心の時便ち正覚を成じ、慧身を具足して他悟に由らず」等云云。大日経第一に云く「所謂、初発心乃至十地の次第此の生満足」と文。此等の文を指すなり

。 一、経は権教にして過去をかくせり文。(同n)

  問う、若し爾らば、今日一代の施化は皆悉く過去下種の類ならんか

。   答う、実に所問の如く、皆悉く三五下種の輩なり。経に云く「世世已来、常に我が化を受く」等と。釈竹第十に云く「故に知んぬ、今日の逗会は昔に赴けば成就の機」等云云。

一、種をしらざる脱なれば等文。(二一五n)

  弘一下五十一に云く「王の夫人と下賤と通ずれば、其の生む所の者を王子と名づけざるが如し。刹利王の縦い賎と通ずれども、懐くところの者は貴んで即ち王子と名づくるが如し」等云云。

 本尊抄八二十に云く「設ひ法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還つて灰断に同じ化の始終無しとは是なり、譬えば王女たりと雖も畜種を懐妊すれば其の子尚旃陀羅に劣れるが如し」等云云。

 犬頭国の因縁は林十一四、また駮足王の因縁は文一二十三に云云。種子の徳用かくの如し、爾前の諸経にはこれを明かさず。今この法華経に始めてこの義を明かす。種子の徳用を弁ずとは即ちこの事なり

。 一、超高が位にのぼり。(同n)

  史記六三十一、註十八二十九、啓蒙七四十八。

一、道鏡が王位。(同n)

  啓蒙七四十九、同二十七四十一、中正一十一、往いて見よ。

一、宗宗・互に種を諍う等文。(同n)

  この下は三に種子の依経を弁ず、また二あり。初めに今師の正依、次に「華厳宗」の下は他人の誑惑。

一、種子無上を立てたり。(同n

)   法華論二十八、論科五二十一

。   当に知るべし、法華論の「種子無上」は即ち天台の一念三千なり。天台の一念三千は実にこれ本門の意なり。故に十章抄三十二十八に云く「止観に十章あり。前の六重は迹門の意、第七の正観は本門の意なり」(取意)と云云。上巻に云く「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文底に秘沈」(取意)等云云。この文は今文に同じ。然れば則ち、本地難思境智の冥合、本有無作の事の一念三千の南無妙法蓮華経の種子の法体は唯今経に限れり。これ種子の依経

を弁ずるなり。向来の如く種子の体用等を弁じ已んぬれば、釈尊はこれ下種の父なること自ら分明なり。故に種を弁じて父を顕すというなり。

一、諸尊の種子・皆一念三千等文。(同n)

  これ本門跨節の意に約するなり。

一、華厳宗の澄観等文。(同n)

  この下は次に他人の誑惑なり。澄観の事は啓蒙五六十五已下の文に広し、往いて見よ。

一、心如工画師の文の神とす文。(同n)

  華厳疏抄十九上四十七に云く「心は工なる画師の能く諸の世間を画くが如く乃至心仏の如きに至りては亦爾なり。仏衆生の如きも然り」と。疏に云く「応に心仏と衆生と性体皆無尽と云うべし。妄体本真なるを以ての故にも亦無尽なり。是れを以て如来は性悪を断ぜず、亦猶闡提は性前を断ぜざるがごとし」と已上。一家不共の性悪を書き入れたるは、即ち一念三千を盗みたる義なり。「如来は性悪を断ぜず」とは、仏界に九界を具する故なり。「闡提は性善を断ぜざる」とは、九界に仏界を具する義なり。故に性善、性悪の法門は即ち一念三千の法門なり。また御書十二三十三を往いて見よ。

  問う、天台もまた心如工画師の文を引き、以て千如の妙境を立つるは如何。答う、浄覚云く「今引用するは会入の後に従いて説くなり」と云云。宗祖の云く「止観に外典・爾前を引載せて候も、文をば借れども義をば削捨つるなり」(取意)と云云。

一、色心実相・我一切本初の文の神等文。(二一六n)

  或る本には「色」の字なし云云。義釈一四十一に云く「彼の言う諸法実相とは、即ち是れ此の経の心の実相なり」と云云。これ迹門の理の一念三千を盗むなり。また義釈九四十五に云く「我は一切の本初とは、本初は即ち是れ寿量の義なり」と云云。これ本門の事の一念三千を盗むなり。

一、二乗作仏・十界互具は一定・大日経にありや等文。(同n)

  これ分明の難勢なり。弘六末六に云く「偏に法華已前の諸経を尋ぬるに、実に二乗作仏の文及び如来久成の本を明かすこと無し」と云云。実無の両字はこれを略す。然るに弘法の雑問答十九に云く「上の那羅延力は、大勢力を以て衆生を救う故に那羅延力と云う。次の大那羅延力は、是れ不共の義なり。一闡提の人必死の痛、二乗定性已死の人は、余経の救う所に非ず、唯此の秘密神通の力のみ即ち能く救療す。此の不共の力を顕さんが為に大を以て之を別つ」と已上。

  凡そ大日経の中に、一切の声聞・縁覚と共にせずと説いて二乗を隔つるの文ありと雖も、更に二乗作仏の文なし。故に強いて同聞衆の大那羅延力の文を取って二乗作仏の義を補わんと欲す。良珍の義は誑惑なり。況や「二乗定性已死の人は余経の救う所に非ず」と云云。豈法華の二乗作仏を隠没する大謗法罪に非ずや。

一、新来の真言家文。(二一六n)

  一義に云く、この文は本弘法を破し、今転用して無畏等を破すと云云。一義に云く、この文は元来無畏等を破するなり。但し「新・旧」の言はこれ新訳・旧訳には非ず。華厳は新旧倶に前に来る故に「旧到」といい、真言教は最後に来る故に「新来」というなり。法報を分たず二三を弁ずることなかれ。法身の説法等は皆前代筆受の相承を泯ずとなり。

  今の所引は即ち本文の意に符するなり。また今の前後に准ずるに、「旧到の華厳」等は同文の故に来るか、これを思え。或は二宗に亘るか。後日、報恩抄愚記にいうが如し。

一、ほのぼのといううた等文。(同n)

  古今第九の羈旅の部に出でたり。有る人云く「柿本人麻呂が歌なり」と。人麻呂の事は古今の序、本朝語圏三初、啓蒙七五十七、同二十六百三十二、神社考六二十六を往いて見よ。

一、漢土・日本の学者又かくのごとし文。(同n)

  蓮祖已前の伝教大師を除く自余の学者は、皆俘囚体の者なり。善無畏に証かされたる が故なり。

一、良●和尚。(同n)

  釈書三二十四、統紀八三、中正十六五十二。

一、若し法華経涅槃等の経に望むれば是接引門等文。(同n)

  此くの如く点ずるは最も可なり。

一、善無畏三蔵の閻魔の責等云云。(同n)

  大日経疏第五、止私二末十六。

一、後に心をひるがへし法華経に帰伏してこそ等文。(同n)

  これ則ち「今此三界」の文を唱うるが故なり。御書三十巻、往いて見よ。

一、善無畏・不空等・法華経を両界の中央にをきて文。(同n)

  例文釈書十八二十六。

一、弘法も教相の時等文。(同n)

  真言宗に事相・教相ということあり。教相とは十住心の配立の如く、経の浅深を沙汰する法門なり。事相とは壇に登り、本尊を礼し、鈴をふり、独鈷を握り、印を結び、呪を誦する等なり。

一、実慧・真雅・円澄・光定。(同n)

  釈書第三、同第二終、同第三四。

一、三論の嘉祥乃至会二破二等文。(二一六n)

  朝抄に云く「凡そ四家の大乗の異論は専ら此の事の在り。華厳・天台には三乗の外に仏乗を立てて四乗に配するなり。法相・三論は三乗の外に仏乗を立てざる所以に但三乗なり。故に第三の菩薩乗の外に仏乗之無し。故に但二乗を破会して菩薩を破会せず。故に会二破二と云うなり」と云云。啓蒙四五十四に安然の自他宗諍論の文を引く。朝抄最も符合するなり。御書五四、二十五四、往いて見よ。

 「会二破二」の一乗とは、実にこれ菩薩乗なり。三一相対の一乗とは、即ちこれ仏乗なり。嘉祥は四教の菩薩の不同を知らず、故に第三の菩薩乗は但これ蔵通二教の分斉か。真言宗またまたかくの如し。撰時抄上四に云云。

一、法苑林・七巻・十二巻文。(同n)

  これ慈恩の述作なり。守護章中上十九往いて見よ。

一、一乗方便・三乗真実文。(同n)

  華厳玄談五八に云く「法相宗の意の如きは、一乗を以て権と為し、三乗を実と為す」と云云。

一、玄賛の第四には故亦両存文。(同n)

  この文は鏡水所述の玄賛要集第四に出でたり。然るに彼の鏡水の文は、即ち慈恩の意を述するが故に直ちに「玄賛」というなり。一乗要決下四十八、啓蒙七六十七にこれを引く。その中、要集の文に云く「則ち知る、慈恩は一乗を縁と為すことを。然るに本宗とするところの故に五性を撥わず道理に順ず、故に永く一乗に背かず。此れに由って唱えて説を定むべからずと言う」と云云。

一、華厳の澄観乃至法華を方便とかける等文。(同n)

  日朝は演義抄を引いて云く「法華は前の余経を摂して華厳に帰す」と云云。これ摂末帰本の相を判ずるなり。また云く「法華は仏知見を開きて法界に得入し、華厳と合会す」と云云。

一、彼の宗之を以て実と為す此の宗の立義・理通ぜざること無し等文。(同n)

  華厳疏抄二十三十九に云く「法華の唯仏与仏等、天台云く乃至便ち三千世間を成ず、彼の宗之を以て実と為す乃至一家の意、理として通ぜざることなし」略抄と云云。彼の「一家」というは、即ち華厳を指す。故に今「此の宗」というなり。

一、善無畏・弘法も又かくのごとし文。(同n)

  これ結文なり。

(第三十四段 菩薩等守護無き疑を結す)

一、されば諸経の諸仏・菩薩等文。(二一六n)

  上巻四十三の「又諸大菩薩」の下は、第二に菩薩等の守護なき疑を立つ、また二と為す。初めに今昔の仏恩の浅深を明かし、次に今の文の下は意を結するなり。

一、実には法華経にして正覚なり給へり文。(同n)

  太田抄に云く「彼等の衆は時を以て之を論ずれば其の経の得道に似たれども実を以て之を勘うるに三五下種の輩なり」と云云。

  法蓮抄に云く「過去に法華経の自我偈を聴聞してありし人人、信力よはくして三五の塵点を経しかども今度・釈迦仏に値い奉りて法華経の功徳すすむ故に霊山をまたずして爾前の経経を縁として得道なると見えたり」と云云。此等の文の意なり。

  問う、過去の自我偈とは如何。

  答えて云く、過去の自我偈とは、人法体一の御本尊の御事なり。御相伝に云く「自我偈の始終は自身なり、中間の文字は受用なり。仍って自我偈は自受用身なり。自受用身とは即ち事の一念三千の南無妙法蓮華経の本尊なり」(取意)と云云。

