現代宗教研究 第58号(2024.3)研究論文
日蓮宗の本尊と曼荼羅を檀信徒にどう説明するか
〜上行自覚を通じた経文解釈を基に〜
小 池 政 之
T、問題提起
本尊とはあらゆる宗教において、最も尊重されるべき礼拝の対象である。
宗祖は『開目抄』の中で、「天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり」と示されていることから、日蓮宗の本尊は特に明確かつ一義的であることが求められるはずである。
しかし残念ながら、日蓮門下だけでなく我が宗門内においてさえ、何が本尊なのかについて明確かつ一義的に定まっているとはいえないのが現状である。
思うに、この原因の一つとして、経文という確固たる根本規範があるのにもかかわらず、経文に基づかない恣意的な御遺文解釈が行われていることが挙げられる。
具体的にいうと、宗祖の御遺文では、対告衆の機根によって同じ言葉によってもその意味することが異なっている場合や、具体的な説明をあえて避けたと思われる場合があることから、その一義的でないその御遺文の文言解釈のために、経文を置き去りにしていわゆる“観心ずり”の中古天台思想に拘泥したり、また、明らかな偽書を基にすることで、経文から照らして非常に無理のある恣意的解釈を行っている場合が多く見受けられる。
しかし、我々日蓮宗は日蓮本仏論をとらない以上、法華経の経文こそが最勝の価値を有するのであり、御遺文解釈にあたっても経文に矛盾するような解釈は本来できないはずである。宗祖も「釋の意は経文に明ならんを用よ、文証無らんをば捨よと也」と経文に明らかでない教義は用いてはならないと戒めている。
また、檀信徒に対して顕本論や本迹論といった難解な天台教学に基づいて本尊や曼荼羅を説明しようとしても、その天台教学を我々日蓮宗教師側が統一的に理解できているとは思えないし、また、宗祖も『富木入道殿御返事』において「日蓮が法門は第三の法門なり」と天台教学からの独自性を強調しているのでそこに固執するべきではない。
そこで、一旦難解な教学論から離れて、御遺文から伺うことができる宗祖の上行自覚を通じた経文解釈に基づき、日蓮宗の本尊と曼荼羅を檀信徒にどう明確かつ一義的に説明すべきなのか、愚見を申し述べる。
U、宗祖の上行自覚
まず前提として、宗祖がその御生涯を通じて、特に佐渡流罪以降、本仏釈尊の久遠たる本弟子、上行菩薩の自覚を有していたこと自体は日蓮門下内でもほぼ争いはない。
具体的には、『開目抄』で「日蓮なくば此一偈の未来記は妄語となりぬ」「日蓮なくば誰をか法華経の行者として仏語をたすけん。中略 経文に我が身普合せり」と示す通り、宗祖は、その生涯を通じ、一貫して経文と自己、経文と歴史的事実を符合させるという方法をとっており、経文上出現する本仏釈尊の本化の弟子である上行菩薩の役割を担うのは、この日蓮であるという自覚を有していた。そして、その上行菩薩たる自覚が“法華経の行者”として、末法の時代に法華経を色読する、宗祖の行動の原動力になったものと思われる。
さらに、宗祖は自己だけでなく、宗祖に列なる弟子・檀越に対しても、本仏釈尊の本化の弟子である地涌の菩薩としての役割を担うことを要請していた。
『種種御振舞御書』や『諸法実相抄』といった御遺文を拝すると、宗祖は、自らだけでなく宗祖に列なる弟子・檀信徒もまた、地涌の菩薩たる自覚を有したうえで、地涌の菩薩としてお題目を娑婆世界に弘通する役割を強く求めていると拝察することができる(特に『諸法実相抄』の「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか」との文に顕されている)。
これは、経文では、上行菩薩だけでなく六万恒河沙の地涌の菩薩が出現することが予言されており、自身一人だけが上行菩薩の役割を担ってもこの経文を守ることができない。そこで、この法華経の経文を妄語としないために、弟子・檀信徒もまた経文に従って宗祖に続いて地涌菩薩としての自覚を有し、その役割を果たすことを要請したものと拝察する。
