エウレカ!(我、発見せり)

 

 

第62回 ヤバすぎ……           

 

高橋源一郎

 

 

 大学生の頃、たくさんのアルバイトをした。肉体 労働、中でもいわゆる「土方」が中心であったが、 自動車工場のベルトコンベアーの前に半年も立って いたこともあるし、お中元やお歳暮の荷物を自転車 に積んで走った(これは重すぎて動かず、自転車を押して集荷所に戻りそのまま説走)ことも。アルバ イトは(いや、仕事は)大変です、ほんと。そんなわたしだから、『男の!ヤバすぎバイト列伝』(掟ポルシェ薯)をタイトルだけで選んだとしても仕方ないでしよ。なんだかほのぼのしそうだから。でも、 読んでみたら、これ、ほんとにヤバすぎ、だったのだ。

 「庵はナメていた。仕事を、そして、人生を。すべての労働と、それに従事する人々への畏敬が圧倒的に欠けていた。故に、バイトで生計を立てていた若い頃の俺は、業務内容が単純作業であればあるほどまともにやる気がなく、パーフェクトに使えなかった。目も当てられないほど腐っていた。上司が大事な話をしている最中は見えない角度でつるセコな変顔をすることでやり過ごし、業務上の指示は環境音楽として捉えて右耳→左耳スル〜。見た目にはわか らないが脳内ではいやらしいことを考えるのに必死で何も頭に入らない。現場では俺流オリジナルで『よくわかんないけどこんな感じでいいんじゃね?』的に実務をこなす。故に、どんな仕事も3日〜3週 間程度でクビになっていた。本当にどうしようもなかった。人間的にはともあれ、社会的にただのクズだった」

 掟ポルシェさんの人生初バイトは新聞配達だっ た。始めた途端にクレーマーたちからの文句が殺到 したそうだ。なぜなら「俺が朝刊配るのが8時過ぎ になったりするからだ」。だから、「こんな新聞来んのが遅くちゃあ朝出勤前に読めねえだろうが!」と いったクレームが。って、これ、わたしでも文句言うって! それに対して、ポルシェさんは堂々とこう呟くのである。  「朝配るから朝刊! 問違ってない! 一体どこが 不満なんでしょうか?!」

 いや、あんた、それ通じないって……。

 そんなふうにして、ポルシェさんのバイト生活は始まるのである。北海道だから寒いという理由で、 あるいは外が吹雪いてたり、寝不足でダルいと、「風邪引いちやって……ゲホゲホッ……今日は休ませてゲホッください」と勝手に休むのはいいとして(良 くないけど)、配らなきゃならない入試の号外を雪に穴を掘って埋めたのが発覚しついにはクビになっ た。そこで反省するのかと思いきや、そのまま「労励意欲ゼロ〜マイナスをキープ」したまま、それでもお金がないのでアルバイトは続けるのである。 雇った人、気の毒……。

 さて、アルバイトの世界で傍若無人に振る舞った ポルシェ氏はなんと就職活動さえ行おうとする。ほんとうに受けられる会社の側も迷惑だと思うのだ が、時代はバブル絶頂の1991年。大学生であれば誰だって就職できたような豊かな時代であった。 ここでも、ポルシェ氏は「ナメた心持ちで就職活動に臨もうとしていた」。

 「実務経験はペンキ屋でエポキシ系塗料の一斗缶をカワスキで聞けて便化剤を入れて撹拌した程度しかなく、他は臨床実験でただ寝て起きてわけのわから ない薬飲んで血抜いてなんの労力も払わず楽々大金を得ていただけなのに……『じゃあそろそろ俺の本気見せちゃいますか?』的な、『いよいよ世に問われらやう俺……これはなんかナごいことになるじや ね?』的な、まだバッターボックス立ってもいないのに日本シリーズ優勝パーティのビールかけで使う用の水中メガネをアマゾンで検索する並みの漠然とした未来を勝手に自分内確約していたのだった」

 そんな時代を振り返り、ポルシェ氏はこう呟く。

「マジで頭悪かったんだと思う」

 そして、掟ポルシェ氏はかねがね希望していたよ うに「雑誌編集者」を目指す。彼が目指しだのは講談社とマガジンハウス。しかし、講談社は会社訪問に行って、力夕い文芸誌を作っていることがわかり、 「小説とか読むのダルい」のでヤメ(っていうか、あっ ちでお断りだよね)、マガジンハウスはいいなと思っだが、一次試験で不合格。

 「出版社のくせに一般常識問題なんかをやらされてわけがわからない……そう言いたいのは会社の方だと思うが……箸の持ち方もチャッキー(知ってます よね、人形なのに生命があって人を殺すヒドいやつ) が包丁振りかざすのと同じグー握りで右と左の区別 も5秒ぐらい考えないとわからないという常識知ら ずな俺がそんなもんできるとでも思うのだろうか。 こっちから願い下けだ」と断った(いや、落ちただ けでしよ)。

 そんなポルシェ氏でも。正社員になれたのだ。どこかというと……それは、本を探して読んでください。 もうそんな悠艮な会社ないですけどね。

 

 

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