一、釈迦諸仏の衆生無辺の総願は皆此の経にをいて満足す等文。(二一七n)

  弘七末七十七に云く「一切の諸願は四弘に摂尽す。故に名づけて総と為す」と云云。この文、分明なり。一切の菩薩に約して「総」の字を消すべからず云云。御書三十八三十三に云く「華厳経に云く『衆生界尽きざれば我が願も亦尽きず』等と云云、一切の菩薩必ず四弘誓願を発す可し其の中の衆生無辺誓願度の願之を満せざれば無上菩提誓願証の願又成じ難し、之を以て之を案ずるに四十余年の文二乗に限らば菩薩の願又成じ難きか」等云云。

一、今者已満足の文これなり文。(同n)

  啓蒙に云く「方便品の願満の文を引いて上来の本迹成仏の大旨を結する事、尤も本迹一致の意を顕したまう勘文なるべし」と

云云。

  今謂く、文は迹門に在れども義は本門を究むるなり。所謂、この文は上巻の「又諸大菩薩」の下を結する故に、上来の意は皆この文を含むなり。然るに、上来の大旨は、諸大菩薩は爾前四十余年の間は仏の御弟子に非ず。今経の迹門に来至して始めて未聞の法を聞き、仏の御弟子と成る。故に、一往迹門は願満に似たり。然りと雖も、霊山日浅くして夢の如くうつつならず。然るに宝塔品より事起り、寿量品に至って久遠已来の主師親の深縁を説き顕す。この時、真実究竟の願満なり。何ぞ本迹一致の意を顕すといわんや。

  問う、この文を正しく本門に約する証拠は如何。

  答う、経に云く「我が昔の所願の如き、今は已に満足しぬ」と云云。「我が昔の所願の如き」とは、即ち我本誓願を立てて」の文なり。然るにこの文を玄文第三二十二の二諦境の下には、正しく本因の誓願に約す。玄文第六の感応妙の下八、竹六九十、疏一七の本迹釈の引証の下、記一本三十二には、本果の誓願に約す。故に知んぬ、実には本因本果の誓願を説き「我本誓願を立てて」「我が昔の所願の如き」というなり。故に知んぬ、究竟の願満は本門の時に在ることを。況や当体義抄に云く「久遠実成の釈迦如来は我が昔の所願の如き今は已に満足す、一切衆生を化して皆仏道に入ら令むとて御願已に満足し」等云云。この文、分明なり。

一、その経経の仏・菩薩・諸天等・守護し給らん文。(二一七n)

  これは如説修行の人に約するなるべし。今末法に至っては皆法華経の敵となるなり。

一、例せば孝子等文。(同n)

  古語に云く「父命を以て王命を辞せず、王命を以て父命を辞す」等云云。小松内府の父を諌むる事、源平盛衰記六十六已下を往いて見よ。その外云云。

一、日蓮案じて云く法華経の二処・三会の座等文。(同n)

  上巻三十六に疑を挙ぐる中にまた三あり。初めに疑を立つる意を示し、次に正しく疑を立て、三に今文の下は疑を立つる意を結するなり。

(第三十五段 宝塔品三箇の諌勅を引く)

一、疑て云く当世の念仏宗等文。(二一七n)

  上巻二十九の「此に日蓮案じて云く」の下は、大段の第二に、蓮祖はこれ法華経の行者なることを明かし、末法下種の三徳の深恩を顕す、文また二と為す。初めに由三十一、「既に二十余年」の下は釈、また二あり。初めに略して釈し三十六、「但し世間」の下は広く釈す。この広釈にまた二あり。初めに疑を立て、次に今文の下は正しく法華経の行者なることを釈するなり。

  今正しく法華経の行者なることを顕す、文また二あり。初めに経を引いて身に当て、次に「疑って云く念仏者」等の下の四十七は適時の弘教を明かす。初めの経を引いて身に当つるにまた二あり。初めに五箇の鳳詔を引いて諸経の勝劣及び成仏・不成仏を明かし、次に勧持品の明鏡を引いて法華経の行者なることを顕す。

 初めの五箇の鳳詔を引くにまた二あり。初めに三箇の告勅を引いて諸経の浅深勝劣を判じ、次に二箇の諌暁を引いて一代の成仏・不成仏を判ず。初めの三箇の告勅を引くの文、また二と為す。初めに経を引き、次に「此の経文の心は」の下は釈、また三と為す。初めに略して示し、次に「問うて云く華厳」の下は釈、三に二十四「此等はさておく」の下は結なり。

(第三十六段 諸経の浅深勝劣を判ず)

一、此の経文の意は等文。(二一八n)

  この下は初めに略して示す。意に云く、この経文の六難九易、一代諸経の浅深勝劣、その明かなること晴天の日輪、白面の黶のごとし。而れども生盲等の者は見がたし。我が門弟の道心あらん者にしるし留めて見せん。実に王母が桃、輪王の曇華よりもあいがたし。然るに一代諸経の勝劣、諸宗の元祖並びに末弟と伝教・日蓮との諍論は、譬えば沛公と項羽等の如し。中に於てこの法華経の正義の顕るることは、唯伝教・日蓮のみなりと知るべし。この諸経の勝劣は、釈迦・多宝・分身の来集して定め給いしなり云云。

一、各謂自師の者。(同n)

  先師の謬義を糺さざる者なり。「偏執家」とは、自宗を堅く信ずる者なり。故にこの二句は末法を指すか。

一、西王母等文。(二一八n)

  列仙伝一四、胡曽詩中終。

一、輪王出世等。(同n)

  文四二十三、私志十二三十八、その外処々に出でたり云云。

一、沛公が項羽等。(同n)

  十八史略第二、太平二十八、朝は史記を引く。

一、頼朝と宗盛等。(同n)

  治承四年より文治元年に至るまで、始終六年なり。然るに北条時政、残党を治罰し、文治二年三月、鎌倉に帰す。故に七年というか。

一、秋津嶋。(同n)

  神代合解一三、徒然文段一二十一、韻鏡大成七二十、啓蒙二十九七十四。

一、修羅と帝釈。(同n)

  註五三十九、谷響三十二、太平抄二十三二。

一、金翅鳥。(同n)

  文二六十七に、両翅の相去ること三百三十六万里と。名義三十九。

一、日本国。(同n)

  義楚二十一五、随筆三三十。

一、問うて云く華厳経等文。(同n)

  この下、次に釈、また三あり。初めに異解を破し、次に「法華経に云く、已今当」の下は正しく釈し、三に「密厳経」の下は相似の文を会す。初めの異解を破するにまた二あり。初めに四宗の異解を牒し、次に「日蓮なげいて云く」の下は正しく破す。初めの四宗の異解を牒するにまた二あり。初めに元祖を出し、次に「此の四宗」の下は末弟。

一、華厳経と法華経と六難の内・名は二経なれども所説・乃至理これ同じ文。(同n)

  華厳宗の意は、彼の経第七巻に六難に相似の文あり。次下に御所引の如く、大乗を求むることは猶易しと為し、能くこの法を信ずるは甚だ難しと為す等云云。故に所説同じというか。また二経の理等しくして差別なし。例せば「四門、観は別なれども、真諦を見ることは同じ」の如し。故に理同じというなり。

一、四門観別等文。(同n)

  止観六二十五の文なり。次の文に云く「城に四門あれども、会通すること異ならざるが如し」と云云。これは教々の中の有門・空門等に約するなり。故に真諦を見ること同じきなり。

一、第三時の教・六難の内なり文。(二一九n)

  法相宗の意は、一乗方便・三乗真実というと雖も、或る時はまた華厳・法華・深密を倶に第三時の教に属するなり。玄賛一二十に云く「教三と言うは、一には多く有宗を説く、阿含等は是なり。二には多く空宗を説く、即ち中論・百論・十二門論・般若等是なり。三には空宗有宗に非ず、即ち華厳・深密・法華等是なり」と已上。彼の宗は深密経に依って三時の教を立つ。一には有相宗、二には無相宗、三には中道教なり。故に所依の経文、次下二十一に御所引の如し。此等の義、実に牛跡に大海を入るるが如きなり云云。

一、名異体同・二経一法等文。(同n)

  三論宗の意は、般若経には法華経に同じて法開会を明かす。故に二経一法というか。人開会を明かさざることは、只これ人の過にして法体に関わらずという義勢か。即ち般若経の文の次下に御所引の如し。若し人開会を明かさざれば有名無実の法開会なり。

一、善無畏等文。(同n)

  善無畏の意は、若し理同の辺に拠ればこれ六難の経なり。若し事勝の辺に拠れば大日経は六難の外にして尚法華に勝れたりという義勢なるべし。

一、日本の弘法・読んで云く、大日経は六難・九易の内にあらず等云云。(同n)

  弘法の意は、釈迦の三身、大日の三身各々不同と定めて、法華経等は釈迦応化の所説にして劣れり。大日経は法身大日如来の所説にして勝れたりと云云。

  天台家の意は、釈迦・大日一体なり。故に授決集下三身仏決に云く「唯大日法身を見るに、即ち釈迦牟尼なり。釈迦牟尼は即ち大日法身、一切処に●くして本来常住、無始無終なり、乃至既に三身一体、皆等しく遮那と云う。何ぞ三身各別の意を用うべけんや」と已上。これ正しく弘法の二教論を破するなり。

  また伝教大師の顕戒論に云く「稽首す十方常寂光常住内証の三身仏、実報・方便・同居土、大悲示現す大日尊」と文。この文の意は、大日如来を垂迹示現の迹仏と為すなり。

一、日蓮なげいて云く等文。(同n)

  この下は正しく破す、また二あり。初めに仏祖の掟を示し、次に「上にあぐるところ」の下は正しく破するなり。

一、雙林最後の御遺言文。(二一九n)

  涅槃経第六四依品の文なり。

一、初依・二依等。(同n)

  玄五に云く「五品・六根を初依と為し、十住を二依と為し、十行・十回向を三衣と為し、十地・等覚を四依と為す」と文。普賢・文殊は第四依なり。故に「等覚の菩薩」というなり。

一、竜樹菩薩等文。(同n)

  十住毘婆沙論第六巻、取意の文なり。

一、天台大師云く。(同n)

  玄文第十初。「伝教大師云く」は秀句下四。「円珍智証大師云く」は授決集上四十九。

一、曲会私情。(同n)

  この言は記九末四十五に、「荘厳己義」は竹三に出でたり。

一、仏法外の外道等文。(同n)

  即ちこれ仏前の外道なり。今文の意は「仏滅後の犢子・方広」は仏前の外道の見よりも邪見強盛なり。「後漢已後の外典」は「三皇五帝の儒書」よりも邪法巧なりと云云。これ則ち華厳・真言等の人師、天台の正義を盗み取って自宗を巧に立つるに例するなり。三巻七已下、往いて見よ。「犢子」は大論一十三、「方広」は弘十二十五に云云。

一、法華経に云く「已今当」等云云。(同n)

  この下は二に正しく釈す、また二あり。初めに一家の正義を明かし、次に「今真言」の下は便に因みて別して真言を破す。

  問う、何ぞ三説超過の文を引いて六難九易の義を釈するや。

  答う、本これ経文の相は、三説の易信易解を開いて以て九易と為し、最為難信難解を開いて六難と為す。故に今、還って三説超過の文を引いて六難九易を釈するなり。

一、妙楽云く、縦い経有って諸経の王と云うとも文。(同n)