V、法華経の経文に照らして本尊をどう説明すべきか
1、宗祖にとっての本尊は何か
まず、本尊について、近世日蓮宗学の基礎を確立した優陀那日輝上人によると、根本尊崇、本来尊重、本有尊形の三義が備わっていることが必要となる。
経文においてこの三義が備わっている存在は何か、この観点で法華経本門を拝すると、本仏釈尊は、本化の弟子である地涌の菩薩を虚空会に呼び出し(涌出品、地涌の菩薩の本地を明らかにするために本仏釈尊が自己の久遠たる本地を明らかにし(寿量品)、そのうえで地涌の菩薩に対して法華経を結要付嘱されている(神力品)そして、地涌の菩薩はこの結要付嘱を受けるにあたり、法華経の弘通を誓願したうえで本仏釈尊に帰命しており神力品「南無釈迦牟尼仏、南無釈迦牟尼仏」、これらの経文からは、地涌の菩薩にとっての本仏釈尊は、根本尊崇、本来尊重、本有尊形、三義を備える本尊と解することができる。
そして、宗祖はこのような地涌菩薩の上首たる上行菩薩の自覚を有することからすると、宗祖と上行菩薩を同一視することができ、上行菩薩たる宗祖にとって、経文上、本仏釈尊が本尊にあたるといえる。
すなわち、@本化地涌の菩薩の本尊は本仏釈尊である(大前提)、A宗祖は上行・地涌の菩薩の自覚を有する存在である(小前提)、そうであれば、B宗祖の本尊は本仏釈尊である(結論)という、経文に基づいた三段論法である。これは、宗祖が『報恩抄』で「本門の教主釈尊を本尊とすべし」と明確に示されたことだけでなく、実際に宗祖が伊東海中出現の立像釈尊像を身延においても大切にお祀りし、御遺言でも「仏は墓所の傍に立て置く可し」と自らの墓の傍らに置く事を指示していたことや、鎌倉時代に描かれた宗祖説法図(妙法華寺蔵)を見ると、檀越に説法するにあたって曼荼羅ではなく本仏釈尊像を勧請していたことからも明らかである。
2、弟子・檀信徒にとって、またそれ以外の者にとっての本尊は何か
さらに、前述したように、弟子・檀信徒は、宗祖から地涌の菩薩の役割を担うことを要請されている立場であるから、経文上、地涌の菩薩の本尊が本仏釈尊である以上、地涌の菩薩と同一視できる弟子・檀信徒の本尊もまた、本仏釈尊であるといえる。
ただし、ここで一点注意することは、本仏釈尊は、あくまで地涌の菩薩たる役割を担う我々弟子・檀信徒にとっての本尊であるという点である。それ以外の法華経の信者でない、例えば真言宗の浄顕房などにとっては、『本尊問答抄』で「題目を以て本尊とすべし」と示されるように、「南無妙法蓮華経」の題目が本尊となろう。
その理由として、『観心本尊抄』でも取り上げられた、寿量品の良医治子の譬えが根拠として挙げられる。この譬えの中では、意識が倒錯していない息子たち(法華経の信者)は、父である本仏釈尊に従って良薬をすぐ服用して苦痛から解放されたが、毒によって倒錯する息子たち(それ以外の信者)は父である本仏釈尊を信じられず、父の御前で薬を飲まなかった。それゆえ、父は方便として姿をくらまし使者を遣って父は死んだと告げさせた(遣使還告)。
このように毒によって倒錯する信者にとっては、父である本仏釈尊は亡くなっている以上、まずもって良薬(妙法蓮華経)を飲む(南無)すること、つまりは、法華経の信者でない者にとっては、経文上、南無妙法蓮華経の題目受持が最も必要とされている。
すなわち、地涌の菩薩たる役割を担う弟子や檀信徒にとっての本尊は、主師親の三徳が具足する本仏釈尊、それ以外の倒錯する者にとっての本尊は是好良薬たる題目と、人の属性によって本尊を分ける事ができれば、本仏釈尊を本尊と置く『報恩抄』と、お題目を本尊と置く『本尊問答抄』とを、矛盾なく統一的に捉えることができ、地涌菩薩たる宗門檀信徒に対しては本尊は経文上本仏釈尊であると、明確かつ一義的に説明することができよう。
W、曼荼羅の位置付けはどう考えたらいいか
1、曼荼羅は「本尊」か
曼荼羅とは宗祖が本門八品、特に本仏釈尊が法華経を地涌の菩薩に結要付嘱されているお姿を儀相図顕化して顕わされたものである。