  記三十六。「又云く、已今当の妙」は竹三五十三。

一、舌爛れども止まざるは等文。(二一九n終行の釈籤の引用中、この部分が略されている)

  啓蒙に点じて云く「舌爛れて止まざるは猶為れ華報のごとし」と云云。今謂く、蒙の点は竹の次上の「舌爛れども口中猶志を易えざるがごとし」の文に合せず。故に板点の如く然るべきなり。「不止」の字の意は、舌爛れたるに若し志を易えたらば苦流長劫の果を受くべからず。然れば舌爛の分計りにては華報といいがたきなり。故に「不止」の二字を加うる則は華報の義分明なり。況やまた竹の次上の文に「諌暁止まず、舌爛何が疑わんや」と云云。この「不止」の二字は正しく志を易えざる義なり。註十三二十二、啓蒙四五十一、同二十四二十八、会疏五八。

一、狐疑の冰とけぬ等文。(二二〇n)

  「狐疑」とは末師の如し。「氷解けぬ」とは左伝の序に「渙然として氷解するが如く、怡然として理に順う。然る後、得たりと為す」と云云。

開目抄下愚記末

一、密厳経等文。(二二〇n)

  この下は三に相似の文を会す、また二あり。初めに八経の文を引き、次に「此等の経文」の下は正しく会す。「密厳教」は、唐の地婆訶羅の訳、上中下三巻あり。この文は上巻二十一に出でたり。「十地華厳」とは華厳の十地品を十地経と名づく。故に総別を兼ね挙げて十地華厳というなり。「大樹」とは大樹緊那羅所問経なり。四巻あり、羅什訳なり。「神通」とは菩薩行方便境界神通変化経なるべし。これ宋の求那跋陀羅の訳、和本は三巻あり、唐本は二巻あり。当山の経蔵第四十二の函にあり。

一、一切経の中に勝れたり等。(同n)

  これ普く尽際に及ぶの「一切」に非ず、只これ少分の一切なり。

一、大雲経に云く文。(同n)

  これ第四の巻の文なり。一乗要決下三十八紙に「多少事理の二意を以て密厳・大雲の二経の文を会せり」と。謂く、彼は華厳・勝鬘等に望んで王と為す、法華の已今当に望むるに如かず。また彼は唯実相に約して王と為す、法華は兼ねて二乗作仏を説く。次の如く二意に配することを知るべし。

一、諸経の中の転輪聖王文。(同n)

  またこれ少分の経王なり。一切の諸経の王には非ず。

一、六波羅蜜経等文。(同n)

  第一帰依三宝品の文なり。この五蔵に付いて種々の異解あり。所詮前の三は小乗三蔵なり。第四の般若波羅蜜多は即ちこれ通別二教なり。共般若・不共般若を通じて般若波羅密多と名づくるなり。第五の陀羅尼門とは即ちこれ爾前の円教なり。陀羅尼は此には総持と翻じ、円教の中道は二辺の悪を遮して中道の善を持つなり。この故に円教は四教の中の最上なり。故に総持門は契経等中最も為れ第一なり。諌迷論八巻。

一、契経調伏等文。(二二〇n)

  「契経・調伏・対法」は、次の如く経律論の三蔵なり。般若は即ち第四蔵なり。

一、速疾に解脱等文。(同n)

  これは菩薩の人に約して説く。二乗の人には関らざるなり。

一、譬えば乳・酪・生蘇・熟蘇及び妙なる醍醐の如し等文。(同n)

  問う、涅槃経の五味と同異如何。

  答う、今この六波羅蜜経は華厳の後、鹿苑を始めと為す。故に中間三味の漸教は正しくこれ方等部の教なり。「乳・酪・生蘇」は即ちこれ三蔵教、「熟蘇」はこれ通別二教、「醍醐」は爾前の円教なり。故に但中間三昧の中の四教に譬うるなり。若し涅槃経の五味は始め華厳より終り涅槃経に至るまで、総じて一代五時に譬うるなり。同じく五味に譬うと雖も、その義は水火なり、勝劣は雲泥なり。故に下の文にいう「六波羅蜜経は(乃至)猶涅槃経の五味にをよばず、何に況や法華経の迹門・本門にたいすべしや」とはこれなり。

一、解深密経に云く文。(同n)

  第二巻十六の文なり。若し天台家の意は、この三時を次の如く蔵通別の三教に配するなり。玄私第十三十四の意に云く「深密は既に是れ方等部の摂なり。故に知んぬ、彼の方等已前に拠るに、彼の三時とは小を以て初めと為し、第二時とは恐らく是れ一時の仏、通教の体空の義を説くのみ。故に彼の三時は是れ前三教の次第之を立つれば、阿含は是れ蔵、理疑わざるに在り。第二は既に是れ空なり、豈通の義に非ずや。第三は深密は円融無きの故に多く別門に在り」等と云云。

一、有上なり有容なり文。(同n)

  「有容」は即ちこれ未満の義なり。猶「有余」というがごとし云云。守護章上の上初に麁食者を破する文あり。往いて見よ。

一、大般若経に云く文。(二二一n)

  大般若五百四十九、真如品の文なり。この文は即ち法開会を明かす。故に「法性に会入し一事として法性を出ずる者を見ず」等というなり。玄九三に云く「般若の中に二乗の所行を明かす。念処道品等は皆摩訶衍なり。善悪の法悉く皆会せらるるも、亦悪人及び二乗の人等を会せず、其の作仏を弁ぜざるは、此れ即ち別門の摂なり」と文。玄私九二十三云云。

一、大日経第一等文。(二二一n)

  初めの「大乗行乃至発す」等は第六住心なり。次の文は第七住、次の文は第八住乃至極無自性心は第九住、已上第一巻九紙の文なり。次の「又云く、大日」の下は第十住心、第一巻三紙の文なり。この経文に付いて空海の謬解、安然の破文、繁き故にこれを略す云云。

一、華厳経に云く文。(同n)

  華厳第八賢首品の文なり。即ちこれ七言の偈なり。この経文は法華経の六難九易の文に似たり。故に他師は以て法華経に同ずるなり。五百問論下五十に云く。

  問う、経の「若し仏滅後」より「皆応に供養すべし」に至るまでは何ぞや。

  答えて云く、華厳経の偈にいうが如し。若し三千大千界を以て乃至法を信解すとは殊勝と為す。今謂く、この殊勝は以て彼の経を讃う。彼の経は即ちこの経と為んや不や。この経、若し異らば、何を以てか引き来らん。若し則ちこの経ならば、如何ぞ異を弁ぜん。況や彼の華厳は但福を以て比す、この経の法を以てこれを比するに同じからず。故に「乃至余経の一偈をも受けざれ」という。人これを思うべし。徒に引いて何の益あらん云云。記十、記二五十に今経第五十人に望みて優劣を判ず。往いて見よ。

一、涅槃経に云く等文。(同n)

  会疏十三二十一、涅槃・法華の勝劣は常の如し。記六五十九に十六の同異を明かす。竹一五十一に「一家の義意に謂く、二部は同味、然るに涅槃尚劣れり」と文。

一、此等の経文等文。(二二二n)

  この下は次に会す、また三あり。初めに諸宗は教理の浅深勝劣を知らざるを示し、次に「巻をへだて」の下は、正しく会し、三に「六波羅蜜」の下は便に因みて別して真言を破す云云。

一、月に星をならべ九山に須弥を合せたる等文。(同n)

  十喩の中の第三、第二の意なり。

一、いはんや虚空のごとくなる理に等文。(同n)

  記九本に云く「虚空は理なり、本迹は事なり。本迹尚迷う、況や不思議一なるをや」等云云。

一、教の浅深をしらざれば等文。(二二二n)

  弘一末五十七に云く「一期の仏教並びに所詮を以て体と為す。体も亦教に随って権実一ならず」等云云。守護章中四十六に云く「凡そ能詮の教、権なれば所詮の理も亦権なり。能詮の教、実なれば所詮の理も亦実なり」等云云。譬えば茅屋の空は金殿の空に同じからざるが如し。玄八三十云云。

  問う、教理の浅深を知って何の詮あらんや。

  答う、若し浅深を知らざれば則ち大謗法の根源と為るなり。報恩抄下八、十章抄三十、同二十八、また当抄上巻二十、往いて見よ。

一、巻をへだて等文。(同n)

  この下は次に正しく会するなり。

一、王に小王・大王文。(同n)

  且く漢土の如し。皇帝は「大王」なり、諸候は「小王」なり。

一、一切に少分・全分文。(同n)

  名義五二十二、普く尽際に及ぶは「全分」の一切なり。愚案五十二に註釈して云く「一切とは悉数の義なり。一切の二字を、もろもろとよむ。悉数の義とは残る所無きの義なり」と云云。これまた全分なり。

  籤七二十七に「経に言う一切とは、穢土に出ずる仏に約す」(取意)等。また名義集に名字の一切というは、此等は少分の一切なり。外典の意は、一切とは総じてという意なり。顔師の古註に云く「猶刀を以て物を切るがごとく、其の整斉を取る」と云云。一刀に物を切り調えたる意なり。

一、五乳に全喩・分喩文。(同n)

  異本は「五味」に作れり。正と為すべきなり。

一、六波羅蜜経文。(同n)

  この下は便に因みて別して真言を破するなり。

一、有性の成仏あって無性の成仏なし文。(同n)

  文意に云く、彼の経に「五無間謗法闡提速疾解脱」と説くと雖も、只これ菩薩の成仏にして二乗の成仏なし。何に況や久遠実成をや等云云。

一、法華経の迹門・本門等文。(同n)

  この本門の句頭に何況の勢あり云云。

一、震旦の人師文。(同n)

  二教論下四。年代相違の御難勢は撰時抄下九に、往いて見よ。六波羅蜜経は天台入滅後百九十二年に当って漢土に渡るなり。「惜い哉古賢」は二教論上四に。

一、此等はさてをく等文。(二二二n)

  この下は上来を結するなり。

一、一●をなめて等文。(同n)

  「一●・一華」は六難九易の一文なり。この一文を以て、一切経の勝劣を推知せよとなり。古語に云く「一華開くの日、天下の春なり。一葉落つるの時、四海の秋なり」と云云。

一、万里をわたて宋に入らずとも等文。(同n)

  若し爾らば「万里を渡って」等なり。これ則ち庭戸を出でずして一切経の勝劣を知るなり。

  和漢の道法に両説あり。●会七二十三の若きは「一万四千里」と云云。統紀三十二三の若きは「三千里」と云云。御書十九五十八はこの説に同じきなり。今これを和会せば、若し三千里を以て六町一里に約すれば、則ち一万八千里なり。故に一万四千里の説と相違するに非らざるなり。但し四千・八千の不同は、発足の処同じからず、所至の処もまた異るが故なり。

一、三箇年を経て霊山にいたらずとも等文。(同n)

  月氏の道法に多くの異説あり。今謂く「三箇年」は則ちこれ千日なり。一日に十里行く則んば千日、三か年には一万里なり。即ち●会二十五の九千八百里の説に合するなり。若し九千八百里を六町一里に約すれば、五万八千四百里なり。故に大般若の序、名義集の五万八千里の説に相違せざるなり。若し十万八千里は往還に約せるか。具に予が集解愚記の如し。

一、竜樹の如く。

  この下は蒙八二十八に竜樹伝を引く。往いて見よ。

一、無著菩薩。(同n)

  上巻二十六、西域五十一。

一、蛇は七日が内の洪水をしる等。(同n)

  この中の三喩の初めの蛇・烏の二喩は但知る辺を取り、第三の鳥の喩は但勝るる辺を取る。故に云く「日蓮は諸経の勝劣をしること華厳の澄観・三論の嘉祥・法相の慈恩・真言の弘法にすぐれたり」と云云。其の所以を明かして「天台・伝教の跡をしのぶゆへなり」と云云。若し第五巻二十四に蛇・烏の喩を挙げたまうは、これ兼知未萌に譬うるなり。また二十一七は今文の意に同じからざるなり。

一、烏は年中の吉凶をしれり等。(二二二n)

  御書二十三十、啓蒙八三十一、同二十六百一、同二十九七。

一、鳥はとぶ徳人にすぐれたり等。(同n)

  大輪七十八、文三百五、啓運一五十一。

一、第一に富める者は日蓮なるべし文。(二二三n)

(第三十七段 二箇の諌暁を引き一代成仏不成仏を判ず)

一、宝塔品の三箇の告勅の上等文。(二二三n)

  この下は次に二箇の諌暁を引き、一代の成仏・不成仏を判ず、また三あり。初めに標、次に「提婆」の下は釈、三に終りの一句は結文なり。釈の中にまた二あり。初めに経意を釈し、次に「儒家」の下は成・不成を判じて孝・不孝を示す。初めの経意を釈するにも、また二あり。初めに悪人作仏、次に女人成仏。経意を釈すとは各一を挙げて諸に例す故なり。即ちこれ経意なり。

一、提婆達多は一闡提等文。(同n)

  問う、達多はこれ逆罪の人なり。何ぞ一闡提というや。

  答う、提婆はこれ一代謗法の人にして一切の諸善を断ず。故にまた一闡提と名づくるなり。涅槃経疏に云く「若為説法すとも更に誹謗闡提の罪を起す、善星・調達等の如きなり」と云云。

一、天王如来と記せられる文。(同n)

  浄名疏九六に云く「又悪に非ざれば以て善を顕す無し。是の故に調達は無数劫より来、常に釈迦と共に菩薩道を行ず。一は仏道を行じ、一は非道を行じ、更に相啓発して法華に明かす所の如し」等云云。悪に対して善顕れ已んぬれば、悪の全体即ちこれ善なり。故に善悪不二という。邪正一如、逆即是順もこれに准じて知るべし。

  この事、爾前に未だこれを説かず、故に弘二末三十四に云く「法華には復『調達に由って相好を具足す』と云い、余の一切経には但『生生悪を為す』と云うは、乃ち教化の権実不同なればなり」と文。記三下三十五、また三十四。佐渡抄五に云く「日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信、法師には良観・道隆・道阿弥陀仏と平左衛門尉・守殿ましまさずんば争か法華経の行者とはなるべき」と云云。即ちこの意なり。

  問う、提婆は無間に在って記別を受くるや、今経の座に来って記別を受くるや。

  答う、事定判し難し。啓蒙中に四釈に准ずる義あり。往いて見よ云云。題目抄に云く「提婆達多は(乃至)有解無信の者今に阿鼻大城にありと聞く」等云云。若しこの文に拠れば、今経の座になきなり。

  呵責謗法滅罪抄外十六二十四に云く「提婆達多は仏の御敵・四十余年の経経にて捨てられ臨終悪くして大地破れて無間地獄に行きしかども法華経にて召し還して天王如来と記せらる」等云云。房州の日我が提婆品下私に云く「彼の調達が阿鼻の淵底より召し出されしは、偏に末代の手本なり」と云云。此等の意に准ずれば、提婆は座に在りと見えたり。

  いま且く一意を以てこれを和会す。若し外用の達多の辺に拠れば、仍無間に在り。若し内証の法身の菩薩の辺に拠れば、何ぞこの座に来るを妨ぐべけんや。更に検えよ。

一、涅槃経四十巻の現証は此の品にあり文。(二二三n)

  問う、常には涅槃経に闡提を治すという。何ぞこの品を以て現証と為んや。

  答う、涅槃経の中には但闡提成仏の道理のみを明かして、闡提成仏の現証を明かさず。謂く、彼の経の始終に闡提の得記作仏の相なく、五十二類の中にもこれを列せず。剰え第九巻には「唯生盲と一闡提を除く」と説き、却って治すべからずという。然るに常には涅槃経に闡提を治すということは、これ「一切の衆生悉く仏性有り」と説いて仏性の遍ずるを明かすが故なり。座に在って経を聞くの得益と謂うには非ず。玄九五十五、玄私九五十二、往いて見よ。

一、五逆・七逆・謗法・闡提等文。(同n)

  会疏十四十云云。また「一切」の句頭に「然れば則ち」の意を入れて見るべし。

  次上を釈成する文なり。

一、毒薬変じて甘露となる等文。(同n)

  涅槃経北本第八初に云く「善男子、方等経は猶し甘露の如く、亦毒薬の如し」と云云。これを信ずれば則ち甘露と成り、これを謗れば則ち毒薬と成るが故なり。これは今文の意に非ず。当文の意は、即ち大論の「能く毒を変じて薬と為す」の文なり。御書三十八二十八云云。

一、或は改転の成仏にして文。(同n)

  問う、改転の意、如何。

  答う、諸大乗の意は、更に女身を改め、男子と転じて成仏すべきの故に「改転の成仏」というなり。悪人作仏、畜類の成仏もこれに准じて知るべし。東陽忠尋の口伝に云く「他経に悪人等に記するは、即ち善人に記すと之を習うなり。其の故は悪人、悪念を翻して善人と成り、仏に成るべきが故なり」と云云。御書三十八二十七に云く「東陽の忠尋と申す人こそ此の法門はすこしあやぶまれて候」等云云。

一、一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり文。(二二三n)

  東陽の口伝に云く「爾前は一人出過の成仏、法華は十界一念の成仏なり。十界一念と開きたる時、十界同時に成仏するなり。故に妙楽云く『当に知るべし、身土乃至一身一念法界に遍し』と」等云々。

  大意抄十三二十一に云く「法華経已前の諸経は十界互具を明かさざれば仏に成らんと願うには必ず九界を厭う。妙楽大師は厭離断九の仏と名づく。されば法華経已前には実の凡夫が仏に成りたりける事は無きなり。九界を離れたる仏無き故に、往生したる実の凡夫も無し。人界を離れたる菩薩界も無きが故に」(取意)と。

  私に云く、譬えば手中の物を忘れて外を尋ぬれば、則ち縦い百千劫を歴ると雖も、これを得ること能わざるが如し。また猿を離れて生肝なきが如し。豈「有妙無実の成仏往生」に非ずや。

一、儒家の孝養等文。(同n)

  「孝」の字は啓蒙の義、可なり。科段はこれを略す。

  (第三十八段 三類の強敵を顕す)

一、已上五箇の鳳詔にをどろきて勧持品の弘経あり文。(二二三n)

  これ結前生後の文なり。当に知るべし、既に「五箇の鳳詔」に驚きて、方に「勧持の弘経」あり。故に今五箇の鳳詔を引く意は、正しく勧持の明鏡を顕すに在り。学者能くこの文意を思い、大科の大旨これを知るべし云云。

  この下は勧持品の明鏡を引き、三類の強敵に対して法華の行者を顕す、また二あり。初めに三類の強敵、次に「当世」の下三十七は法華の行者を顕すなり。初めの三類の強敵にまた二あり。初めに経を引いてこれを釈する意を示し、次に「勧持」の下は正しく経を引いてこれを釈す。

一、明鏡の経文を出して等文。(二二三n)

  この下は正しく経を引いてこれを釈する意を示すなり。此にまた三と為す。初めに所述解釈の意を示し、次に「日蓮」の下は所述不怖の意を示し、三に「此れは釈迦」の下は所述付嘱の意を示す。

  問う、所述解釈の意、如何。

  答う、此に即ち経文に引き合せて三類の強敵の謗法を知らしむ、即ち解釈の大意なり。「禅」は即ち華洛の聖一等、「律」は即ち鎌倉の良観等。この禅・律の二宗は即ちこれ第三の僣聖増上慢なり。「念仏」は即ち法然房等の無戒邪見の者、即ち第二の道門増上慢なり。「並びに大檀那」とは彼の禅・律・念仏に御帰依の国王大臣等なり。此等の三類の謗法を知らしむるは、即ち今の解釈の大意なり。

一、日蓮といゐし者等文。(同n)

  問う、所述不怖の意、如何。

  答う、既にこの抄の中に、天下御帰依の禅・律・念仏等の大僧並びに国王・大臣等を法華経の怨敵、無間の罪人と述し給う、故に重ねて大難の来たらんことは必定なり。この故に一往おそろしきに似たり。然るに日蓮は已に頚をはねられ、魂魄のみ佐渡にいたって、これをしるして有縁の弟子へおくれば、縦い後難来るというとも怖しからざるなり云云。

一、九月十二日文。(同n)

  御法則抄に云く「十二日は表還滅の十二因縁なり」と云云。

一、子丑の時に頚はねられぬ文。(同n)

  「子の時」は、鎌倉を引き出し奉る時なり。種々御振舞抄二十三四十六に云く「さては十二日の夜・武蔵守殿のあづかりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしに」と云云。夜半は即ち子の時なり。「丑の時」は正しく頚の座に引き居え奉るなり。妙法尼抄十三四十三に云く「鎌倉竜の口と申す処に九月十二日の丑の時に頚の座に引きすへられて候いき」と文。

  今「子丑」というは、これ始終を挙ぐるなり。「頚はねられぬ」とは、只この義は頚を刎ねらるるに当るなり。例せば「普明、頚を刎ねらる」の文の如し。これ則ち「及び刀杖を加う」の文に合するなり。「魂魄・佐渡の国にいたりて」とは、「数数擯出せられん」の文に合するなり。故に蓮師は「不愛身命、但惜無上道」の法華経の行者なること、誰かこれを疑うべけんや。仍これ附文の辺なり。

  問う、元意の辺は如何。

  答う、云云。

  重ねて問う、如何。

  答う、これ第一の秘事なりと雖も、略してこれを示さん。汝伏してこれを信ずべし。当に知るべし、この文の元意は、蓮祖大聖は名字凡夫の御身の当体、全くこれ久遠元初の自受用身と成り給い、内証真身の成道を唱え、末法下種の本仏と顕れたまう明文なり。

  問う、その謂如何。

  答う、凡そ丑寅の時とは陰の終り、陽の始め、即ちこれ陰陽の中間なり。またこれ死の終り、生の始め、即ちこれ生死の中間なり。古徳の云く「丑は是れ大陰の指帰、寅は是れ小陽の萠動なり。生生の始め、死死の終りなり」と云云。