これは『観心本尊抄』で本尊の形貌を「其の本尊の為体、本師の娑婆の上に宝塔空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏多宝仏釈尊の脇士上行等の四菩薩文殊弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し迹化他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く十方の諸仏は大地の上に処し給う迹仏迹土を表する故なり」と示されており、この文言から、宗祖は二ヶ月半近く後に図顕される曼荼羅の形貌を、虚空会の儀相に擬するお考えであった事が拝察できる。
この曼荼羅と本仏釈尊の両者の位置付けについて、どちらが「本尊」かについて古来より争いがある(人法本尊問題)。
この点、法本尊正意の立場から、本仏釈尊ではなく、宗祖自らが揮毫された曼荼羅自体が本尊であるという考え方も古くから強く存在する。
宗祖が顕わされた雄大壮麗な曼荼羅の形貌からは、そう思えても何ら不思議ではない。しかし、その根拠になる直接的な経文が存在しない以上、曼荼羅自体を本尊とする事は経文解釈としては困難である。よって、曼荼羅自体は本尊ではない。
2、では、曼荼羅をどう位置付けるのか
この点、『報恩抄』には「本門の教主釈尊を本尊とすべし所謂宝塔の内の釈迦多宝、外の諸仏並に上行等の四菩薩脇士となるべし」との文がある。
この「所謂」以下の文は曼荼羅の上部部分を顕わしている。
そして、この「所謂」という言葉については、「言い換えれば」「ほかの言葉でいうと」という意味があるから、「所謂」を挟んで前段と後段は同一内容であり、『報恩抄』の「所謂」以下の部分は、前段の「本門の教主釈尊」を本尊として具体的にどう表現するのかを説明していると解釈する事ができる。
つまり宗祖はこの『報恩抄』の中で、本尊である本仏釈尊を、「宝塔」=題目、「内の釈迦多宝」=両尊、「外の諸仏」=分身、「並に上行等四菩薩」=上行無辺行浄行安立行菩薩、という曼荼羅形式で顕わされたのである。
3、本仏釈尊を曼荼羅形式で顕した意図はどこにあるのか
このように、宗祖が本仏釈尊を顕わすにあたって、釈迦一尊や一尊四士、または題目などではなく、あえて一塔両尊四士の曼荼羅形式を用いたその意図を解釈するにあたっては、宗祖が本仏釈尊をいかなる立場からどのように仰ぎ見られていたのか、つまりは宗祖の上行自覚を通じて捉えるべきである。
すなわち、大地より涌出した上行・地涌菩薩は、経文上、宝塔の中に二仏並座した本仏釈尊の尊顔を瞻仰されたうえで法華経の結要付嘱を受けているが、上行・地涌菩薩は本門八品が説かれた虚空会上にのみ出現し、この瞻仰尊顔や結要付嘱は、この虚空会上においてのみ行われている(地涌千界は(中略)但八品の間に来還せりそこで宗祖はこの経文に従って、本門八品の虚空会をあたかも板木で摺りあらわしたような曼荼羅を図顕した。それは、その曼荼羅の虚空会内に上行菩薩の自覚を持って参入することで、上行菩薩として本仏釈尊の尊顔を瞻仰礼拝し結要付嘱を受けるためである。
換言すれば、宗祖の上行菩薩たる自覚を通じて、本仏釈尊と上行菩薩たる宗祖との間における本感応妙の世界を顕わすために曼荼羅形式が必要だったのである。
よって、曼荼羅と本尊、この両者の位置付けについては、曼荼羅自体が本仏釈尊より優れているから本尊となるではなく、曼荼羅が上行菩薩として見上げる虚空会上の本仏釈尊を顕わしてるがゆえに、上行菩薩たる自覚を有する宗祖にとって本尊となるのである。
また、それと同様に、曼荼羅が地涌菩薩として見上げる虚空会上の本仏釈尊を顕わしてるがゆえに、地涌菩薩たる自覚を要請される我々弟子・檀信徒にとっても本尊となるのである。