  宗祖云く「相かまえて相かまえて自他の生死はしらねども御臨終のきざみ生死の中間に日蓮かならず・むかいにまいり候べし、三世の諸仏の成道はねうしのをわり・とらのきざみの成道なり、仏法の住処・鬼門の方に三国ともにたつなり此等は相承の法門なるべし」等云云。

  故に知んぬ、「子丑の時」は末法の蓮祖、名字凡身の死の終りなることを。故に「頚はねられぬ」というなり。

  寅の時は久遠元初の自受用身の生の始めなり。故に「魂魄」等というなり。

  房州日我の本尊抄見聞に云く「開目抄に、魂魄佐渡の国にいたりてとは、是れ凡夫の魂魄に非ず。久遠名字の本仏の魂魄なり」と云云。

  経王抄二十二十四に云く「此の曼荼羅能く能く信ぜさせ給うべし乃至日蓮がたましひをすみにそめながそて・かきて候ぞ信じさせ給え、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」と云云。

  明星直見の口伝に云く「即ち明星池を望みたまえば、日蓮が影は即ち今の大曼荼羅なり」と云云。

大曼荼羅とは、即ちこれ一念三千即自受用身なり云云。釈尊は、二月八日の明星の出ずる時、霍燃と大悟したまうを成道の相と名づくるなり。明星の出ずる時は、即ちこれ寅の刻なり。吾が祖もまた爾なり。名字凡夫の当体、全くこれ久遠元初の自受用身と顕れ、内証真身の成道を唱え給うなり。故に佐渡已後に正しく本懐を顕すなり。

  当に知るべし、鬼門は即ち丑寅の方なり。霊鷲山は王舎城の鬼門なり、天台山は漢陽宮の鬼門なり、比叡山は平安城の鬼門なり。類聚第一巻の如し。富士山もまた王城の鬼門なり。義楚六帖二十一巻の録外第五七、啓運抄三二十九の如し。往いて見よ。

  またまた当に知るべし、当山の勤行は、往古より今に至るまで正しくこれ丑寅の時なり。これを思え、これを思え。

一、返年の二月・雪中にしるして有縁の弟子へをくれば等文。(二二三n)

  既に竜口を御遁れ、十三日午の時に依智に著きたまい、本間六郎が家に入りて二十余日御逗留、十月十日に依智を御立ち、同じき二十八日に佐渡に著き給い、十一月朔日より塚原に移りたまい、その比より御勘え、翌年二月御述作し、即ち中務三郎左衛門に賜うなり。佐渡抄十四九、往いて見よ。

  問う、弟子は定めてこれ有縁なり。豈弟子の無縁なるものあるべけんや。

  答う、弟子は皆これ有縁なり。就中この三郎左衛門兄弟四人は、竜口の御難の時、一度に腹を切らんと思い定めし人々なり。故に有縁の中の有縁の弟子なり。当に知るべし、「有縁の弟子」とは本仏有縁の弟子なるのみ。

一、をそろしくて・をそろしからず文。(同n)

  啓蒙に云く「既に幽霊の書なるが故に恐ろしき義なり。年来有縁の師なるが故にをそろしからず。常の他人之を見ば、幽霊の書なるが故にいかにをぢぬらん」と云云。

  今謂く、経に云く「濁劫悪世の中には、多く諸の恐怖有らん乃至身命を愛せず、但無上道を惜しむ」と云云。この文の意なり。所謂、当世の諸人を経文に引き会せ、面に法華の怨敵・無間の罪人なりと書したまえば、良に濁劫悪世の中に多く諸の恐怖あらん、故に一往は怖しきに似たり。然りと雖も、日蓮は「不愛身命、但惜無上道」の法華経の行者なり、何の恐怖かあらん。故に「をそろしくて・をそろしからず」と云云。略して前にこれを示す云云。啓蒙の義、笑うべし、笑うべし。「みん人いかに・をぢぬらむ」とは、「不愛身命」の志の決定せざる人なり。

一、此れは釈迦・多宝等文。(同n)

  問う、所述付嘱の意、如何。

  答う、今応に引く所の勧持品の経文は、釈迦・多宝・十方の諸仏の、未来日本国の当世に応に禅・律等の三類の強敵あって法華の行者日蓮を怨むべきの為に、為体を写したまう明鏡なり。然れば則ち勧持品の経文は、全体が日蓮が身の上の事なり。故にこの経文を日蓮が形見と見るべしとなり。またまた当に知るべし、勧持品の経文を形見と見るは、即ち当抄を形見と見るの義なり。これ則ち当抄に勧持品の経文を引いてこれを釈する故なり。

一、勧持品に云く等文。(二二四n)

  この下は次に正しく経を引いてこれを釈す、文また二と為す。初めに経を引き、次に「鷲峯」の下はこれを釈す。初めの経を引くにまた二あり。初めに当品を引き、次に「涅槃」の下は助証。初めの当品を引くにまた二あり。初めに経を引き、次に釈を引く。

一、唯願くは慮したもうべからず等文。(同n)

  初めに経を引く、文また三と為す。初めの一行は総じて時節を論じ、次に「諸の」の下は別して三類を明かし、三に「濁劫」の下は誹謗の所以を明かす。

一、諸の無智の人(乃至)有らん等文。(同n)

  この下は別して三類を明かす、自ら三あり。初めの一行は俗衆増上慢、次に「悪世」の下の一行は道門増上慢、三に「或は」の下の五行は僣聖増上慢なり。

一、濁劫悪世の中等文。(同n)

  この下は誹謗の所以を明かす、また二あり。初めに外魔の身に入るが故に、次に「濁世」の下は内心愚癡なるが故なり。

一、涅槃経の九に云く等文。(同n)

  会疏九二十一。「又云く、爾の時」は同巻三十八。

一、世間の荘厳の文飾無義の語を安置す文。(同n)

  啓蒙に点ずるなり。

一、六巻の般泥●経文。(同n)

  第六巻五の「我如来と」とは、本経に「我汝等と」というなり。「如来」の二字、伝写の謬りなり。

一、涅槃経に云く、我涅槃の後等文。(同n)

  会疏第四十三。

一、袈裟を服ると雖も猶猟師の如く細かく視、徐ろ行くこと猫の鼠を伺うが如し文。(同n)

  点ずるが如し。

   (第三十九段  三類について釈す)

一、夫れ鷲峯・雙林等文。(二二五n)

  この下は第二に釈、また二あり。初めに略して示し、次に「妙法華経」の下は広く釈す、また三あり。初めに総じて時節を論じ、次に「第一の有諸」の下は別して三類に配し、三に「無眼」の下は結なり。初めの総じて時節を論ずるにまた三あり。初めに諸品を引いて正しく末法を明かし、次に「天台」の下は像法を簡び、三に「此は教主」の下は仏語の差わざるを明かす。

一、恐怖悪世中文。(同n)

  御書一七九に云く「『恐怖悪世中』の経文は末法の始を指すなり」と云云。また云く「添品法華経に云く『恐怖悪世中』と云云。今これを云云するなり。

一、此は教主釈尊等文。(同n)

  この下は三に仏語の差わざるを明かす、また二あり。初めに正しく明かし、次に「周の第四」の下は例を引く、また二あり。初めに外を以て内を況し、次に「されば仏」の下は前を以て後に例す。

一、周の第四昭王の御宇二十四年等文。(同n)

  応に「二十六年」に作るべきなり。

  問う、如来の生滅の日月に多くの異説あり。然るに天下の相伝は、四月八日を仏生の日と為し、二月十五日を仏滅の日と為す。その謂は如何。

  答う、現証これ分明なるが故なり。謂く、周書異記に云く「昭王の二十六年甲寅四月八日、江河池井汎溢す等。蘇由云く、大聖人有って西方に生ると」云云。又云く「穆王の五十三年壬申二月十五日、暴風忽ちに起り、屋を発き木を折る等。扈多云く、西方の大聖人の終亡の相なり」と云云。

  問うて云く、或る儒生の云く「周書の四月は即ち今の二月なり。又彼の二月は即ち今の十二月なり。其の故は震旦に正を立つること三代に異有り。謂く、夏の代には寅の月を正月と為し、殷の代には丑の月を正月と為し、周の代には子の月を正月と為す。而るに仏の生滅は並びに周代に在り。若し周書異記の現証に拠らば、応に是れ二月八日を仏生の日と為し、十二月十五日を仏滅の日と為すべし。釈氏仍此の事を知らず」等云云。この義は如何。

  答う、諸文の中にも異説紛紜たり。今儒書を引いて略してその義を示す。書経第四十四伊訓篇に云く「惟れ元祀十有二月」と云云。

  註に云く「夏には歳と曰い、商には祀と曰い、周には年と曰うは一なり。元祀は太甲即位の元年なり。十二月とは、商は丑に建つるを以て正と為す。故に十二月を以て正と為すなり。三代に正朔同じからずと雖も、然も皆寅の月を以て数を起す。蓋し朝覲会同、暦を頒ち時を授くるに則ち正朔を以て事を行い、紀月の数に至っては則ち皆寅を以て首と為すなり」と云云。

  また曰く「詩に曰く、四月維れ夏、六月徂く暑ありと。則ち寅の月より数起つ、周未だ曽て改めず」と云云。

  また云く「秦は亥に建つ。而るを史記に始皇の三十一年、更て臘を名づけて嘉平と曰う。夫れ臘は必ず丑に建つる月なり。秦、亥を以て正と為す。則ち臘を三月と為す。十二月と云うは則ち寅の月より数を起つ。秦未だ曽て改めざるなり」と云云。

  また云く「漢の初に史氏の書く所は旧例なり。漢、秦の正に仍り、亦元年冬十月と曰うは、則ち正朔を改めて月数を改めざること亦已に明らかなり」(略抄)と已上。

 また、宋の景濂が文粋に、孔子の生卒の歳月を弁じて「或る云く、人周の十月は即ち夏の八月とは非なり。三代に建つること異なりと雖も、而も月は則ち未だ曽て改めず。否ざれば則ち春は夏に入り、夏は秋に入り、錯乱して歳を成ぜず」略抄と已上。

  文理分明なること宛も日月の如し。彼尚儒書を知らず、焉ぞ仏家を知らんや。故に知んぬ、殷の代には但十二月を正月と名づけ、周の代には十一月を正月と名づけて朝覲等の礼法を執り行うのみ。若し月数に至っては全く夏の代に同じく、寅の月を以て首と為す。

  詩経第九五十九小雅の四月篇に云く「四月維れ夏、六月徂く暑あり」と。註に云く「四月、六月も亦、夏正を以て之を数う」等云云。故に周の四月は即ち今の四月なり。周の二月もまた今の二月なり。故に天下相伝の四月八日を仏生の日と為し、二月十五日を仏滅の日と為す。これ則ち周書異記の現証に拠るが故なり云云。統紀二八、同三十五三、名義三二十二、随筆三四十三、往いて見よ。

  問う、当時の正月は全く夏の代に同じ。これ何れの代よりするや。

  答う、前漢の第六孝武帝の太初元年よりこれを改めて今に至るか。

  十八史略二三十三に「漢の武帝の太初元年十一月甲子朔旦冬至、太初暦を作り、正月を以て歳の首と為す」と。註に云く「夏正を用うるなり」等云云。和漢合運第二四十五に云く「太初元年宋の暦数、始めて夏正を用う」と云云。