纏めると、上行菩薩たる宗祖に於いては、曼荼羅は上行菩薩として見上げる虚空会上の本仏釈尊を顕すゆえに本尊ではあるが、曼荼羅自体が末法の衆生全てにとっての本尊であるわけではない。しかし、宗祖と共に地涌菩薩たる自覚を有し、地涌菩薩たる役割を担っていこうとする門弟・檀信徒にとって本尊となる場合を遮するものではない、と言うことができる。
4、曼荼羅中央の大題目はどう捉えるべきか
曼荼羅の形貌について一点注意する事がある。それは曼荼羅の中央にどの諸尊よりも、本仏釈尊よりも、大きく顕わされた大題目についてである。
この大題目が余りにも中心で大きく存在感を放ち、威風堂々としているため、この大題目こそが中尊であり、かつ本仏釈尊と一体であるとする考え方(法仏不二)や、優陀那日輝上人のようにこの大題目こそが本仏釈尊の仏体であるとする考え方もある。
しかし、そのような考え方を裏付ける経文上の根拠は見つからないし、題目と釈尊を一体化することは三秘として「本門の本尊」と「本門の題目」をあえて分けた宗祖の聖意にも沿わないであろう。
思うに、この大題目の大きさは、見宝塔品から登場した、虚空会にそびえ立つ高さ7500キロメートル、周囲3750キロメートルもの巨大な宝塔(見宝塔品「高五百由旬。縦広二百五十由旬。」)を忠実に顕わす。
さらに、それと同時に、本仏釈尊から結要付嘱を受けたものがこの大題目であり、そこに具足する本仏釈尊の因行果徳の大きさを顕わしているものと考える。その理由を以下に述べる。
まず、本仏釈尊は、如来神力品において「如来一切所有之法。如来一切自在神力。如来一切秘要之蔵。如来一切甚深之事。」と、四句の要法を説いて上行・地涌菩薩に結要付嘱をされている。
そして、天台大師智はこの四句の要法を「名・用・体・宗・教」の五重玄義として解釈されていたが、さらに宗祖はこの天台大師のお考えを推し進め、『観心本尊抄』の中でこの五重玄の要法とは「南無妙法蓮華経」の五字七字であり、この中に法華経一部八巻二八品の全ての文字、寿量品の肝心の一念三千、そして本仏釈尊の因行果徳の二法が含蔵されている事を明確に示された。
これは宗祖が経文上、この題目を受ける上行菩薩の役割を負うがゆえに感得された大覚である。なぜなら、この大覚は、経文上、結要付嘱を受けた上行菩薩以外になすことはできず(袋を授かってない者がどうして袋の中身を知り得よう、釈尊滅後二千二百三十余年、その間に宗祖以外誰も顕すことができなかったこの大覚ゆえに、宗祖が上行菩薩の役割を担う事が経文上証明されたものといえるからである。
それゆえ、曼荼羅の中央にそびえ立つ大題目は、宗祖が上行菩薩として本仏釈尊から結要付嘱を受けたものはこの南無妙法蓮華経の五字七字であることを大きくお示しになると同時に、その上行菩薩たる役割の大きさ、そして、その大題目を“信”を以て受持することで譲り与えられる本仏釈尊の因行果徳の大きさを曼荼羅中央に強調して大きく顕したものと拝察する。
そして、曼荼羅内でこの大題目の直下にあえて記された「日蓮」という文字は、作品の隅や紙裏にひっそりと記されるような単なる署名と捉えるには余りにも大きすぎるし、位置的にも目立ちすぎるため、これは署名などではなく、宗祖自らが顕した曼荼羅虚空会に参入したうえで上行菩薩としてこの大題目の付嘱を受けるのはこの日蓮であると、お示しになられた宗祖の上行自覚の顕れであると解する。
総括すると、曼荼羅とは、本門八品において上行・地涌菩薩として見上げる虚空会の本仏釈尊を儀相図顕化したものであると同時に、本化上行・地涌菩薩が結要付嘱を受けた五重玄の要法とは南無妙法蓮華経の五字七字であり、そして、この末法の世においてその上行菩薩たる役割を負うのはこの日蓮であるとの宗祖の御内証を図顕化したものであると考える。
5、宗祖が多数の曼荼羅を揮毫し弟子・檀越に授与した意味は何か
最後に、このような宗祖の御本尊は現在百三十余幅ほどが残存するが、その御生涯にかけては残ってないものも含めると、およそ700幅ほど揮毫されたとも言われている。