一、されば仏等文。(二二六n)

  付法蔵経二八、また五五、同六。

一、六百年の馬鳴・七百年の竜樹文。(同n)

  これは摩耶経の説なり。

   (第四十段  別して俗衆・道門を明かす)

一、第一の有諸無智人文、(二二六n)

  この下は別して三類に対す、自ら三あり。第一俗衆云云。

一、東春に云く「公処に向う」文。

  問う、これ第三の文なり。何ぞ第一に引くや。

  答う、今「公処」の二字を用う。この故にこれを引いてこれを略す。

一、第二の法華経の怨敵文。(同n)

  この下は道門、念仏者に配す、また三あり。初めに重ねて経釈を引き、次に「道綽」の下は正しく念仏者に配し、三に「釈迦・多宝」の下は怨敵を結す。

一、悪世中の比丘等文。(同n)

  重ねて経釈を引く中に、初めに重ねて経文を蝶し、次に今経流通の涅槃経の「諸の悪比丘」の文を引いて、今経の「邪智にして心諂曲」等の義を助くるなり。またこの邪智の悪比丘とは、即ち無信の僧なり。故に止観の「若し信無きは高く聖境に推して」の文を引いて、その義を顕すなり。涅槃経の中の「若し智無きは」等の文は、只これを借りて「未だ得ざるを為れ得たりと謂う」を顕すなり。僣聖を破するを謂うには非ざるなり。

一、道綽禅師が云く文。(同n)

  この下は次に正しく念仏者に配す、また二あり。初めに能釈の邪正を判じて経文に配し、次に「涅槃経」の下は所信の善悪を判じて謗法を顕す云云。初文を二と為す。初めに能釈の二文を引き、次に「道綽と伝教」の下は邪正を判ず。能釈の二文とは、道綽・法然これ一文、妙楽・伝教・恵心これ一文なり。

一、道綽と伝教等文。(二二七n)

  この下は邪正を判ず、また二あり。初めに邪を責め、次に「第二の悪世」の下は結。初めの邪を責むるにまた二あり。初めに末弟、次に法然云云。

一、第二の悪世等文。(同n)

  この第二の文頭に、「然則」の二字を入れて見るべし云云。

一、涅槃経に云く(乃至)此よりの前は等文。(同n)

  第七二十四の文なり。

  この下は次に所依の善悪を判ず、また二あり。初めに正しく判じ、次に「猶華厳」の下は結。初めの正しく判ずるにまた二あり。初めに経釈を引き、次に「外道」の下は初文を判ず、また二あり。初めに経を引き、次に「妙楽」の下は釈を引く、また二あり。初めに三教を邪と名づけ、次に「止観」の下は四味を邪と名づく。

一、妙楽云く、自ら三教を指して。(同n)

  玄九三、竹九四、取意の文なり。

  「止観に云く」は第二三十七、「弘決」は二末二十一。既に「唯円を善と為す」という。故に知んぬ、四味を悪と名づくることを。

一、外道の善悪等文。(同n)

  この下は内外相対、大小相対、権実相対並びに今昔二円相対して善悪を判ずるなり。記一本四十九。

一、爾前の円は相待妙なり、絶待妙に対すれば猶悪なり等文。(同n)

  一義に云く、爾前の円は相待妙なり、法華の絶待妙に対すれば悪なりと云云。唱法華題目抄の第四の義筋に当るなりと云云。今謂く、この義は不可なり。唱法華題目抄の第四義は、全く爾前に相待妙を立つる義に非ず。相待妙をば法華に立て巳って、爾前の円を以てこの相待妙に同ずるなり。

  一義に云く、爾前の円は法華の待絶二妙に対すれば悪なり云云。今謂く、この義も相待妙、絶待妙の文言穏やかならず、会釈ありと雖も、尚美からざるなり。

  今案じて云く、この段、文は略すれども意は周し。文意に云く、爾前の円は法華の相待妙に対するに悪なり。相対妙に同ずるとも、絶待妙に対すれば悪なり。前三教に摂すれば猶悪なり云云。故に「相待妙・絶待妙」というなり。竹二六十六、また六十八。

一、爾前のごとく彼の経の極理を行ずる猶悪道なり、況や観経等文。(二二七n)

  問う、若し爾らば観経は爾前に非ずや。

  答う、またこれ文略なり。意に云く、爾前の華厳・般若の如く彼の経の極理を行ずる、尚悪道なり。況や華厳・般若に及ばざる方等部中の観経をや云云。故に法然所依の観経は邪悪の小法なり。故にこれを行ずる人は邪悪の人なり。故に今経に「邪智にして心諂曲」と説き、涅槃経には「悪比丘」と説くなり。縦い謗法なきも尚爾なり、何に況や法然房の大謗法あるをや云云。

一、猶華厳・般若等文。(同n)

  この下は上を結して謗法を顕すなり。

一、釈迦・多宝等文。(同n)

  この下は第三に怨敵を結するなり。

   (第四十一段 第三僣聖増上慢を明かす)

一、第三は、怨敵等文。(二二七n)

  この下は第三の僣聖を禅・律二宗に配す、また三と為す。初めに重ねて経釈を引き、次に「東春に、即是」の下は通じて二宗を指し、三に「止観」の下は別して禅徒を破す。

一、華洛には聖一。(二二八n)

  釈書七初。「鎌倉には良観」は釈書十三十五。

一、止観の第一文。(同n)

  弘一上八、甫註十一四、止五二、弘五上十八、止七七十に云く「今十意の仏法を融通する有り。一には道理乃至十には一一の句偈、心に入って観を成ず」と文。弘七末六十一。

一、止観の七に云く文。(二二九n)

  第七七十八。「隠隠轟轟」とは皆馬車の声なり。弘七末八十二、「禅祖の一・その地を王化す」とは、「王」は主の義なり。

一、無眼の者等文。(同n)

  この下は釈中の第三、結文なり。

一、一分の仏眼を得るもの此れをしるべし文。(二二九n)

  御書二十三二十七に云く「究竟円満の仏にならざらんより外は法華経の御敵は見しらさんなり、一乗のかたき夢のごとく勘へ出して候」と云云。宗祖既に末法の始めの三類の強敵を知る。若し爾らば内証は「究竟円満」の仏にてましますか。然るに或は「一分の仏眼」といい、或は「夢のごとく勘へ出して」という、仍卑謙の御辞か。また撰時抄下に云く「此れを能く能く知る人は一閻浮提第一の智人なるべし」(取意)と云云。

  (第四十二段 諸宗の非を簡ぶ)

一、当世の念仏者等文。(二二九n)

  この下は次に正しく法華経の行者なるを顕す、また二と為す。初めに非を簡び、次に「仏語」の下は是を顕す。初めの非を簡ぶにまた三あり。初めに浄・禅二宗、次に天台・真言、三に「寺塔」の下は世の罪。

  (第四十三段 正しく法華経の行者なるを顕す)

一、仏語むなしからざれば等文。(二三〇n)

  この下は是を顕す、また二あり。

  初めに正しく顕し、次に「有る人」の下は難を遮す。

  初めに正しく顕すにまた三あり。初めに仏語の差わざるを明かし、次に「抑」の下は正しく法華経の行者なるを明かし、三に「日蓮」の下は伏疑を遮す。

  初めの仏語差わざるにまた二あり。初めに順、次に反。

一、但し日蓮は法華経の行者にあらず等文。(同n)

  この下は伏疑を遮す、また二あり。初めに伏疑を挙げ、次に「提婆」の下は釈なり。

一、仏と提婆等文。(二三〇n)

  雑阿含四十六十四、名疏九六、弘二末三十四。

一、聖徳太子等文。(同n)

  御抄三十九三十五。

  (第四十四段 行者値難の故を明かす)

一、有る人云く当世等文。(二三〇n)

  この下は次に遮難、また二あり。初めに行者安穏・謗者現罰の文を交引いて以て難を立て、次に答、また二と為す。初めに正しく答え、次に「疑つて云くいかにとして」の下四十二は、行者値難の利益を明かす。初めの正しく答うるにまた二と為す。初めに釈、次に「詮ずるところ」の下は結。初めの釈にまた二あり。初めに却って行者値難の文を引いて反難し、次に「事の心」の下は謗者に現罰の或はあり或はなき所以を明かすに、また三と為す。一には行者宿罪の有無に由り、二には謗者堕獄の定・不定に由り、三には守護神の捨・不捨に由る。

一、若しは実にもあれ若しは不実にもあれ文。(同n)

  釈書二十九八。

一、若しは殺若しは害文。(同n)

  会疏三五十七。

一、仏は小指を提婆にやぶられ文。(同n)

  大論九二、目連雑含一の十、八巻十三。

一、提婆菩薩。(同n)

  統紀五二十紙、即ち三義を立つ云云。

一、師子尊者。(同n)

  付法蔵経六十一、正宗記四十三に往因を明かすなり。

一、竺の道生文。(同n)

  高僧伝七二、統紀三十七十四。

一、法道は火印文。(同n)

  四二十一、統紀四十七十七、「北野」は啓蒙二十七八十二。「白居易」は九二十四。

一、倩事の心を案ずるに等文。(二三一n)

  この下は一には行者の宿罪の有無に由るとはまた二段あり。初めの文意は、宿謗なき法華の行者を世間の失に寄せ、或は世間の失なきを怨すれば忽ちに現罰あり。例せば修羅が帝釈を射る等の如し。

  次の文の意は、宿謗あれば法華経の行者をば怨すれども現罰なきなり。「天台云く」等の文は、玄六十二、大論九三、啓運一六十六。「心地観経」とは諸経要集十四九に但「経に曰く」というのみにて「心地観経」とはいわず。古来相伝して「心地観経」というなり。「不軽品」とは甫註十十六、往いて見よ。

一、又順次生等文。(二三一n)

  この下は二には謗者堕獄の定・不定に由るとは謂く、順次生に必ず堕獄すべき者は、法華の行者に怨すれども現罰なし。一闡提の如きはこれなり。若し順次生に堕獄不定の者は、或は現罰あり、夢中に羅刹の像を示し、菩薩心を発さしむる等のごとし。

一、一闡提人これなり文。(同n)

  御書二十八六に云く「今の世は既に末法にのぞみて(乃至)日本国一同に一闡提大法謗の者となる」と云云。故に知んぬ、日本国一同に一闡提の人なることを。故に順次生に堕獄すること決定の者なり。故に現罰なきなり。

一、涅槃経に云く、迦葉菩薩文。(同n)

  会疏九十一、この下は堕獄不定の人に約す。「枯木石山」等の文は、闡提堕獄決定の文を挙げて以て初義を結するなり。

一、例せば夏の桀等文。(同n)

  啓蒙十五三十九、註千字上九、蒙求下十九。少々の天災ありといえども彼の極悪に望むれば、ありと雖もなきが如し。故に無に属するなり。

一、又守護神等文。(同n)

  この下は三に守護人の捨・不捨に由る。文意は、今末法は悪国謗法の世なるが故に、守護神この国を捨て去る、故に謗者には現罰なし。故に知んぬ、聖代明時の正法の国をば諸天善神守護する故に、法華の行者に怨すれば忽ちに現罰あり。今、一辺を釈すと雖も、その義自ら宛然なり。故に守護神の捨・不捨に由るというなり。

  上来の三義の大意は、若し行者安穏・謗者現罰の文の如きは、これ宿謗なき行者に約す、故にまた謗者堕獄不定の人に約す、故にまた諸天善神の国土を守護するに約するが故なり。然るに日蓮が如きは、身に宿謗なきに非ざるが故に、また日本一同に謗法堕獄必定の故に、守護神この国を捨て去るが故に、日蓮を怨むと雖も而も現罰なし等となり。

  問う、蓮祖は既にこれ本化の菩薩なり。何ぞ宿謗あらんや。

  答う、不軽菩薩は釈尊果後の応用なり。何ぞ宿罪あらんや。故に示同凡夫の辺に拠るなり。

  問う、蓮祖始めは大難に値うと雖も、終には免許を蒙り、その身安穏なり。若し謗者は始めは事なしと雖も、終には現罰を蒙り、その身滅亡せり。所謂、東条景信は十羅刹の責を被って早くその身を失う。御抄七三十三の如し。またまた清澄寺の明心房・円智房は現に白癩を得、道阿弥は無眼の者と成る。御書十六七十一の如し。また極楽寺重時は我が身並びに一門皆滅亡せり。御書三十九二十六の如し。何ぞ蓮祖を怨むと雖も而も現罰なしというや。

  答う、この義を知らんと欲せば、先ず須く所対に依って罪の軽重あるを了すべし。兄弟抄に云く「●をもつて虚空を打てばくぶしいたからず、石を打てばくぶしいたし。悪人を殺すは罪あさし、善人を殺すは罪ふかし。或は他人を殺すは●をもつて泥を打つがごとし。父母を殺すは●をもつて石を打つがごとし。鹿をほうる犬は頭われず、師子を吠る犬は腸くさる。日月をのむ修羅は頭七分にわれ、仏を打ちし提婆は大地われて入りにき。所対によりて罪の軽重はありけるなり」と云云。

  またまた将に怨敵の強大なることを知るべし。御書三十六十に云く「日本国の男女・四十九億九万四千八百二十八人ましますが・某一人を不思議なる者に思いて余の四十九億九万四千八百二十七人は皆敵と成りて、主師親の釈尊をもちひぬだに不思議なるに、かへりて或はのり或はうち或は処を追ひ或は讒言して流罪し死罪に行はる」と已上。

  また三十七二十八に云く「今は又法華経の行者出来せり日本国の人人癡の上にいかりををこす邪法をあいし正法をにくむ、三毒がうじやうなる(乃至)今日本国の人人四十九億九万四千八百二十八人の男女人人ことなれども同じく一の三毒なり、所謂南無妙法蓮華経を境としてをこれる三毒なれば人ごとに釈迦・多宝・十方の諸仏を一時にのりせめ流しうしなうなり」と云云。

  当に知るべし、所対已に末法下種の主師親の三徳なり。況や怨敵強大なり。故に所難の如きの現罰は、ありと雖もなきが如し。故に無に属し現罰なきというなり。また今、所引の中の「主師親の釈尊」の文、「南無妙法蓮華経を境としてをこれる」等の文に意を留むべし云云。

  撰時抄上二十に云く「法華経をひろむる者は日本国の一切衆生の父母なり乃至今の日本国の国主・万民等雅意にまかせて父母・宿世の敵よりも(乃至)つよくせめぬるは現身にも大地われて入り天雷も身をさかざるは不審なり」と。

  四信抄に云く「相州は日蓮を流罪して百日の内に兵乱に遇えり」等云云。これ則ち文永九年二月十一日の同士軍の事なり。この時、多くの一門悉く滅亡せり。今案じて云く、この同士軍は正しくこの抄下巻の述作の時に当れり。佐渡抄十四九、これを見合すべし。

  その外、正嘉の大地震・文永の大彗星に日本国の人々皆頭われたり等の事、平左衛門が宗祖滅後十二年に滅亡の事、また鎌倉の代も宗祖滅後五十二年に滅亡等の事、別抄の如し。故にこれを略す。

一、謗法の世をば守護神すて去り諸天まほるべからず等文。(二三一n)

  問う、諌暁八幡抄二十七二十五に云く「経文の如くんば南無妙法蓮華経と申す人をば梵天・帝釈・日月・四天等・昼夜に守護すべし」と云云。豈相違に非ずや。

  答う、諸天謗法の国を捨離すとは、安国論所引の四経の文に分明なり。已にその国を去れば、正法の行者も自ら放捨せらるるの義なり。然りと雖も、若し正法の行者その国に在らば必ず守護したまうべし。これ共業別感あるが故に進退の判釈を設けたまえり。

  故に諌暁八幡抄に云く「此の大菩薩は宝殿をやきて天にのぼり給うとも法華経の行者・日本国に有るならば其の所に栖み給うべし」と。

  また四条金吾抄十六六十二に云く「されば八幡大菩薩は不正直をにくみて天にのぼり給うとも、法華経の行者を見ては争か其の影をばをしみ給うべき」と云云。この意なり。

  故に今諸天善神、守護なしというと雖も、また守護あること分明なり。所謂竜口の光物、依智の星下り、豈現証に非ずや。啓蒙一三十一。

   (第四十五段 法華経の行者を顕す文を結す)

一、詮ずるところ等文。(二三二n)

  この下は三に結文なり。謂く、法華の行者の心地を結示するなり。若しこの心地決定せざれば、法華経の行者に非ざるなり。この下の九行余りの文、肝心なり。中に於ても別して肝要の文あり、意を留むべきなり。

一、善に付け悪につけ等文。(同n)

  「日本国の位をゆづらむ」とたばかるは善につけてなり。「父母の頚を刎ん」とおどすは悪につけてなり。これ世間の極善・極悪を挙ぐるなり。

一、大願を立てん句、日本国の位をゆづらむ句、法華経をすてて観経等について後生をごせよ句、父母の頚を刎ん念仏申さずば云云。(同n)

  一たびこの文を拝せば涙数々降る。後代の弟子等、当に心腑に染むべきなり云云。

一、我日本国の柱とならむ等文。(同n)

  この下に三譬。只師の徳のみに譬うるか、或は三徳に配するか。

 (第四十六段 転重軽受を明かす)

一、疑つて云くいかにとして等文。(二三二n)

  この下は次に行者値難の利益を明かす、また二あり。初めに転重軽受、次に「涅槃経」の下は不求自得。初めの転重軽受の文にまた三あり。初めに経を引き、次に「此の経文」の下は釈、三に「日蓮」の下は結なり。

一、般泥●経等文。(同n)

  法顕三蔵の訳六巻あり。第四八四依品の文なり。初めに経を引く、また三あり。初めに過去の重罪、次に「是の諸」の下は現世の軽受、三に「及び余」の下は所以を結す。

一、此の経文・日蓮が身に宛も符契のごとし文。(同n)

  この下は釈、また二あり。初めに現世軽受の八句を釈し、以て一身に合するなり。佐渡御抄十七二十四に云く「日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に(乃至)此八種の大難に値るなり、此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり」略抄と。

一、斯由護法等文。(二三二n)

  この下は次に結文を釈す、また三あり。初めに文を牒し、次に「摩訶止観」の下は止観の文を借りて以て経意を示し、三に「我れ無始」の下は釈なり。

一、摩訶止観等文。(同n)

  第五巻三の文なり。止観の文を借りて経意を示すに、また三あり。初めに所弘の法力を簡び、次に「今止観を修して」の下は能弘の行力を示し、三に「又云く」の下は止観の意を助くるなり。

  問う、止観借用の意は如何。

  答う、定散・権実・自行化他殊なりと雖も、その趣はこれ同じ。故に彼れを借りて此れを顕すなり。

  問う、経には「護法」というに、何ぞ「能弘」等というや。

  答う、妙楽の云く「護持とは即ち流通の異名」と云云。流通は即ち弘通なり。故に「能説・所弘」という。これ即ち顕し易きが故なり。

一、止観を修せ令文。(同n)

  「令」の字は応に「今」の字に作るべし。

一、健病虧ざれば等文。(同n)

  問う、この下の八字の意、如何。

  答う、先ずこの止観の文は、十境の次第を釈する時、病患境の次に業境の発することを釈する文なり。宿業冥伏して身中にこれあり。散善の分にては動ぜざる処に、今円頓止観を修するが故に宿業発動するぞとなり。弘五上二十三にこの文を釈して云く「健は謂く、已に大と分とを観ずるなり。病は謂く、已に病境を観ずるなり。三皆曽て観ず、故に虧けずと云う。観に因って業を動ず。故に生死の輪を動ずと云う。業相は是れ能運、生死は是れ所運。生死を載するの輪なれば生死の輪と名づく」と。

  陰入境は地水火風の四大なり。煩悩境は貪瞋癡等分の四分なれば、大と分とを観ずるというなり。この二を健というは病境に対する言なり。この三境を虧けずして観ずれば諸業を発動するぞという義なり。業を生死の輪という事は弘の文の如し。業はこれ生死を載する輪なるが故に生死の輪というなり。

一、我れ無始より等文。(二三二n)

  この下は釈、また二あり。初めに過去の重罪を挙げ、次に「功徳」の下は正しく釈するなり。若し経文に在っては、過去の重罪は最も始めに居す。然るに今釈する時は、結文の釈の中にこれを挙げたまうことは、凡智の及ぶ所に非ざるなり云云。

一、功徳は浅軽なり等文。(二三三n)

  この下は、正しく護法力の文を釈す、また二あり。初めに所弘の法力を簡び、次に「鉄を熱」の下は能弘の行者を顕すなり。

一、鉄を熱等文。(同n)

  この本拠、大宝積経第百十六に出でたり。

一、今ま日蓮等文。(同n)

  この下は第三に結文なり。「日蓮・強盛に国土の謗法を責むれば」とは、即ち次下の所謂「今生の護法」なり。

一、鉄は火に合わざれば等文。(同n)

  「鉄」と「流」と「師子」とは過去の重罪なり。「火」と「水」と「手」とは「今生の護法」なり。

   (第四十七段  不求自得の大利益)

一、涅槃経に云く等文。(二三三n)

  この下は不求自得の利益を明かす、また三あり。初めに経を引き、次に「此の経文」の下は釈、三に「我並びに」の下は結勧。初めの経を引くに、また二と為す。初めに譬、次に「文殊」の下は法に合す。

一、此の経文は章安等文。(同n)

  この下は釈、また二あり。初めに譬の文を釈して以て身に当て、次に「引業」の下は法に合する中の文を釈す。

一、引業と申すは等文。(同n)

  この下は法に合する中の文を釈す、また二あり。初めに「梵天を求めざれども梵天自ら至る」の文を釈し、次に「又仏」の下は「解脱を求めずと雖も解脱自ら至る」の文を釈す。

  問う、「引業」とはその義、如何。

  答う、倶舎等に引業満業という事あり。引業はまた総報業と名づけ、満業はまた別報業と名づく。謂く、殺生の業に依って等活に堕し、五逆等に依って無間に堕し、戒善に依って人天に生まるる等、これを引業というなり。各しの果報を受くと雖も、また各その中に果報の勝劣同じからず、これ満業に依るなり。またこの「梵天自ら至る」の釈中にもまた二あり。初めに常途の通因を挙げ、「今此の貧女」の下に相似の別因を明かす。