この点、宗祖は単に木像や絵像を代替する礼拝の対象物として、弟子や檀越に曼荼羅を授与したわけではない。それならば、身延に入ってから体調の優れない宗祖に代わって、仏師や絵師に仏像や絵像の制作を依頼したり、文字曼荼羅であれば代わりに直弟子が揮毫すれば、効率的にさらに数多くの曼荼羅を揮毫・授与することができたであろう。
しかし、宗祖は体調が悪化するなか、まさに「日蓮がたましひをすみにそめ流して」、御自ら曼荼羅を揮毫し授与し続けたのである。その意味はどこにあるのか。
それは、端的にいえば、宗祖が地涌菩薩の上首たる上行菩薩たる役割を生涯に渡って果たそうとしたことにあると考える。
法華経の経文では、仏の未来記として、上行菩薩お一人だけでなく六万恒河沙の地涌菩薩がこの娑婆世界に顕れることが予言されている。そして、地涌の菩薩は経文上、虚空会上における本仏釈尊の説法の間にのみ来還する菩薩である。
そこで、宗祖は、虚空会の本仏釈尊を曼荼羅という形で揮毫し、それを弟子・檀越に授与することで、その弟子・檀越が、地涌の菩薩の自覚を持って、曼荼羅内虚空会の本仏釈尊から大題目の付嘱を受けて、宗祖と共に、または宗祖に続いて、法華経の経文を一緒に色読していくことを要請されたのである。それは、上首として地涌の菩薩を導いていく、上行菩薩としての役割に他ならない。
曼荼羅が本門八品の儀相であるにもかかわらず、宗祖が四菩薩以外の地涌の菩薩をあえて曼荼羅内に勧請しなかったのは、宗祖に列なる我々弟子・檀信徒が地涌菩薩たる自覚を持って曼荼羅内の虚空会に参入することを期待したためである。
仏の未来記を妄語としないために、弟子・檀越と共に上行・地涌菩薩として法華経を色読していこうとするこの宗祖の聖意は、『種種御振舞御書』の「日蓮さきがけしたり。わたうども二陣・三陣つづきて迦葉・阿難にも勝ぐれ、天台・伝教にもこへよかし。中略仏の御使となのりながら、をくせん(臆せんは無下の人々なりと申しふくめ『観心本尊抄副状』の「師弟共に霊山浄土に詣でて、三仏の顔貌を拝見したてまつらん」との文から明確に見受けられる(波線は筆者)。
そして、宗祖は、我々弟子・檀信徒が地涌菩薩の自覚を持って、宗祖揮毫の曼荼羅虚空会内の本仏釈尊に“信”を持って向かい合うことで、本仏釈尊から付嘱を受けた御題目を展転と未来へと繋いで行くことを期待されたのである(日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮経は万年の外、未来までもながるべし)
5、結びにかえて以上、檀信徒に対して、本尊と曼荼羅について上行・地涌自覚を通じた経文解釈により明確・一義的な説明になるように、愚見を申し述べた。
宗祖は『開目抄』において、「此教一部八巻二十八品六万九千三百八十四字、一々に皆妙の一字を備へて三十二相八十種好の仏陀也」と、法華経の文字一字一字が本仏釈尊そのものであると説かれている。
宗祖曰く、法華経の経文一字一字にはそれだけの価値があるのであるから、我々もまた、檀信徒に本尊や曼荼羅を説明するにあたって、第一義に法華経の経文に基づくことを心がけなければならない。そして、その経文解釈にあたって最も大事なことは、宗祖の聖意に従い、地涌の菩薩の自覚という“信”に基づく必要があることを再確認するべきであろう。
1 定遺 578頁
2 定遺 362頁
3 定遺 559頁
4 定遺 560頁
5 定遺 726頁
6 間宮啓壬(2017)『日蓮における宗教的自覚と救済─「心み」の宗教』 東北大学出版会 参照
7 定遺 1248頁
8 『御遷化記録』
9 定遺 1573頁
10 定遺 712頁
11 定遺 719頁
12 山中喜八(1992)『日蓮聖人真蹟の世界・上』雄山閣出版 443頁
13 定遺 751頁
14 定遺 962頁
15 定遺 721頁 この「霊山浄土」は多義的な概念ではあるが、 「三仏」が合い揃うのは経文上虚空会のみであるから、経文解釈としてこの文は、師弟共に上行・地涌菩薩として曼荼羅内の虚空会への参入を要請していると捉えることができる。
16 定遺 1248頁
17 定遺 570頁