一、又仏になる道は等文。(二三四n)

  この下は「解脱を求めずと雖も」等を釈す、また二あり。初めに諸宗を簡び、次に「而ども一代」の下は直ちに経説に拠る。

一、石女に子のなきがごとし文。(同n)

  「うまずめ」とよむなり。甫註十一二十一に云く「男女の根無きが故に石女と云うなり」と。

一、不求解脱等文。(同n)

  この文は証前起後なり。

一、我並びに我が弟子文。(同n)

  この下は第三結勧の中に、初めに弟子、次に檀那なり。

一、皆すてけん等文。(同n)

  佐州より鎌倉辺の御弟子等を御推察の御文章ならんか。興師は佐州まで御伴なり。自筆日記に云云。

   (第四十八段  適時の弘教を明かす)

一、疑つて云く念仏者と禅宗等文。(二三四n)

  当巻十五の「疑つて云く当世の念仏宗と禅宗」の下は、正しく法華の行者を顕す、文また二と為す。初めに経を引いて身に当て、次に今文の下は適時の弘教を明かすなり。大科の意、これを思え、これを思え。この下に適時の弘教を明かすにまた三あり。初めに問、次に答、三に「問うて云く」の下は料簡なり。答の文にまた三あり。初めに明文を引いて難を防ぎ、次に「夫れ摂受」の下は正しく釈し、三に「末法に」の下は意を結するなり。

一、止観に云く等文。(同n)

  第十三十五下、弘決十六十一。

一、一には摂・二には折等文。(同n)

  摂受・折伏の名目は、勝曼経に出でたり。彼の経の四に云く「此の衆生を見て、応に折伏すべき者は之を折伏し、応に摂受すべき者は之を摂受す。何を以ての故に。折伏・摂受を以ての故に法をして久住せしむ」等云云。文随八五十六に云く「折伏とは只是れ打破調伏なり。摂受とは彼の機を摂して之を受用するなり」等云云。「大経に刀杖を執持し」とは第三五十三、「下の文仙予」とは十一巻二十、「又」は二巻九十五。

一、文句に云く等文。(二三四n)

  第八六十六。「弓を持ち箭を帯し」とは、これ外護に約す。今の所用は只これ折伏の辺を取るのみ。

一、一子地に住す等文。(二三五n)

  「一子地」はこれ初地なり。これ則ちこの位に法界の衆生を一子の如く慈念するが故なり。故に摂受に当るなり。

一、涅槃経の疏に云く、出家在家法を護らん等文。(同n)

  第四巻三十三。この文の中の「出家」の二字は、伝写に謬って加えたるか。謂く、この所引の文を本文に引き合せてこれを写すの時、本文を謬見して卒爾にこれを加えたるか。

  彼の本文に云く「善男子正法を護持すとは広答、二と為す。一には在家、二には出家。在家の法を護らんにはその元心の所為を取り」等云云。既に科目の「出家」の二字に続いて「在家」という。故に後人、時に臨んで「出家在家の護法」と謬見するか。必ずしも末法無戒の証に擬せんと欲して、叨にこれを加えたるには非ざるか。草山抄九五、往いて見よ。所詮は「出家」の両字を除くべし。この文は在家の護法を明かすが故なり。

  問う、今既に「楽って人及び教典の過を説かざれ」等の文を引いて、直ちに蓮祖の弘通を難ず。何ぞ在家の護法を引いてこの経に会すべきや。

  答う、今の意は在家・出家を抱くには非ず、只これ摂折二門の修行には剛柔・水火の異同あることを知らしめんが為に、経釈の明文を引いて邪難を防ぐなり。

  問う、若し爾らば、出家の人に於ては刀杖を許さざるや。

  答う、今文は在家に約す。然りと雖も、出家の人にこれを制するには非ず。故に開山の二十六箇に「刀杖等に於ては仏法守護の為に之を許す。但し出仕の時節は帯す可からざるか」等云云。安国論愚記の如し。

一、事を棄て理を存して等文。(同n)

  威儀を修せざるは、即ちこれ事を棄つるなり。正法を護持するは、即ちこれ理を存するなり。

一、今の時は嶮にして法翳る文。(二三五n)

  人心嶮岨なること猶山嶽の如し。故に「嶮」というなり。楽天の云く「太行の路、能く車を摧く。若し君が心に比すれば是れ垣途なり」と。垣は平らかなり。「阿波の鳴戸は波風もなし」。

一、夫れ摂受・折伏等文。(同n)

  この下は次に釈、また三あり。初めに摂折偏執を示し、次に「無智」の下は摂受適時を明かし、三に「譬へば熱き」の下は譬。初めの摂折偏執の中に法譬あり、見るべし。

一、無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし文。(同n)

  安楽行品の初めに云く「後の悪世に於て、云何が能く是の経を説かん」と云云。この文、正しく「無智・悪人の国土に充満の時」を説くなり。これ則ち勧持品の中の「後の悪世の衆生は善根転少なくして、増上慢多く」及び「裟婆国の中は、人弊悪多く」等の文を指す。「後の悪世」と説くが故なり。

  問う、彼の品の中に既に三乗の行人を挙ぐ。何ぞ無智・悪人充満の悪国というや。

  答う、悪国というと雖も、善人無きには非ず。只これ少分なるのみ。例せば謗国の中にも少分は正信の者あるが如し云云。

一、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし文。(同n)

  少分は正信の者あるが故に「謗法の者の多き時」というなり。不軽品に云く「時に諸の四衆、法に計著せり」と。また云く「時の四部の衆の著法の者」と云云。これ則ち執権謗実・邪智謗法の者を説くなり。

一、譬へば熱き時に寒水を用い等文。(同n)

  この下は三に譬、また二あり。初めに摂折適時の得を顕し、次に「草木」の下は却って摂折偏執の失を示すなり。

一、草木は日輪の眷属文。(同n)

  「日輪」はこれ太陽、「草木」はこれ少陽なり。故に「眷属」というなり。易の中に、木を以て少陽に配するなり。

一、末法に摂受・折伏あるべし等文。(同n)

  問う、若し爾らば、末法もまた摂受を行ずべきや。

  答う、摂折二門に就いては古来の義蘭菊なり。今且く五義に約す云云。

  一には教法に約す。謂く、その大旨を論ずれば、法華は正しくこれ折伏の教法なり。これ則ち法華の開顕は爾前の権理を破し、法華の実理を顕すが故なり。玄文第九二十八に云く「法華折伏、破権門理」等云云。本迹開顕、准例して知るべし。

  二には機縁に約す。謂く、若し本已有善の衆生の為には、摂受門を以て而してこれを将護す。若し本未有善の衆生の為には、折伏門を以て而してこれを強毒す。この故に疏第十二十に云く「本已有善、釈迦小を以て而して之を将護す。本未有善、不軽大を以て而して之を強毒す」等云云。

  三には時節に約す。宗祖の云く「末法に於ては大小・権実・顕密共に教のみ有って得道無し一閻浮提皆謗法と為り畢んぬ、逆縁の為には但南無妙法蓮華経の五字に限る、例せば不軽品の如し」と云云。下の文に云く「設い山林にまじわって一念三千の観をこらすとも(乃至)時機をしらず摂折の二門を弁へずば・いかでか生死を離るべき」と云云。その外の諸文、枚挙に遑あらず云云。

  四には国土に約す。即ち今文の意なり。謂く、末法は折伏の時なりと雖も、若し横に余国を尋ぬれば、豈悪国なからんや。その悪国に於ては摂受を前と為すべし。然るに日本国の当世は破法の国なる事分明なり。故に折伏を前と為すべきなり云云。

  五には教法流布の前後に約す。既に竜樹・天親・天台・伝教等、前々流布の教法を破し、当機益物の教法を弘む。今、蓮祖もまた爾なり。前代流布の爾前・迹門を破して末法適時の大白法、本門寿量の肝心を弘むるなり。その相、諸抄の如し。これを略す。

   (第四十九段  折伏を行ずる利益)

一、問うて云く摂受問う文。(二三五n)

  この下は三に料簡、また二あり。初めに折伏の時に摂受を行ずるの失を明かし、次に「問うて云く」の下は折伏の時に折伏を行ずるの得を明かすなり。初めの文にまた二あり。初めに経を引き、次に「建仁」の下は台密二宗を破するなり。

一、涅槃経に云く等文。(二三五n)

  会疏三五十二。「善男子」の下は在家、「能く戒を持ち浄行を守護すと雖も」の下は出家なり。

一、法然・大日等文。(二三六n)

  「大日」とは能忍の事なり。釈書二五。

一、若し能く挙処を駈遣し、呵責せんは文。(同n)

  応に此くの如くに点ずべし。上の文に例して知るべし。

 「挙処」というは、啓蒙三十四に四義を出せり。

  一には謗者の住処を挙げて折伏する義なり。

  二には動なりの訓を用い、追いて処を去らしむる義なり。

  三には客の処を挙げて倶に駈遣すべし。

  四には罪を挙げて処分する義なり云云。

  此等の諸義、皆未だ分明ならず。今謂く「挙処」とは即ち一切の処なり。謂く、謗者の所至の処、一処をも漏らさず駈遣し、呵責すべしとなり。弘決第七末六十三に云く「空談なれば心を挙ぐとも法界に非ざるは無し」等云云。止随七五十八に云く「挙心とは一切心なり」と云云。また和訓には「処を挙って」と読むべし。例せば「世を挙って・人を挙って・国を挙って・身を挙って」等の如し。此等の例文を持って今の意を了すべきなり。

   (第五十段  結  勧)

一、夫れ法華経の宝塔品文。(二三六n)



  当抄の始終、文を分ちて三と為す。初めに標、次に釈、第三に当文の下は結勧なり。若し文相に拠れば上来一連の文なりと雖も、今元意を取って第三に結勧を科するなり。その例甚だ多し云云。

一、したしき父母なり文。(二三七n)

  異本に云く「しうし父母なり」等云云。今謂く、異本最も然るべきなり。

  一には当抄の大意に准ずる故に。謂く、既に巻の首に於て主師親の三徳を標し、巻の中に至って広く脱益の三徳を明かして下種の三徳を知らしむ。故に今、巻尾に至って応に三徳を挙げてこれを結すべきが故に。

  二には諸抄の例文に准ずる故に。謂く、当文の引証に既に「彼が為に悪を除くは即ち是れ皆この文を引いて三徳を明かす故に。撰時抄上二十に云く「章安大師云く『彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり』等云云、されば日蓮は当帝の父母・念仏者・禅衆・真言師が師範なり又主君なり」と云云。



  真言諸宗違目抄十七十一に云く「日蓮は日本国の人の為には賢父なり聖親なり導師なり乃至日蓮既に日本国の王臣等の為には『為彼除悪即是彼親』に当たれり」等云云。

  下山抄二十六三十七もこれに同じ。故に異本を正と為すべきなり。若し現本に准ぜば、只これ父母を挙げて即ち師・主を摂するなり。賢父・聖親は即ち主なり、即ち師なるが故なり。